表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄アレイ  作者: mmkk15
9/28

オレンジ色の水銀灯

 榎本さんは、よく休憩時間になると、つなぎを脱いで白いシャツ一枚になっては、革手袋をしてホイールにコンクリートを詰めこんだ物を、ダンベル替わりにして鍛えていた。

「ははは、動かさないとなまっちゃうからね」腕は短く太くそしてメリハリの効いた隆起を形成していた。その時は、特には気にせず

「はぁ」と素通りするだけだった。


 あるとき財布をロッカーに忘れて、帰路を引き返してスタンドに戻った。

鏡を前に短パンで回し蹴りを、連続で繰り返す榎本さんを見た。

膝を高くあげたまま膝先のスナップを利かせて、ワイパーのように正確な軌道で連続十五本蹴り続けていた。ブレることなく蹴り続けるときに体勢が一切崩れず、そして息も乱れていなかった。


 私の視線に途中で気付いたが、いつもの温和なものではなく、瞳孔が小さく収縮したような目つきで口元には一切の緩みがなかった。足を組み替え、同じ動作を2セット連続で繰り返したあと

「ぷはぁっーーーー」と苦しげに息を吐き出した。前屈みになり両膝に手を置き、肩で息を喘ぐような呼吸を繰り返していた。

「見つかっちゃったな」白い歯を見せる姿は、いつもの榎本さんだった。

「空手ですか?」

「昔かじっててな、一時期は真剣にやってたよ」


 そこで待っててと言われて、しばらく待たされた。

「ちょっと、腹叩いてみな」白いシャツをめくって、鳩尾を叩けという。

「いや、いいですよ、オレ、こう見えても結構鍛えてるんすよ」拳をギュッと、握って見せた。

「おぉー、いいな、それだよ、思いっきりたたき込んで見な」盛り上がった腹筋のみぞおちを指差して、顎でシャツを押さえながら笑う。いや、いいです。いいから、やってみな、の押し問答が続いたあとに叩く羽目になった。

「本気でやりますよ」シャツを捲って、白い歯を見せている榎本さんの鳩尾に渾身の力を込めて拳骨をたたき込んだ。榎本さんは鼻歌でも歌うようなそぶりで、笑顔のままだった。何度叩いても、分厚いゴムのような腹筋に阻まれて弾き返されてしまう。

「なかなか、いい力あるねー」さんざん叩いて、疲れてしまった。

「おし、じゃ、次は俺の番な」

「えっ、やるんすか?」

「当たり前じゃないか、何発叩いたと思ってるんだよ」白い歯がこのときばかりは爽やかに見えず、実はこの人はものすごく意地の悪い人なんじゃないのか、とそんな事を感じた。


「いい? やるよ」身構えて、息を止めた。満面の笑顔が、一瞬、真顔になったと思った瞬間に、スポっと、榎本さんの拳が胃にめり込んだ。全く打つ気配がなかった。胃が激しく痙攣し、バイト上がりに摂った、ハムサンドだったものを、身体を折り曲げて、はき出した。


 こんな場面あったな、そうだ。豊に失神ゲームをやらされたときだ・・・・・・。

「打つぞ、っていう意識を持って、打ったら悟られるんだよ」

「意識しないで打つ、そして打つときは、拳を向こうまで突き抜けるように感じること、肝心なのは、拳に自分の意識を籠めないで、拳を固めない」何を言っているのか全くわからなかったが、胃の痛みと胃液の苦さにまみれながら、ひたすら、うんうんと頷いていた。オレンジ色に地面を照らす水銀灯の光りが何度も目に入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ