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鉄アレイ  作者: mmkk15
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白い歯

 事件を起こしたと小さな街では話題になった。


 それを境に鈴木夫妻は、大いに恥じ入り、近所とのつきあいをより一層避け、どうしても多くの人と顔を合わせなければ、いけないようなときには、今まで以上に畏縮して振る舞っていた。

 私に対しては、以前のような憂さ晴らしの対象として見るよりは、脳に重大な欠陥が存在し、急激な暴力衝動におそわれる可能性があるという、みゆきさん達の話を真剣に聞き入り、今までやってきたことの数々を思い出して、自分達に被害が及ぶのを、極端に怖れたようだった。学校側からの自宅待機の指示は、様子を見る為だったらしい。



「次、おかしくなったら、学校に報告に行かなくちゃいかん」と、松男が道子に話しているのを聞いた。

二度と鈴木夫妻に頭を叩かれる事もなくなり、同じ敷地内に住んでいるというのに、メッタに顔を合わせる機会がなくなった。気持ちは楽になったが、飯を食わせてもらっているというのが何故か、居心地が悪かった。

 豊は退院後、予想通りイチャモンをつけに来たが、とにかくまた頭突きをやろうと、ズッと考えていた。それしかなかった。だが、予想に反して向こうの方から、立ち去ってしまった。学校でも先生含め、生徒もみな意図的に避けているようだった。今までの蔑んだ視線からの変化を感じた。何がどうしてそうなったのかは、分からなかった。



 家を早く出るように考えたが、こんな田舎にいて、技術も学力もないので、すぐには就職先など見つかるはずもないだろう、と考えていた。今からでもバイトを始めておいて、その関係の仕事につけるように、ガソリンスタンドにアルバイトとして通うようになった。



 街外れの国道沿いの大型トラックが、何台も入れるような二十四時間営業の大きな店で、夕方から、二十四時ごろまで働いた。

 店長は色黒で背丈が百六十五センチくらいの二十代後半の人で、笑うと白い歯が嫌みなくらいに目立つ榎本さんという人だった。奥さんと二歳の子供がいるのだという。身体の厚みが、かなりあって、小柄なボディビルダーのような体型で見るからに、重そうな体格の人だった。早口で喋るので、時々何を言っているのかが、わからなかったが、面倒見の良い人で面接に行ったときに、即、採用をしてくれた。

「君、いい目つきしてるね。よし!採用」と、その場で言われた。


 ガソリンの匂いが心地よかった。胸一杯に気火されたそれを吸い、そしてはき出した。

この匂いに包まれている限り、イヤなことを忘れられそうな予感がした。

それからは一日も休まずに、バイトにいそしんだ。


 榎本さんは、いつもニコニコしているので、感じの良い人だと思っていた。

あるときタイヤの空気圧の測り方を教えてくれるとき、しゃがんだ姿勢で紺色のつなぎの首の部分がやや、後ろにめくれて赤黒い彫り物が見えた事があった。


 私の視線に気付いて襟を引っぱって隠しはしたが、ただの気の良いお兄さんではないと思っていたが、それは間違いないのだとそのときに感じた。

「達也も、これから将来な、結婚して子供を持てばいろいろな事がわかるから。それまではいろいろ在っても、とにかく辛抱しろよな」というような事をよく言っては聞かせてくれた。

「榎本さん、俺はただの高校生ですよ」そう言うと、目を細め、

「わかってるって、言うな、言うな」と白い歯を見せて楽しそうに、肩を何度も叩いて笑った。背は高くなかったが、力が強く、わざと力をこめているのではないか、と思う程、前腕が重かった。


 バイトを始めて、数ヶ月が経っていた。毎年、大晦日の深夜の時間帯に、その街の暴走族の連中が、国道を逆走したりするのだが、そういう輩が、五月蠅い金属音、耳障りな音をなびかせて、スタンドに来たときに、リーダー格の人間が、榎本さんにヘルメット越しに、ゴンゴンと拳骨で叩かれているのを目撃した。

 帰り支度をすませて、バイト代で買った中古の原チャリにエンジンをかけて、バックミラー越しにそれを見た。気付かぬふりをして振り返らずに、バイクを走らせた。幸い、五月蠅い輩とは逆方向だったので追いつかれるような面倒は避けられそうだった。


 右手のスロットルを乱暴にひねった。ヘルメットの隙間から洩れる冷たい空気が、頬をくすぐった。

自分でも、どうしてかは、わからない愉快な気持ちが、こみ上げて来て、ヘルメットの中で声を出して笑った、こもった音が響く。

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