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4,三番目のずれ

 土曜日の夜。

 暇をもてあました私は、自宅のベッドに横になりながら、スマホで動画やまとめサイトを見ていた。

「はー……。実は生きていた説って、多いんだな……」

 あちこちのサイトを流れたあげく、そのとき丁度見ていたのは道半ばで倒れた歴史上の人物たちの、実は生きていた、という説が並べられたサイトだ。

 有名どころでは織田信長や、源義経、イエス・キリストとかニコライ2世の娘アナスタシアなど。これらの人物はしばしば、創作の題材になっていたりもするので、私も耳にしたことがある。

 他にも真田幸村や西郷隆盛、明智光秀など、歴史上の有名人で実は生きていた説がある人物は多いようだ。根拠はほとんどが単なる言い伝えや童歌に残っているなど曖昧なものだが、明智光秀=天海説などは証拠らしいものもあり、妙に説得力があった。

 もっと詳しく調べようと検索窓に文字を入力したところで、玄関から物音がした。


 ベッドから身を起こし、何事かと首を伸ばしてそちらの様子を伺っていると、玄関扉が開けられてガサガサという物音とともに人が入ってきた。

「たっだいまー! ふぅ。疲れた」

 はじかれたように立ち上がってそちらへゆくと、両手に荷物を持ったボブカットの女性と目が合う。

「北部さん!?」

「ダーリン、いたのー。呼び鈴押しても反応なかったから、出かけているのかと思っちゃったよ」

「だ、ダーリン!?」

 私は目を丸くした。入ってきたのは北部裕子さん。目下、私が気になっている女性だ。

 まだ彼女とはつきあってもいないし、告白すらしていない。それどころか数度食事に行っただけの間柄である。

 断じて、ダーリン、ハニーなどと呼び合うような仲ではない。

「え? 何でうちの鍵、持ってるの?」

「何でって、んん? ……逆に、どゆこと?」

 北部さんは不思議そうに首をかしげる。切りそろえられたボブが、片方の肩に触れた。


「待って、……ちょっと待って」

 居室のテーブルに座り、私は頭を抱えている。テーブルの角を挟んだ隣で、北部さんは眉根を寄せ、ふっくらした唇を少しだけとがらせていた。

「つまり、俺と北部さんが……」

「なんで急にそんなに他人行儀なわけ? 私、何か怒らせるようなことをした?」

「してない、してないです! あー、その。今ちょっと寝起きで……」

 私はとっさに嘘をつく。とにかく、事態を整理する時間を稼ごう。

 北部さんは眉間を開いて、

「なんだ。寝ぼけてただけか。じゃ、目が覚めるまでTVでも見てて。おいしい夕ご飯作ったげる」

 急速に機嫌を直した。買ってきたスーパーの袋を手に、キッチンへと消える。

 ビニール袋の音、冷蔵庫を開け閉めする音。その後、包丁とまな板がぶつかり合う軽やかなリズムが聞こえてきた。

「勝手が分かってる……。どう考えても、初めて家に来たわけではない……」


「……記憶が、飛んでいる……?」

 私はスマホに飛びつく。日付は……、昨日の続きの今日で間違いない。

 LINEを開いてみると、「ゆーこ」という相手とのやりとりが最新だ。メッセージの相手は思ったとおり、北部裕子その人で、親密なやりとりが並んでいる。

 さかのぼって記録を見てみると、土日はだいたい彼女がこちらに遊びに来て、一緒に過ごしているようだった。

 どうも私と彼女はいつの間にかつきあっていたらしい。

 それも、そろそろ結婚の話が出る頃合いかと思うくらいの深いつきあいらしい。

 らしいばかりが並んでしまうのは、どう考えても、私の記憶と合わないからだ。おかしい。

「おかしい……。いや、おかしいのは俺の頭……? どうかしてしまったのか……?」

 訳が分からない。怖い。

 記憶違いで済まされるようなことではない。私は、自分の記憶と現実との齟齬を埋めようと、合理的解釈を必死で探す。

 もしかしてどっきりでは!?

 顔を上げた。そしてすぐに下げた。

 LINEのメッセージ記録が、その説を瞬時に否定したのだ。


「ほい、出来たよー」

 北部さんが湯気を立てる料理を運んできた。チャーハンと餃子、それに玉子スープも。

 美味しそうな匂いがして、顔を上げた。

「目、覚めた? ……なっに、すごい顔色悪いよ!」

 大丈夫なの? と心配そうにこちらを覗き込んでくる。場違いにもどきどきした。

「いや、ごめん。北……、ゆうちゃん」

 私はLINEで彼女に対して使っていた呼びかけを、必死に口に上らせた。彼女は何の違和感も覚えなかったようで、私と自分の額に手を当てて熱を見ている。

「熱は、ないみたい? ごはん食べられる?」

「うん。ありがとう。美味しそうだ」

「あたり前田のクラッカーよ! さあ召し上がれ」

「いや、いつの時代の人間!?」

 北部さんはにっこりと笑った。

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