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3,二番目のずれ

 金曜日の夜。

 プレミアムフライデーという言葉を耳にしなくなって久しいが、友人との飲み会はこの日に設定されていた。

 メンバーは私を含めて4人。

 大学時代、同じサークルに属していた奴らだ。頻繁に遊ぶわけではないが、時折、誰とはなしに集まろうという声が上がり、こうしてだらだらとつきあいが続いている。

 気軽い集まりなので、発起人であるAの家に、それぞれが酒とつまみを持って集まる形をとっていた。出身地こそばらばらだが、勤め先はみな東京近辺であるため、住所もその辺りに固まっていたのが幸いしている。


「まあ、上がって楽にしてくれ。狭いのは勘弁な」

「いや、俺んちより広いよ、ここ。キッチンにテーブルが置けてるじゃん」

「二人がけだけどな」

「おーい。とりあえず余分な酒、冷蔵庫に入れとくぞー」

 Aの家のこたつに足を突っ込み、缶ビールで乾杯する。まずは互いの近況を報告し合った。

 Aは近々、結婚することになったらしい。今回の会は、その報告のためというところだろうか。

 私たちの中では一番乗りに身を固めることになったわけだが、Aが大学時代から女性とつきあっているのを知っている他の三人は、さもありなんと、驚きよりも感慨を持って受け止めた。

「そうかー。ついに結婚か。……なんか、身近な奴が結婚とかいうと、自分の歳を実感しちまうな」

「ま、おめでとう。ほれ、飲め」

「どうもどうも」

 Aは友人たちにニュースを報告できたことで一仕事終えた風に、リラックスした顔になった。

「お前はどうなの? 浮いた話とか、ないの?」

 枝豆を口に運んだところで、急に話を振られてむせる。

「いや、まあ……。どうなんだろうな」

 私は曖昧に話をそらす。

 正直なところ、気になっている女性はいて、何度か食事に誘ったりはしている。だがつきあっていると言えるほどでもなく、現時点で報告できることは、ない。

「お前、昔から奥手だものな。格好つけて本ばかり読んでて」

「別に、格好つけるために本を読んでるんじゃない」

 私は心外だと唇をとがらせてビールをあおった。三人は私の動揺を笑った。


「それで、相手はみどりちゃんなんだろ」

「ああ、まあな」

 Aは照れくささからか、素っ気なく答える。私は同じサークルに属していた、香原みどりという名の女性のことを思い出していた。ショートカットで小柄な、元気な女性だ。好奇心旺盛で、くるくるとした瞳でいつも楽しいことを探して歩き回っているような……

「みどりちゃんかー。懐かしいな。というか、どんな顔だっけ?」

 BがAに写真を見せろと詰め寄っている。覚えてないのかよ、と隣であきれているのはCだ。Bは、人の顔を覚えるのが苦手なんだ、と言い訳をしている。

 Aがもったいぶりながらも、スマホの画面を二人に向けた。

「あー、はいはい。みどりちゃんなー! これな!」

「お前、ほんとにわかってるのかよ……」

 Aからスマホを受け取ったBが、うんうん、と頷く。Cも、「少し印象が変わったな?」などとAに言っているが、Aはそうかー? と首をかしげている。

「毎日のように会っていると、変化に気づきづらいのかもな。俺にも見せて」

 私は向かいから手を伸ばした。BがAのスマホをこちらへと差し出してくる。

 それを受け取って、写真を見た私は驚く。

「え? 誰……」

「誰っておま、みどりちゃんだろ。同じサークルだったじゃないか」

「なにその顔芸。突っ込みまちか!?」

 Bがげらげらと笑って、こたつの向こうから形だけのチョップをする。私はそれに反応できないで黙り込んだ。

 いやほんとうに、誰だ?

 私は口元に手を当てて、スマホ画面を凝視した。

 見たことのない女性が、Aの腕を抱えて微笑んでいる。Aの右手は画面斜め上に消えていて、並んで自撮りしたことがうかがえた。

「みどりちゃんって、香原みどり?」

「そうだけど……」

 Aが私の質問に戸惑いながら返す。冗談や悪ふざけなのだろうか、それとも、まじめに忘れているのだろうかと判断がつきかねている様子だ。

 スマホの中で微笑んでいる女性は、しっとりとした長い黒髪を持つ、おとなしそうな女性だった。顔つきも、私の記憶にある香原みどりとは似ても似つかない。

「……他の誰かと間違えて覚えていたんじゃね?」

 私が自分の記憶に残る香原みどりについて語ると、三人はそう結論づける。四人の内、三人が写真の人物を香原みどりと認識している以上、私のこの記憶は、何かの間違いなのだろう。

「何かで読んだけどさ。思い出すという行為は、記憶を強化するのと同時に歪曲する効果もあるんだってさ」

 博識なCがそう言うと、BとAが感心したように相づちを打つ。

「てか、そんなにたびたび、香原みどりについて思い出してたってこと? 好きだったの?」

「いや、そんなことない! そういうんじゃないよ!」

 率直なBの言葉に私は慌てて首を振る。Aの方をちらりと見るが、表面上は気分を害した風ではない。チーズ鱈をつまみながら、「ま、記憶があてにならないってのは、よく聞く話だよな」とまとめた。

 結局その話題はそこで打ち切られ、新たな話題に移っていった。

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