3 満月の夜に
「どうしたの?ぼうっとして。…気分悪い?」
顔を覗き込むように声をかけられ、意識の渦から顔をあげる。
ぼうっとして歩いて、夜店が軒を連ねている所から随分離れた奥の社まできていたらしい。
火倉神社。
私たちが住む火倉町にある小さな神社だ。遠い昔に、暴れて周囲を荒らしていた鬼を力の強い巫女が炎の結界を作り退治したといういわれのある神社だ。真偽は確かではないが。
普段は人気もないが、毎年夏になると鬼に殺されてしまった人や巫女を供養するために夏祭りがおこなわれている。
「孝くん、ごめん。大丈夫だよ。…綾は?」
彼の隣にいたはずの綾がいつの間にか消えていた。
「綾なら、あの店に並んでるよ。クレープ食べたい、って言っててたから」
「…綾、食い意地張ってるなぁ」
苦笑しながら、綾の並ぶ店の方をみる。まだ、綾の前にも何人か並んでおり時間がかかるようだ。
「綾、奈月ちゃんといくの楽しみにしてたからね。はしゃいでるんだよ」
「…そうなのかなぁ。…孝くんも食べたいものあったら、行ってきていいよ?私、スマホ持ってるし大丈夫だよ」
「いいよ、僕、もっと食べたいものあるから」
その言葉があまりに耳について離れず、彼の方に振り向くと竹林の間から月の光があたり、黒髪であったはずの髪が銀色に変化し瞳も金色に輝いていた。
金色のこちらを覗き込む瞳に目を離せない。
背筋に冷たいものが走るのを感じたが、喉から絞り出すように声を出す。
「……え」
(…孝くんって、こんな髪だったっけ……じゃない。これって……)
最近、それの気配を感じなかったから失念していた。綾も一緒だったから大丈夫だと思い込んでいた。
人かどうか見極めて、見極めていたのに。
このヒトは……
にたりと笑うその瞳に見つめられると、足がすくんでしまう。
この瞳は、捕食者の瞳だ。
「…何、驚いてるの?君はきっと気づいていると思ったのに。」
「…孝くん、じゃ、ないんだね…。あなたは……あやかし?」
「話せるヒトの子は久しぶりだよ。そうだよ?僕はクラマだよ。…妖狐ともいわれるけどね。…君、なんにも知らないんだねぇ。こんなに美味しそうな霊力垂れ流して」
「……な、に?」
クラマは頭から狐の耳を、臀部からは銀色の大きい尾を生やし、周囲を威嚇するように睨んだ。
すると、夜空が紫に変わり遠くに聞こえていた祭りの太鼓の音、人の話し声も聞こえなくなった。
空気が重い。思わずしゃがみこむ。
「…っ、(…息苦しい)」
「久しぶりの話せる力の強いヒトの子だ。美味しく食べてあげるよ」
左の上腕を爪が食い込むように掴まれ、立たされると腰を抱き込まれた。
そして、クラマは首筋に顔を埋め長い舌で舐めた。
「…っ」
首筋に息がかかり、全身が粟立つ。
「…やっぱり美味しいねぇ、君。実に甘美な味だよ。…ありがとう、これで僕は神に還れる」
はぁっ、とクラマが息をつき首筋に歯をたてようとした時、チャキ、と鍔なりの音が聞こえた。
「…そんなことしても、神に還れやしない、俺も、お前も」