プロローグ-狼男との戦い-
「ひゃー……。これまた派手に暴れてるね〜」
外に出ると、街の風景はガラリと変わっていた。
向かいにあったはずの小さな酒場は半壊、地面には警備隊の横たわる姿でいっぱいだ。
私はとりあえずで近くに横たわっていた警備隊の人に回復魔法を施す。
「あ、ありがとう……。君は冒険者か?なら早く逃げなさい」
逃げなさい……?
街の住民に逃げろというのは警備隊員として正しいが、さっきのこの街での冒険者の扱いを思い出して不審に思う。
確かこの街では、冒険者に依頼という形で仕事を頼んでいるはずだ。その中には「傭兵」も含まれていた。
ならばここは「逃げろ」ではなく、「一緒に戦え」が適切なのではないだろうか。
「なんで戦ってくれじゃないんだって顔をしているな。俺だって普通ならそうするさ……。だが、あいつは何か様子がおかしい」
そういう警備隊員の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
一体何を相手にしたのだろうか。
「あんな魔法――――獣人にあんな魔法が使えるなんて聞いたことがない……」
「……見たこともない魔法、ね」
そこまで聞いたところで、ようやく相手を視認する。
「(たしかに獣人にしては異様な雰囲気……。身体強化の魔法、ってだけじゃないね)」
「おいおいおいおい、いつものクソつまんねぇ警備隊だけかと思ったが、今日はえらく上玉がいるじゃねぇか」
体格はおよそ3メートルはあるであろう狼系の獣人。狼系の獣人でここまで大きいものは聞いたことがない。おそらく強化魔法の影響だろう。
「安心してよ、警備隊のお兄さん。こう見えて私も魔法、得意なんだ」
「いやしかし、女の子があいつに――――」
私は警告を遮るように睡眠魔法を掛ける。
「なぁ嬢ちゃん、俺と楽しいことしないか?」
「一緒に遊ぶにはちょっと大きすぎるかなぁ。それに、私は犬よりも――――」
私は狼男と話しながら周囲の魔力を意図する形に操作する。
「――――猫派なんだよねっ」
「ぐあぁっ!?」
同時に狼男の頭上の重力を操作し、狼男に掛かる重力を何倍にも増幅させる。
重力増幅。対象の重力を操作する魔法だ。
「貴、様……っ、何をした……!!」
「おー。まだ立って、それもしゃべれるなんてなかなかやるねぇ。結構本気やったつもりだったんだけどなぁ」
私は狼男を地面に這いつくばらせるつもりで重力増幅を使ったはずだった。
その証拠に狼男の足は地面を割りながら沈んでいる。
「……なめ、る……なぁ!!!!!」
咆哮にも似た叫び声をあげながら、狼男は魔法から自力で脱出する。
重力から解き放たれた狼男はその勢いのまま左ストレートを繰り出した。
「おっとー、危ない危ない」
「ちょこまかちょこまか動くんじゃねぇ!!!!!」
「避けなきゃ当たっちゃうでしょ! 一応女の子だよ私!」
「うるせえ! あんな重力魔法使う奴に手加減なんてしてられるか!」
そりゃごもっとも。
狼男が繰り出す拳はどれも相当で、まともに当たればまず命はない。
地面に当たったところは数メートルの大きな窪みになっていた。
「――――ねぇ、そろそろ降参しない? 私疲れてきちゃったんだけど」
「嬢ちゃんが俺様を気持ちよくさせてくれたらやめてやってもいいぜ?」
「うわぁ……。狼男さんそういう下品なことばっか言ってるとモテないよ?」
「うる、せえッ!!!!!」
挑発しすぎたのかついには瓦礫まで勢いよく投げ飛ばしてくる。
だけどこの程度の攻撃に当たりはしない。
飛んでくる瓦礫は重力魔法によって、私の周囲でことごとく静止させられるからだ。
「チィッ! 本当にすばしっこい嬢ちゃんだ……」
「息上がってるし、そろそろ強化魔法の方も限界でしょ? 諦めて降参しよ?」
陽も傾き始め、狼男との追いかけっこに飽き始めた私は避ける合間合間に元素魔法を放ち牽制をする。
「そうだな。物理じゃ嬢ちゃんに勝てそうにもねぇな」
「でしょ? 私も早くお風呂入りたいし寝たいからさ、大人しく謝って帰りな、って!」
そう言って私は牽制ではなく、狼男の意識を刈り取るつもりで雷の魔法を頭上に落とす。
落としたつもりだった。
「ふぇ?」
雷は狼男の直撃せず、私の真横数センチを掠め、さらに同じ軌道で火の玉が飛ぶ。
雷は私の横を通り過ぎ後方で爆ぜ、火の玉は大きな火柱となり当たりを全て吹き飛ばすかのような爆発をした。
「えーっと……。狼男さん、今のは……?」
「なんだ嬢ちゃん。魔法使いなのに知らねえのか?」
ありえない。ありえないありえない。
今のは同時に、それも狼系の獣人が使える魔法じゃ――――
「――――爆炎柱と魔法障壁だよ」
魔法を打ち消す魔法と上位魔法が共存するなんて魔法の理に反することが、成り立つわけないはずなのに。