魔王(イリス)覚醒編
バーンテオ王国、それなりに歴史と領土を持つ至極まっとうな国である。
現国王のルシード・フライハイトは名君ではないが愚かな馬鹿者でもないという、要は別に普通だよねというのが国民の一般的な評価だ。
「……また適当な説明だな、おい……」
玉座に座るルシードが唐突に呟くのに、「おとーさん……誰に言ってるの?」と言ったのは一人娘であるアルナ・フライハイト。 白いTシャツに半ズボンという格好といい砕けた口調といいとても一国の姫というイメージではない十六歳の少女である。
そのアルナの隣に立つ少年はガルド・ディアン、鎧は身に付けていなうが腰に差した剣から剣士と分かる。 正確にはアルナの護衛騎士という肩書を持つ騎士であり彼女の一つ年上の幼馴染みなのである。
「しかし、あんな奴がいきなりやって来るなんて驚きましたよ……」
そのガルドに「まったくだ……」と答えたのは、玉座の脇に立つモブっぽい側近だった。
「まーまた来たならぶっとばして追い返すだけよ~」
「アルナは楽観的だな……」
ガルドの口調は姫と言うより友人に対するそれだが、公の場でもなければ普通でいいというのがアルナの主張であり、周囲に半ば……というかかなり強引に認めさせたという経緯があった。
アルナの教育係であるナリア・マスタージアが、とある経緯で弟子として引き取った少年がガルドであったため二人は親友とも兄妹同然とも言える関係になっていた。
それだけではなく、天性の才能なのかとにかく若くして非常識な強さを身に付けてしまったアルナに対し、その彼女と共に修行して同様の非常識さを持ったガルドくらいしか付いていける者がいなかったのが、彼が護衛騎士をやっている理由だ。
護衛騎士と言えば聞こえはいいが、実態は放っていくと何をしでかすか分からない姫様のお目付け役なのだろうとガルド自身は考えていた。
「何にせよ、こうも堂々と現れてしまうとな……国民にも早急に説明せねばなるまい」
「はい、下手に隠ぺいするよりはその方が良いかと……」
側近が賛同すると、次は娘に向かい「それはともかくだ……」と厳しい目を向ける。
「お前が強いのは知っているが、一人が身勝手に動いて解決する問題でもない。 姫という立場もある、今は大人しくしているのだぞ?」
「は~い」
分かっているのかいないのかという風な返事だったが、父親としてアルナがそこまで愚かではないとも知ってはいた。 しかし、それでも「頼むぞ……ガルド君」と言わずにはおれなかった……。
主なき玉座の前、二人の女性が対峙している。
「まったく……あなたともあろう者が軽率な……」
「そう言うなよレナス……まあ、あの方の復活を前にはしゃぎ過ぎたのは認めるがな?」
メイド服を身に付けた二十代半ばの女性が咎めれば、対する黒い軍服っぽいデザインの恰好をした女性は苦笑しながら応える。 ラミアスという名を持つ彼女は、フライハイトの城を襲った黒き魔竜本人なのである。
「いきなり相手の本陣に乗り込み頭を討つ、そういう面白味もないやり方は……」
「分かっている、イリス様のやり方ではないのはな? それにしても噂の魔女姫、只者ではないな。 それにガルドと言ったか? あの少年剣士もな、私の火球を蹴ったり切り裂くなど非常識だ」
魔王様が復活すれば間違いなく世界征服の野望へと動き出す、その際に困難な障害となりだろうなとラミアスは付け加える。
「あなたが言うなら対策は考えるべきか……しかし、すべてはイリス様の決める事でもありますが……」
「そうなるな。 しかし……もうイリス様復活の予想時刻はとっくに過ぎていないか?」
ラミアスが首を傾げると、レナスは「あ……!」と口元に手を当てた。 その仕草は彼女が何か失敗をした時のものだと知っている。
「お前……今度は何をやらかした?」
意識が覚醒し目を開くが、そこにあったとは暗闇の世界だった。
それでも彼女が戸惑ったのも一瞬の事、すぐに自分がいるのが棺の中だという状況を理解する。 どれくらいの時が経ったのか、一瞬とも永遠とも思える眠りだったと感じる。
「殺されても死ぬことが出来ん存在というのもな、互いに良い事なのか悪い事なのか……」
自嘲気味に呟きながら右腕を伸ばすのは蓋を開けて起き上がる為であったが……。
「……あれ? 開かんだと?」
触った感覚で頑丈そうな棺であるから蓋の重さもそこそこあるのだろうが、それでも魔王たる自分の力で持ち上げられない道理はないはずだ。 不審に思ういながら今度は両手を使ってみるが結果は同じである。
「お、おい! ちょっと待てい! どうなってるんだっ!?」
何度も両腕に力を入れて必死で蓋を開こうとするが、まったくその気配はない。
「棺、開けっ! 棺……何故開かんっ!!?」
狭く暗闇な空間に木霊する魔王の叫びに、応える者はいなかった。
この後に魔王の城では少しばかり騒動があったのだが、説明する程のものでもないので語る必要はないであろう。
なので物語は半日ほど進む……。
「……まったく適当な作者だ……」
千年ぶりに玉座へと腰かけている人物が呆れた風に呟いた後には、すぐに不敵な笑みを浮かべて二人の部下を見下ろす。 このメイド服を纏ったレナスと今は軍服めいた服装をしている魔竜のラミアスは、彼女にとってはもっとも付き合いの長い部下達である。
「魔王イリス様……」
「何だ、魔竜ラミアス?」
ラミアスがしばし沈黙したのは、言っていいものかどうか迷っていたからだが、やがて意を決して口を開く。
「何と言いますか……えらく可愛らしいお姿になってしまわれて……」
ラミアスの視線の先、そこにいるのは間違いなく魔王イリスである。
ツインテールにした金色の髪といい、自分を見返す金色の瞳は昔のままであるが、記憶の中では二十歳くらいであった外見が十代前半……いや、十歳前後というくらいまで縮んでいたのであった。
「それは言うなっ!! つか、これは我も予想しなかった事だ!!」
幼い外見に不釣り合いな尊大な態度と口調はやはり主人のものだと思う。
「……力も完全に戻ったは言い難いようだ。 まあ、物事はそうそう思った通りにいくものでもないという事か……」
不愉快そうに鼻を鳴らしてから、今度はレナスへと視線を向けるイリス。
「それにしてもレナスよ。 我の棺をよりにもよって物置へ仕舞うとはどういう了見であるか?」
そう、遡る事数百年前の年末の大掃除の時である。 魔王の遺体の入った棺とはいえ玉座の前にいつまでも置いておくのも不用心と思ったレナスは、ひとまず物置へと運び込んだのだ。
そしてそのまますっかり忘れていたため、棺の上には数百年分の物がのっかていたため蓋が開かなかったのである。
「てへ☆」
「てへ☆……じゃねぇぇええええええっっっ!!!!」
イリスは勢いよく怒鳴りながら立ち上がったものの、すぐに舌打ちしてから座り直した。
「……まあ、いい。 貴様のそれは今に始まった事でもない……」
千年前の散々やらかした出来事を思い出す、ワザとやっているのか本当に天然なのか、イリスにも未だに計りかねているのがこのレナスという最も付き合いの長い部下なのである。
「それよりもこれからどうするかだが……まずは我が眠っていた間の事を話してもうらおうか?」
レナスとラミアス、魔王の従者である二人は揃って頷いた……。