唐突過ぎる魔竜の襲撃編
澄み切った青い空を白い雲が流れる平和な時間の流れる、その下に広がるのは誰がどう見てもファンタジーと分かる世界の街並みである。 その中にあるひときわ大きな石の建造物は、やはり誰がどう見てもファンタジーのお城だ。
「……この平穏もいつまで続いてくれるか……」
テラスから街並みを険しい顔で見渡している中年の男、名をルシード・フライハイトという。 無駄に豪華なマントを羽織い頭に王冠というスタイルは、彼がこの国の国王だからだ。
そのルシードの背後で「はい……」と頷くのは、前髪が長いわけでもないのになぜか目元が影なっていて見えないといういかにもモブっぽい側近だ。
もっとも本当の意味で平和な国というものでもない、魔王は遥かな昔に倒されたとはいえ魔の物は健在で何だかんだと悪事を働くし、人間にだって問題を起こす犯罪者も当然いる。
「偉大なる大預言者ノスト・ラダメスの予言した年……千年前に世界を恐怖と混乱に陥れた魔王イリスの復活の……」
「そういうものは外れてほしいものだがな……」
胸中を不安が支配するルシードの耳に「残念だったぁぁああああっ!!!!」という声が頭上から聞こえ、反射的に顔を上げた。
そこにはゆっくり空から舞い降りてくる全長十メートル程の巨体、頑丈そうな黒い皮膚で覆われたそれは……翼を生やした黒いオオトカゲであった。
「ドラゴンと言わんかぁぁあああああああっ!!!!!」
不意にそんな事を叫ぶ巨体に「ドラゴンだとっ!?」と驚愕のルシード。
「そう! 私は正確には魔竜! 魔竜ラミアスっ!!」
「魔竜ラミアスだと? 四天王の一人の名だと?」
王たるもの歴史を学ぶのも当然だが、無論歴史学者程の知識はない。 しかし、千年前とはいえ魔王の四天王というレベルの存在であるから否応にも記憶してようというものだ。
「そういう事よ! 間もなく復活なさるイリス様へ復活祝いに貴様らの絶望の悲鳴を捧げようというわけよ!」
愉快そうに笑うラミアスには「何というはた迷惑……」という側近の呟きは聞こえなかった。
「そうわけで死ね人間っ!!」
大きく開かれた口死の宣告の言葉と共に吐き出されたのは、人間二人を殺すには十分すぎると見える紅蓮の火球であった……。
「魔竜ラミアス、軽率な行動をして……」
怒っているとも呆れているとも聞こえる呟きを発したのは、誰がどこからどう見てもメイドのものであると分かる衣装を纏った女性である。
「あの国、バーンテオの”魔女姫”は侮れんという情報があるとあれ程言ったというのに……」
主に留守でも無意味に時間を過ごしてはいない、来るべき時に備えて情報収集は怠ってはいなかった。
「……とはいえ、行ってしまったものは仕方ありませんか……はぁ~」
溜息を吐いた後にメイドが視線を向けた先には、間もなく蘇る主人が座る事になる玉座があった。
「なんとぉぉおおおおっ!!?」
黒き魔竜が巨体を捻るように火球を回避した。
「女の子だと!? 蹴り返しただとっ!!?」
唖然とする男二人の前に立って魔竜を見上げる十代半ばくらいの少女、短い薄紫の髪を持ち半ズボンに白いTシャツ、そして腰にポシェットを付けたその姿は少年という風にも思わせる。
「どういう冗談だという! 火球だぞ! 火の玉なんだぞっ!! 蹴り返せる道理がどこにあるっ!!?」
火球を吐き出す寸前に国王達に駆け寄って来た少女が、「てやぁぁああっ!!」という掛け声で放った火球をボールめいて蹴ったのは、ラミアスには現実のものとは思えない光景だった。
力強そうな紫の瞳で、空に浮かぶ自分の何倍もの巨体を見上げていた少女は、次の瞬間には無邪気な笑顔をしてみせた。
「気合いと根性!」
「そんなわけあるくぁぁあああああああっっっ!!!!!!」
「いや……実際にやってるじゃん?」
言いながらポシェットのジッパーを開くと手を突っ込む、そして中から取り出したものは何と竹箒であった。 少女の身長よりも長いそれは、誰がどう考えてもポシェットから出てくる代物ではない。
「トカゲのくせに空を飛んでるなら……」
少女はホウキに跨り、そして「こっちもね!」と石の床を蹴って跳ぶ……いや、飛んだのであった。
「ホウキに乗る!? 飛ぶ!? 魔法? 貴様は……!?」
最初はゆっくりと浮き上がっていた少女は「ん? あたし?」と答えると同時に一気に加速すると、実際体当たりでもするかの勢いで突撃して来たのに思わずラミアスは身構えてしまう。
だが、少女が僅かに軌道を変えたのでぶつかる事もなく、ラミアスのと同等の高度で静止した、両者の距離はおよそ五メートルといったとこだ。
「あたしはアルナ。 アルナ・フライハイトよっ!」
「アルナ……?……そうか、貴様が噂の”魔女姫”か!」
「そういう事。 で? あんたは?」
少女の気軽な口調は、まるで目の前の自分を敵と思っていないとも思わせて、ムッとなるラミアスである。
「私は魔竜ラミアス。 魔王イリス様の四天王の一人だ!」
名乗ると同時に火球を吐き出す、この距離で回避出来るはずもなくアルナと名乗った少女を直撃した……かに見えたが、ギリギリという風だがかわしていたのに驚愕し目を見開く。
「……あっぶなぁ……にしても魔竜? トカゲじゃなくてドラゴンかぁ……」
「トカゲ言うな! つか何故避けれた!? 本能でこちらの攻撃を察したと言うかっ!? それとも宇宙に進出した新しいタイプの人類の直感力なのかぁっ!!?」
驚いたという風ではあっても怯えた様子のほとんどないのが、ラミアスには少女をとても人間であるとは感じさせない。 怪物の自分が言うのも変だが実際バケモノじみている。
「お返しっ!」
アルナは僅かに高度を下げると、そこからラミアスの下あご目掛けて加速した。
そして「たぁあああああっ!!」という気合いの声と共に右の拳を振り上げたのである。
「……ぐばっ!?」
いわゆるアッパーカットなのだが、その衝撃はとても人間のそれではない。 彼女の皮膚は鉄の如き硬さを誇るのだ、人間が並大抵の武器を使ったところで衝撃や痛みなどあるものではない。
ましてや殴った方が「……結構硬いなぁ……」と呑気に呟いて済む程度のはずもない。
「……魔女姫アルナ、簡単に相手には出来んという事か……」
「ん? 諦めて帰る?」
それならそれで良かった、別に戦う気のない相手と無理に戦ってまで倒そうという趣味は、アルナにはない。
「そうだな……だが、手土産くらいは!」
再び火球が放たれたが、今度はアルナではなく彼女の遥か下目掛けて放たれた。
その斜線の先にはいきなりの事に驚くルシードと側近の姿があった……いや、いつの間にはそこに一人の少年が加わっていた。 少年は腰に差した剣を抜くと同時に跳躍した、傍にいる大人の頭よりも高いという驚きの跳躍力もだが「たあっ!!」という気合いと共に振るわれた剣は紅蓮の塊を文字通り真っ二つに切り裂いたにまたも驚愕する魔竜である。
少年が着地すると同時に二つに分かれた炎がテラスの両隅に着弾するのと更に同時に、「なんじゃそりゃぁぁああああっ!!!?」というラミアスの叫びも響く。
「一人で先に行かないでよアルナ……」
十代半ばから後半くらいの青い髪の少年は、ホウキに跨り浮いている少女を見上げて呆れた風に呟くと、次に黒き魔竜へとグリーンの瞳を向けた。
「貴様は……?」
「俺はガルド……ガルド・ディアン!」
ラミアスの問いに答えるガルドが構える剣は良質ではあるが、特に特殊な力も感じない普通の物だと見えた。 だから「貴様……どうやって私の火球を斬った?」と更に問う。
「気合いだ」
「だからぁぁああああっんなもんで斬れるかぁぁああああああああっっっ!!!!!」
アルナにしても新たに表れたこのガルドという少年にしてもあまりにも非常識すぎる。
「……まったく、こんな連中をこれ以上相手には出来んか……」
言うや否やゆっくりと上昇を始める、鋭い眼光で剣士の少年を睨み、次に魔女姫の少女も睨んだ直後に一気に加速し、あっという間に空の彼方へと去って逝った……。
「……って! 逝ってないわぁぁあああああっっっ!!!!!」
……否、最後にそんな叫び声を青空に響かせた。
何をするでもなく魔竜を見送っていたアルナは「……って言うか、結局あいつって何だったの?」と首を傾げたのであった。