8話 料理と威厳と
家に帰るとお母様が出迎えてくれた。
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったですね?」
もうすでに外は暗い時間。こんな時間に帰ってくるときはだいたい部活を遅くまでやった日だ。
「部活してましたの。」
「あら。そうでしたの。例の彼氏、佐藤くんに紹介した?」
「う、うん。」
ずっと一緒に生活しているお母様には私の行動がしっかりとバレていしまいます。
何事も察してくれるのはありがたいと思うときもあるのですが、恥ずかしい事までバレてしまうのでそういう時は不便です。
「あら、それに、そわそわしてるわね。何か嬉しい事でも言われた?」
「ふぇ!?う、ううん。言われてませんわ。」
嬉しいこと……ああいう言葉言われ慣れてる……はずなのに。別に何も変わらないはずなのに。
何か違うこと、といえば彼は私を助けてくれただけ。別れようとしたら向こうが無理やり迫ってきたところを止めてくれただけ。
(あの時は、素直にうれしかった。でも、関係、あるのかな。)
ぼーっと考え込む。理由が分からない。何か特別なわけでもないはずなのに、彼が言うとうれしく感じてしまう「何か」があった。
「あらあらあら、可愛いですこと。」
お母様にはそれを照れていると勘違いされたようです。お母様が私のことを間違うなんて珍しいこともあるものです。それとも、それが正しかったりするの……?いえ、そんなはずはないです。自分のことは自分が一番わかるはずです。たぶん。
それはそうとして、なにかやろうとしてたような……。あ。
「あ、ちょっとやらなければならないことがあったのでした!」
「はぁ。これだと私らしくありませんわ。学校では意識しないと。今までこんなに意識することなかったのですが……。」
何をと言われると漠然としか答えられないのですけど、この感情を抑えないと、私の何かが失われる気がして、嫌なのです。
ぼーっと原因を考えると頭の中に佐藤くんがでてきた。今までのことがループされ、自然と顔が赤くなる。
(そう。私は早乙女家令嬢。何でもできる天下のお嬢様。そう、言われ続けてきた。だから、誰かに助けられる、と言う経験をしたことがなかった。)
「遼くんのバカ……。」
ふと今日の昼の遼くんのお弁当を食べてる姿を思い出した。かなり喜んでましたし。料理、練習しましょうか。
キッチンへ向かう。私の家のキッチンは無駄に広い。ええ、大袈裟ではなく無駄に。
メイド達が複数人で作業しますから。来客時の晩餐会などでこの広さでも足りないくらいの料理が作られることがある。
そこには既に先客がいた……お母様が。
「あらあら?彩じゃない。どうしたのです?」
お母様がすぐに私のことに気づく。足音で気づいたようです。にしては速すぎる気もしますが。まるで来るのが分かってたかのような反応速度でした。
「お母様は何故ここに?」
「久々に料理でも作りたくなりまして、ね。」
お母様は、こう、昔を懐かしむようなどこか遠くを眺めながらぽつりとつぶやいた。
「え!?お母様料理出来ましたの!?」
失礼ですけどかなり驚いてしまった。特にお母様は気にしてないようですが。
「あらあらあら、知らなかったの?私はお嫁に来る前、普通の一般家庭で育ってて、料理はしてましたのよ。今はメイドに取られちゃって出来ないだけですよ。」
一般家庭でお父様が一目惚れして結婚した、というのは知っていましたが。と言うよりお母様に嫌と言うほど聞かされたのですが。でも料理はしている姿を見たことがなかったので驚きました。
「彩、料理したことないからあまり出来ないんじゃない?」
うぐ、図星ですけど、こうも言われると悔しい。何でもできる、というのは表向きで、実はこういうことをできなかったりするのですが、メイドがサポートしてくれるため、そこは自然となかったことになっている感じがある。
(わたしだって、何でもできるわけじゃ、ないのですよ。皆さん……。)
悪い言い方をすれば、要するにお金の力だ。できない所はお金の力でサポートされている。幸い?なことに本人が努力しない限りどうにもならない勉強や運動は元々できたので、内情を知らない周りからみたら何でもできる完璧超人に見えるわけだ。そのイメージを崩したくないゆえに苦労してるのですけど。
(今の私の態度が通っているのは周りより優位だから。それがなくなると、どうなるかなんて想像したくないですね。)
「彩?どうしたの?」
お母様が何時ものお淑やかな婦人から昔の一般時代の口調に戻る。こういう時はお母様は昔の事を思い出しているとき。
「えーと。できませんが、一応少しはメイド達に教えてもらいましたので。」
「食べてて思うのだけど……こういうのもなんだけど私の方が上手よ。偶に食べたいって言われることもあるわよ。」
「え、お父様に?」
意外でした。お父様がお母様に料理作ってくれ何て頼んでいるところを想像して、くすりと笑ってしまう。
「彩には威厳のあるお父様で居たいみたいでね。ああいう態度とってるだけよ。あ、これお父様には内緒ね?」
「ええ。」
流石親子、というか。お父様も私と似たようなことをしていておかしかった。威厳の維持も大変そうですね。他人事ではありませんが。
「料理なら私が教えてあげるわ。ほら、こっちよ。」
私はお母様に手を引かれて、キッチンへ連れ込まれる。
そこには大量の食材が置かれていた。
「お母様、結構作る気でしたね?」
「ええ。彩も練習に来る、そんな気がしたから。」
結局、お母様のお料理教室が始まった。
「基本的だし、出来るでしょうけど、タイミングが大事よ。遅くなりすぎないようにね。」
「は、はい。」
さくさく進んでいく。お母様はかなり手馴れているようで全然平気そうでしたが、私はついていくのに必死でした。
気づいたらだいぶ出来上がってきた。野菜と肉。あとデザートも。
「やっぱりメイドだと見た目には拘らないみたいね。皮をこう……少し浮かせると、ほら。」
「はい。」
「見た目も大事なのよ。半分にして、下を分けると……。見た目でも味の感じ方はだいぶ変わるのよ。」
「あ、彼氏の好みを把握できてないでしょうけど、聞いてみたらいいんじゃない?」
何故か唐突に彼氏の話題になる。なぜでしょう。
「う、うん。」
好みかぁ。佐藤くんが私のお弁当を食べている姿を想像する。
味の好みを明日聞いておきましょう。
「顔が赤いわよー?お弁当喜んでくれている姿でも想像したのかしらー?」
気づいたらお母様が笑顔で私をのぞき込んでいた。
「ち、違いますわ!火が少し暑かっただけで!」
反射的に否定してしまう。お母様に隠してどうするのですか。
「可愛い反応するわねー。バレバレよー。」
「ぅぅ……。」
否定しても無駄だったようですが。
料理が完成した。昨日のお弁当と全く違う、見た目が良くできた。でも一言言いたいのですが…。
「お母様、流石にこれは。」
ハートが描かれていた。ええ、それはそれははっきりと。
「あら、割とノリノリで描いていたじゃないの。」
「あれは何となくその場の感じに流されただけで!」
流される私もどうかと思いますが。今振り返って完成形を見ると凄く恥ずかしい。
「こういうのは男の人も嬉しいものよ。私が料理作るときお父様にはこういうの作ったりしてましたよ?」
「ええ……。」
お父様の私が思っているイメージが崩されていく。
「ほらほら、お父様に食べさせに行くわよ♪」
何故か私よりもお母様がノリノリな気がしますけど。きっと気のせいでしょう。今はそう思うことにした。
明日からは一人で頑張って作ってみましょう。どうせなら私が一人で作ったものを食べてもらいたいですし。
「はい、お父様。」
「む?二人が運んでくるなんて珍しいな。」
私とお母様を交互に見て何か少し焦っている感じが出ていた。もうお母様から聞いてますから遅いのですが。
「はい。これ今日のお夕食です。彩も一緒に作ったのですよ。」
彩もの部分を露骨に強調してくる。そこまで言わなくてもいいのですが。
「そ、そうか。彩が……。」
かなり焦っています。見てて面白いと思ってしまいました。くすり、と軽く笑ってしまった。
もう、言ってしまいましょうか。
「お父様、隠さなくてももうすでにお母様から色々聞いてますよ。その愛情たっぷりの料理のことも。」
「ごふっ!ごふっ!」
お父様が盛大に咽る。すごく動揺してますね……。
「隠さなくていいですよ。私はそういうお父様のほうが親しみやすいですし。ほら、そのハートがある。私が作ったのですよ。食べて、くれますか。」
お父様に、問いかける。嫌と言わないのはわかっているが、何故か少し緊張してしまったのです。
お父様がそっと口にはこぶ。
しばらく沈黙した後、急に泣き出した。
「え、ちょ、お、お父様!?」
「彩……こんなに育ってくれてうれしいぞ!!!」
「ちょ、く、苦しいです……。」
お父様が壊れた。急に壊れた。今まで我慢していたものが弾けたように。私はされるがままお父様に抱擁され続ける。
お母様が横でそれを見ながらくすくすと笑っていた。
それをみて私も自然と笑顔になる。
(まったく。威厳も何もないじゃないですか。こちらのほうが親しみやすいのでいいですけど。私も、そろそろこんな感じに素直になれたら……なれるきっかけがあれば……。)
雰囲気を台無しにするのもあれなので、すぐに考えるのをやめ、今はお父様を落ち着かせることにしました。
少し変えた都合で彩の悩みをかなり早めに持ってきました。あと、家族の和解も。
結果的にこちらのほうが彩の気持ちについて分かりやすくなりましたが。
相変わらず矛盾が心配です。大丈夫でしょうかね……。
ちなみにこの心配は40話近くまで引きずります。えへ。