16話 揺れる心
パタン、と無気力に手を下ろした時に扉に当たる。その音を聞いて、遼くんがこちらに気づいた。
「あ……や……?」
私はこれ以上ここに居たくなくて扉をバンッと勢いよく閉めて廊下を走る。
「待ってくれ彩!誤解している!」
後ろから遼くんの叫び声が聞こえました。でも私は止まりませんでした。
(どうして……!?)
遼くんは常に私を見てくれていると思っていました。でも……でも違った。忘れたいのに恐らくずっと忘れられないであろう遼くんと結衣ちゃんの抱擁。
(見たくなかった……!心配になって見に来るんじゃなかった!)
行く先も考えず、ただ忘れてたい。一刻もあの場から離れたい一心で走り続けました。ふと、一瞬冷静になる。マイナス思考があふれて止まらない。
「はは……あはは……あれ、そういえばあんなことを私も他人に散々やってきましたよね。やっと上手くいきそうだと思ったのに……。今までの報復を、受けているのでしょうか。」
そう、つぶやく。時間も時間で周りには誰もいないので声が風に流されていく。
元来た道を辿って走ったので、気づいたら部室の前に着いていました。部室を見て、ゆかたんの言葉を思い出す。あの状況になっているのはゆかたんのせいである事は間違いないでしょう。あの状況はどういうことか聞いてあげましょう……!
バンッと扉を勢いよく開ける。ゆかたんが別段驚いた風もなくニヤニヤとこちらを見ていました。
「ゆかたん……!あれはどういうことですか!?説明してくださいますよねぇ!」
「おやおや〜その様子だと見て来たみたいだねぇ。どうもこうも、見たままとしか。」
「貴方が原因でしょう!?さっき変なこと言ってましたし!」
ゆかたんの飄々とした態度はいつものことなんですけど、今はそれが物凄くイライラさせられます。それに、私でも気づいていますけど、稀に見せる真剣な表情、真面目な感じの方が素なのです。だから真剣に話しているのに軽く流されていることがわかり、余計にイライラさせられる。
「はぁ……。あー、まぁ確かにきっかけは作ったけどそこから先は二人の意思だよ〜。あたしはただ手助けをしただけ。」
「きっかけを。無理矢理、ってわけでは無いのですね。」
「うん、そうだよん。あたしは何も強制はしてない。」
「そうですか。もう今日は帰ります。」
あんな物を見せられて、二人と同じ部屋に居たく無いのです。二人は確実にこの部室に来るでしょう。
だからもう今日は帰ることにしました。
「おろろ……お疲れ様〜。あ、そうそう……、彩ちゃん途中で試合放棄したからチェス勝負あたしの勝ちね〜。また今度1つ言うことを聞いてもらうよ?」
最初何故かまるで自分が勝ったみたいな感じで勝負を挑んで来た理由。そう言うことでしたか。私が放棄する可能性があるのをわかってたから。全く。
「はぁ。変な方向に「だけ」は頭が回るのね。わかったわよ。では、ごきげんよう。」
部室の扉を勢いよく閉めかけて……やめた。ゆかたんは殆ど嘘をつかない。おそらく、本当に何もしてはいないのでしょう。扉に八つ当たりしても仕方ありません。
今日の帰宅は、終始無言でした。紫雲さんも何かを感じてかそっとしておいてくれました。こういう時優秀であってくれるからありがたい。
家の扉が、いつもより重く感じました。錯覚なのはわかってますけど……。
家に入るとすぐにお母様が私の様子がいつもと違うことに気づいて声をかけてきました。
「あらあら、彩。何かあったの?」
「ぉ、お母様……。いえ、何でも……。」
お母様に会った途端に少し安心し、ふっと体から力が抜けました。
「あらあら……?何かあったようね。とりあえず今日は一旦落ち着くために自分の部屋でゆっくりしなさい。私には落ち着いてから話してくれたらいいから。」
「ぅ、うん。」
紫雲さんにも何となく気づかれるレベルで露骨に出ているようなのでやはりお母様はさっしてしまう。
お母様に言われ、自室へ行き、ベッドにダイブしました。しばらくベッドに寝たままぼーっとしました。
「どうしてよ。どうして上手くいきかけたとたんに邪魔するの。」
以前は男の浮気なんて当たり前のように流していた。発覚したらすぐに別れてたし、別に悲しくもなかった。でも、遼くんは違った。
(何で……何でたった数日しか付き合ってないのに、ここまで……)
そう、遼くんと付き合い始めてまだ数日。1週間も経っていないのです。なのに、なのに一月付き合った男の子よりも、関係が深く、上手くいっていた。別段特別なことをしたわけではないのに。何故かは私にもわからない。だけど、彼となら上手くいきそうな予感がしていた。けど、まさかこうなるとは思っていませんでした。
少し、落ち着きました。
ゆっくりと冷静に思考ができるようになり始める。とりあえず状況を思い出しましょう。
部活へ行く時、すれ違ったのは恐らく結衣ちゃんだった。その後、部室へ行くと、ゆかたんだけが居た。ゆかたんが遼くんを結衣ちゃんに迎えに行かさせる。それからしばらくすると、私に説明する。それを聞き、私はダッシュで結衣ちゃんの教室へ向かう。すると二人が抱きしめあって居た。
(これらの状況的に明らかに結衣ちゃんと遼くんが二人きりの状況を、主に私から遠ざける目的で動かされていた、ということがわかりますわね。でも、でもそれだけじゃ抱きしめ合うことを確定状況にできない。しかしゆかたんはまるでわかっていたかのような口振りでした。)
何かあの状況になる確信的な理由をゆかたんは知っていた……?私でも知らないような事を……?
結局考えても私が知らない事であることが多すぎて、答えが出なかった。
コンコンコン
ノックオンが聞こえた。慌てて返事をする。
「彩〜そろそろ落ち着いた〜?」
お母様でした。そういえば落ち着いたらお話してと言われていたのでした。考え込んでしまっていてすっかり忘れていました。
「ぁ、う、うん!」
扉を開けると紅茶を持ってお母様が入ってきました。
「で、佐藤くんと何があったのかしら?」
言ってもないのに佐藤くんと指定してくるあたり想像はついているってことなのでしょうか。そこまで私は単純だとは思わないのですが……。
遼くんが後輩と抱きしめあっていた事を伝える。お母様は何かを思い出すように、懐かしむようにしばらく紅茶が入ったカップを眺めていました。
「懐かしいわねぇ。私もそんな感じのことがあって問い詰めたもの。」
「お父様に?」
お母様がゆっくりうなずく。昔を思い出しているのか遠い目をしていました。
「ええ。原因も同じ感じ。でもね、理由を聞いたら納得したのよ。誤解だって。」
「誤解……。」
誤解。遼君から離れるときに聞こえた言葉。
「だからね、彩。理由があるかもしれないのだから話し合ってあげたらどう?」
「……。」
そうは言われても私は遼君と話したくありませんでした。
「あ、そうそう、深く恋していれば恋しているほど、誤解をしやすいし、ショックを受けやすいのよ。だからね、貴方は今、とても佐藤くんにきちんと恋をしているの。」
「私が、遼くんを……。」
「じゃあ、頑張りなさい。母は応援しているわよ〜」
お母様はそっと私の部屋から出て行きました。きちんと私の分の紅茶が残っていました。紅茶をじっと眺める。
(私が……遼くんに恋をしている……。)
手に持った紅茶をじっと眺める。自分の顔が映っていて中身がゆらゆら揺れていました。
今はただ何も考えず、ベッドで寝ていたい気分でした。