スカートひらり
騒がしい廊下をキュッと鳴らして早足で歩く。リノリウム製でてらてらと光る床に足を取られないようにけれど確実に進んだ。
やばいな、時間に間に合うかな。そんなことを思い浮かべつつ向かう場所は図書室だ。そこに待ち合わせている人物がいるから、なんて簡単な理由なんだけど。
「由佳!」
私を呼ぶ聞きなれた声に振り向くと、案の定そこには親友の沙耶がいた。親友でもあり幼馴染みでもある彼女とは家こそ近いものの、部活動も異なる上にクラスも異なっており、最近はあまり顔を合わせていなかった。とはいえ、私には談笑している時間が無い。
「何か用?私、急いでるんですけど」
別に彼女が嫌いな訳では無い。この対応は普通だし、本当に急いでいるだけなのだ。本当は走りたいほどに……今は走る時ではないから走らないけど。
「もう、冷たいなー。用ってわけじゃないけどさ、どこいくの?」
「図書室。委員会の仕事があるから」
淡々と答える私とは反対に沙耶はニンマリとした笑顔を浮かべた。うわあ、嫌な予感がする。そう思った私の思考は正解だったようで、彼女は私の腕をつかみ隣に並んだ。
「私もついてく!智也くんも一緒なんでしょ?」
ぐっ、と変な声が私の口から漏れ出た。
「あ、やっぱり当たり?ねぇ、仕事の邪魔はしないから!」
「沙耶、暑いからくっつかないで」
熱心にひっついてくる沙耶を軽く突き飛ばすと彼女はむっとした顔を作りながら離れた。
「誤魔化さないの!良いでしょ、ね」
きらきらした瞳で見つめられるともういけない。何故だか彼女の言うことを聞いてしまいたくなる。それに、時間が無い。ただでさえ少ないお昼休みを1秒だって無駄に過ごしたくはなかった。
「わかった、ついてきていいよ」
私が諦めるのにはそう時間はかからなかった。
彼女はそれはもう嬉しそうに笑い、私の腕にしがみついた。私よりも大分背の高い彼女にそれをされると重たくて困る。
「さっきも言ったよね、暑いからくっつかないでーって」
「ねぇ、暑い暑いって言うくせに何で由佳はスカート折らないの?」
「こら、そっちこそ話をそらすな」
「えー、いいじゃん。由佳のそのスカート丈、謎だったんだもん」
口を尖らせながら言う沙耶と比べれば私のスカートは長い、というか沙耶がまず短いのだが。絶対校則に違反している。
そう、私が突っ込むとみんな同じように短くしている、と彼女は胸を張って言った。寧ろ由佳がおかしいのだ、昔のヤンキーみたいだ、と。
「長くしてる理由はないの?短い方が涼しいよー」
そりゃあ惜しげも無く太ももギリギリまで空気に晒していれば涼しいでしょうね、と口から出かかったが抑える。
「別に、校則を守っているだけだし」
「それにしたって長すぎでしょう。膝にかかっていればいいのよ?」
まだ追及してこようとする彼女にどっちにしたってあんたは間違いなく違反でしょう、と言ったところで図書室についた。
静かに、とだけ付け加えて扉を開ける。中の冷房によって冷やされた空気が逃げてしまう前に体を中に滑り込ませるとカウンターには既に彼がいた。
「智也くん、遅れてごめん」
一言声をかけるとこちらに気がついた彼はふわりと笑った。
「今日は利用者も少ないし気にしなくていいよ」
そう、優しい声をかけるのだ。
「ありがとう」
笑う私に面白そうな顔をして笑う沙耶。彼女は知っている、私が彼のことを好いていることを。それが理由で図書委員になったことを。
彼は知らない、私が彼を好きなことを。私が少しずつ彼好みになろうとしていることを。
私は駆け寄った。彼の好きなスカートの翻る感覚を意識しながら。
ふわりと広がる裾が好きなのだ、と。昔読んだ小説の影響でね、少し変な趣味かな、と言い彼は笑った。けれど、私は思ったのだ。この学校の女子の多くはスカートを短くしている。翻るスキは、ない。
だから今日も私はスカートの丈を長くしたまま、彼の前でスカートを翻す。彼のスキに入れるように。