ヴァルプルギスナハト
目を覚ますと朝だった。
小鳥の啼く声が寝室に反響する。
「はぁ……眠い……」
昨夜遅くまで作業していた所為でまだ眠い。今日は終焉誘う狂宴まで予定は無いし、二度寝しよう。
睡魔に身を委ね、再び安息の極地へと至る為に私は目を閉じた。
するとそこに、
「フィーネ、おっはよー!」
勢いよく部屋の窓が開かれると同時に、けたたましいモーニングコールが飛び込んできた。その所為で先程までの睡魔はどこかへと消え去ってしまった。仕方がないのでベッドから抜け出し、声の主を睨み付ける。
「……うるさいわね。こんな朝早くから一体何の用があって私の睡眠を妨げるのよ、ドルチェ」
窓の外。箒に跨り宙に浮く女人に、私は机の上の羽ペンを一本飛ばしながら問う。
「おっと。危ないなー。もう」
ドルチェは片手を突き出し、魔法を使って羽ペンを空中で止めると、そのまま部屋の窓にゆっくり箒を寄せてきた。
「はいこれ。そんなにカリカリしてるとお胸も大きくならないゾ☆」
私の飛ばした羽ペンを返しながら、自分のたわわな胸を揺らして嫌味を言うドルチェ。
「余計なお世話よ。それで、本当に何の用なの?」
「いやー、たまたま近くを通りかかったから、ちょっとちょっかいかけたくなっただけー」
「ちょっとって……はぁ、まあいいわ。目も覚めちゃったし、上がっていきなさい。どうせ、まだ朝ご飯食べてないんでしょ?」
「え? いいの? やったー♪」
お邪魔しまーす、と言いながら窓から入ってきたドルチェと一緒に、私は食堂へと向かった。
私たちは魔女。神と呼ばれる世界の抑止力から生み出された神造兵器。私やドルチェの他にも魔女は三人いて、今はそれぞれ共通の目的の為に協力してる。
私たちの目的。それは抑止力の排斥。抑止力が私たち五人の魔女に与えた使命は人間の絶滅だけど、そもそも私たちってプライドが高くて誰かに従うのが嫌いだから、まあ生みの親に叛逆もしたくなるのよ。飼い犬に手を噛まれるとは正にこの事ね。そういう訳でかれこれ数十年くらい抑止力と戦争してるわ。今夜の終焉誘う狂宴はその為の作戦会議でもあるわけ。まあ、まだ他にも理由はあるけど、それは後々ね。
長々と話されて退屈してるかもしれないけど、もう少しだけ、私の自己紹介だけ付き合ってもらえるかしら?
私は魔女、フィーネ・アフェット。抑止力や人間からは『落陽の魔女』と呼ばれる存在よ。魔女の中で最も早く生まれたから長女なのかもしれないけど、姉としての威厳はみんな無に等しいわね。他の魔女より優れてるところがあるとしたら、抑止力に与えられた『魔獣の権能』だと思う。現在の生態系を破壊し新たな生態系を作るために抑止力が魔女に与えた『獣の権能』の上位互換だと思ってもらえればいいかしら。魔物程度しか生み出せない『獣の権能』に比べて『魔獣の権能』は幻想種や神話生物なんかも生み出せるという感じにね。
他にも説明すべきことはあるけれど、これ以上話しても退屈だろうし、話を元に戻すわね。
「フィーネ~。まだぁ~?」
「もう少しだから我慢しなさい」
「むぅ~」
食堂で椅子に座って朝食を待つ甘美の魔女、ドルチェが不満気に唸る。
チンという音を立てトースターからトーストが飛び出す。小麦色に焼けたトーストにバターを塗りながら、ベーコンの火加減を調節し、卵を投下して水を入れ、蓋をする。そして全体に火が通ったら火を止め、先程のトーストの上に乗せる。あとはマグカップにミルクを注いで完成。
「ほら、朝ご飯出来たわよ」
ドルチェの前に朝食を置き、私はその向かいの席に座る。
「熱いから気をつけなさいね」
「わーい、ありがとー。いただきまーす!」
ドルチェは食前の挨拶を済ませると、塩コショのかかったベーコンエッグトーストに齧りついた。ハフハフしながらトーストを食べているドルチェを眺めつつ私も朝食を食べ始める。
「うぅ……半熟……」
焼き時間を間違えたのかベーコンエッグは半熟だった。
その後、私たちはほぼ同時に朝食を食べ終えた。
「今日、フィーネはどうするの?」
「口からミルクこぼれてるわよ。ほら、動かない。よし、できた」
口の端から滴るミルクをティッシュで拭ってあげる。
「ありがとう。それで、フィーネは今日何するの?」
「えっと、終焉誘う狂宴まで魔獣の最終調整に時間を使うつもりだけど……」
「今度は何を作ってるの?」
「それは言えないわよ。他の魔女が作る魔物を訊くのはNGだって教えたでしょ」
「むぅー。ケチ」
そっぽを向いてむくれるドルチェ。まったく、子供なんだから。
「ケチって……まあいいわ」
仕方なく私はドルチェの機嫌を取るために彼女の長い髪を手入れしてあげると、すぐ機嫌を直した。まったく、子供なんだから。
「それより、ドルチェは今日どうするつもりなのよ」
「私はねー、サピラの所で遊んでくるの」
きゃぴきゃぴと楽しそうに笑うドルチェ。えっと、サピラっていうのは、とある王国に居城を構える魔女よ。人間たちからは屍毒の魔女なんて呼ばれて恐れられているけど、ちょっと根が暗くてマッドサイエンティスト気質なだけで別に悪い子ではないんだけどね。
「へぇ、サピラの所に行くのね。じゃあついでに今夜の終焉誘う狂宴にも来るように言っておいてね。あと、サピラの実験の邪魔はしないようにしなさい」
「はーい」
「うん、いい返事。はいできた。それじゃあ、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきまーす!」
元気よく返事をしたドルチェは、壁に立て掛けてあった箒を手に取り、食堂のテラスから空へと飛び立った。
「ふぅ。それじゃあ私も仕事しようかな」
その影が小さくなっていくのを見送ると、私は地下室へと向かった。
私が今作っている魔獣は神殺しを行うための魔獣。神性への絶対殺害権をもつ魔獣。名前は……まだ決まってないわ。でも、カッコいい名前を付けてあげるつもりだから、期待しててね。
そして、私はその神殺しの魔獣がいる部屋の前へとやって来た。部屋の中からはグルルルル……と件の魔獣の呻き声が聴こえる。私は扉に付いている何も書かれていないネームプレートを指でなぞると、そのまま部屋に入っていった。
気がつくと夕方だった。大量の魔力を消費した所為で身体が重い。まあ、いつものことなので慣れてはいるけど、それでも疲れは疲れだ。幸い、終焉誘う狂宴まではまだ時間がある。
(先に食堂へ行って休んでよう……)
会議なんて言っても五人が集まれればいいので、場所は先程の食堂で十分だ。
私は手近なところにあるヒイラギの枝を手に取ると、それで石造りの床を五回叩いた。すると一陣の風が吹き抜け、私の前に使い魔が現れた。
「どーも主人。今回は人運びのお仕事ですかい?」
人の上半身に獣の下半身。私の使い魔、ケンタウロスのカローツァである。
「うん。ちょっと食堂までお願いできる?」
「へい。お安い御用でさぁ」
学生帽のような帽子を被り直して承諾すると、カローツァは私を軽々と持ち上げて自分の背中に乗せた。そしてゆっくりと歩き出した。
「また魔獣の生産ですかい?」
道中カローツァが暇つぶしの雑談とばかりに訊いてくる。まるで本物の御者のようだ。
「ええ。さっき最終調整が終わったから後は経過観察っていう感じ」
「へえ、そうですか。今度は何を作ってるんです?」
「それは秘密」
「はは、残念。まあ、あんまり無茶なことはしないで下せぇ。魔力の使い過ぎで死んじまいますぜ」
「そうね。気をつけるわ」
「お願いしますよ。っと、着きましたぜ」
カローツァはそのまま食堂に入ると、再び軽々と私を持ち上げ、近くの椅子に座らせた。
「ありがとう。いつもすまないわね」
「ははっ。それは言わない約束です。夕食は五人分作ればいいんですかい?」
「ええ。ごめんなさいね。何から何までやらせちゃって」
「いえいえ。あっしが好きでやってることですから。それよりも、主人は休んでて下せぇ」
そう言うとカローツァはエプロンを着けて厨房へ消えて行った。
ホント、シュールだなぁ……。
私はそう思いながら眠りについた。
「……ネ……ィーネ……フィーネ!」
それから暫くして私は今朝と同じ声に起こされた。
「んぁ……? あれ? ドルチェ?」
「あ、やっと起きた。もぉー、会議始まるよ」
「ん。ああ、ごめんなさいね」
眠気で霞む目を擦ると視界がはっきりしてきた。
「ったく……姉上の方から呼び出したんだぜ? しっかりしてくれよ」
足を組み、私に非難の声を浴びせてくる赤い衣装に身を包んだ女人。彼女の名前はシャルナ。人々からは焦熱の魔女と呼ばれてる。サピラとは真逆で根は明るいけど乱暴な口調と短気なのが理由で周りの人々からちょっと怖がられてるのよ。でも、今は人間とも上手くやってるみたい。みんなも仲良くしてあげてね。
それで、そのシャルナの右隣にいる緑色のパーカーを着てフードを被ってるのがサピラ。左隣は白いドレスに身を包んだ蒼髪の少女。彼女はピクシー。豪雪地帯に居城を構えてるから氷結の魔女って呼ばれてるわ。他人と話すのが極端に苦手だから人目を忍んで(バレてるけど)暮らしてるけど、シャルナには心を開いてるような気がするし、私にも割と心を開いてくれてる……と思う。
で、ピクシーの左隣にドルチェが座って、最後に私。こういう席順。
「まあまあ。そんなに主人を責めないで下せぇ。炎の嬢さん。最近いろいろと忙しくて疲れてるんでさぁ」
と、厨房から何故かフロックコートに着替えたカローツァが出てきて夕食を並べ始める。
「さて、こちら前菜の『蛍烏賊のマリネとポロ葱、春野菜添え』でさぁ。それじゃあ、ゆっくりして下せぇ」
え……なんかフルコース料理なんですけど、カローツァってこんなに器用だったっけ? というか、そもそも食材は何処から……? いやいや、それよりもうちの厨房の規模……って、ええ……。
色々とツッコミどころはあるが、とりあえず私は一口食べてみる。途端、私の手が止まった。私だけではなく、他の魔女たちも手を止めて目の前の料理を見ていた。
結論から言うと美味しかった。蛍烏賊というと、どうしても酢味噌で食べてしまうから、酢味噌の味に負けてしまうけど、これは蛍烏賊の素材の味がストレートに出ている。
「……美味しいです」
最初に口を開いたのはピクシーだった。普段からあまり喋らない彼女が沈黙を破ること自体非常に珍しいことなので私も内心驚いてる。それだけこの料理が如何に美味しいかが分かるだろう。その隣ではシャルナが既に食べ終えて、おかわりー! なんて言っている。
「コラコラ。気持ちはわかるけど、まだ前菜なんだからおかわりを頼まない」
シャルナを諭してから私も二口目を口に運ぶ。うん、美味しい。
「ははっ。そう言っていただけると嬉しい限りでさぁ」
厨房からカローツァが出てきて、空になった私たちのお皿を下げ始める。
「それはそうと皆様方。会議の方はいいんですかい?」
「「「「「あ」」」」」
完全に忘れてた。料理が美味しすぎて。
「はははっ。まあ、あっしはうれしいですけどね。もうすぐスープとパンを持って来やすね」
と言うと、カローツァは再び厨房へと姿を消した。
うぅ……我ながら不甲斐ない。私が一番しっかりしないといけないのに、すっかり忘れてた。
「え、えっと……それじゃあ始めましょうか。それじゃあ、みんな何か報告はある?」
とりあえず私は全員にそれぞれの状況を訊ねた。
「えっと、はい」
最初に手を挙げたのはサピラだった。
「この前、抑止力勢力に潜伏させてた使い魔が帰って来たんだけど、なんか抑止力の神性が三柱分消えたらしい。それも全て軍神クラス」
「消えたって……内輪揉めでもあったの?」
「いや、多分違うと思う。ボクの使い魔が言うには、神性の衝突がなかったから人間がやったんだと思う」
それを聞いてサピラを除いた全員が息を呑んだ。抑止力を殺せる人間なんて聞いたこともないし、そもそもな ところ、抑止力は高次元の存在だから人間の方からは干渉はおろか、存在を認知することすら不可能のはずだ。仮にそんなことが出来るとすれば、それは私たち魔女か、それに準ずる魔物や魔獣、または、抑止力と同等の神性が篭められた武器、神器を所有する人間だけだ。しかし、私たちは未だ抑止力を斃す程の力を持っていない為、私たちの誰かということはありえない。
「お姉様。聖剣の管理は大丈夫ですよね?」
暫く黙っていたピクシーが私に訊いてくる。
「ええ。そのはず。というか、聖剣を持っているからってそう易々と軍神には勝てないわよ」
聖剣っていうのは、私が生まれてからすぐ、私を生み出したのとは別の抑止力が戯れに創り上げた剣のことね。私が抑止力の下を離れる時に、こっそり持ち出して、今は地下室で管理してるの。
「じゃあ、聖剣も使わねぇでどうやって人間か抑止力を認知するんだよ」
「聖剣とは別の神器が使われた可能性があると思う」
「それはないよ」
サピラの話をドルチェが否定した。
「……なんでそう言い切れるのさ?」
あまりにあっさりと否定されたことが癇に障ったのか、少しムッとした表情でサピラは訊ねる。
「だって私、神器の保管場所は見て回ってるけど、どれも使われた形跡がないもん」
えっへんと胸を張るドルチェ。
神器は聖剣の他にも四つあって、それぞれの場所に聖堂が建てられている。
「まあ、この話は保留にしましょう。結論を出すための手掛かりが少なすぎるわ。何か他に報告はある?」
いつまでも結論の出ない話をしていても仕方がないので、私は話を切り上げ、次の報告を促す。
「はーい」
そこでドルチェが手を挙げた。
「えぇっとぉ……神器の保管場所を見てる時に気づいたんだけど、なんか人間たちが教会に集まって私たちを斃すための会議を開いてるみたい」
これにも一同驚愕。ホント、今日は驚いてばっかりね。
「なんでそんなことになってるのかしら。誰か人間に不利益なことでもした?」
私の質問に四人とも首を横に振る。
「あ、それなんだけど、神託がどうとかって言ってたから、多分抑止力が人間に干渉して何か言ったんだと思うよ」
再びドルチェが口を開き、補足する。
「そう……また抑止力の干渉ね……」
私は大きく溜息を一つ吐いてから、それぞれに指示を出す。
「とりあえず、シャルナ、ピクシー、サピラは対人魔物の生産を進めて。私も魔獣を生産するから」
「私はどうするの?」
今、名前を呼ばれなかったドルチェが訊いてくる。貴方には説明してなかったけど、ドルチェは『獣の権能』を持ってないのよ。代わりに魔物に知能と心を与えることはできるけどね。
「あなたは偵察。人間たちの拠点を回って可能な限りの情報を集めてきて」
「了解♪」
と、大体話がまとまったところで、
「話も一段落着いたところでデザートにしやすね。飲み物はどうしましょう。コーヒーと紅茶がありますが」
あれ? うちにはコーヒーしか置いてなかったはずだけど……しかもインスタント。まあ、いいか。
「じゃあ、コーヒーお願い」
「ボクもコーヒーで」
「私もコーヒー♪」
「オレもコーヒー」
「えっと、じゃあ私も同じものをお願いします……」
「あいよ。全員コーヒーですね。じゃあ、少々お待ち下せぇ」
全員のオーダーを確認し、カローツァは再び厨房へと下がっていく。
「えっと……他に報告はある?」
誰も手を挙げない。
「じゃあ、今回はこれで終わりね。デザートはゆっくり味わいましょう」
私がそう言ったからなのか、直後にカローツァがデザートを持って来た。
「こちら、デザートの『リンゴとアーモンドクリームのパイ、ヴァニラアイスクリーム添え』とコーヒーです」
私たちの前にデザート置いて、また厨房へと下がっていった。
前菜、サラダ、スープ、パン、メインディッシュ、フルーツとどれも美味しかったので、デザートも期待して、私は口に運んだ。
美味しい。うん。とても美味しい。リンゴの酸味と甘味にアーモンドの香ばしさが見事にマッチしていた。その上、パイの上に乗せられたヴァニラアイスの甘味がさらに美味しさを引き立てている。
私はコーヒーを一口飲んで、そのコーヒーが普段のコーヒーと違うことに気づいた。
「これ、いつも飲んでるインスタントじゃない……!?」
あまり高いコーヒーは飲んだことがないのでよく分からないが、普段飲んでるインスタントコーヒーよりも数倍美味しかった。
「姉さん……いつもインスタントコーヒーなんか飲んでんの?」
サピラが憐れみを含めた目をこちらに向けてくる。何も言わないが、ピクシーも同様の視線をこちらに向けている。え? 何コレ? なんで私が悪いみたいになってるの?
「しょうがないじゃん! フィーネはサピラと違って、そんなにお金持ってないからインスタントコーヒーしか買えないんだよ!」
ドルチェが立ち上がって抗議の声を挙げる。
ドルチェ、必死にフォローに入ろうとしてるのは分かるんだけど、それは返って私の傷を抉ってるのよ!
ちなみに、私たちの中で一番収入が多いのがサピラ。その次がピクシーね。それぞれ医者と冷凍保存業を営んでるから儲かるのよね。
「オレはそういうの分かんねぇんだけど、何か違うのか?」
シャルナが首を傾げる。彼女はそういう拘りとか一切ないからこういう時は助かる。って言ってたらピクシーがシャルナに耳打ちしてるんだけど。一体、何を話してるんだろう?
そう思っていたら、シャルナが何かを理解したような顔で私を見てきた。
「なぁんだ。つまりは姉上が貧乏ってことか!」
「うるさいわね! 大きなお世話よ!」
その時、厨房からクスッっという笑い声が聞こえた。
うぅ……なによ、みんなして……。
「ま、まあそれはそれとして、美味しいわね。このコーヒー」
「「「「じー」」」」
みんなの視線が痛い……もう泣きそう。
そんな感じで楽しい|(?)夕食の時間を過ごし、今回の終焉誘う狂宴は解散となった。
「はぁ……もうなによ、みんなして……」
私は誰もいなくなった食堂でテーブルに突っ伏しながら愚痴をこぼしていた。
「お疲れ様でさぁ」
フロックコートから元の服装に着替えたカローツァが空いたカップにコーヒーを注ぐ。
「あ、お風呂のお湯は沸かしてありますよ。あと、ドリッパーとサーバー、それとコーヒー豆は置いて行きやすね。それじゃあ、あっしはここで」
「うん。ありがとうね」
私は突っ伏したまま、顔だけ向けて感謝の言葉を告げる。カローツァは帽子を被り直すと、一陣の風となり、消えてしまった。
「さて、と」
私はカップに残ったコーヒーを飲み干すと、風呂場へと向かった。
それから二十分後。
「ふぅ……いいお湯だった」
お風呂から上がった私は、寝間着に着替え、寝室でロッキングチェアに揺られながら本を読んでいた。それは、お姫様と彼女に仕えた死神と呼ばれた英雄の恋物語。 ハッピーエンドにはならないけれど、その世界観に引き込まれてしまう。生まれてから何度も何度も読み返してきたから、だいぶボロボロになってしまった。それでも私のお気に入りの宝物だ。
暫く読み耽ったところで眠気がやってきたので、私は本を椅子の上に置き、ベッドへと向かった。
と、そこで寝室のドアが大きく開かれ、何者か侵入してきた。
敵襲!? 私はそう思い、空中に魔法陣を一つ展開。即座に敵に向けて魔弾を発射する。しかし、入ってきたのは敵ではなく、
「フィーネ~! 今晩泊め……ギャー!」
甘美の魔女、ドルチェだった。
「で、なんで私のところに来たわけ?」
とりあえず、煤を被ったドルチェを正座させ、お説教の体勢になる。
「え……えっとぉ……今日の泊まる場所が見つからなくて……」
私から目を逸らし、申し訳なさそうにドルチェは答える。
「それで仕方なく私の所に来たってわけね」
「うん。お願い! 今晩だけ泊めて!」
私は大きな溜息を一つ吐くと、
「分かったわよ……今晩だけね」
ドルチェの宿泊を許可した。
「やった! フィーネありがとう!」
「ただし、今度からそういうことがあったら、ちゃんと事前に言っておくこと。じゃないと、また今回みたいに黒焦げになるからね」
ドルチェは、はーいと返事をすると、布団に潜ろうとする。
「こら。そんな煤だらけで布団に入ろうとしない。先にお風呂」
「えー。めんどくさいー」
「面倒くさくても入るの。じゃないと寝かさないからね」
「ちぇー。しょうがないなぁ、もう」
渋々と風呂場へ向かうドルチェ。まったく、世話の焼ける子。
「さて、と」
ドルチェが脱衣所に入るのを確認して私は寝室の有様を眺める。先程の魔弾掃射した時の爆発で、部屋中のありとあらゆる物が散乱していた。
「全部片付けないとね……」
私が寝室の片付けを終えた頃、丁度ドルチェがお風呂から出てきた。
「フィーネありがと~」
濡れた髪を拭きながらドルチェが寝室に入ってくる。
「ドルチェ、ちょっとこっち」
そんなドルチェの姿を見て、私は手招きをする。
「ん? どうしたのフィーネ?」
私は近くに寄って来たドルチェの髪に触れ、魔法を使って乾燥させる。
「わあ。ありがとう!」
ドルチェは燥ぎながら私のベッドにダイブする。はぁ、ホント子供っぽいったらありゃしない。
「じゃあ私は隣の部屋にいるから何かあったら言ってね」
隣の部屋は物置だけど、確か使ってないソファがあったはず。埃を被っているだろうけど、ちゃんと拭けば問題ない。そう思って私は部屋から出る。
「ねえ、フィーネは一緒に寝てくれないの?」
「え?」
今、なんて言った?
「だから、フィーネも一緒に寝ようよ」
「いや、なんで私があなたと一緒に寝ないといけないのよ」
「だって私、フィーネと一緒の方が安眠できるの!」
「でも二人だとそのベッドは狭いじゃない」
「ええー、いいじゃん! 一緒に寝てよ!」
なんでこの子はこんな時だけ頑固なのかなぁ……。
「もう一人前なんだから、我儘言わな……」
「お願い、お姉ちゃん……」
思いっきりむせた。私はこういうのに弱いからダメだ。だってしょうがないと思わない? 可愛い妹が目を潤ませながら『お姉ちゃん』って……。こうなったら私はもうダメだ。
「っ……分かったわよ。仕方ないから一緒に寝てあげる」
もう完全に折れた。多分というか絶対ドルチェも分かっててやってる。それでも負けちゃうあたり、私も弱いなぁ……。
「やった♪ ありがとうフィーネ!」
ほら、もう呼び方がフィーネに戻ってる。
「はいはい。仕方ないわね。ほら、そっち寄って」
ドルチェを壁側に押し込み、無理矢理布団に入る。やっぱり狭い。
「あはは。せまーい」
「もう、誰の所為よ。まったく……。それじゃあ電気消すわね」
「うん。おやすみ」
私は右手を灯りにかざし、縦に一回振った。すると灯りが消え、視界が闇に包まれた。
暫くすると睡魔がやって来て、私を安息の極地へと誘う。私はそれに微塵も抗おうとせず、何故か頬に柔らかい感触を感じながら、睡魔に身を委ね、ゆっくりと落ちていった。