舞崎さんの信じる友達理論:後編
小説のレイアウトを気にし始めてます。
みんなどういう風に書くんだろう…。
気まずい雰囲気。
俺は殺気すら感じている。
何故…。
「何故俺の隣が榊なんだ…」
「まあまあ、良いじゃ無いですか」
「「良くないッ!」」
ホラ俺と榊の息が合っちゃうくらいの天変地異が起こってるのに、本当に火に油注いでどうすんのこいつ。
「良いんですよ。どうせ私たちすぐ消えますからっ!」
あ、それなら安心ですね。
もう色々手遅れだけど。
「ではまず、情報を整理しましょう!」
と言うのも、俺と紫苑、榊と俺の正面に座るこの男。
それが揃った時に出来る情報整理だと紫苑は言う。
「まず、君に自己紹介してもらおうか!」
そう言って紫苑は俯いた小柄な少年を指差す。
少年はハッとして顔を上げる。
ところでなんでこいつこんなに偉そうなんだ?
今俺の横でアサシネイトしようとする視線を向けてる奴がいる空気でよくもまあ明るくいられるモンだな。
「柳莢斗です。柚音から話は聞いてると思います」
「あー、って事は柚音先輩のガールフr…」
「違う」
自己紹介に水を差しかけた紫苑に更に横槍を入れたのは榊だった。
おーい怖いよ。
トーンが怖いよ。
しかも即答だよ。
プチ切れてる奴の態度だよ…。
「ふむふむ…じゃあ先輩、私はもう行きますね」
えぇ、そんだけ!?
そんだけのためにこの喫茶店寄って座ったの!?
確かに目的は洋服買いに来ただけだけど、迷惑極まりなさ過ぎだろ!
そう思う俺に構う事無く紫苑はザッと立ち上がる。
「待って」
紫苑を引き留めるべく榊が口を開いた。
あぁもうお前マジ喋るな!
俺がどれだけ神経すり減らしてお前の隣座ってると思ってんの!?
本当マジ殺さないで!
「アンタ等なんでここにいるの?こいつこんな所来る奴じゃないと思うんだけど」
だからトーンなんとかしろ!
お前はヤンデレか何かかぁ!?
「その質問、なんでここにいるのって所だけそのままお返しします。その時に柚音先輩が出す答えが私たちの答えで
しょうね」
「じゃあ、ここにショッピングしに来たんだ」
「そうです。先輩はただの付き添いですけど、そしたら思いも寄らない品物を見つけたので、ここに寄
った次第です」
人を品物扱いするんですかこいつは…。
今日の紫苑は何かがおかしいな、絶対。
「話が過ぎましたね、じゃあ、行きましょうか」
よしっ、一刻も早くこの空間から抜け出さなくちゃ…。
もうこいつ等と顔を合わせんのはしばらくはごめ___
「柚音先輩っ!」
「「「…えっ?」」」
その場にいた三人が全く同じタイミングで同じ反応をした。
「はいはい立って、行きますよ!」
「ちょ、ちょ待って!」
流石の榊も、紫苑のマイペースさにはついて行けない模様。
もう既に引っ張られてるし。
俺を拉致っただけの事はある。
首をもぐとでも言わんばかりに雁首掴まれて引きずられた記憶はなんだか懐かしいものになりかけつつある。
「先輩」
感慨に耽っていた最中、榊の手首を掴み喫茶店を出ようとした紫苑が去り際に踵を返した。
しかし驚いた事に、コイツの顔は例の如く真剣だった。
微笑も浮かべる事の無い、正しく真剣な顔。
つい最近俺はこの顔を見た気がする。
こんな時の紫苑は何を言い出すか分かったものじゃない。
俺はやたら紫苑の唇の動きに集中していた。
だから、彼女の言葉に耳を傾けれなかったのかもしれない。
「ちゃんと話、してくださいね」
ハッとした時にはもう遅かった。
その意味深な言葉に気を取られ、紫苑の魂胆を読む事が出来ないままに、紫苑は榊と共に去って行ってしまった。
___
って訳で今に至る。
割と掻い摘んだ場面回想だが、これだけでも状況の酷さは刻々と伝わって来る。
まるで溶岩の雨が降るような事態だ。
何が嬉しくて俺は柳と面と向かい合って座ってるのだろうか…。
…いや、待てよ?
柳と面と向かって座っている?
これが最悪の状況?
果たしてそうか?
「なぁ___」
「は、はいっ!」
…調子狂うなぁ。
こいつビビリなのは分かるが幾ら何でも過剰過ぎる程だ。
しかし、ここでへこたれている場合ではない。
今のうちに、訊ける事を訊くんだ。
そうすればきっと答えに近づける。
優梨乃の為に、おばさんの為に、答えが導き出せる。
今しかない…これが絶好の機会だ!
「榊について色々訊きたいんだが、勿論、お前の事も」
「…構いませんよ」
「すまない、結構奥まで訊く事になるけど、覚悟してくれ」
「は、はい…」
熱心なのは良いが…これじゃまるで脅迫みたいだ…。
俺は仔羊相手にラム肉にしてやるとでも言っているのか?
気が引けてしょうがねぇなぁ…。
___
さっきとやってる事はあまり変わらない。
でもこうでもしないと、きっと上手く行かないもの。
優梨乃先輩のお願いも、柚音先輩の思いも、何もリスペクトできなくて終わる。
そんな気がするとかじゃないよ。
私にはれっきとした確信がある。
「…それで、ここに私を連れて来た理由は何?」
さっきとは別の喫茶店の中。
喉が渇いたと買ったコーヒーがマグカップの表面で揺蕩う。
そこに私の顔が反射すると同時にそれは次第に歪む。
揺らしてる訳じゃないけど、まるで私の心の緊張を表すようだった。
事細かに正さなくちゃ。
彼女が信じる友達理論を、私が崩さなきゃ。
「決まってます。先日、先輩と何を話していたのか、教えてもらいたいんです」
「…そんな事だろうと思った」
なんでそんな事訊くかって言われても、返事は決まってる。
先輩がおかしいからだ。
今朝の態度といい、さっきの気まずそうな表情。
きっと二人の間に何かあったに違いない。
私はそう踏んだ。
そう言う意味での確信だった。
「一つ訊かせて」
「良いですよ」
「それを知ってどうするの?」
「無論、先輩の力になります」
簡易的な質問だった。
でも、ここで好意的にしておけば、後々が…
「…二人じゃないとダメなの?」
「えっ…」
____情報を届けるのが私の仕事だよ。
…かつてそんな事言ってた娘がいたっけ…。
でも、アレは…___
「どうしたの?」
…アレは、あの娘は死んだ。
そうだよ。
情報を届けるのが仕事。
でも、皆のためでも私のためでも無い。
私を救ってくれた先輩のために、だから、好意的にするなんてダメ。
本音を言わなくちゃ。
私の気持ちを。
___これが、私の友達理論。
「…うん、二人で。出来れば先輩には心配かけたく無いから」
「そう、解った」
私の気持ち。
先輩も、柚音先輩も、私も、皆一緒でいたい。
そう思えるのはきっと私のウザいところ。
でも私の長所。
何よりそのきっかけをくれた優梨乃先輩のおかげ。
先輩の様子がおかしかったのは偶然じゃ無いはず。
柚音先輩との初対面の時以来から色々おかしかった気はしてた。
やっぱり、先輩をここに連れて来て正解だった。
「まず、よく来てくれましたね」
柚音先輩がここに来たのは偶然じゃ無い。
私が呼んだからねっ!
私の手にかかれば柚音先輩の連絡先くらいちょちょいのちょいで調べれますよ。
先輩にはただのストーカーじゃねえかって言われそうですけど、優梨乃先輩に聞いたと言えば何ら問題ないですよね(ゲス顔)。
「ま、まぁ…莢斗の為だって言うから…」
柳 莢斗。
その正体は少しばかり優梨乃先輩に聞いた。
柚音先輩がその彼の事で悩んでいると言う事くらいの簡単な事だが、さすがに優梨乃先輩でも柳君が私と同い年という事以外知らなかったようで困ったものだ。
「吃驚したよ。まさか莢斗君まで連れてくるなんて」
「アンタがそう頼んだんでしょ?」
そりゃあ、私は本来警戒されるべき立場ですから。
先輩の側にいるってだけでそう思われるみたいですし、だからこそいう事を聞いてもらえないんだと思った。
だから吃驚したのだ。
状況はかなり理想的だった。
だからこそ、私が柚音先輩の話を聞くチャンスでもあったし、先輩にも、柳莢斗と会話する機会を与える事が出来た。
優梨乃先輩に頼んで良かった。
全部彼女の言った通りになった。
ここまで大体予想出来てた優梨乃先輩が恐ろしいです。
もしかしたら私以上の情報屋の才能が…___
「早く話を済ませて。私、莢斗を早く帰さないといけないから」
「あ、す、すいません…じゃあ本題に入らせていただきますね」
美味しい話も聞けそうですしね☆
「単刀直入に聞きます」
だけど今はそんな雑念はいらない。
先輩を元に戻す術を見つけなきゃ。
その為なら、私は"仕事"を全うしよう。
「先輩と、何かありましたか?」
柚音先輩の肩が竦んだ。
やっぱり何かありそうだ。
同時に顔がどんどん暗くなる。
___
「…じゃあ、まずお前と柚音の関係について、ざっくりでいい。教えてくれ」
そもそもな話、何故紫苑はこんな状況を作ったのだろう。
何も俺ら二人を置いて消える必要があった理由について、推測出来ることは一つ。
その方がメリットがある、効果的であるという事。
服を買いに行くという理由をつけてまでここに来た理由。
この状況があまりにも出来過ぎているという点を深読みするなら、紫苑はこの状況を作る準備をしていたかもしれないという事。
それはつまり、俺を柳莢斗と引きあわせる為…とでも言うのか?
…考え過ぎだろうか?
しかし、俺に面と向かって友達になろうとか言って来た異常者だ。
それから、初日で俺の個人情報を可能な範囲で集めた情報収集能力。
用意されたような俺にとって都合のいい展開。
…もう考えるのやめようかな。
「僕は…柚音の幼馴染にあたります。多分小学校くらいから…それから平ヶ丘高校一年です。柚音は一個上で…平ヶ丘二年生です」
ふむふむ…。
…えっ?
「…今なんて!?」
「ひぃっ…」
咄嗟の反応でつい机に身を乗り出してしまった。
だが俺の般若のような形相では、幼気な少年をビビらせるだけの虐めになりかねなかった。
「あっ、す、すまん…」
「い、いえ、うぅ…」
しかし、幼気って言うか、女々しいって言うか、なんか顔からスタイルからほんと女子と勘違いしそうなくらい華奢でオドオドした奴だな…。
調子狂う…紫苑の次くらいに。
「そうだな、俺の事も話しておくか」
すると嫌そうな顔をするんだなあコイツ。
なかなか度胸があるじゃねえか。
「比野 青娥だ。榊に頼まれて、お前の事で話があったって訳だ」
「そ、そうですか…うぅ…」
残念そうな顔だ。
俺の事知ったからには俺の呼び出しにバックレんじゃねえよと言われた子供のようで実際そう思っているようにしか見えない。
俺何かした?
あ、般若顔で生まれて来ましたね。
忘れてたよ。
「ところで柳、お前今回の件についてどれくらい知っているんだ?」
「…こ、今回の件…」
薄々気づいてはいたが、その話をする度に柳の顔色はかなり歪むのだ。
もしかするとほぼ無知なのか、それとも何かを隠しているのか、その自宅が考えられる。
「…いや、無理に答えなくてもいい。まずは俺がその件について確認しよう」
発端は優梨乃のお願いからだ。
優梨乃が自分の友人を助けて欲しいと、俺の見舞いに乗じてその場にたまたま居合わせた榊柚音を交えて頼んで来た。
その後、榊からさらに詳しい話を聞く事になる。
どうやら、幼馴染、つまり今目の前にいる柳莢斗の様子がおかしい、心配だの事らしい。
痣を作るだの虐められてただの何だのと言う話から、もしかすると危険に巻き込まれている可能性がある、俺はそう踏んだ。
そしたら俺が痣作る羽目になったがな。
以上のことを踏まえて最初のアプローチは…___
「柚音がお前を心配している」?
いや、直球過ぎる。
「お前なんか隠してないか」?
そう言って答えてくれる輩がいるか?
ならば…___
「お前の昔の話とやらを榊から少し聞いたんだ。かなり虐められっこらしいな」
「あぅ…は、はぃ…」
こんな女々しい男が虐められない事もそうある事じゃないな。
カラオケで女性声優の歌う曲ばっか歌っててそのうちはぶられたとか言う奴が中学の俺の人間観察結果にあったようななかったような…。
ちなみに誰かとカラオケに行く習慣はなかったから、教室で口遊んでいたとか、そう言う事になるな。
ほんと気色悪かったなあアイツ。
太ってて身長はそこそこ高い上に眼鏡でオフでバンダナつけて来たりグローブはめて来たり。
髪に白髪が混じってるし、学校に持ってくるファイルがアニメものばかりだし。
まあアニメに関しては俺が言えた話でも無いけど。
あれは口遊むではなく叫ぶだ。
「ま、まぁそう身構えるな。榊と関わってる以上、俺はお前を取って食ったりはしねぇよ」
「す、すいません…そ、その…」
半泣きで、いやもう目が少し潤っていたと思う。
そんな女の子みたいな表情でそう言わないで欲しかった。
「こ、怖いから…」
…否定材料が無い…。
それよか、不覚にも可愛いって思ってしまった。
肝試しでビビる女の子そのものだった。
俺はその実態をアニメでしか見た事ないから本当かどうかは知らんが。
キモッ…あ、また自分で言っちゃった。
「あぁ、いや、その、怖いなら遠慮なく言え。無理して聞き出したりしねぇよ」
もう完全に変態になってるな、俺。
これはやはり今日は諦めたほいがいい奴なのか?
なんか店員がさっきから俺の方をチラチラ見ている気もする。
さすがに異様な現場とでも思われ始めたのかもしれない。
主に俺みたいなヤバそうな奴がいる事が。
くっ…自分で言って泣けて来たぜ…。
「だ、大丈夫。人見知りが、激しいだけですから…」
何とかこの気まずい状況を変えたい…。
プラスチックの容器に入った飲みかけのフラッペをクレーンゲームのアームのようにして持ち上げ、一旦ストローを介して中身を吸い上げる。
落ち着くべきだ。
相手は榊にとっての重要人物。
気弱そうだからと非攻撃的になるのはダメだ。
チャンスはそう回ってこない。
何より、優梨乃やおばさんの為だ。
引けをとってる場合じゃない。
「最近、お前の様子がおかしいって、榊から話を聞いている。もしかすると、何か危険な目に巻き込まれてるんじゃないかって俺は思ってる。その事について話せる事があったら是非話してくれ」
「…え、えっと…ぼ、僕が、おかしい?」
柳は明らかに戸惑っている。
情報量が多い所為なのか、それとも性分なのかは知らないが、いずれにせよ戸惑う彼が答えを出すこともなくモゴモゴと何か声を発そうとしている様子しか俺には読み取る事が出来ない。
そのまま10秒程過ぎた。
「…や、やっぱりなんかあったんだな?」
「ひぃあぁ!」
…俺はどうすればこいつとまともな話が出来るんだ?
そもそも話す事自体がもう違うのか?
「悪い、いきなり過ぎたな。別の話するか…」
そう言うと今度は申し訳なさそうな顔で柳は俺を凝視する。
悪いとは思っているのか。
なんか、可哀想な性分だ。
手詰まりとか詰みゲーってこう言うことを言うのか。
___「ゆ、柚音には言わないでくださいっ!」
だいたい八割方今日は諦めようとか思ってたその時だった。
為せば成ると言うか、九死に一生と言うか、ようやく柳は俺に話す気になってくれたらしい。
「…言いますから、ゆ、柚音にだけは、内緒にしてください…」
「あ、あぁ、分かったから、そんなに頭下げなくてもいいって」
つい気圧されてああと言ったものの、榊は柳がおかしいから調べてくれと言ったのに、その貴重な情報を伝えちゃいけないって結構致命的な気がする。
しかし、じっと見てみると気づくのだ。
柳は、小刻みだが、震えている。
何かに怯えている者の震えだ。
しかし、そうであれば榊に内緒にしろと言った理由モンとなく見当がつく。
恐らく、脅迫にでもあっているのだろう。
それに加えて、榊が言う体の痣。
柳が最近よく作るようになった痣と脅迫。
この二つが揃って出る答えは一つ。
単純に、彼は虐めにあっている。
脅されているのか、カツアゲされているのか、そんな所だろう。
わざわざそんな事を思い出させて聞き出そうとしていたと思うと、罪悪感が漏れ無く込み上げてきてしまう。
ここまで分かれば、無理矢理聞き出す必要もないか。
「あー、柳。今の話、忘れてくれ!」
「えっ?」
何より傷付けたくないし、榊にどやされるのとか適わない。
「きっと辛い事だろう?無理に聞こうとして悪かった。だから気にすんな!」
「は…はぃ…?」
第一、見た目も性格も少女のような男の娘じゃあ、そういう目に遭ってもおかしくない。
そう思うのに、思い当たる節が無くもないのだ。
あれは確か_____
「っ!?」
テーブルがガタンと音を立てる。
その少し後に音の正体は俺の足がテーブルに思い切りよく当たった事だと分かる。
しかしそんな事を考えてる余裕は無かった。
痛みだ。
激しい、猛烈、膨大、劇的ならぬ激的な、苦悶の痛み。
脳をドライアイスで焼いたような片頭痛が俺を襲った。
「ぐぅううう…っ!」
何かが、俺のキヲクを捻る。
___「オレノキヲク…」
女。
俺と同じくらいの女が、か弱くて、でもどこか強気なとこもあって、そんな女が泣いていた。
俺はそれを知っている。
でも、誰かは知らない。
真っ黒に塗り潰された童顔。
俺はその子を助けていた。
「ほら、これ、さっきあいつらが横取りしたやつ」
泣いていたのは…確か、虐められていたのを助けたから?
…そうだったっけか?
でも確か、ブラックホールのように強大な何かが、俺からこれを奪って行ったんだ。
…なんでだっけ?
___「ぐぅぅっ…!あぁっ…!ハァッ…ハァッ…」
んな事より頭割れそうだ!
カキ氷死ぬ程掻き込んだなんてモンじゃない。
即効性の頭痛薬でどうにかなりそうなものでもなさそうだ。
だが、案外痛みは短いうちに引いて行った。
正気に戻ったと思うと、俺の右手には握り潰されたフラッペが握られていた。
しかし、正気に戻ったからといって、何があったかはよく憶えてない。
ただ一つ分かった事がある。
痛みと引き換えに、俺は何かを取り戻したのだ。
またそれと同時に俺は身の毛がよだつ恐怖を覚えた。
痛みに襲われる恐怖、アレは感じないと解らない。
酷く気分の悪くなる代物だ。
呪いに近いんじゃないかと言わんばかりの、冗談は無しに、本当に気持ち悪くなる現象だった。
息が激しく切れる。
「あ、あのっ!」
朦朧とする意識の中、中二病めいた、右目を含めて頭を抑えるといった状態で声の主であろう柳の方に目をやる。
でも目に映るのは頭の痛くなりそうな光景だった。
「きゅ、救急、ひよ、呼びましょうか…?」
心配する表情まで本当に女子だなこいつ。
眼には涙すら浮かんでいるのが確認出来る。
アホかこいつ…。
「気にするな…ただの持病だ」
適当に心配を流し、再び本題に入る。
しかし、ここで泣かれても困るし、なんとか場を和ませなくては…。
「お前を悩ませる奴ってのは、俺みたいな奴か?」
「…あっ」
…何をいってるんだ俺はぁ?
「ほ、ほら、こんなチンピラみたいで、如何にもカツアゲとかしそうな…」
だから何を聞いてるんだ!?
完全に傷口抉りに行ってんだろうが!
落ち着け俺!
とにかくフラッペを…ってさっき握り潰したんだった!
やべぇ…ならコーヒー注文しに行くか?
財布をポケットから出し、サッと開く。
しかしそこには紙どころか、カードも金属も見当たらない。
すっからかんだった…。
「せ、青娥さん…」
なんか声震えてんだけど。
震え声なんだけど。
怒ってるの?
それとも怖がられてるの?
どちらにせよやらかしたのは変わらん!
どうする俺!?
「あ、そ、そのなんだ!だから、忘れてくれよな!ッハッハッハ…」___
「不思議な人ですよね…グスッ」
「…えっ?」
泣いてるうううううううううう!!
やっべぇ!
なんで泣いてんの!?
「な、泣いてる!?俺が悪かった?だったらゴメン!気に障ったなら俺死ぬから!」
いや死んじゃダメだろ。
優梨乃どころじゃねえよ。
「あっ、変な意味じゃないんです。ただ、他の人と違ってて、少し怖かったけど、良い人そうで、泣きそうになっちゃって…うぅっ…」
いや泣きそうになったじゃなくて泣いてるの!
俺が一番心配してる状況なの君!
後で榊に告げ口でもされたら俺の明日は無いの!
「青娥さんは、何年生なんですか?」
「…へ?」
急に、本当に凄く急に話が変わった。
90度は遥かに凌駕する勢いでカクッと話の方向性は変わった。
驚き。
そして静止。
もちろん、男の娘は再び心配する素振りを見せる。
「あの…」
「あ、あぁ…俺は高校二年生だ」
返答すると、柳は女神のように清々しく、清楚で静かな笑みを浮かべて安堵する。
そしてふわりとしたトーンでこう返してくれる。
「じゃあ、青娥先輩ですね…!」
かっ…可愛…っと危ない危ない。
皆様、目の前にいるこいつはあくまで男なんです。
気が弱そうで安請け負いしやすそうだからって、間違ってもホテルにお持ち帰りとかしないように。
その時は榊ではなく俺が潰しに行きます。
ところで俺は誰と喋ってるんだ?
「あの、嫌じゃなければ、それから、柚音には内緒にするって約束してくれれば、やっぱり話します。僕の事」
心揺らぎ、平常心を保てていない俺にまさかのパンチが飛んできた。
鳩尾でも殴られた気分だ。
「ちょ、待て。俺が信用出来るのかお前…」
そもそも信用される事はしてないし、俺が信用出来ると確信出来る出来事があったわけでも無い。
そこまで話が飛躍するそこまで話が飛躍する必要は無い。
「早まるな、もう少し浅い話からしようぜ、な?」
まだ根も葉も掘り起こしてないのに、いきなり本番とかダメだって!
緊張して声が出ないって!
「その前に、青娥先輩に一つ話があります…」
そうそう!
順序立てて、ゆっくり順番にね!
だからまずは今回の件について、互いに事細かく状況を把握しておく必要が…___
「青娥先輩、柚音を…僕の唯一の友達を助けてあげてくれませんか?…」
いやだから、それ本題…。
___
「成る程…で、怒鳴っちゃったんですね」
「…うん」
シュンとした柚音先輩も可愛いですね…。
っと口に出しかけた。
危ない危ない。
まさか、ツンデレが過ぎて先輩が助けようとしているところを怒鳴って追い返すとは…。
これは相当可愛い奴の匂いがしますね…。
ハッ…___
「先輩は私のものっ!」
「…は?」
あっ…。
やった…。
「あ、なんでも無いです忘れてください」
和かに。
平常心。
落ち着いて。
私はその支えを解消しにきたんだから。
「で、あんたそれ聞いてどうするの?おちょくりに来たわけじゃないでしょう…」
かなりの警戒心だ。
まるで今までおちょくられてた臭がプンプンするぜぇ!
っと、これはマズイですね。
「まさか、おちょくったりしませんよ。ただ、少し心配です」
「…どういう事?」
簡単な話である。
優梨乃先輩との関わりが先輩と柚音先輩、二人にある以上、関係を断ち切るなんていう事が出来るとは私には思えな
い。
仮に関係が続くとして、面と向かう時が来ればギスギスした空気を生むだけである。
そして何より、柚音先輩の願いの事。
話によれば、先輩と優梨乃先輩との関係を、この件が終わり次第断ち切って欲しいとの事だ。
まさにそれは今言った通り、簡単に断ち切れるものでは無いと思う。
それは偏に、優梨乃先輩の力とも言える。
人を惹きつけるスター性のようなものを持ち合わせているのだ。
人の長所を見つけるのだけが取り柄の私にはそれが解る。
何となくだけど、きっとこの関係は終わるものじゃない。
つまり、関係にヒビが入っている以上、修正するのが当たり前という事である。
「柚音先輩か、このままでいいと思いますか?」
「…別に。あいつに興味なんてないから」
いいえ、それは簡単にバレそうな嘘です。
興味が無いなら今日貴方はここにはいない筈。
そして、怒鳴り散らしたことに対して悪いという罪悪感を感じている時点でその答えには内心に抗った背信的な気持ちが内在している。
ツンデレ過ぎるが故に素直じゃないだけです。
ならば、そんなチャンスを逃すわけには行きません。
正直になれば取り戻せそうな関係じゃないですか。
なら、目を背けてはいけない。
___
「柚音は僕以外の男の子と友達になりたがらない。知ってますか?」
なんか勝手に話が始まってしまった。
「お、おぉ…話には聞いたな」
ふと気付いた。
コイツ、さっきまでと比にならない程、真っ直ぐな態度だ。
あの気弱さはどこへ行ったのか、聞いてしまいたいくらいだ。
「僕にはどうしてか分からない」
「…何がだ?」
「どうしてそんな子が、先輩のような人に悩みを相談されているのか」
おーい、そこ話すべき所だぞ。
だからいきなり本番はダメだって言ったのに…。
とは言えまあ、いいか。
「僕は…先輩に頼る理由があったんじゃないかって、思うんです」
いや、アイツの友達に諭されて渋々信じてるだけだと思うよ?
優梨乃のあんな表情を見せつけられたら誰も何も言えなくなる。
半ば脅迫みたいなもんだ。
しかし、だ。
アイツは確かに言った。
この件が終わったら、優梨乃から離れて、と。
この言葉に込められた意味。
今回は優梨乃に免じて___
とは言え、俺を頼ろうとする意志は少なからずあった筈だ。
例え人殺未遂犯だろうと、優梨乃にかかれば信用されるようにさせる事が出来た。
普通なら優梨乃が異常と思うのが普通だ。
それでもこの形を保てているのは、それだけ優梨乃の信頼が厚いと言う事だ。
優梨乃を頼れない今、頼るのは俺しかいないと言う消去法の中、苦渋の決断を下したのだと思う。
「青娥先輩は…何となく不思議な感じがしますから。見た目凄く悪そうだけど、明らかに今までのそう言う人たちとは違うところが…あっ」
無自覚でデリカシーの無い事言って戸惑う君が好きだ結婚して来れとは言わない。
ただ言わせて。
可愛い…。
「ご、ごめんなさいっ!僕如きが、知ったような口聞いてしまって…」
謝るな馬鹿野郎。
今凄くいいところなんだよ。
「気にしなくていい…続けて」
ごめん正直傷付きました。
謝るポイントもぶっちゃけ違うし…。
でも君になら何されても…ごめん何でも無い。
「そして何より…」___
___
「柚音先輩、どうして先輩の事、信じてるんですか?」
「はっ?!」
徐々に紅潮する顔。
典型的なツンデレだなぁ…。
私もこうすれば先輩に可愛いって言われるかな…。
「べ、別にっ!優梨乃が信じろって言うから…」
そう、その言葉を待っていました。
姫城明日香の言葉より、澪優梨乃の言葉を信じている意思を…。
私はそれが聞きたかった。
「でも私、思うんです。柚音先輩は大の男の子嫌いですよね?」
「んなっ!?何でそれを…」
決まってるじゃないですか。
優梨乃先輩ですよ…ふふっ。
「細かい事は気にしません!」
「細かくねぇ!」
「はーい話を逸らさないでください。それで、ですけど、だったらなおさらどうして今日来たんですか?」
「っ!?」
ハマった…。
フフッ、私を出し抜こうったってそうは行きませんよ。
根底がバレバレです。
確かに、先輩がいると言わなかったら彼女は今より警戒はせずにここに来たかもしれない。
でも___
「…ってわけです、先輩もいるんですけど、来て来れませんか?」
「へっ!?アイツ、来るの!?…」
「…?え、ええ。何か問題あったでしょうか?」
「ぜ、絶対行く!待ってて!」
___ツー、ツー。
あの反応はもう怪しいと言わずしてなんと呼べばいいのか分かりませんね。
案の定ケンカしたから気になって来たと言うところでしたが…。
しかし、関係を断ち切りたいとまで願った先輩とケンカして、それで気になったから来たと言うのには少し違和感を
感じます。
それに加え、男嫌いです。
どう考えてもちょっとおかしいですよね。
「無理に応えようとしないでください。でも、これだけは言わせてください」___
___
「柚音程の人が、青娥先輩を頼ったのには、絶対なんらかの理由があると思います。それを僕が一番知ってる気がするんです」
「柚音先輩程の人が、先輩を頼ったのには、絶対なんらかの理由があると思います。それを私が一番知ってる気がするんです」
___
態度が真剣だった理由がようやく分かった。
コイツの覚悟、それこそがコイツを奮い立たせたものの正体だ。
どうしても助けなくちゃいけない境地にいる親友を助けて欲しいと、藁にもすがる思いなんだ。
鬼の肩を持つ覚悟だ。
「だから、僕の話、聞いて来れませんか?」
そんな覚悟を持った奴を放っておけるだろうか?
___「先輩…行かないで…。私は…先輩と友達でいたい…」
ああ、分かってる。
俺に潜む良心はそれをさせない。
あの時も同様だ。
気色の悪い話だが、昔の俺は優しい奴だったと優梨乃は言っていた。
だから、とは言わない。
あくまで良心で、俺はこいつを見捨ててはいけない。
そんな気がする。
柚音もおばさんもクソもあるかよ。
もちろん彼女達を蔑ろにしようって言うんじゃない。
ただ、コレは柳の意志だ。
柳を助けて欲しいと願う榊の願いじゃない。
あいつの壁を壊せと言うおばさんの願いでもない。
柳が自分の過去を明かし、そしてそれに関係するであろう柚音の事を助けてくれと願う意志。それに偽りなんてない筈だ。
この真摯な態度を見れば、誰でもそう思う。
一人はいつも側に一緒にいた親友の心配をして、危ない橋かもしれない橋を叩いてでも渡って来た。
___
「だから、ここはひとつ、私を言葉を優梨乃先輩の言葉だと思って、私を信じてくれませんか?」
___「私が、信じれない?」
優梨乃先輩のこの言葉。
私は忘れられなかった。
心配して見に来てみればこのザマですし。
本当、優梨乃先輩にどうすればいいか聞いて正解でした。
「…いいの?信じて…」
「勿論です」
悲哀に満ちた瞳はとても人のものとは思えない。
哀しい眼とはこう言うものなのかと改めて自覚させられる程に暗く、しかし潤いを帯びていた。
彼女にしか分からない辛い思い出もあったに違いありません。
じゃなきゃ、こんな顔出来ませんよ、普通は。
「私は…もう、裏切られたくない…。約束して、裏切らないって」
一人はいつも側に一緒にいる心配の心配をして、余計かもしれない詮索を平然とする。
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これはもうただの問題じゃない。
かなり重要な事だ。
この状況の解決を望む人はたくさんいる。
そして俺は、その救世主としての期待がかけられている。
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これはもうただの問題じゃない。
かなり重要な事だ。
私なら出来そうな気がした。
先輩といつもいる私なら、柚音先輩との仲直りなんてちょちょいのちょいですっ!
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「ああ、任せろ!」
「はいっ、任せてください!」
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どうもSieg004です。
受験生のみに置かれつつ、4ヶ月くらい小説やって足引っ張ってます。
アホ丸出しの学生です。
とは言えやめられな〜い止まらな〜い。
哀しい定めだ。
しかし、ここでひとつ。
キリよく2勝目が終盤なので、2章が終わる時にはしばらく休載となります。
ここまでこの拙い作品を読んでくださった皆様、本当に有難うございまうす。
きっと再開する時は、推敲、添削を入れて投稿しなおすと思います。
今度は誤字など気にせず読んじゃってください。
ルビも振り忘れないように気をつけます…。
と言う訳で、かなりシリアス?になって来た様ですが、これから2章がどんどん終盤に差し掛かります。
楽しくなって来たぜ…。
突然ですが、読者の皆様もリアリティに欠ける話を好みますか?
自分ではこの作品は現実の作品風に仕上げているのにまるでリアリティに欠けている異世界モノにしか見えないんですねこれが。
もう少しリアルに書こうかと思っても、ぶっちゃけこれラブコメじゃないですしね。
あんまりそっち寄りにするのも…違う気がして現実離れが進むと言う現象が起こってます。
コレ…正解?
とまあよくは分かりませんが、この調子で続くつもりです。
良ければ皆様、何卒比野君の変わったお友達事情(今更ながらタイトルは仮)をに最後までお付き合いください。