舞崎さんの変わった性癖
四月某日。
少女、澪優梨乃は爽やかな笑顔を浮かべ、病院のベッドで佇んでいる。
清楚で長い黒髪からはシャンプーのほのかに甘い香りが漂う。
それだけでは無い。
病室は異常なまでに静寂に包まれている。
それが為に不思議な緊張感が走っている。
女付き合いの無い男子ならイチコロの二人きりのシチュエーションの中、女付き合いどころか人付き合いまで皆無な俺は常に表情を強張らせている。
それに気づき、優梨乃は堪らず俺に声をかけるのだ。
「青娥、どうしたの?さっきから怖い顔してるよ」
嫌な記憶を掘り起こした所為で俺はその問いかけに応える事なく、打ち拉がれている。
「せーいがー」
優梨乃は病院という場所を配慮した上で最大限の声量で俺の名を呼ぶ。
それでも俺は応答しなかった。
優梨乃も痺れを切らした様で、強行手段を取る。
半身起こした体を此方に向けて、両手を伸ばす。
その掌は静かに合掌する様に俺の両頬に添えられる。
それと同時に三度俺の名を呼ぶ。
「青娥!」
「なな、なんだよ…」
頬を撫でられた感触を払うように座ってた身体が上半身だけ仰け反った。
しかし、それでもと添えられた両手は頬から離れず、俺の顔を身体ごと引っ張り戻そうとする。
やたら集中していた俺をビビらせる程に。
「どうしたの?」
「い、いゃ…その…」
真っ直ぐな瞳は俺には勿体無い物だと悟ったのか、自然と優梨乃から目が逸れる。
「学校で嫌な事でもあった?私、青娥の為ならなんでも相談に乗るよ?」
相談に乗るよと言われても、こちとら集中が途切れて今頭の中が真っ白だ。
相談事どころか、考えていた事すら頭に浮かんで来ない。
「話して?」
優梨乃は必死に前のめりになる。
不自由な体で精一杯、俺の話を聞こうとして無理をしている様な容姿を見るのも辛いと言えば辛い。
ここは何か言わなくては…。
そうだ、落ち着け。
無心になれ。
いや、無心はダメだ。
なんか留めておかないと…。
___俺って、恋でもしてるのかな?
「…どうしたの?」
息を吸っていざ声に出そうとしたそれはグッと腹の奥底へ飲み込まれていく。
体を180度捻って呻いている少年が両手で頭を抱えている姿があった。
それは正に、何を考えているんだ俺は!と言う心情を極限まで体で表現していた。
そりゃそうだ。
___この人殺し!
脳裏に反響するアイツの声。
そっからどうして恋してるのって思想にたどり着いた?
どうして無心になった挙句に危うくそんな爆弾発言をしかけたのだ?
そう、声には出てない。
脳裏に浮かんだだけだ。
俺は殺人未遂事件の犯人にされているんだ。
その所為で頭がおかしくなったとか、平生を保っていられないとか、そう言う事じゃ無い筈だ。
念を押す様だが、俺はただ顔立ちが少し厳つくて怖いから…殺人とか犯しそうな凶悪な顔してるから、そう見えて
るだけだからね!
ふぅ…落ち着け、そんな事今は忘れろ。
「い、いや、なんでも無い」
平生を取り戻し、捻った体を元に戻す。
「なんか、今日の青娥変だね」
「そ、そうか?」
「本当にどうしたの?」
落ち着け。
今度こそは何か言うんだ!
俺が今一番気になってる事…そうだ、さっきまで考えていた事が甦って来そうだ…。
「俺って、人殺しなのかな?」
最早俺は椅子に座ってすらいなかった。
椅子から堕ち、突っ伏している。
死んだフリに近しい何かを感じる。
何をかましているのだ俺は…。
一番優梨乃に聞いてはいけなく、返って場を気まずくさせてしまうような質問をぶつけてしまった
…。
阿保。
死ねばいいのに。
「ふふっ、ふふふ…」
…?
俺笑われてる?
「青娥、起きて」
「無理。もう俺お婿に行けない」
婿っつうかもうこいつに顔見せんのが恥ずかしい。
頬染めんなよキモいだろ俺。
あっ、また自分で言ってしまった。
「ううん、そうじゃないの。変な人~とか、そう思ってるんじゃなくて…」
さっき貴方今日の俺、変って言ってませんでした?
発言の撤回早すぎません?
「青娥、そんな事ないよ」
明るい笑い声から一転、優梨乃は柔らかな声でさっきの質問に対するノーを表明する。
その返答は俺の予想を翻したものだった。
続きの聞きたさのあまりそっと俺は立ち上がる。
「私たちお互いに事件の事覚えてないんでしょ?」
「…まぁ、そういう事になってるな」
俺と優梨乃は、お互い事故の時の記憶を無くした。
俺が優梨乃を殺そうとした事も、本当のところ定かでは無い。
それどころか、俺は副産物として、別の記憶が所々抜けてしまった様だ。
感覚的には全体の五割ほど持っていかれたんだと思う。
たまにあるだろ、事故の影響で頭部を強打して記憶が抜けたって話。
だから、何を思い出そうとしても、記憶がない以上言及のしようもないし、証拠なんて時間的証拠以外には手に入るものなんてなかった。
実際のところしょっ引かれたのはトラックの運転手だけって事に落ち着く。
つまり、この事件の真相は闇に葬られたままなのだ。
再調査も当然無い。
こんな交通事故は全国調べれば調べる程不必要さすら感じるくらいに出てくる。
だから、この事件の真相を知る者はいない筈だった。
では何故、彼女は…明日香は…真相を知っている様な口振りをするのだろう。
「じゃあ、気にしなくてもいいじゃん。それに、青娥はそんな事する人じゃ無いよ」
「そ、そうとは限らない…」
「ううん、私が保証する」
「何を根拠にお前は…」
これ以上の追求は誰も幸せにならない。
もういいじゃないか。
そう思うところが本心であった。
しかし、彼女は止まらなかった。
「青娥はね、優しいんだよ。お見舞いも来てくれるし…中学校の時は同じ委員会だったっけ?その時も凄く優しか
ったよね」
楽しそうに思い出を語る少女の発言に俺は思い当たる節があった。
どうやらその記憶は健在らしい。
出来ればこんなクソ野郎の記憶からそんな華々しい記憶など抜けていてくれたらと思うところだ。
「見舞いか…」
「ん?」
正直な話、これは見舞いなどではない。
俺がこいつをこんな目に合わせた、もしそれが事実ならば、俺はその罪を償わなくてはならない。
そう、これは見舞いではなく、贖罪だ。
要は事実を知った時の気休めが欲しいだけだ。
だから俺は、優梨乃に会いにいつもここへ来る。
「そうそう、それでね、中学校の時の委員会。あの時は驚いたよ。だって同じクラスなのに青娥は私のこと知らなかったもんね」
「や、やめろあの話は…」
そんな事もあったか…。
___
「えっと、比野くん、だっけ?よろしくね!」
「…誰?」
清楚なのに元気いっぱいな少女は、ドス黒いオーラを放った無愛想な少年に笑って挨拶。
誰っ?と素っ気なく返すところを見ると、病んでいる様にも見えるがそんなんじゃない。
昔の俺は今の俺とはだいぶかけ離れている。
「誰って…澪優梨乃だよ?同じクラスじゃん」
「うぅ、ぅえぇ?!同じクラス?!」
「そうだよ…もしかして、私の事、キライ?それとも本当に知らない?」
シュンとした顔は白百合が枯れた様だった。
そんなの慌てて直そうとかしちゃう訳で。
「いぃ、ぃいいやいやいやいや!そ、そうだったっけなぁ!く、クラスで明るくて元気な澪さんだよねぇあっははは!…ごめん」
「どうして謝るの?」
「いや、気を悪くさせちゃったかなって…僕みたいなのが、澪さんみたいな綺麗な人に…」
そう、気弱な男子生徒そのものだった。
厳つい顔で気弱な男子生徒。
ギャップが激しすぎて自分という存在の理解に苦しむ。
泣き虫な鬼とでも言えばいいだろうか。
「ふふっ」
「え、何?」
少女は不敵に笑う。
その表情にはさっきまでと違って一片の曇りもない。
こっちは異常気象とでもいえばいいのか…。
「比野君って面白いね。なんかちょっと怖い人だなぁって思ったけど…案外可愛いかも」
「あは、あははは…」
そこだけは本ッ当に理解に苦しむ。
その台詞を吐く者が誰であろうと絶対。
「改めて、よろしくね、青娥!」
___
「あの時の青娥、力仕事の時いつも、重いでしょ?って言って私の代わりに荷物持ってくれてさ」
「あの、例えがストイックで優しさについての説得力が無いです」
ほんっと楽しそうに語るなぁ優梨乃って。
凄く人生エンジョイしてるんだろうな。
その時間を俺が奪ったとなるとこんな優梨乃を見るのは辛くて当たり前だな。
「だからね、青娥は悪く無い。私はそう信じてるよ」
「…優梨乃」
「私、今ここで生きてる。こうやって青娥と話が出来る。それだけで十分。たとえ体がボロボロでも、生きてる実
感があるならそれで良いんだよ。それに…」
「それに?」
「青娥がいるから、そう思えるんだよ」
なんて優しいんだ。
気休めにしかならないであろう台詞をこうも淡々と吐くのに、それも優梨乃の物だと思うと、悪い気はしない。
「だから、元気出して、ね?」
その時の優梨乃の笑顔は今まで以上に柔らかかった。
これが生きている実感とやらいう物なのだろうか。
「…だから、お前の常識に合わせんなよ、頭パンクすんだろ…」
照れ臭さのあまり俺はついに優梨乃に背中を向けた。
_____
翌日、平ヶ丘高校の入学式が終わり、いつもの日常が戻って来た。
俺からすればゲロ豚でも見つめる様な視線を集めて陰口叩かれる日が戻って来たにすぎない。
「はーい、今日のホームルームはこれまで。みなさん気をつけて帰ってくださいね、さようなら!」
就任早々、校内でゆるふわ先生などと持て囃され人気になっている担任、志波 美奈穂先生の挨拶の八割を聞かずに教室から出る。
俺も、周りも、お互いがお互いに居心地悪く思っているからそれを止める人もいない。
それはそれで気楽で良い。
所詮は取るに足らない事だ。
だが、それは同時に自分がどういう状況に置かれているのかを自覚する事になる。
三年、実に三年もこんな状況である。
そんな自分の愚劣さは呆れを通り越し相手にする気すらしなくなってしまった。
いつまで…いつまで続くのだろうか。
終わりはあるのだろうか。
どこが終わりなのだろうか…。
そんな修羅から逃げるべくして、助けを求め、贖罪の為、今日も優梨乃のところへ直こ___
刹那、衝撃。
「だぁっ!」
「きゃっ!」
人と接触した。
まあ言うまでもなくそんな感じの声だ。
「す、すいません…」
俺は弾き飛ばされ尻餅をついた。
痒いと感じる程の鈍い痛みによって反射的に瞑った眼を開ける。
同じように、反射的にすいませんと謝罪する。
「こちらこそすいませ…ってあーーーっ!」
とりあえず煩い。
耳を劈く声の主はぶつかった相手の女の子だった。
「…な、なんでしょう」
少女は眼を爛々(らんらん)と輝かせ、こちらを興味津々(きょうみしんしん)に見つめる。
意外と可愛い…って言ってる場合じゃない。
それより、不思議な事があることに少々驚いた。
俺を前にして逃げないどころか怖気付く事もない。
いつもなら誰かれ構わず目の前の人は逃げ出してしまうのに。
「ああぁ、貴方!比野 青娥先輩ですよね!」
「へ?ま、まぁ…え、先輩?」
なんだこの子…。
本当に俺を前にして逃げないのか?
っつかそんな事より…___
「あ、あんまり大きい声出すな、周りが見てる」
平ヶ丘の人という人に嫌われている俺と親しそうにしている事がどれだけ異端か分かっていないらしい。
廊下の生徒たちの視線が集まる。
しかし、少女はそんな事そっちのけで俺の雁首引っ掴んで引っ張り始めた。
「私、感激です!ちょ、ちょっと来てください!」
「ちょ、ちょぉおおお痛い痛い痛い!な、何して、痛い痛い!と、止まれ!止まってくれぇ!」
少女は止まらない。
俺は少女の意のままに引きずられていく。
「あぁぁあぁぁぁああ!」
なんだこのラブコメは…いや、単なるコメディな可能性まである。
___
一体これは何の冗談であろうか。
誰か俺に教えてくれ。
「むっふっふ…」
___ゴチンっ!
皆さん申し訳ない。
俺は謎の少女に拳で制裁を加えた。
でも誰も見てないから良いよね。
良いよな?
良いだろ?
良いって言えよ。
「何がむっふっふだ!何の真似だこりゃ!」
「痛っ!な、何するんですか!人を呼びますよ!」
「人の質問をそっくりそのまま返すんじゃねぇ!っつか、人を呼べるの俺の方!何だこれ!何の因果でこの小部屋
に南京錠つけて俺を監禁してるんだ!」
そこまでする必要があるくらい俺は危ないのか?
なんか若干ショック受けるぞそれ。
いや、そんな事より重大な問題がある。
「っつか、お前誰だよ。よく見ず知らずの奴首根っこひっ掴めたモンだな…」
「…え?先輩、私を知らないんですか…!?」
雷でも落ちた時の衝撃が走った様に少女は愕然とする。
愕然としたいの俺だから。
勝手に愕然とするな。
「校内に掲載されてる広報部頼り見てないんですか?」
「は?見る訳ねぇだろ、時間の無駄だ」
ガーン!
そう彼女は口走った…。
何だこの光景は。
現状を把握できてないのは俺だけなのか?
これがこいつの性分なのか?
疑問が尽きない。
「あ、あのさ、広報部だか何だか知らねぇけど、とっととこっから俺を出してくんない?俺この後用事が…」
「ダメです」
「即答?!」
少女は立ったまま前に上半身をのめり出す。
小さな顔が俺の顔の前にドンと構えられた。
同時に、二本のリボンで結ったツインテールが上方にウェーブを作る様に靡いた。
「いいですか、先輩!」
「な、何ですか…」
「今先輩の情報はスクープ物なんです!一年生の間では先輩の話でいっぱいになる事だってあるんです!」
いや、無いな。
絶対ある訳ない。
何かの手違いだ。
某俳優トム・〇ルーズを某広告ヒカキ〇と間違えてるくらいの確立で有り得ないな。
「あっそう」
取り敢えず興味無さげに答えておく。
「そこで、私は思いました。先輩の記事を書くと良い記事が書けるのでは?って!」
「うん、無いね。今ここで俺がすぐ死ぬくらいの確率で無いね」
否定的な回答に対して、少女は構うことなく続ける。
つい余計な事を口にしてしまう程に彼女は強情であるという事だ。
「ですから先輩、お話、聞かせてください!」
「無理」
「どうしてですか!」
「時間がない、今度にしろ」
ここまで実に三秒。
やり取りは一瞬で終わった。
これで解放されるか…。
いや、されないと困る。
「ぬぬぬ…分かりました」
やっと諦めたか…。
ふぅ…手間のかかるクソガキだったn___。
「南京錠の鍵ぶっ壊しますね」
「待て待て待て待て待て!お前俺とここで心中するつもりか!」
少女は金槌を片手に鍵を足で押さえつけた体勢でこちらを見た。
しかもこいつ…笑っていやがる…!!
「大丈夫です!ここ一階ですから、いざとなれば窓から出れます!」
じゃあ窓から逃げるか。
と思ったのもつかの間、窓は板で塞がれていた。
雑な事にたった一枚のブラックボードで。
ちっ…。
「分かった…一個だけだ。一個だけなら質問に答えてやる」
「本当ですか!?良かったですね、私も質問したいことは一個だけなので!」
少女は振り上げた金槌を下ろした。
助かった…。
こんな破天荒なパパラッチなのに質問したいことは一個だけか…。
割に合わん気がする。
せめて慰謝料でも請求しようか…。
「ではでは、始めましょうか!」
少女は手帳とボールペンを胸ポケットから引っこ抜く。
衝撃で豊満な胸が若干上下に揺れる。
能天気なだけでそういうところに意識は無い様であった。
でも俺はその光景を真っ直ぐは見れなくてつい目を逸らす。
その仕草を誤魔化すべく、鞄に入っている水筒を取り出し、水分補給___。
「澪優梨乃先輩とのご関係はどう言ったものなんでしょうか?」
ブフーッ!
口に含んだお茶は見事なまでにすべて吹き出た。
吹いたお茶がそこら中に飛び散る。
それだけでは無い。
お茶は少女の胸をビショビショにして___。
「ど、どこでそれ…って___」
少女はただ唖然として丸くなった瞳で俺を見る。
俺はと言うと…本当馬鹿だった。
「わ、悪い!今拭くから!」
能天気は俺なのか?
アンサーはイェスだ。
ポケットから取り出したハンカチは少女の胸がめがけて勝手に動く。
制服越しに浮き出た下着が丸見えでいるのが嫌だったのは分かるが、何故「直」で行ったよ…俺。
もっといけないのは拭いてたんじゃ無くてほぼ掴みに行ってた事だ。
しかも自然体で。
俺って意外と男の子だな。
キモッ…あ、自分で言っちゃった。
「うぎゃああああああああああ!な…ななな、何してるんですかぁ!」
正気に戻った少女は素の反応を見せる。
反射的にその右手には金槌が握られていた。
「ちょ、ちょ待て!金槌はらめぇ!」
「まず手を離してください!変態なんですか!?」
「オメェに言われたくねぇ台詞ナンバーワンだよそれ!」
お互いに激しく息が切れる。
ハァハァと深呼吸を繰り返し落ち着く。
「わ、悪い…」
「い、良いです。記事の為ですし…わ、私の身体なんて安いものです…」
どういう意味だぁ!
何言ってんのこいつ?!
なんか顔赤らめちゃってるよ!
「は、話を戻そう」
なんで平然としてんの俺はぁ!
話を戻そうって、話の前に俺が何かを超えて戻れなくなってるよ!
「優梨乃の話だったな…。質問を質問で返すのも失礼だ。ちゃんと答える。ただの知り合いだ」
「では昨日、病院で何をしていましたか?」
「何で知ってるんだよ…」
「内緒です!」
こいつどこまで知ってるんだ…?
パパラッチ侮れねぇな…。
しかし、そういう質問をしてくるという事は優梨乃と接触した可能性があるという事だ。
そうなると俺もやすやすとこの話を終わらせる訳には行かない。
「た、ただの見舞いだ」
「そうですか、ふぅん…」
このままでは打たれて終わりだ。
こちらも何か打つべく仕掛けないと。
「それより、お前一体何者だよ?何を知ってやがる?」
「時間無いんじゃありませんでしたっけ?」
「多少遅れても構わない、話せ」
俺もまた都合の良い事だ。
しかし、少女は動じない。
表情を変えずに、笑って話し出した。
「私は舞崎紫苑!平ヶ丘高校一年生の広報部員です!」
「…んなこた良いんだよ。どうせ二度と関…コホン、何を知ってんだって」
焦る。
なんだか俺の事を知られているのは良い気分がしない。
まして入学してからまだ一日しか経ってないガキに知られているなど余計気分が悪い。
「私はパパラッチですからね、なんでも知ってます!」
紫苑は先程手に持っていた手帳をパラパラめくり、とあるページを開いた。
それを見た瞬間の俺は吃驚仰天だった。
そのページには俺のあらゆる情報がぎゅっと書き詰められている。
勿論俺だけではない。
おそらくこいつの取材対象であろう人の情報も見受けられた。
「なっ…」
「ふふん」
紫苑は得意げに笑う。
だから何だってんだ。
どうしたら一日で人の個人情報が他人の手に渡るんだ…。
…いや、渡る。
一個だけ方法がある。
「優梨乃か…」
「正解!」
嬉しくねぇ…。
「あのな…俺の事を詮索するのは大概にしろ。良い事ねえぞ」
「そんな事無いですよ!って言うか先輩、知り合い、と言う情報には矛盾がありますね?」
「な、何で…」
「優梨乃先輩はお友達と言ってましたので!」
あの野郎…見ず知らずの後輩にも優しいのは良いけど…。
そういう事は…だぁーっクソッ!
自然と片手で抱えた頭から苛々(いらいら)しく、乱暴に手を振り下ろす。
「先輩、実を言うと、私今日はお願いがあって先輩を連れてきたんです」
「拉致ったの間違いだろ腐れ外道…ハァ、今度は何だ…」
___「先輩!私と、友達になってください!」
…は?
硬直。
大体十秒くらいだ。
「…正気かお前?」
「当たり前です!」
「馬鹿だろ。俺が誰だか分かって言ってるのか?」
「学校でも外でも嫌われまくりの青娥先輩!」
よしこいつ後でぶっ潰す。
「先輩、優梨乃先輩は言ってましたよ。先輩は優しい人だって」
「…そんだけで俺と友達になろうってか?」
「もちろん情報収取のカモにす…友達になっておくと後々良い話が聞けるかなぁって」
お前今カモにするって言いかけたよな?
呆れる程にどうでもいい理由だし。
もうウザい。
とっととここ出たくなってきた。
「…にしたってやりすぎだ。南京錠までかけて拉致った上でそんな話か」
「人に見られるのがまずいんでしょう?」
「やり取りだけなら別の方法だってある筈だ。手紙とか使って___」
「それじゃ友達にはなれそうにありません!」
言われてみればそうだ…。
いや、どちらにせよ、俺と友達になる事自体が実は異端だと言う事にこいつは本気で気付いてないのか?
姫城明日香の手にかかれば、真っ先に潰されるぞその関係。
だが、そんな事構わんのかと思うような出来事が次の瞬間起こってしまった。
「先輩…私、さっき先輩にかけられたお茶のところが…なんか冷たくて風邪引きそう…」
「いぃ!?」
紫苑が何の前触れも無く、いきなり近寄る。
それも色っぽく、谷間を強調して…。
こいつ色仕掛けとかすんの?!
ますます分かんねぇ…てか離れろ!
こんなの野放しにしてたらこいつどころか俺も危ねぇ!
「いい加減にしろ!酷い目に遭っても知らねえぞ!」
「ひゃぁ!」
さすがにビビったか…。
こんだけ喝入れれば…___。
「ひ、人呼びますよ!」
「南京錠かかってんのに人が来るか!」
あーもうだめだこりゃ…。
誰か俺を殺してくれ。
「私、先輩とどうしても友達になりたいんです!どうかそこをお願いします!」
紫苑は遂に跪いた。
「お、おい、一周回って変人だぞ。ひとまず顔上げろ。土下座なんかすんな」
「優梨乃先輩となら友達みたいに親しいみたいじゃ無いですか!」
「なんかの勘違いだ」
「きっと、楽しいですよ!私となら!」
「何がきっと楽…し…」
その時俺は思考を停止した。
___
「青娥。みんなで一緒に海とか行かない?」
「ぼ、僕は…良いよ。多分皆寄り付かないし、場の空気悪くするし…」
「そんな事無いよ。きっと楽しいよ、皆となら、ね?」
少女はそうやって白百合のように可愛らしい笑顔を浮かべるんだ。
___
「先輩?」
「…けんな」
「…なんですか?」
停止した脳が急に動き出す。
だから俺は何故怒っていたのか、正直分からなかったんだ。
でも、体が勝手に動いてしまった。
感情が勝手に高ぶり、勝手にキレていた。
「ふざけんなぁ!」
「ひぃっ!」
紫苑は萎縮した。
「テメェとなんか友達になれるか!これ以上俺のそばうろつくんじゃねえよストーカー野郎!」
まさか俺が人にストーカーという言葉を使う日がくるとは思っても見なかった。
そもそも人が寄り付くような愛想の良い奴じゃないし。
だが、今はそれどころでは無い。
紫苑の目の前では、俺と言う般若が血相変えて激昂しているのだ。
流石のこいつも臆したのか少し大人しくなる。
「…せんぱ___」
「友達?へっ、甘ったれんじゃねぇよ。俺は人殺しだ!軽々しく関わって良い人間じゃねえんだよ!少しは考えるって事をしやがれ!」
一言でいうなら、意味不明だろうか。
今の俺は明らかに意味不明な行動をとっている。
理由は言葉にならない。
しかし、今フラッシュバックしたあの記憶が俺を怒らせる原因となったのは間違いない。
その所為で全く関係の無い人に八つ当たりがましく、何処にもぶつけようのない怒りをぶつけてしまった。
息が荒くなる。
同時に圧力に耐え切れなかったのか、紫苑の眼が潤い出す。
それを見た俺も危険を感じ、我に帰る。
「…分かったら俺の事は諦めろ…俺は優梨乃のところに行くから退け」
そう言って俺は鞄と水筒を手に小部屋を出て___。
___ガンッ!
「がっ!」
ドアに直撃。
「せ、先輩!南京錠開いてません!」
「と、とっとと開けろ!ったく…」
恥ずかしい。
俺の頰が紅潮する。
しかし、若干熱を帯びた頰の色は即座に引いていく。
カチャカチャと南京錠を開ける紫苑が俯きシュンとしている。
先程までの覇気が明らかに失せている。
ちと言い過ぎたか…?
…いや、よく見たら小刻みに震えてるぞこいつ。
絶対笑い堪えてんな。
「やっぱり優しいんじゃないですか…」
「なんか言ったか?」
「開きました…」
とは言え、あまりに暗くなりすぎた口調にギャップを感じる。
やっぱ申し訳なかったな…。
「お、おう…じゃあな」
紫苑の暗く俯いた表情は伺えなかったが、まあ、若干の申し訳なさを感じつつその部屋を後にするのだった。
「…諦めませんから」
その小さすぎる少女の声に、俺は気付く事が出来なかった。
_____
受験生謳っておきながらもまだ辞めるつもりのないSieg004です。
最近実家の付近でお祭りがあったみたいで、最寄り駅から出てくる着物男女率が半端なかったです。
それを横目にケータイいじって、SNS見ながら女の子から通知こねぇかなぁとか夢見たいなぁって思ってます。
要は夢も見れないくらい女に縁が無いという話です。
涙ぐましいですね。
第二作品目を書いてて思ったことがあります。
もしかして俺…文章力足りない?
小説家目指す奴が文才無いのは致命的だって思った人、これ読んで見てください。
そりゃあ、変換がガバガバだったり、意味不明な所とかあるでしょう。
…そこは大目に見てください精進しますから!