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比野君と面倒なお客さん

ひどく暑くて死にそう。


手に常にお茶のペットボトルを持つ季節なんですが、こう言ったまえがきって冬ごろにこれ読んだ人が見てもわからなくね?

夜天煌めく前兆、快晴の夕焼け空の死に絶える頃。


俺と言う大地の真ん中に巨大な棘が降って来た様な状況に困惑する。


「おぉ、お名前は…なななんですか?」


そりゃあもう見事までにカミッカミのわしがおった訳だが、どう言う事かと説明すると、今俺の目の前にいるいけ好かないイケメンがいるんだが、そいつは先程俺を無理矢理こいつが部長を務める剣道部のマネージャーに引き込まれてしまった。


しかし俺は未まだこいつの名前を知らないと言う事実に気づいてしまった。


だから名前を聞いているだけだ。


それがこんなにも拙い聞き方になるのは何故かと言うと、俺がコミュ障だからである。


「ああ、そう言えば名乗ってなかったよね。改めて、僕はひいらぎ 凛子りんね。よろしくね、比野君」


いや突っ込めよ。

ナチュラルに自己紹介する前に俺がカミまくってることに突っ込んでくれよ…。


「そ、そうか、柊っていうのかぁ、はーっはっはっは_____」


「青娥、病院だよ?」


「あ、あぁ…すまん」


いや、正直言うとこの時どうすればいいのか俺の脳みそにはそのやり過ごし方がインプットされてないんだよ。

そもそも人に名前を聞く事なんて今まで一度も無かったしな。

なんせほら、俺友達居ないし。


だから人に名前聞く機会なんてほとんど無かったんだよ。

紫苑くらいじゃないか、まともに名前を聞いたのって。


ほら、なんかもう自然と畏怖するんだよ。

相手がイケメンだと尚更。


ほら、アレだよ。


コミュ障隠キャみたいな友達いない奴は友達に囲まれた集団と面と向かって歩くと、意識多少避けちゃうんだよ。

その時の顔と来たら。

仏の様な優しくてカッコイイ笑顔に対して、口の片側を半分引き攣らせてぎこちなくって言うかキモく笑うんだよ。


って言うのを滅茶苦茶悔しがってた隠キャデブが教室で喚いていたのを中学生の時に教室の傍らで聞いた事がある。

あいつに…人で負けたってな。


まあ、俺にはそんなの関係ないですけどね!


俺の場合、誰彼構わず道を譲ってもらえるんで。


っと俺の話はさておき、それと似た様なもんだろ。


実際、今の俺が柊に大いに負けてる気がする。

若干口元引き攣ってるし。


ついでに言えば、名も知らぬ人と共に過ごしてしばらくしてからお前誰ってなる現象やめてくんない?

あれこそ、仲良くしてれば名前を聞くとか言うシチュエーションじゃ無いから、余計変な聞き方な感じがして名前聞くどころじゃなくなるし。


「ところで君は何しにここへ?」


涼しげな顔。


これは作り物ではなく、素のイケメンなんだ。

それ故に、その程度の他愛無い質問ですら彼は威厳のある風体を醸し出してくる。


下手に答えたらこの男もしくはその信者に殺さねかねんと言う恐怖はもうなんて言うか、ワシ隠キャの風体が滲み出てしまう。


「見舞いだよ、優梨乃の」


倒置法ッ!


キモい!


優梨乃のお見舞いだよと言えばいいのをわざわざ倒置法にして伝達しているのはもう隠キャの証だわ。

見舞うと言う動作があるのに、目的、すなわち優梨乃という対象の情報が後からやって来るからこうなる。


人と会話してない証拠だ。


「いつも来なくていいって言うんだけどね、これ類は毎日欠かさず来るんだ」


「へぇ〜、熱心だね」


「ま、まぁな、色々あってな」


一人絶対隠キャだってのがもう手に取るように分かる。


で、でも陽キャの二人とちゃんと会話出来てるぞ!

なんか、誇らしい!


…はいすいません凄く不名誉極まり無いですたかが人と話せる事を喜ぶ17歳なんて情けない事この上ないです。


「あぁそうだ。丁度君が此処にいる訳だし、少し付き合ってくれないかな?」


勿論!つかもう結婚しよう!


って相手が莢斗なら言ってた。


陽キャに付き合ってくれって言われて喜んでと言わない隠キャがいるだろうか?

そりゃ自分なんかでいいのとか、俺となんて絶対失敗するとか色々考えるが、リア充期の到来とそれを天秤に掛けたら圧倒的に勝つのはリア充の方だろ。


だからもう結婚しようって言いたいけどあいつ男だしな。


あれ、待てよ?


莢斗って男じゃね?


「何だよ?」


「会って欲しい人がいるんだけど_____」


「じゃあ俺、家事残ってるから帰るわ」


やっぱり俺は踵を返す。

そのまま病室を後に出来ればよかった事この上ないのだが、柊はそれをやすやすと許す男ではない。


「ちょ、ちょっと待って!」


彼は再び俺の腕を掴み、引き止める。


「落ち着け。そんなに引っ張るな」


「あ、す、すまない…つい熱くなってしまった」


うん、もう遅いね。

それ武道場で言おうね。


熱くなるったって腕引っ掴むほど冷静を書く様な奴には見えないのに…。


それだけ何かに必死って事だろうか。


「じゃあ、行こうか」


「待て待て待て何でそうなる」


まだ俺は行くとも言ってないぞ。

こいつ割と自己中だな。


周りが見えなくなるタイプなのか、天然なのか…どちらにせよ面倒臭い性格してる。


それはさておき、冗談じゃない。


俺は早く帰って洗濯と炊事しないといけないんだよ。

仕事が溜まると土曜日に欠席しかねない事もあったりするからめんどくさいし。


「俺は部活のマネージャーってだけで手一杯なんだが。大体、なんで俺なんだよ、他に手の空いてる奴いねえのか」


適当な質問で追い詰めて勝訴してから帰る。

それで紫苑とご飯食べて1日を終えたい。


「それは、優梨乃さんのオススメだからだよ!」


「人を有名チェーンのメニュー表紙みたいに言うのやめてくんない?」


横目に優梨乃を見ると、私聞いてないと言わんばかりに優梨乃は数学の教科書を手に熟読している。

ご丁寧に机の上に問題集まで用意しちゃって…。


つい数秒前まで出てなかったじゃねえかそれ。


「優梨乃…」


「あ、うん。行ってらっしゃい」


「まだなんも言ってねぇよ…」


「大丈夫、私いつもこう言う話はしっかり請け負って解決するから」


こいつマジで安請け負い。


最近動いてんの俺だけだかんな。

お前がしてくれたのって、柚音のコーデをボーイッシュにしろって事くらいだろ。


「…お前、俺の事嫌いだろ」


「ううん」


こいつマジでゆるゆるほのぼのしてんな。

返事の仕方が真剣じゃなさ過ぎて嫌われてる様にしか聞こえ_____。


「大好きだよ」


「なっ!?」


こいつマジで可愛い…ハッ!


不覚にもこいつの事を可愛いと思ってしまった。

なんか凄い柔らかく笑ってるし。


一応保身の為に言っておこう。

俺は決して優梨乃の安い言葉に気が緩んでいるのではない。


普通の隠キャならこう言う時、誰もが喜ぶ事だろう。

リア充をクソほど全うしている清楚で可愛らしい美白女子や、リア充をクソほど全うしている元気で活発なパツ金ギャル女子に大好き、愛していると言われたら誰もが心射抜かれるのは最早必然なのだ。


しかし考えてみれば、それは虚言に過ぎないはずである、と言うのは大好きと言う意味に多様性があり、異性としてか、友人としてか、人としてか、様々な方向性が存在し、付け加えるならその言葉が本当に自分に向けられた言葉なのかどうかも定かでない場合が存在する。

要はその虚言の受け取りこそが妄想癖の露見であり、惨めな姿を晒す事になるだろう。

例えば思春期男子中高生にありがちな、ああ言う本やこう言う本の中でヒロインが大好き、愛してる、◯クウウウウウ〜〜〜!!!って言ったところで、それは作中の主人公に向けられた言葉である可能性が非常に高く、読者に向けられたものではない。


その虚言に興奮を覚える少年達は妄想癖と言う、他者に知られるとあまりよろしくない部分に苛まれる結果に陥ってしまう。

故に、俺は別に彼女の、大好きだよと言う言葉に衝き動かされた訳ではなく、あくまで健全な心でそれを聞いているのであり、しかも見慣れた奴のセリフなどとうの昔に慣れてしまった物でさえあるので_____。


こんな時俺はどうすればいいんですかリア充先生。


「俺も…好きだ」


「青娥が言うと怖いし、キモいね」


「デスヨネー」



__________



広々とした丘にポツリポツリと街灯が淡い光を降らせ始めた。


草原と呼ぶにはあまりに草が刈られた敷地の中に施された散歩道。

ここは病院が所有する公園である。


患者のリフレッシュが主な目的として設置された公共施設らしい…って肥満の髙橋さんが言ってた(盗み聞き)。


「なんだか顔色が悪いね…さっきフラれたのが相当ショックだった?」


「余計なお世話だ。別に告った訳じゃねえよ」


「あっはは!確かに、親友同士のやり取りだね」


こいつホンットいい性格してるな。


分かってて聞いたのかよ。

それもナチュラルなのかよ。


顔が神々し過ぎてどっちか分かんないわ。


「あそこに立ってるのがそうだよ」


ふと柊が指差した方向に視線をやると、光差す中に一人ポツンと立っている少女がいる。


髪を結って後頭部にお団子を作るのか。

小柄だし、サイズで言えば紫苑より少し小さいくらいだ。


あ、おっぱいじゃないよ。

本当に違うんですよ。


「貴方が、比野 青娥ですか?」


ほらぁ訳の分からん事言ってるから先制攻撃取られたじゃねえか。


「あ、あぁ」


ほら早速コミュ障具合を発揮していく。

ちょっとオドオドしちゃうじゃん。


むしろ俺がオドオドされてる側_____。


「はぁっ!」


刹那、ヒュッっと風が走った。


謎の掛け声が聞こえたのは分かった。

その直後、風は右頰の横をかすめていった。


もし俺が避けていなかったら風ではなく、痛みが走っただろう。


「ほぅ、私の攻撃を避けますか。伊達に殺しやってる訳じゃなさそうですね」


冷ややかな声は高校生の柚音に会って以来のそれとよく似ている。


少しでもその恐怖から目を背けようとして、とりあえず恐る恐る視線を右頬に向けるとまずキラリと光った。

刃物か何かだろうかと思ったが、よく見たらただのシャーペンだった。


にしたって初対面にの奴にシャーペンぶっ刺しに行くか?

ちょっと背筋に悪寒が走ったまである。


「こぉら、桃華ももか


柊の一声で、桃華なる人物は殺気むき出しのシャーペンを納めた。


にしたっ桃華って名前がもうDQN感しかねぇ…。

これは危ない奴だなと俺のセンサーが言う。


「ごめんね、桃華がいきなり」


「じゃあ俺もう帰るんで。もう会ったし」


「ちょ、ちょっと待って!ここからが本題なんだよ!」


分かってるから俺を逃がさないと言わんばかりに足踏まないでね。

痛いから。

妙に力入ってるから。


「先輩、何でこいつがマネージャーなんですか?」


「彼はね、身の回りの支度ならあの子よりも上手だからね」


「…そうですか?そうは思えませんけど」


「まあ、それは大会前になってみればわかるよ」


あのちょっと、僕を抜いて話進めないで下さい。

ハブってるんですか?

帰っていいですか?


「ねえ、比野先輩」


「は、はひぃ!」


冷徹さあまり空回りする。

更に視線が彼女の方を向いた途端に、再び殺気すら感じ始める。


「元のマネージャーが帰ってき次第、貴方には消えてもらいますから、覚悟していて下さい」


それってどう言う意味ですかね?

私消されてしまうんですかね?


「あ、あのな、どう言う訳かは知らんが、初対面の人間に武器の鋒向けるってのはあまりにも失礼極まりないんじゃね?」


「貴方の様な人殺しを人だと思った事が無いのでつい身に任せて攻撃してしまったのですよ。最も、部の中でもかなりの実力を誇る私の攻撃を避ける程ですから、貴方の様な下賤な蛮人の方が余程危険だと思いますが」


おいおいおい、理論がぶっ飛んでるよこいつ。

めんどくせえタイプだ…。


「まあ、私程になればあの攻撃を眼球の前で寸止めする事も出来るので、どちらにせよ当たる事はなかったので安心して下さい」


出来るかクソアマ。

後寸止めって言葉がエロい。


「言っておきますが、別に貴方が私より先輩だからと言って、私は貴方に敬意を払うつもりは毛頭ありませんので悪しからず」


「お、おう」


もう面倒くさすぎて返事しちゃったよ。


なんかあれこれと非礼極まりなかった気がする。


「それで、俺はどうすればいい?」


さっさと要件言ってもらってどうでもいいことなら次こそ帰る。

そして風呂入る。

寝る。


明日に備えて下拵えも忘れず_____。


「これから君の家に二人で泊りに行く」


「ぜってー入れねぇ」


即答。

毎度よくもまあ俺を早口で喋らせるよな俺の周りってのは。


「そうは行かないわ」


デタヨー、今の所俺の中でDQNちゃんの桃華…さん付けしないと殺されそう。


「貴方の事を知らないといけないの。今後共に過ごす事になってしまった貴方の事を」


含みのある言い方だな。

俺ってそこまで害悪で…したね。


ですかって誰に問ってもきっと害悪って帰って来そうですね。


「ああそうかい。だが悪いな。お前らに俺のプライバシーを侵害する権利は_____。」


「黙れ下衆!」


うっわひっでえ言い草。

なんか俺が悪いみたいじゃん…って言うか悪いですね、ハイ。


にしたってそこまで言わなくても…。


俺少し傷ついたかも。


「皆怖がっていた。貴方が武道場に来た事で、部の雰囲気が悪くなった」


その責任って俺じゃなくてそこのイケメンにあるんじゃないんですかね?


「貴方の事を知らないと、今後対処して行く上で困るのよ。だから、先輩と泊まるわ。大丈夫、私たちは貴方の様な下衆に一歩たりとも退かないから」


自信過剰でクールなのに時々熱い、柊とは変わった意味でなかなか良い性格してるな。


どんだけ断っても無駄であろうから、ここは潔く許可しておこうか。


玄関先で寝泊りされても困るのは俺だしな。


「分かった。分かったから吠えるな」


「では、行きましょうか、先輩」


そう言って一人さっさと行ってしまった。


どっと疲れた気分になった。

またも変な噂を鵜呑みにしてひたすら俺を嫌厭するタイプだ。

控えめに言って面倒だ。

当たりも強いし、言う事を聞かせられる程冷静ではない奴っぽい。


柚音みたいに変にツンデレで正論ぶちまけるとキレ出す様なら俺は家を捨てて逃げるぞ。


「ごめんね、彼女凄く気が立ってるんだ。でも君が出来る人だと分かればもう少し温厚になると思うから」


うん知ってる。

さっきめっちゃ解釈した。

でもきっと俺が出来るところ見せても変わらねえよ。


他の奴らはそんな俺を知らないし、怖がり続けるだろう。

その度にあいつにキレられて埒が開かなくなり、敵わないかも知れん。


「何をしてるの?早く来なさい。貴方の家なのだから貴方が案内してくれなければ道が分からないのだけど」


「あぁ、今行く」


優梨乃も柊も、厄介事ばっかり押し付けやがって。

なんで変なイケメンと、それに紹介された断ったら殺される様な奴と一緒に一つ屋根の下で一晩過ごさなければならないのか。


つくづく理解に苦しむ。



…言っておくが俺は別に優梨乃に大好きだって言われた事が嬉しくて張り切ってるって訳じゃねえからな。


ただ変に断って面倒ごとを引き込むのも、断る努力をするのもめんどくせえだけだからな。



__________



帰宅に二十分もかかった。

いつもなら十分くらいで帰れるのに。

それになんか足が重い。


気分かな?


確かに今の俺はどんよりしている。


それ故の鈍足なのか?


「随分と時間がかかるのね、殺しをする程だからもっと素早い行動を心がけると思ったのだけれど、案外トロいのね」


このアマ言わせておけば…。


「ま、まぁまぁ、じゃあ、お邪魔するよ、青娥くん」


邪魔すんなら帰れ有象無象…。


_____ガチャ。


ドアノブを捻って手前に引く。

が、珍しく扉は開かない。


いつもなら紫苑が勝手に開けて家で待機している頃の時間で、そう言うときは大抵鍵が開いている。


首を傾げつつ、ポケットに入った鍵を取り出し、素直にドアロックを解除する。

開けてみると中は暗く、とても中の様子を伺う事は出来なかった。


何らかのドッキリか、本当に来ていないのか…。


来ていなければ後で家まで…いや、めんどくさいからSNSで訊けばいいか。


「案外片付いてるのね」


まだ玄関だけなんですけど。

判断早くないスか?


「意外と生活感溢れてるね。優梨乃の言った通りだ」


気づいたら柊は先に靴を揃えて家に上がってリビングの扉を開けている。

誰もまだ上がっていいとは言ってない。

ココ重要。


本当、破天荒っていうかマイペースって言うかチーム二人って言うか。

◯さの◯つこかよ。


小学生の時に一回読もうとしてやめた記憶がある。


「さぁ、好きに過ごして貰っても構わないわ」


「いやここ俺ん家だし。んなこと言われてもゆっくりなんてしてられっかよ」


上から目線で指図する小娘はさて置き、俺はやれる事をやらなくてはならない。


先ずは制服を着替えてシャツを含めた洗濯物軍を洗濯。

洗濯機が動いている時間を利用して食事の準備。

今回は作り置きしたおかずがあるからそれをレンジで温めて、白飯でも用意すれば完了。

それだけなら五分もあれば準備は出来る。


すると洗濯機がおおよそ四十分動くと仮定した場合、三十五分が余る事になる。


その時間は適当に掃除や勉強をしてれば良い。


この夏の時期、そろそろテストも近いしな。

勉強は欠かせないイベントだ。


「さてと、始めるか」


_____十分後。


「飯は準備したからそれ食えよ」


家事に勤しむ俺に対して、食卓で日樹に優雅そうに寛ぐ桃華が舌を巻いて見ている。


それより何この状況。

本来なら俺が食卓に座って軽く飯食った後で本業に戻るところだが、なんで座ってるのは俺じゃなくて桃華こいつなんだ。


「あ、貴方やる事が早いのね」


「ちゃんと考えてっからな。こんなもん朝飯前だ」


軽くそう言った会話を交わす以外にはやる事なんてない。

いやそもそも桃華のために割く時間も無いぞ本当は。

けど、そんな悪条件すらプラマイゼロに出来る力がある。


家事に集中した俺はマジですげえからな?

さあ、働け俺よ!

社畜の如く!


俺、家政婦なら稼げそうだな。


客人が来ると強盗にしか見えないだろうけど。


「…ッ!美味しい…!」


自室の階段を上がる途中で聞こえて来た感嘆の声。


へっ、ザマァ見ろ!

これが家政婦青娥の力よ!

作り置きすら美味しいこの実力。


伊達に料理番組と◯ッ◯パッド見てねえぜ!


とまあ、御託を並べるのもこれまでだ。


家政婦青娥の仕事は終わらない。


自室の隣、親が使っていた空き部屋を開け、そこの掃除をする事にする。

なんせ女性の客人を泊めるのだから空き部屋を綺麗にしてそこを使わせるのがセオリーだ。


…紫苑?


知らんな。


とは言え部屋を開けてみると_____。


「意外と片付いてないないないないない!なんでお前ここにいんだよ!」


いつの間にか空き部屋で休んでいた柊がそこにはいた。

誰もここ使えって言ってねえし…。

そもそも上がれって言ってねえし…!

って言うか寛ぐ場所を間違えんな…!


「桃華はどうだ?」


「あ、あぁ、下で飯食ってるって違う違う!お前!下行けよ!飯食ってる間に掃除すっからここに来んな!」


「その事なら心配には及ばないよ」


「はぁ?」


そう言うと、柊はそそくさと立ち上がり、空き部屋を退室する。

その間際に一言だけ残して。


「少し出るよ。多分すぐ帰って来るさ」


「おい!」


自分は引き止める癖して、俺の呼び止めには応じる事は無かった。


どうやらあいつは俺が思った以上に自己中らしい。

正直気が滅入る。


勝手に上がり込んで勝手に出て行くとか、正気の沙汰じゃない。

いや、そもそも初対面の人の家に泊まりに行く事自体おかしいじゃないか。

一人は我が物顔だし。


「はぁ…とりあえず掃除するか」


モヤモヤした何かが残る中、溜息混じりに家政婦は働くのであった。



___________



気づけば30分など等に過ぎていた。

そろそろ、と言うより、もう既に桃華が夕食を食い終わった頃だろう。


と思って掃除を切り上げ、食卓に戻って来たところだ。


_____「…あ?」


「だから、もう平らげてしまったけど」


…食い終わったっつうか…平らげてるんですね。

僕の分も、平らげてしまったんですね?


「何かしら?残すのは食事に対して申し訳ないと思って平らげたのだけど、間違ってもあなたに申し訳ないだなんて思ってないわ」


「…あっそう」


もう構うのもめんどくさい。

たかが一食食えないだけでいちいち突っかかるのもダルい。


即ち、もうほっとけ。

取り敢えず、片付け。


もうその発想しか出てこないほど機会的に作業に取り掛かる。


「つかお前…ブロッコ_____」


「それ以上喋ったら殺します」


…。

皿に乗っかったブロッコリーがラスボスの如く転がってる。

決してそんな風格は無いが、彼女にとってはそうだったのだろう。

手軽で意外と安く、栄養価も高いので俺は良く食うから乗っけたが、彼女のお気には召さなかったようだ。


その証拠に目が死にに行かせようとしてる。

要はさっきで溢れてる。


俺は皿に乗っかった孤独なブロッコリーをその場でつまんで食べた。


「なぜブロッコリーなどに申し訳ないと思うのか私には理解に苦しみます」


もう分かったから。

ブロッコリー何も悪くないから。

俺が悪かったから。


「次からはブロッコリー出さないでください」


「次あんのかよ」


「何を言っているの?あなたマネージャーでしょ?部員の栄養管理をしないつもりなの?」


「それもう管理出来てないよね?最初からダメだよね?」


ほっときたい割にはなかなか喋るな俺。

ガシャガシャと洗い物をする最中でいつもなら紫苑と変な話を駄弁っていたりする癖なのだろうか。

先輩などと言う呼び方をするのは紫苑だけと言うのもあるし、やはり気になる節があるのだろうか。


いやぁそう振り返れる俺マジで偉いな。


ブロッコリーは嫌いですって認められないどっかの後輩よりマシだ絶対。


「先輩、早く戻って来ないかな…」


やっぱりこいつ、柊の事先輩って呼ぶんだな。

変に揺さぶられる。

別に変な意味じゃない。

けど、紫苑と時々間違えそうになる。


変わったな、俺も。


人を意識することなんて今までなかったのに。


なんせ人が俺を意識しすぎてるからな。

俺が気にならないような場所まで退避して影でコソコソ有る事無い事愚痴っていく。


紫苑は違う。

興味のままに俺にすり寄ってくる。

物好きと言えば解りやすい。


故にあいつしか俺が意識できる人が居なかった。


優梨乃とは病院でしか会えないし、そもそもあいつが俺を先輩と呼ぶ事がない。


柚音も対象外。


柳は青娥先輩と呼ぶからにして辛うじてナシ。


やっぱり先輩という呼び方をされた事ない以上は慣れてないとこうなるのだ。


「あぁ、えっと、本当に泊まるのか?」


「ここまで来て何言ってるの?当たり前じゃない」


「あっそう…」


でもこのあたりの強い女を紫苑と思えというのは少し無理がある。

まだ柚音と言ってくれた方がいい。


そうこうしていると事態は動き出した。


_____ピンポーン。


来客だ。

まあ間違っても俺の家に来客と言うからには何処の馬の骨とも知らぬ輩がくることはまず無いだろう。

恐らく、紫苑が腹空かせて来たとかそう言う展開に違いない。


俺の足が自然と玄関へ向かう。


同じような状況の客人がその客人を招き入れようとしているのにすら気にとめる事無く。


どうやら桃華も柊が帰って来たと思ったのか、自然と足が勝手に動いたのだろう。

お前客だろ。

客が客招くなっての、って後になって思った。


「はーいどちらさ_____」


リビングを抜け、暗がりの廊下を歩く。

しかし、次の瞬間に俺は玄関先の相手の対応をするのでは無く、玄関前で倒れこむと言う行動を実行して居た。

それも不可抗力で。


俺は「うわぁ!」と言う情けない声を上げて倒れこんだ。

その直前「きゃぁ!」と言う情けない声を聞いたのは間違いない事象だった。


まずそこで察したのは俺の衣服ががっしりと掴まれている事。

それから体の密着した感触があった事。


ようは何が言いたいかって言うと、ラッキースケベに近い状況が完成していると言う事だ。


あ、でも勘違いすんな。


人と体が密着しているだけで色々考えちゃうのは俺が童貞だからってだけで、常人ならそんな事考えないだろう。

恐らく今の現状は桃華が俺の衣服にしがみ付いて押し倒している様に感じるだろうが、誰かにこの状況を目撃されても問題ない…わけないないないないない!


マズいぞこの状況!


「せ、青娥?大丈夫?何があったの?」


次に俺が確信したのは、玄関先にいるのが柚音だと言う事だ。

それは声で大体察した。


あの声は間違いなく柚音だ。


そして一つ。

人と言うのは疑うべき事象が発生した時、意味がなくてもそれを目視で確認する習性がある。

俺の場合、玄関先にいるのが紫苑だと思った事実を疑い玄関先の人物が見えないのに玄関のドアの方を向いてしまう本能が働いた。


そこでもう一つ察したのは_____。


「あれ?鍵空いてる。は、入るよ?」


アレ?

なんで鍵しまってないの?


おかしいなあ、玄関の鍵が空いてるじゃないか。


何事だ…?


_____そういえば一寸前。


あっ…___。


「少し出るよ。多分すぐ帰って来るさ」


あ…がが…あぁ…あががあああああぁぁぁぁぁ!!!!!

あいつ出てから鍵閉めんの忘れたぁぁぁぁぁ!!!!!


「どうしたの青娥!」


その後の記憶は俺には無かった。



__________



___未__い、中が_____とト__クが___突する事故__________。


頭の中でアナログテレビの砂嵐みたいな不完全な映像が流れてる気分だった。

聞き覚えがあるニュースがそこで流れてた。


これは記憶なのだろうか?


虚ろな目を必死に開くので正直精一杯だった。


辛い。

悔しい。

なぜかそんな気持ちに苛まれる。


「中学生の男子生徒から110番通報があり_____」


突如頭が割れそうに痛む。

そんなの最初は日常茶飯事だった。


気づけば僕は自分の名前さえ思い出せなくて、でも誰も周りにいなくて、ずっと一人だった。

自分の正体を知る者と会う事さえ無く、やがて白い箱に一人閉じ込められていた事を理解する。


「被害者の中学生の男子生徒が体を強く打ち付けられ重傷_____」


耳障りな肉声。

白い部屋に一際目立つブラックボックス。

文字通り、当時の記録を克明に知らせる最後の手がかり。


_____手がかり。


なんのだ?


そうだ、俺は…何か調べなくてはいけない事がある筈だ。


「女子生徒が意識不明の重体_____」


女子生徒…誰だ?

珍しく黒い箱如きに興味を示すなんて、まるで俺がそれが知りたいようだな。


そうだったような…そうでもなかったような…。


_____そう言えば、助けたいんだった。


知っている女の子がいた。

その子の逃げる先は交差点かどっかだったんだ。

そこで俺は確か_____。


「トラックに乗っていた女性が軽傷を負った他、運転手の男性が一人死亡しました」



___________



「じ、じっくり聞かせてもらうから!なんで女の子と一つ屋根の下なんだよ!変態!変態青娥!」


「お、落ち着いてくれ、これには色々事情があってだな…」


気づいたらここにいた。

あぁ、ここって言ってもよく分からないだろうから一応言っとくと、俺ん家のリビングで食卓の椅子に座らされ、自転車の荷台を固定する紐で拘束されている。


ちなみに寸前まで俺は気絶していたらしい、と言う事にしよう。


両手は自由ではない。

だが両足は自由といえば自由なので逃げる事も出来るが、後々の事を考えても、逃げても逃げきれる訳が無い状況も、どちらも良くないので素直に尋問を覚悟する事にした。


そして眼前には二種の剣幕。


どちらも既視感はある。


さてこの状況をどう説明したものか。


「…変な事言ったらぶっ飛ばすから」


「わ、分かってるって、別に変なつもりがある訳じゃない。なあ?桃華」


ここは安全を求めてまずは当事者である彼女に同意を求めておく。

これに間違いは無い…と思うぞ。


彼奴の返答にもよるが…。


「さぁ、どうだか。まあ、私はあなたが変態というよりはサイコパスに近い何かだと思っていますが」


なにその訳の分からん返答。

ちょっとオニイサンワカラナイ。


「青娥…」


「な、なんだ?」


あっ、そうか、こいつ言ってたもんな。

たとえ俺が殺しやってても友達でいてくれるって。

いやあ、なんていい友達を持ったんだ俺は…ってそんな友達俺も嫌だよ。

つかこいつ俺の幼馴染ってなだけで別に友達じゃねえし。

だって俺友達いな_____。


「なんで名前で呼んだの…?」


「へっ?」


「なんで今あの子の事名前で呼んだの?」


あっ。


なんか…そうですね。

僕らお友達みたいですね!


「い、いや、なんて言うか…」


「…言えないの?」


そろそろ浮気バレ夫みたいな状況になってるから解放してほしいな。

つっても俺こいつの夫じゃねえし。

だってそもそも俺彼女からいないし。


「た、たまたま下の名前しか知らなかったんだよ!なっ?もも______」


「あなたに名前を呼ばれる筋合いはないんですけど、変態青娥さん」


う、うん!

その返答イイかも…。

あっ、変な意味じゃないんです。

本当なんです。

親しくないと言う事の証明になるじゃないですか。

いやぁ、実にファインプレーで_____。


「親しくもない人の胸を触るのは如何なものかと思いますね、変態青娥さん」


なんでそうなるんだァァァァァァァァァァ!

あの時か!

お前が倒れた拍子に俺がお前の下敷きになった瞬間かァ!?


それお前の所為じゃねえかァァァァァァァァァァ!


「…」


唖然とする柚音。

俺はそれをただ見る事しか出来なかった…訳がなかろう。

全力で言い訳させろ!


「いや、違う!触ったっつうか、触れたっつうか、不可抗力っつうか、とにかく!触れるべくして触れた訳じゃなくてだな!あっ…」


目の前にわなわなと震えたその姿を見た時に察した。


こいつめっちゃキレてる…。


こう言う時こいつがどう言う行動に走るのか大体の察しもつく。



「…がの…か…」


「へっ?」


「青娥の…バカァーーーーーーーーーーー!!!」


そう叫んで柚音は踵を返して駆け出した。

それ以降の静寂に扉の開閉音だけが谺した。


俺は脱力した。

体の肉が重力に従うように垂れた様に見えた。


それからなんか…虚しいです。


「災難だったわね。変態青娥」


「俺もお前に名前を呼ばれる筋合いはねぇよ…」


「黙れサイコパス」


「呼び名を安定させろ!」


それっぽい事する奴の事を知っている気がする。


まあそれは置いといて、一先ず束縛から解放されたい。

と思った時にはすでに俺の体が自由になっていた事に気付く事が出来なかった。


パッと動くようになった両手が拍子で意識しないところへ飛ぶように挙がる。


「あら?」


「いつまでもそうされてても良いんだけど、先輩が帰ってきた時に保身が効かないから解いただけ」


「あっそ…」


随分と自己中な理由…。


早く帰れよクソ。

お前の所為で幼馴染から物凄い勢いで大分嫌われたわ。


玄関で転んだのお前の癖に。


しかもそのまま上に上がるんじゃねえよ。

お前も柊みたいに寛ぐ場所間違えるのかよ。


「おい何処へ…」


「空き部屋があるのよね?先輩が出て行く間際に聞いたわ。寝床部屋だと聞いたから荷物を置いて尾風呂に入るの」


「っ…ハイハイ」


再三言うがここは俺の家だ。

自由奔放にも程があるだろこいつら…。

あのいけ好かないイケメンも早く帰って来ないもんかな?

良い加減こいつの面倒を見てほしいものだ。


「それから」


「あぁ!?ンだよ!」


イライラのあまりつい声が荒いだ。

それはもう、周りから恐れられるのが分かる程に酷い般若顔が若手の極道の脅しの如く。


「別にあなた私の胸に触れたりなんかしてないから。ただ、親しい奴だなんて思われたくなかったし、何よりあなたと親しそうだったあの子にあなたの本当の姿を教えただけよ」


…一寸絶句。

そのまま俺が何事も言う前に彼女は階段を上がり切ってしまった。


って言うか…_____。


「えぇ…?」



__________

SIeg004です。


はてさて何を書いたものか、久しぶりに手抜きで作業したとだけしか…。

もう少し真面目に書くようにします。


あとこれ以上書くことがありません。


誰か僕に話題性を手に入れる力をください。

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