表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

比野君の終わりの先の終わり

いよいよ受験シーズン。

三年生どもは正月もクリスマスも楽しく迎えられなくて残念だったなぁーハーッハッハッハッハ!


…誰か一緒に過ごそうよ。

俺も受験だけど。

どうにもこうにも目覚めが悪い。


頭蓋が割れそうな感覚。

それをいなす様に額を抑えた右手。


そこから救急箱の中の、いわゆる正露丸の匂いが漂う。

それが目覚めの悪い理由になる訳じゃないが、なんだか色々ありすぎて記憶が混濁している気がする。


一先ず体を起こそう。


起きなければ何も始まらん。


一日も、何もかも……ん?


「先輩!さあ、約束通り、遊びまし…___」


「黙れ帰れとりあえず退け」


デジャヴとはこの事か。


もうこのくだり何回目だろうか。


初めてあいつのおっぱ… ブラ…___


「コホン」


下着を見てしまって以来、それでもコイツは性懲りも無く添い寝して来る。


幾ら何でも異常だ。


そんな事より今だけはマジで消えて欲しい。


「ほーらー早く起きましょう!行きましょう!」


どこから俺と遊ぶと言う好奇心が来るのかは分からないが、まず解るのは、約束通りというのはこの前、フィザードヒルズへ赴いた時の話だろう。


何故俺と歩き回りたいのか理解に苦しむ。


こいつ友達いないの?


とは言えあそこは平ヶ丘からは離れた地域である故に俺は警戒されない。


まあ顔にビビる女子供がいたり、ヤングでキーなカップルのイケメン彼氏が何見てんじゃコラと言いながら寄って来る事があったりなかったり…っつか___

何一人語ってるんだ俺。


「引っ張るな揺らすな。死ぬ。っつか話に趣旨がない」


なんだこの不可抗力は。


誰か助けてくれ。


ブレインシェイクするなぶりゅぶりゅすりゅううううう。


「早くしないと、もうそろそろ時間来ちゃいますって!」


「だーかーらーなーんのーじーかんーだよーお」


揺らされながら喋る日本語は宇宙人をイメージした変な声となって音波が放出される。


しかし次の瞬間、体の振動はすっかり収まっていた。

付け加えるなら、やっちまったぁ…と言わんばかりに紫苑が渋い顔をして硬直している。

それから目を逸らす。


さらにアメコミにありがちな口笛を吹く。


あーこれはもう怪しさ満点ですね。


取り敢えず、嫌な事だとは想像しつつ、あえて問い質す事にした。


「時間ってなんの?」


「そ、それは…ハッ、私と先輩の赤い糸で結ばれたモテ期…ってあっ、待ってくださいせーんぱーい!」


一瞬で付き合ってられなくなったと察した俺はただでさえ怠い身体を無理やり起こして部屋から逃げる。


第一、気になったんだけど、あいついつもどうやって俺の部屋入ってるの?


疑問は絶えないし、嫌な予感もビンビンにするし、この先の未来がどんな進路よりも心配で仕方ないのを無理やり我慢して居間リビングへと階段を降りた。



__________



驚きの光景その一。


玄関に通ずるリビングの扉と、玄関自体が解放されている状態であった事。


その二は…多分無い。


めんどくさいし。


まあ一つ言うなら、空き巣は無い。


その証拠に空き巣では無くストーカーが一人家にいるからだ。


流石にあのバカでもドアを閉め忘れるなどと言うド畜生並みの拙劣な失態は犯すまい。


つまり、この行動には何らかのメッセージ性がある。


何が言いたいのだろうか。


それは考えるまでも無く、外へ出ろ、つまり誘導である。


そこから考えるに___


「さあ、行きましょう先輩!」


「何処へ?」


「愛の糸を結びに!」


ウザッ。


ひとまずこの場を離れよう。


しょうがない。


部屋にいても意味が無い以上、ここはひとつその誘導に乗せられてやるのも一つの手だ。


「あぁ、待ってくださいよぉ~」


「寄るな文◯もどき」


しかし誘導されると言えども俺はまだ白シャツに黒いズボンという何ともインドアな格好で、とても外に出れる状態ではない。


そこで階段を駆け上がり自室へ直行する事を優先させる。


その時すれ違いざまに暇を持て余すように質問をする。


「一応聞く。何で玄関開けっ放しにした?」


紫苑は屈託の無い笑顔でまずこう言った。


「いいじゃないですか。どうせ先輩の家なんて入る輩はいませんよ」


お前が入って来てる時点でその持論は破綻しているんですが、大丈夫ですか。


いい加減死なねえかなこいつ。

仮に死んでも死の淵から蘇って来そうで怖い。


「あ、先輩、私は先に玄関で待ってますよ」


いつ誰がどの瞬間に今日はお前と出かけようと言ったのだ?


その信頼感のバカさ加減と言ったらもう三代珍味の一つに匹敵するくらい重宝しそう。


でもまあ、ついて行かなくては奴の魂胆など分かりっこないのだから今回だけは引っかかってやろう。


勘違いするなよ。


べ、別に、紫苑の事が気になってるとか、そんなんじゃキモいんだからねッ!

あ、混ざった。



__________



べっとぉり。

今の状態を単語で表すとこうだ。


死ね。

今の気持ちを単語で表すとこうだ。


こうも短絡的な言葉遊びは嫌いではないけど好きでもない。

要するにウザい。


「おい」


「何です?」


「くっつくな。お前はあれか?木工用ボンドかなんかか?だとしたらくっつく相手が木材じゃない

のは心外だな」


「何で私が木工用ボンドって前提で話が進むんですか…」


じゃあガムですか。


ってそうじゃない。


行く先々に他人の影は無い。


それをいい事にこのアマ…。


「私がN 極で、先輩がS 極ですね」


俺が凄く良い人で、お前がなんか残念な人な。

思いの外正論だけどウザい。


「いつから俺はお前の磁石になった…」


「ずっと前から…キャッ」


頬を赤らめて目ん玉パチクリさせながら俺の左手に絡みついた右手に代わり、左手を軽く握り、口元をその拳で隠す。


その瞬間に俺がブチ切れたのは言うまでもない。


「良い加減教えろド変態!今俺たちは何処へ向かってるんだ?」


「訊かなくても、もう目の前ですよ」


そう言っていよいよ左手が解放されると、彼女は右手にある一軒家の呼び鈴を躊躇無く押す。


その奇天烈な行動の動力源を探ろうと、押されたボタンが備え付けられてあった家の表札に目が止まり、ついでに飛び出そうになった。


「はーい、ってあんた…」


それはすぐに訪れた。


気付けばすでに家に住んでいる人物が玄関の扉を開け、顔を覗かせている。


多少はいつの間にか玄関先まで足を踏み入れていた紫苑の頭で隠れて見えづらいが、あれは紛れもなく、榊柚音だった。


「お約束、果たしに来ましたよ~」


「あっそう…って、ななな何であんたがここにいるんだよ!」


本当、何でここにいるんでしょうね。


俺が聞きたいくらいだ。



___________



…。


案の定…嫌な事が起きた。


「……右手、大丈夫?」


「まぁな」


正露丸の匂いはもう慣れたが、気分は晴れない。


つまり寝起きが悪かったのは包帯の匂いの所為じゃないという完全な証明が出来た、Q.E.D。


「…右手、大丈夫?」


「まぁな」


さっきの推測の続きをしよう。


紫苑が何故俺とフィザードヒルズを歩き回りたいのかは謎だが、アイツは俺とそこへ服を買いに行こうという約束をした。


しかし、そこでキョドりまくっている目の前の…___


「右手、大じょ___」


「何回目訊くんですか、えぇ!?少なくともお前が心配する程酷くはねえからもう訊くな!っつか何で俺はここに連

れて来られたのか説明しろ!」


「そ、そこのパパラッチに聞けば?」


「パパラッチィー!?」


案の定、煩い。


…つまり、そこで服を買う筈の時間はいつの間にか柚音と柳、二人と会話する時間になってたって訳。

だからその埋め合わせをしようと言うのが恐らく紫苑の魂胆だ。


まあまだフィザードヒルズに行こうって言った訳じゃないから完全に推そ___


「コホン、実はですね、先輩とこの前の服を買いに行く約束の埋め合わせをしたいと思いまして!ほら、柚音先輩と

柳君との時間に使っちゃいましたから」


…頼むから案の定って思わせるのやめて?


「じゃあなんで私まで行くの?とばっちりって奴じゃん、それ」


そうだよそこ一番の謎だよ。


なんで二人で服買いに行く約束にいつの間にかハッピーセットつけてんだよ。

俺はチーズバーガーよりはチキンフィ○オ派なんだよ。


ピクルス嫌いだし。


いる必要性なんて皆無だろ。


ピクルスもコイツも。


まあその内容によってはこいつを外に締め出し___


「先輩と柚音先輩の美味しいところを頂く為ですかね!」


…。


___ガチャン。


襟首を掴んだ手をそのまま離す。


きゃうんっと吠えながら柚音の部屋外で正座して落ちる小娘一匹。


般若が貴様に命じる。


「一生そこにいろ」


___ガチャン。


「あ、ちょ、待って待って待って!そうじゃなくて柚音先輩の服も見てあげたいだけなんですよぉ!開けて下さ〜い!」


なんか気の所為だったら良いのだが、明らかに今日のあいつの様子はおかしい。


ついに脳みそがシュールストレミングにでもなったか?


っつかだったら俺抜きで二人で行け…。


柚音に至ってはただの被害者じゃねえか。



__________



てな訳で。


柚音の部屋の小さなテーブルを囲むように珍しく三人が座っている。


しかもあろう事か、紫苑は然りげ無くこちらに詰めており、俺を柚音の方へと追いやるように座っている。


一体この仔犬は俺になにをさせたいんだ…。


「さ、準備も整いましたし、早速行きませんか?」


しかし、ここまで来るとさすがに断る材料も無くなってしまう。


いかんせん来てしまった上、まさか紫苑が柚音と約束を入れてしまっていたのではタダで帰るのも申し訳ない。

ならひとまず時間稼ぎか…。


「朝飯、まだ食ってねえんだけど」


そう、一旦家に帰るフリして今日はもうバックレる作戦。


これで俺の休日は安泰___


「そんなものあっちで済ませましょうよ。良いところ、探したんですから!」


冷蔵庫の中カラのままだし、コンビニ弁当買いすぎた挙句金がない分際のくせになに抜かしてんだこいつ。

そんな事より、時間稼ぎ失敗か…。


「そ、その…は、はやく…よ、良ければ、い、いぃ、いぃいいい、行きましょ?」


その努力を他所に、緊張(きんちょう)した震えた声で買い物の催促をする柚音は顔がいつになく紅潮(こうちょう)している。


明らかに動揺している。


それだけでは無い。


何故かその緊張から妙な殺気がにじみ出ているようだ。


その、無理しなくていいんだよ?

嫌なら俺から離れて良いんだよ?

あ、俺が消えた方がいいかな。


「お前、本当について来るの?」


「ああぁあ、あああったりまえでしょおおっっホッホッホ…」


笑い方が普通じゃない。


こいつどこで頭のネジ吹っ飛ばした?


それともやっぱり俺が悪いのか?


「ほーら、柚音先輩もこう言ってますし」


これ以上は時間の無駄かもしれない。


大抵家でゴロゴロするってのが俺の日課なのにこいつら…。


紫苑に至っては半ニート体質の俺を以前あの大都会にほっぽり出して大変な目にあったのを覚えてないのか?

いや、実際大変な目にあったのは俺だけだから、こいつからすればそんなのどうでもいいのだろう。


「…分かった、行きゃいいんだろ?」


「行きゃいいんです!」


無駄な抵抗をしても虚しいだけだし、神経をすり減らすし、歩き回るより疲れそうだからもういっそのこと人混(レギオン)のビッグウェーブに飲まれて消えてやるさ。


「ほ、本当について行くの?ヤバイヤバイ…どうしよう…せせせせせ、青娥…と、おおおぉお買い物…」


小声で震えながら喋る日本語は宇宙人をイメージした変な声となって音波が放出される。


誰がエーリアンやねん。


「嫌なら___」


「行く!ってか行かせて!じゃなきゃ殺す!」


「わ、分かったから、んながっつくな」


何だこの展開。


ラブコメ?


いいや、鬼と仲良くなる少女の物語とかどんな幻想(ファンタジー)だよ。


シャレにならねえしそもそもこいつと仲良くするのなんて御免だ。


だって殺されるんだよ俺。

死んじゃうんだよ。


わーい、鬼はやっつけられてハッピーエンドってそうじゃない。


そもそも柳や優梨乃の事で関わるなと言っていた事もあるし、もうこの子なんか色々破綻してる気がするんだけど。


でももうツッコむのもめんどくせぇ。


「じゃあ早速レッツゴー!」


そう甲高い声を上げて紫苑は一人、韋駄天(いだてん)の如き速さで家を出て言ってしまった。


見届けるなりハァと溜息が溢れ、朝イチだと言うのに言いようの無い疲れがドッと押し寄せるのを感じながらゆっくり立ち上がる。


「それに…右手が、心配…だから」


その声はあまりに小さ過ぎて聞き取るまでに至らなかった。



__________



再び大通り。


何故こうも都会という場所は人が多いのだろうか。


レギオンと呼べるに相応しい混み具合、入り乱れる交差点、来てもいい事なんてまるで無い。


だが人々も、俺も、今はこの無造作に入り乱れた民衆の一部だ。


「ふぐんあああおおおおおぉぉぉ!」


「先輩、逸れないようしっかり手を握っててくださいね」


正確には握らなくてはいけないのではなく、無理やり握られ、引っ張られているのであるが、そんな事にいちいち突っ込んでいられる程、人混みの中の俺平生を知らずと言った具合に死にそうなので、今は仕方なく無視する。


そんな事よりさっきから真横にいる少女からの殺気が凄いのですが、大丈夫ですか。


俺死なないよね?


多分大声張り上げてる俺が鬱陶しいんだよね。


分かるよその気持ち…って自分で自分の否とキモさ認めてしまった。


目の前に聳え立つは巨大なショッピングモール、フィザードヒルズ。


そこに雪崩れ込む人々の数は眼に映るものをざっと数えても百人くらいいるのだろう。


実際にはその何十倍という人がこの都会と呼ばれる一定区間にあふれんばかりに滞在している。


はてさてどうしたものか、その数に圧倒されたのか、半ニート体質の(かせ)を秘めた身体はたちまち疲れを覚え、その場にへたり込みたくなる程にそれは増大する。


「ハァ…し、紫苑…待て、って…ハァ」


行き交う人々の騒々しさ、道路で混み合う自動車のクラクション。


様々な雑音によって悲痛な叫びはことごとくかき消され、最早立っているのすらままならなそうだ。


しかし、努力は裏切らないとはどうやら本当らしく、黙々(大嘘)と歩き続けた結果いつの間にか我々三人は何とか建物の巨大な口に飲み込まれるところまでやって来た。


するとまず非常口やトイレなどが備え付けられているであろう小道がいくつかある事を確認する。


そこに逃げ込めば俺の勝ち、第三部完。


出来なかったら俺の死。


やめろぉ、死にたくなぁい!死にたくなぁい!死にたく___


「ぶへっ!」


荒波に煽られ、岸壁に打ち上げられたと思ったら、ラッキーと呼ぶべきか、トイレへと続く脇道(わきみち)に転ぶように体を打ち付けられていた。


体に鈍い痛みが走る。


反動で閉じた瞼がおも重しく開くに連れて、ホワイトアウトした視界が徐々に色づいていく。

それと同時に、俺がさっきまで繋いでいた紫苑の手がいつの間にか離れている。


その手を探すように倒れたと認識した体を起こし歩もうとするも、疲れ切った身体は知らぬ間によろけて壁に手をつくような体勢になる。


衝動、いや、反射。


脇道の側面の壁ではなく、目の前のよろけざまに障害物を認識した。


つまり、それにぶつかるのを回避する本能が働く。


もう傷付いた右腕は誰にも止められない 。


しかしそれはあくまで本能の話。


それは本能という言葉では説明がつかない。

錯覚、そして身を任せてしまったのだ。


「し、紫苑…少し、止まって…」


ハァハァと切らす息は喋るペースを遅らせていく。


しかし、会話を成立させるのに必要な情報は最低限揃えたつもりだが返事は返って来ない。


そこでようやく気付いた。


もしかしたら赤の他人を掴んだ挙句、一人、世迷言(よまいごと)を呟いている危ない奴に、俺はなる!…じゃなくて、なっているのかもしれない事に。


恐る恐る項垂れた顔がサルベージされる如く上がる。


「あぁ…あぁぁぁぁ…」


んー桃?

いや、トマト?

い、れっきとした人の顔だ。


でも異常なまでに赤いのは気の所為かと言うとそうでもない。


包帯が巻かれた右手が、無意識に柚音の左手首を無造作に掴んでいるのに、気付くまで数秒かかったのだろう。


正確に言えば、その状況を理解するのに時間がかかったのだろうが。


そら急に手を掴まれたらなんだと思うだろうよ。


「あっ…」


次に俺が言う言葉は「死んだ」、だ。


だけど言うまでもないよね。


あんだけ殺気が漏れてたもん。

それはもう真っ暗な瞳で俺を見つめてたよ。

病んでるんじゃないかってくらいの黒さしてたもん。


ここに来る前殺すって言ってたもん。


「んっ…んんん〜…ッ!」


しかしこれはどうした事だろうか、柚音はいきなりの暴挙に出たように見える変態に張り手を喰らわすどころか、殺す意志を魅せる事すらしなかった。

目を瞑り、お粗末に繋いだ手をそのままにした上で俺に背中を向けた。


「はっ、早く立って!み…みっともないじゃん!」


たどたどしく、走った口調で文句を垂れる。


気が動転しているのだろうか。


バーカそりゃ俺だ。


なんだその反応。

新鮮すぎて物も言えねえよ。


幼稚園児の頃だって男を寄り付かせなかったお前が、そんなツンデレに出るほうがむしろ暴挙だよ。


「…あ、あのぉ、榊さん?」


「う、煩い!は、早く行かないと、混んじゃうよ!」


「いやもうこの上なく混んでるんですけど」


柚音の肩は、武者震いとでも言い訳しそうなくらい震えていた。


明らかに平常心ではない。


とは言うものの、こんな事をダラダラと真面目に分析、対処している俺も俺で平常なのだろうが普通じゃない。


普通女の子と無意識に手を繋いでたらビビって後ずさりするのが童貞のテンプレだろうが。


はっ…もしかして俺、童貞じゃない…?

…んな訳ないですよね。

くだらん冗談だった。


「手、離せって」


気付くと彼女の手首を握っていた筈の俺の右手はいつの間にか勝手に繋がれていた。


いいか、繋いだんじゃないぞ。

ここ重要。


「い、いいのッ!は、早く来なさいよ、服買いに行くんでしょッ!」


「えっ?お、おう…」


声に圧があるのは緊張からの動揺なのであろう。


ついでに繋いだ手に力が込められていくのもひしひしと感じられた。


キモい分析です。


俺と手を繋いでる少女が恥ずかしがってる、クゥ〜かわいい!


とか、自分で思う程に俺は自分が都心の遊び人の端くれであるなどと思った事はない。


ただこの異常さを、現状の俺が抱えている異常さ、つまり街全体から要注意人物扱いされる様なものと比べれば、掌で玉を転がすように余裕にやり過ごす事が出来るってだけだ。


常人の神経なら動揺しまくりだろうな。


目の前の柚みたいに、黄色ではないけど真っ赤になってアタフタするその様のように。


「あ、っつか紫苑は?」


考え事が多かったり、脳内独り言劇場やってたりして気付かなかったが、紫苑の姿がここに来る少し前から見当たらない。


確かここに入る時までは繋いでいたような気もするのだが…まああいつだし、別にいいだろ。


とは言うものの放置しておくって言うのも面倒な目にあいそうだから今すぐ回収…


「…」


鳩が豆鉄砲を食らった目っていうのは、きっと驚き過ぎて丸くなってしまった、所謂典型的なアメコミのタッチみたいな目なんだろうね。


現実に丸くなった人間の目っていうのは存在する筈もないから想像するとちょっと面白みがあるってんな事言ってる場合じゃない。


「…何ボーッとしてるの?」


「い、いや…」


気を緩めた、と言うよりはあまりにも稚拙な光景に言葉が出ず、無防備だった俺のズボンのポケットが突如としてバイブレーション。


それに動揺、と呼ぶには些か分かりやすいリアクションをとる俺の脳内もバイブレーション。


その身の震えは繋がれた柚音の手を伝って彼女まで伝わったそうだ。


「な、何ビビってんの!?キモッ!」


「け、ケータイの着信にビビっただけだっつの!自慢じゃねえけど、俺のケータイは普段振動する事ねえんだからな!」


つまり振動する程の機能を必要としないくらいに持ってても使ってない、ひいては着信を貰う程の連絡相手がいらっしゃらないと言う示唆だ。


まあ生半可な野郎にはこの気持ち分からないと思うけどなっ!

っとそれより着信___。


恐る恐るポケットに突っ込んだ空いた手でケータイをがっしり掴み、着信履歴を覗いてみる。


案の定あいつからだった。


今、俺がその光景に驚愕し、言葉を失っていた対象。


すなわち人混みで変装用のグラサンとマスクをかけたピンクのツインリボンがチャームポイントな気になるあの馬鹿()だ。


しかも履歴見てびっくり。


言ったら殺すとだけ書かれている画面が俺に言い知れぬ殺意を突きつけて来るではないか。


その拙劣な会話文はあの人混みの中でキーボードで打ち込み、送っていたのだとすればしょうがない結果とも取れるが、いかんせんその情報量はどんな馬鹿が見ても少ないと分かる程に物足りない。


言ったらってなんだ?

何を言ったらだ?

変装している時点でもしかするとその事を示唆しているのかもしれないとも思えるけど、その前にその意思を問いたい!


そうこう御託を並べていると新たな着信がケータイ画面にめり込んで来る。


___ふたりでふくやに


反射的に送り主を見ると、今にも溺れそうになっているのが分かる。


しかし、辛うじてその視線は俺を捉えているようだ。


更に目が合うなり首を小刻みに横に振る。


いや、冷静に分析している場合じゃない。


あいつ完全に変質者だ。


捕まりかねんぞグラサンとマスクって。


今時それ真面目にやってるの花粉症の人くらいだ。


「もーなんでボーッとしてるの!?」


反応と次の行動に困っていた末、痺れを切らした柚音の怒声が俺を我に帰らせた。

もちろんまた吃驚して振動が柚音に伝わる。


「ひぃっ!い、いきなり吃驚しないでよ…!」


「あ、あぁあーそうだ。し、紫苑もしかしたらもう服屋にいるかもしれないし、俺達で行ってみようぜ、な?」


「ちょ、何引っ張って…わぁっ!」


気づかぬ間に、俺はまた怪奇的な方向を上げて人混みを掻き割るように服屋へと彼女をエスコートするデートをしてしまっていた。



__________



もう五分は波に浸かっていたのかもしれない。


暑くなりつつあるこの時期に、人口密度高めの空間に五分も存在するだけで、半ニート体質にはこの上なくキツい拷問に近いのだが、努力の末、服屋らしき場所にいつの間にかついていた。


良かったと思うのも束の間、次は人混みではないが、異常なまでのリア充率の高さに憔悴の意思が見え隠れするようになってしまった。


「つ、ついた…」


「あんた三、四軒逃してるけど」


「うるせぇ!服屋なんでどれも一緒だ!」


そんな訳がなかろう、俺。


ところで肝心の紫苑は、変装を続けたまま俺達の背後をつけてきてはいるようだ。


しかし相変わらず変装の意は読めない。


そんな事考えても今の状況を打開する事など到底出来っこないのだし、だからと言って目の前の服屋に足を踏み入れる勇気は毛頭無い。


こんな男女だらけの空間で俺の精神力が持つなんて思えないからだ。


でも、俺以外の奴らにはどうでもいい事なのだろうな。


「なんで止まってるの?」


再び柚音は俺に質問する。


いやもうなんて言うかな、察してくれないかな?


「いや、中…ひ、人が…いっぱいじゃなくて、個性的だなって」


何言ってるんだ、別に店内がアフロだらけとか、ガングロばかりとかそう言う訳じゃ無いんだぞ、俺。


個性的って失礼極まりないじゃないか。


まあそんな事もさながらどうでもいい事だが。


「意味分かんない。行こ」


「は?ちょっ!」


ビビってる俺の事など御構い無しに柚音は俺の手を強引に引いて店内と言う地獄に引きずり込む。


止まる事を知らない猛進。

握られた手は包帯が巻かれていると言うのに、握力はどんどん高まる。

若干の痛みを伴うくらいだ。


しょうがないと言えばしょうがない。


こいつを庇ってナイフの一刺しで掌に風穴開けたのは俺だ。


自業自得も良いところだ。


所詮こいつの事なんてどうでも良かったのに、昔の記憶と、俺の良心はそれを許さなかった。


刺された時はアドレナリンを全開に染み渡らせて、痛みを搔き消したいとか変な事を考える程に咆哮したかったが、あの狂気に満ちた俺はそんな事すら忘れさせて全力で相手を殺そうとしていた。


昔の記憶と、俺の良心がそうさせた…と言うのじゃきっと足りない。


まだ何か、俺を動かした物がある筈だ。


でも、それがなんなのかは俺には分からない。


我ながら辛気臭い話だ。


今は成り行きとは言え、自分が守りたかった大事な人と一緒に服を買いに来てるのだ。


こんな気分じゃ失礼極まりないだろう。


…って、なんで俺ぁこんな事…。


「青娥、これ、可愛い」


「んあ?そうか」


「試着するから、感想ちょうだい」


「お、おい!」


破天荒な奴だ。


いつの間にかあいつの買い物になってるし…。


言いたい事言うなりすぐ試着室のカーテンを潜った。


まあ破天荒の度合いなら後ろの変人には敵わんがな。


まだ変装して隠れているつもりなのか…。


なんで俺はこいつらに振り回されているんだと、改めて思わされるくらい、日常していて、豚汁に一味唐辛子をかけたように、軽いスパイスが加わった。


でも、正直そんな現状が、俺には信じれない。

なんでよりによって…俺なんだろう。


不安と謎が、悪寒となって自分を蝕むような、息苦しくてもどかしい、そんな気分だ。


何気こんな気分は人生初なんじゃないだろうか。


らしくもない。

…キモッ。

…?

おかしいな。

俺の声じゃない。

ヒソヒソしている声が何処かに存在する。


「ねね、あいつやばくない?うち試着しに行けないんだけど」


「俺、人呼んで来ようか?」


ま、マズい。


熱い視線を感じると思いきや、紫苑じゃなくて周りの人だった!


とかシャレにならんぞ。


なんだ人を呼ぶって。


流石に孤立した状態で更衣室の前にいるのはダメだったか…。


なんとかこの状況を脱さなければ。


しかし柚音を置いたままこの場を離れるのは如何なものかとも思う。


…そうだ!


紫苑を引っ張ってこれば良いんだ。

あいつもどうせグラサンとマスクの変人だ。

なら俺といたって別に大差ないだろう。


「何やってるんですか先輩」


「どわぁあああ!」


まさか、人を呼ばれてしまったのかっ!


だから言ってるだろう!


更衣室はユニ○ロみたいに一まとめにしろって…___


「こんな所で奇遇ですね!」


「や、柳!?」


まさかの主人公登場おおおおお!


キター!


これで勝つる!


「先輩も、服見に来るんですね」


おいのっけからなんだそのセリフは。


変な誤解を生むだろ。


それじゃまるで、先輩服とか着るんですねって聞こえるぞ。

それじゃ俺、変人のままじゃねえか!


「お、おう。今日はちょっと、付き添いでな」


「つ、付き添い!?」


よしっ、良いぞ!

その声で付き添いって言えば1人じゃない事をアピール出来る!

いい会話の持って行き方してるぜ!


「先輩に付き添われる人っているんですか?」


どう言う意味だあああああ!

否定はしねえけど逆効果だろうがぇ!


「あ、ご、ごめんなさい!失礼でしたよね…」


「な、なぁに、本当の事だからしょうがねえよ。自慢じゃねえけど、広報部の女の子、あいついつも俺の周り付きまとって来るんだぜ?いやあコマッタコマッタっはーっはっはっは」


いよいよ俺の調子がおかしい。


更衣室の裏側で何言ってるんだこいつみたいに思ってるんだろうな柚音の奴。

にしてもさっきから遅くねえか?


「あ、あの…先輩」


「ん?どうした?」


ひ弱な身体はいつだって震えている。


でもその裏腹には訴えたい事があった事を俺はこいつとサシで話し合って知った。

あの時も、今も。


「手…」


「手?っぁあ」


俯いた表情で悲痛な眼を右手の包帯に向ける。

痛々しかろう。

そりゃそうだ。


でも___


「なぁに、お前が心配する事じゃねえよ」


「…」


悲しげな表情は晴れない。

まるで今の俺の内情を表したようだった。


「昔の話、聞いてもらえますか?」


男の子とは思えないくらい女の子しているんだなこいつ。

外見も多少女子みたいだし…。

ってそうじゃねえな。


バッタリ会うなり変な空気に飲まれちまうよ。


「柚音…ですよね?そこにいるの」


「ッ!?」


「すいません、実はさっき見えちゃって…えへへ」


あれ、少し笑ったと思ったら可愛い。


クソッ!

俺はついに脳内回廊を変態な神様に組み替えられてしまったのか!

おのれ、ざけんな神様やくびょうがみめ!


「…で、なんだ?」


「僕は…先輩が羨ましいです」


「は?」


「僕は弱い。だからよく虐められていた。そんなのしょうがない事だし、男の子なのに、女みたいって言われて、そりゃ、虐められもしますよね…。でも、そんな僕を、柚音は守ってくれるんです。小学生くらいからずっと」


辛そうになってきたな。


目を度々瞑るのを繰り返している。


俗に言う、半泣きのように、若干の目の潤みが、店内の細長い蛍光灯の光で反射し、ダイヤのような輝きを放つ。

綺麗だなんて大層なものじゃない。


どんな宝石よりも美しく、そして気持ちのこもった一カラットだ。


自分の無力さ故に流れてしまうそれは儚く、そして脆かろう。


「でも、僕は…僕は柚音を守れた事は一度も無い。一番近くで、一番長くいたつもりなのに…それでも僕は、僕をを庇って虐められている柚音を守ってあげられなかったんです…。だから、体を張ってでも守ってくれた先輩が羨ましくて…英雄(ヒーロー)みたいで…へへっ。こう言うの、嫉妬って言うんでしょうか…あっ、失礼、ですよね…」


超一人語り。


でも気持ちは分からなくもないと、軽々しく言えるような、生半可な話じゃない事は分かる。


まさか、この傷が、妬まれる事があろうなどと、誰が思うだろうか。


しかしそれ以上に、誰がこいつの悔しさを分かってやれるのだろうかと言う疑問、と言うよりは情けのようなものをヒシヒシと感じる。


いつの間にかこの僅かな期間で、三人の人間に、悪い方向に感化されてしまったようだ。


最悪、とは言えないが、最高、とも言えない。


でも、良心は言う。


きっとあなたは正しいってな。


「…お前が傷を作ってまであいつを守ったら、きっと柚音は今以上に哀しむぞ」


「ッ…!!」


「悔しいなら強くなれ。お前が今目の前にしている人間は、平ヶ丘で人殺しだなんて言われてる危険人物だ。何もそれと同じになれだなんて言わねえよ。でも、お前が柚音にしてあげられる最高の事って、お前が傷付かないでずっとあいつのそばにいてやる事なんじゃないか?…あんまり、知ったような口は聞けねえけど」


って言って全部曝けてんじゃねえか。


日本語でおkっつってんだろ。


「お前にはお前の良さがある。それでも守りたいって思うなら、強くなれ。お前が柚音の英雄になれ。確かにあいつは少し強情で、でも少し抜けてるところもあったりする。そこをお前が助けてやれ。お前が立派にあいつを守れるその時まで、その間は、俺がきちんとお前ら守ってやるよ」


「先輩…」


あれ?

俺今かっこいいこと言った?

じゃなかった。


「あと、先輩はもうやめな?青娥でいい。俺は敬われる程の人間じゃないからさ」


柄じゃねえだけだろ。


自分の方が、よっぽど正直じゃなくて、カッコ悪い。


正直に弱さを認められる柳の方が、よっぽどカッコいい。


ウザいわけじゃないけど…面目は立たないな。


だから、先輩なんて呼ばれたくはない。


それに、真相は分からないけど、俺が人殺しならば、こんな人道を離れた奴と一緒にいる事自体、迷惑極まりない筈なのに、そんな人間に自分の過去の話をしたってどうにもならないのに。


「分かりました、青娥先輩!青娥先輩も、莢斗って呼んでくださいね!」


「おう…」


「なんか、ありがとうございました。青娥先輩は、僕の自慢の先輩ですっ!あっ、じゃあ僕はこれで!」


「あっ、おい!」


…こっちも破天荒だ。


でも、なんだかさっきまでの悲哀な表情が嘘みたいに明るくなっている。


文字通り、夜が朝になったような、闇を光が照らしたような、明るい笑顔だった。


逆に、俺は完全にあいつのペースに持っていかれたらしい。


ハァと溜息が溢れる。


…俺は、英雄なんかじゃないのに。


言い知れぬ虚無感が身体中を襲った。


脳はまるで働かない。


ただただ俺を棒立ちさせた。


「…が、青娥ってば!」


「は、はいっ!なんだ?」


気の強い声が身体中に響いた。

聞き覚えがあって、今、軽く思い出しかけていた昔の記憶に潜む住人の、十数年後の姿。

それが目に映るたび、俺はやっぱりいい奴じゃないと思い知らされる。


「き、着替え、終わったか?」


「…サイズ、合わない…」


「…」


______


ケータイバイブレーション。


気付くと画面には服の特徴を抑えたメモのような文面が表示されているのが分かる。


全てここで手に入る服らしいが、まるで紫苑が書いたものとは思えない。


あいつも店内なら埋もれる事もなく話せるだろうから訊いてみようと、どこ情報だそれと言うと、案の定、優梨乃と返ってきた。


やっぱり優梨乃だよりかよ。


と口に出すのも鬱陶しいので、そのチョイス通り、服を選んできた。


ぶっきらぼうにその洋服一式を柚音に渡す。


「なに、これ…」


「いいから着ろ」


「う、うん」


案外すんなり素直に理不尽な言い分を聞き入れ、再び彼女は更衣室にこもった。


_____数分後。


考えたい事は考えた。


また働こうとしない頭の所為でボーッとしていた俺はシャーっというカーテンの開く音を辛うじて聞き入れると、更衣室の方を向き直った。


「ッ!!」


「ど…どう?あんたが選んだんだから、感想は言う義務がある」


「に…似合ってる…んじゃないか?」


「なんで疑問形?」


似合いすぎていて、言葉も出なかった。


優梨乃は良くそんな事が分かるな…。

入院してる身だって言うのに…。


ポイントは赤と黒が主体のパーカーだ。


清楚な白い色のシャツに赤黒のパーカーを重ねる事で、よりパンチの効いたコーディネートをたった二着で作り上げる。


王道な手段だが、セミロングの髪や、性格から多分これは相当マッチするのではないかと思う。


所謂イメージカラーのような物を感じる。

スカートは黒色が合いそう、と思ったが、ここは敢えてジーンズの程良い長さのスカート。

強気なイメージが強くなるのではないだろうか。


あとはリストバンドだな。

ちょっと男勝りなコーディネートが実現した。

似合うのなんの、って話だな。


まあ、俺コーディネート分かんないから適当に言っただけなんだけどね。


「私、これにする」


「…は?一式これで買うのか?」


「うん…」


即答だった。


彼女に目がキラキラしている。


何か気に入ったものに巡り会えた、嬉しさ満点の目だ。


昔のこいつも、こんな感じだった気がする。


自分の好きなもの見つけては、強情にそれを手に入れようと奮闘するような、いかにも女子だった。


まあ引き際を弁えるあたりかなり性格がいいと思うし、よっぽど女子なんだな、こいつ。


男嫌いなだけはある。


「じゃあ早く着替えってレジ行け。したら帰るぞ」


「うんっ…!」


心なしか機嫌が最初より遥かに良くなったように思えた。


殺気は治ってない気もするけど。


ともかく、楽しそうで何よりだ。


でも何か忘れてるような気がする。

…まあ、あいつだし、いっか。

ん?

あいつ…ああ、忘れてた奴ね。


もうどうでもいいや。



___________



レジは多少混んでいて、順番待ちをしようにもかなり時間がかかりそうだった。


その間、柚音の表情が変化しないか、俺はおどろおどろしい気分で横目に見ていた。


怖い奴の表情の変化って怖いよなぁ。


例えば普段温厚な先生が、突然真顔になったら怖いよなぁ。


厳つい顔のヤンキーが急に柔和な顔になったら怖いよなぁ。


いや、ヤンキーはそのままでも怖いけど。


…俺はヤンキーじゃねえよ?


「ねぇ」


「ん?」


案外エンジョイしてたようで、気分もすっかり良くなった筈の柚音でも、未まだしんみりする事はある。


その目がいつも止まるのは包帯が巻かれた俺の右手。


何度も言うように、これは俺がこいつを守る為に負った傷だ。

それをいつまでも、ぐずっている子供のように頑なに忘れようとはしない。


「莢斗と…何話してたの?」


「気になるか?」


「言えっての!ウザい!」


強気な態度は煽り耐性の無い証拠だ。


それはそれでこいつらしいけどな。


むしろ、ずっとこうあってくれないかと、俺が願うくらいだ。


今のこいつは明らかにおかしい。


「お前と莢斗の意志について、ちょっとな」


「ふーん。やっぱよく分かんないからいい」


「あっそ…」


そう、強気で、男嫌いで、しかし何処か優しくて、表に自分を出そうとしない、強情な奴。


優梨乃からこいつの話は聞くことはほぼ無かったが、接してみて、改めていろいろ解った気もした。


それが今の俺がこいつに構ってやらないといけないと言う答えかと言うと、それは分からない。


でも、こんなんじゃ…___


「あの子の壁、壊してあげてね」


まだ、終わってなんかいない。


「私…___」


「この後どっか…アイスでも…食いに行くか?」


「えっ?」


我、頰を染む。


キモッ!

もう何回やるんだよこのクダリ。


相手方は動揺し過ぎて声にならない気持ちを顔で表現していた。

まさにそれは、吃驚仰天と言う気持ちに相違ない。


「私…アンタが…」


「いいからそう言う話は後で聞くから。だから少し付き合えよ。昔みたいに」


「ッ!?」


これまた吃驚仰天。


俺が昔の事を取り上げて話すのは少し嫌な気持ちになる。


そう言いたげな顔。


なんと言うか、手に取るように分かるのだ。


こいつは単純で、嘘をつくのも下手だからな。


怒りたくなる。


昔の俺がウザくて、追い越したくて、それで勝手に道外れて、それがまた許せなくて。

そんな過去の俺に、こいつが感じるものなんてあるのだろうか。


「あの、お客様…」


「へ?」


店員の声に我に帰った彼女はふと前を向き、三度吃驚。

前はガラーンとしていて、後ろで数人が早く行けと騒ぎ立てている。


「スイマセーン、ほれ、行くぞ」


「わっ、ちょっと、タンマ!」


「タンマもクソもあるか。お前が勝手に俺の手を引いたんだろ」


と言うのも、俺の手は再び彼女の手中にあった。


だが今は俺が彼女の手を引く羽目になっている。


別にそれでも構わなかった。


俺がしたいのはデートなんてクソみたいなモンじゃない。


こいつとのけじめをつける事だ。


「うぅ、煩い!」


「はいはい、いいから会計」


いつになく、真赤に熟れた林檎みたいな頰に、柚色の髪の毛。


なんだか懐かしいと、柄にもなく、何度も思ってしまった。


世間じゃこれを不覚と言うらしいが、俺は違う。


ざけんな神様。


_____


広大かつ人口密度が高い魔の伏魔殿を抜け、人気の無く、落ち着いた公園までやってくると、解放された安堵と疲労困憊の体は夕景の映えるブランコに腰を降ろすよういなしてくる。


途中買ってきたソフトクリームを片手に、俺はその手の腕に今日の収穫の入った紙袋をぶら下げている。


強情にも、私が持つと柚音は言うが、元はと言えば俺は荷物持ちみたいなものだから、どうでもいいし、気にしない。


ふぅと溜息がつける程に一段落つくと繋いだ手はようやく離れた。


なんと言うか、地獄だったようななんと言うか。


ガサガサという紙袋をブランコの支柱の側に置き、本体に座ってからというものの何も喋る気配は無い。


後にこの静寂を先に破ったのは勿論俺だ。

でなくては付き合えと言った意味が無かろう。


「手、気になるか?」


「うん…」


夕方に起こりそうな憂鬱な気分を模したその声は聞こえるか聞こえないか程度の声量で、俺はその返事を上手く聞き取る事は出来なかったが、一緒に縦に頷いた事から質問の返事はイェスだと受け取った。


「どうしてそこまで莢斗守る事に固執するんだよ」


「それは…!アンタが…そうさせたんじゃん…」


「俺がいつお前にあいつを守れなんて言ったよ」


「そ、そうじゃない!…アンタが私を守ってくれてた昔の頃を見て…」


「…そうかい」


会話はするものの、お互いの顔はお互いを向いてはいなかった。


それどころか正面すら向いていなかった。


でも真面目に話していないわけじゃない。

気持ちがこもった真剣な話だ。


「あのさ、まだ俺みたいになろうとか…思ってるわけ?」


だからこそ真摯に受け止めなくてはいけない。


それが俺なりにこいつや莢斗、おばさんにしてあげられる事だ。


「いい加減解れ、誰もお前に傷ついて欲しくなんかないんだって。第一、泣き虫の癖に無理すんじゃねえよ」


「ばっ、そんなんじゃ…!」


「いいや、実際お前はあの一件以来お前らしさが失せた。…一応言っとくが、俺はただお前に傷ついてほしくなかったから、庇ったんだからな」


「そんなの私も同じ!私もアンタに…青娥に傷ついて欲しくなかった!だけど、結局そんなおっきい怪我して…私のせいで…それが…自分が許せなくて…」


「バカ、その話は終わっただろ。一人で背負い込みすぎんな」


「煩いなぁ…バカ」


微笑んだ。


ここ一番の笑顔だった。


何度も何度も、同じ事に悩んだのかもしれない。


俺の手が傷ついた事、それが自分の所為だと卑下し、責めたのかもしれない。


でも乗り越えなくてはいけない。

そうで無くてはお前の周りは心配しっぱなしだ。


「お前はそうやって俺の悪口言ってるのが似合ってる」


「悪口…じゃ無くて…その…愛情の…裏返し…って…やつ…なんだけど…」


「なんか言ったか?」


「なな、なんでも無い!」


ツンデレはキャラとして嫌いじゃないが、こいつに関してはちょっと特別な感じがする。


昔の、そして今までの罪科、全部吹っ切れて、取れてしまったのかもしれない。


不思議と、清々しい気分だ。


「今日、楽しかったか?」


「うん…ちょっと嬉しかった…服とか、男の子に選んでもらった事無かったし。その…久し振り…だったし」


めっちゃエンジョイしてんじゃねえか。


でも、少しはコイツの枷を砕いてやれたのかと思うと、おばさんの喜ぶ顔が脳裏に浮かんだりする。


嬉しいとかそういうわけじゃない。


俺は、あくまで優梨乃の頼みを聞いたに過ぎない、筈だ。


その過程で、サブミッションをクリアしただけだ。


昔の事と向き合ったり、人と人とのよりを戻したり。


メンドくさい事ではあったが、全部丸く収まって、それで終われた。


それで良かった。


「今日は…ありがとっ」


気を抜いた瞬間、いつの間にかお互いの目線が合っていた。


後光の射した見慣れた顔はいつかみたダイヤの様に美しく、何より女の子だった。


少し嬉しかった。


やっぱり柄にも無く、そう思うのだな。

やっぱり俺は、どこか壊れているのだな。


嘲笑じみた気持ちが、皮肉が、沢山溢れそうになる。


胸焼けがする程にそれを心中に押し留めるのは少し辛かったが、終わったという達成感がそれを少しばかり払拭するのであった。


「お、おう」


顔が赤くなるのは彼女の特権じゃない。


俺だって羞恥というものを知っている。


クソッ、ムカつくな。


ともあれ、これでやっと終わった。


優梨乃の頼み事も、これで全部終わったのだ。


そう、終わってれば良かった。


「あらぁ、こんにちは。比野君に、榊さんね!」


ゆるふわほんわかぽんぽんぽーん。


見覚えのある顔。


言わずもがなそれは志波美菜穂先生だ。

だっていつだってゆるふわしてるもん。


もうアレだよ。


ふえぇ…とか言っちゃう奴だよこの人。


いや言ったところ聞いた事ないし本当かどうかも知らないけど。


「…どもっす。何してるんですか?」


思えばここから俺は大きくほころび始め、つくろい出したのかもしれない。


信じられなかった。


アイツがそこにいた事が。

そして、俺の勘がやたらと騒ぐ。

今となっては、もう遅いが。


「紫苑…お前、今までどこ行って…」


彼女の顔は、変人の顔なんかじゃ無かった。

自責の念に駆られて、謝ろうとする奴の顔、つまり、申し訳なさそうな顔だ。


眉間に皺を寄せ、俯く姿はどこか哀しげで、今までコイツと関わってきた中で、俺はその顔を初めて見た気がした。


「この子に少しお手伝いしてもらったんですよ」


「は?」


言っている事は初めは分からなかった。

それを考える暇も与えず、志波先生はこう続けた。


「比野君、面談のお時間、ありますか?」


俺は…ここで死ぬかもしれない。

そう悟った。


なんたってこれも___


神様の仕業なんだろ?

今回は長いです。

そのぶん誤植も多いでしょう。

添削する時の絶望感が今既に襲って来ている気がします。

さて、やっと第2部終わりました。

第3部が待ち遠しいとか言うわけないだろとかか、正直この話興味無いとか、これ、俺〇〇ルとかハガ〇〇のパクリだろとか、いろいろ悪口募集してます。

出来れば褒め言葉がいいです。

パクリが褒め言葉とか、TAS機能にチートは褒め言葉みたいなクダリも案外歓迎出来ちゃうかもしれない。

その前に受験頑張ろうね、俺。

って訳で戯言はこの辺で。

第2部最終パート、楽しんでもらえれば光栄です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ