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赤い糸にむすばれて  作者: 登夢
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結ばれた糸

結婚式の日が来た。結婚式を挙げないカップルもいるが、挙式と披露宴はやるべきというのが昌弘の持論だ。両家の家族や友人の前で、2人で仲良く生活していくことを誓うことは大事なことだと思っている。


結婚式が始まった。紗耶香ちゃんのウエディングドレス姿はきれいとしかいいようがない。また、お色直しのドレス姿もとてもきれいで見とれてしまった。こんなきれいな可愛い娘を嫁にもらってもよいのかと信じられない気分であった。型どおりの結婚式と披露宴が順調に進んでいく。


紗耶香ちゃんの思いどおりにしてよいといったのだけれども、内容にはあまりこだわらなかった。先生との結婚を許してくれただけでもう十分なので、式と披露宴は両家の両親の希望に沿えればよいと思ったからと後で聞いた。親思いの優しい娘だ。披露宴が終わり、会場の出口で、お客様を見送って、3時半過ぎには、予定はすべて終了した。


疲れた。紗耶香ちゃんはもっと疲れただろう。母親と着替えに行っている。昌弘はすでに楽なスタイルに着替えていて、ロビーのソファーで紗耶香ちゃんを待っている。


紗耶香ちゃんが母親と2人で下りてきた。少し疲れているように見える。ピンクのワンピースにグレーの薄いコートを着て、小さめのスーツケースを引いている。3月でも金沢はかなり肌寒い。母親からチョット話があるというので席を外して行くと、お願いごとなどを耳打ちされた。分かりましたとソファーへ戻る。


それから2人で新婚旅行に出発した。会場が駅前のホテルなので歩いて駅へ向かい列車に乗った。時間的に特急列車が無くて普通列車だが、この時間はすいている。2人並んで座る。動き出すとすぐに紗耶香ちゃんが体を持たれかけてくる。疲れて眠ったみたい。手を握って身体を支えてやる。


和倉温泉までは1時間半位かかるが、うとうとしていると思ったより早く駅についた。タクシーで旅館に到着して、これで一安心。まだ、6時過ぎで、辺りもまだ明るい。今日はレストランでの夕食を頼んである。部屋へ荷物を運んでもらうことにして、そのままレストランへ向かう。


席に着くと、2人同時に「疲れたね」と顔を見合わせる。


「列車で少しは眠れた?」


「すぐに眠ってしまってごめんなさい」


「疲れているようだけど大丈夫?」


「眠ったから少し元気が出てきた」


「ほんとう?」


「大丈夫、あとは食べて寝るだけになったから」


その寝るのが大変だよと口に出しかけたが、思いとどまった。


「披露宴ではあまり食べられなかったから、お腹がすいた。ゆっくり食べよう」


フランス料理のフルコース。評判のよいレストランと聞いていたが、おいしい。

紗耶香ちゃんはやはり全部は食べられないみたいで、出てくる料理の半分くらいはこちらの皿に移してくれた。こちらはすべて完食。


式と披露宴を思い出しながら話をした。会話が楽しい。ただ、会話がぎこちなくなるときがある。お互い今夜のことを考えてしまうからかもしれない。アルコールは控えめにしてワインをグラス1杯に止めた。紗耶香ちゃんには、ワインを飲むと疲れと緊張が取れるからと勧めた。グラスの半分以上飲んだみたいで、頬が少し赤くなっている。


8時を過ぎたころ、食事を終えて腕を組んで部屋に向かう。少し酔っているのか寄りかかってくる。ドアを開けると入口に2人の荷物が置かれている。そのまま部屋に入ると、部屋の奥にはもう布団がしかれている。2つ並べて置かれた枕が目に入る。2人ともすぐに目が行ったみたいで緊張する。


枕をジッと見ている紗耶香ちゃんを後ろから抱きしめる。紗耶香ちゃんが震えているのが分かった。緊張を解こうとすぐに体をはなして「荷物を開いて、お風呂に入ろう」と話しかける。その言葉で2人は荷物を部屋に入れてお風呂に入る準備をするが、無言だ。


部屋には温泉かけ流しのお風呂がついている。先に入って下さいというので、先に入浴。お風呂から外が見える、気持ちがいい。紗耶香ちゃんが待っているから、身体が温まると早めに出る。紗耶香ちゃんは、窓際のソファーに座って待っていた。どうぞというと、着替えをもってお風呂に入っていった。


外は真っ暗で、遠くに光がいくつか見える。部屋が明るいので、照明を落として、枕もとの明かりだけにした。目がなれてくるとこれでも随分明るい。布団で紗耶香ちゃんがお風呂から上がって来るのを待つ。結構時間がかかっている。彼女は今、何を考えているのだろうと思っていたら、うとうとしていた。


気が付いて時間を確認すると、もう小一時間位になる。お風呂で倒れているのではと心配になって起上ろうとすると同時に紗耶香ちゃんが出てきた。「お風呂で眠りそうになった」といって身づくろいをしてこちらに来る。


ちょこんと座って「ふつつかものですがよろしくお願いします」と頭を下げる。慌てて起上ったところへ紗耶香ちゃんが抱きついてくる。身体が暖かくて、湯上りの温泉の匂いがする。強く抱きしめてやるが、やはり少し震えている。「大丈夫だからしばらくじっとしていて」と囁く。


「うれしい」と言う小さな」声を聴いて、ゆっくり体を離した。紗耶香ちゃんは目をつむったまま動かない。それで、そっと後ろから包み込むように抱いて、耳元で「おやすみ」というと、うなずいた。すぐに寝息が聞こえた。顔を覗き込むと、安らかな優しい顔をしているので安心した。紗耶香ちゃんの寝息を聞いているうちにこちらも寝入ってしまった。


夜中、紗耶香ちゃんが寝返りしたので目が覚めた。寝苦しくないように身体をずらしてやる。相変わらず安らかな優しい顔で眠っている。あんなふうでよかったのかなと自問しているうちに、また、眠りに落ちた。


朝、紗耶香ちゃんが、肩に廻した腕をそっとほどいて、布団を抜け出していったのに気づいて、目が覚めた。分からないように眠ったままを装って、後姿を目で追った。シャワーの音が聞こえる。しばらくすると、バスタオルを巻いて戻ってきた。こちらがまだ眠っているのを確認すると、向こうを向いて身体を拭いて、髪を乾かして、下着をつけて服を着た。鏡に向かって化粧しているみたい。時々、こちらを向いて、眠っているか気にしている。化粧が終わったのか、そっとこちらにくる。


目をつむって眠ったふりを続けていると、顔を覗き込んでいる気配。突然、腕を伸ばして抱き寄せる。一瞬驚いたようだったが、抱きついてきた。軽くキス。


「おはよう」


「おはようございます」


「もう、起きてたの。2人で朝寝をして、昨夜の余韻を楽しみたかったのに」


「目が覚めたら恥ずかしくなって。起きてください。ご飯食べましょう」


紗耶香ちゃんは薄化粧をしている。昌弘は薄化粧が好きだ。若い子は肌がきれいだから薄化粧がよい。今日の紗耶香ちゃんは昨日とはやはり少し違って見える。少し落ち着いてきたような気がする。


身支度を整えてから、2人でダイニングルームへ。ビュッフェスタイルの朝食。いつもはパンと牛乳なので、和食の取り合わせにした。紗耶香ちゃんはパンとジュースとフルーツの取り合わせ。女の子は少食だなとみていると、「朝は和食がいいですか」と聞いてくる。


「いつもは時間がないから、朝食はパンと牛乳だけど、今日は時間があるから、和食を食べてみたいと思っただけ。朝食はパンと牛乳くらいでいいよ」


「私、朝はあまり食べられないけど、なんでも作ります」


「まあ、無理することないよ」


「ありがとう。でも遠慮しないで、早起きだから何でも作ります」


食事を終えて部屋に戻る。先に紗耶香ちゃんを部屋に入れて、部屋に入るとすかさず、後ろから抱きしめる。首に軽くキッス。恥ずかしそうに身体を固くしている。


「今日はどこへ行きたい?車を借りてあるから、のんびり周辺をドライブしようか」


ここにはもう1泊して明日の朝、金沢へ戻る予定になっている。行き場所はどこでもよいというので、水族館とガラス工房を訪ねることにした。


水族館をひととおり見た後にレストランで昼食。おすすめの定食とサンドイッチを注文。紗耶香ちゃんはサンドイッチの一人前は多いので、少し食べてほしいというので、残りを完食。


紗耶香ちゃんはあまり多く食べられないので、外食はほとんどしないとのこと。昨晩の料理もかなり自分が食べてあげた。食が細いとは聞いていたが、食べる量がほんとうに少ない。自分には弟がいるが、姉妹がいないので、女の子の食事の量の少ないことを始めて実感した。これだけしか食べないで、大丈夫かと心配になる。


ガラス工房で、お互いの両親におそろいのグラスを買い、自分たちにもおそろいの色違いのグラスを買った。自分のはブルーとグリーンの混ざったもので、紗耶香ちゃんのは赤とピンクの混ざったもの。よいお土産ができた。


その後、海岸線をドライブして、4時ごろには旅館に戻ってきた。部屋に戻り、窓際のファーに座って2人でのんびり外を眺める。七尾湾と能登島がみえる。紗耶香ちゃんがお茶を入れてくれる。これからの予定を話し合う。明日は、朝食後、宿を出て、金沢の自宅へ紗耶香ちゃんを送り、それぞれの実家で一泊。明後日の朝、9:46発の新幹線で東京へ、12:20に東京着、14:00ごろ高津の自宅に到着の予定。


夕食の時間が近づいて来たので、お風呂にはいることにした。部屋に温泉のお風呂があるけど、それぞれ大浴場へ。


部屋に戻ると食事の用意が始まる。今日は部屋で食事。おいしそうな料理ばかり。紗耶香ちゃんにはとても食べきれそうもないくらいの品数。準備ができるまで一人ソファーで少しずつ暗くなる外を見ている。ふと昨日のことを思い出した。


昨日の一日は本当にあわただしく長かった。でもずいぶん前のことにようにも思われた。朝、式場のホテルへ両親と弟の4人で出発。11時から事前打ち合わせ。12時から結婚式、1時から披露宴。3時過ぎに披露宴が終わり、2人でホテルを出発したのが、4時過ぎ。駅から列車でここ和倉温泉の旅館へ。到着が6時ごろで、レストランで食事。そして、長くて短かった2人はじめての夜。


紗耶香ちゃんが浴衣に着替えて戻ってきた。髪を後ろでアップにしている。うなじがゾクッとするほど白い。ジッと見ているとその視線に気づいて、はずかしそうにこちらへ来る。


「久しぶりに大きなお風呂にゆっくり入れて、気持ちよかった」


「うん、よいお風呂だ。日本人には温泉が一番。温泉でひと風呂浴びて、湯上りにビールを飲んで、膝枕でうたた寝。これが夢だった」


「ビールを飲んで、膝枕にします?」


「ありがとう。膝枕もいいけど、お腹がすいた。夕食の用意ができたら、すぐに食べよう」


しばらくして「ごゆっくり」と仲居さんが部屋を出てゆく。


向かい合って食事をはじめる。紗耶香ちゃんがビールをついでくれる。2人きりでゆっくり食事をするのはこれが初めてかもしれない。金沢で会って食事をするときも大概は家族が同席していたし、昨日のレストランでの食事も周りに人がいた。


「2人きりでの食事は初めてだね」


「そうですね」


「おいしいね」


「おいしいですね」


話が続かない。紗耶香の箸も進まない。少しとって口に運ぶだけ。「このあとのこと考えている?」と聞くとうなずく。「大丈夫だから、楽にして。少しお酒を飲んだら」とビールを注いでやる。「弱いけど、少し飲んでみる」と小さなコップ1杯ほど飲んだ。すぐに、頬に赤みが増して、目が少しうるんだみたいだ。


「少し気が楽になったみたい」と箸が動くようになった。そして何かお話してという。そういえば、こんなにゆっくり話す時間をとれたのははじめてだ。それで、大学を留年した時の話や、就職試験の時の話をした。紗耶香ちゃんは聞き上手でいろいろ聞いてくれた。


それで、今度は紗耶香ちゃんの話が聞きたいといってみた。すると高校時代の話や、短大のクラブ活動の話をしてくれた。そして、いつも先生のことを思っていたといった。また、結婚できて本当にうれしいともいった。


「先生もいいけど、名前を呼んでくれないかな」


「昌弘さんと言うのはまだ慣れないので、しばらくは先生と呼んでもいいですか」


「言いやすいのならしばらくはいいけど、人前では止めた方が良いと思う」


「分かりました。先生も紗耶香ちゃんはやめてくれませんか。紗耶香でお願いします」


「分かった。お互い気を付けよう」


お腹が一杯になった。紗耶香もお腹が一杯と言うが、結構残っている。食べる量は相変わらず少ない。そうこうしていると「お済ですか」と、仲居さんが部屋に入ってきた。


席を立ってソファーに移り、2人でコーヒーを飲む。仲居さんが食事を片付けて、布団を敷いてくれる。また2つ枕がならぶ。それを2人、横目で見ている。やはりなんか照れくさい。紗耶香がシャワーを浴びたいというので、では一緒にというと、ダメといって一人お風呂へ。紗耶香の次にお風呂に入ってシャワーを浴びて歯磨きして寝る準備。


出てくると、明かりが小さくなっていて、紗耶香はソファーに座っている。横に座って手を握る。身体を固くするのが分かる。大きめのソファーでゆったりしているので、引き寄せて、脚の間に後ろ向き座らせる。面と向かっては恥ずかしさがあるが、後ろからだと顔が見えないので、気にならない。両手で強く抱きしめる。「大好きだ」


紗耶香を抱きかかえて、布団のところまで運ぶ。突然、抱きあげられたので、驚いたようだったが、首に手をまわして「お姫様抱っこ、うれしい」といったので、そのまましばらく部屋の中を歩き回った。布団におろして座らせると「大好き」といって抱きついてきた。


紗耶香が辛そうなので続ける気にならない。頃合いを見て、身体を離して、紗耶香の耳元で「これからは時間が十分あるから」というと、頷くのがわかった。うしろから抱くように身体で包み込んだらすぐに紗耶香の寝息が聞こえてきた。もう眠ったみたい。連日の緊張で疲れているのが分かった。紗耶香の身体のぬくもりを感じながら、心地よさそうな寝息を聞いていると寝入ってしまった。


明け方、紗耶香が布団を出て行きそうな気配で目が覚めた。今度は、手を掴んで布団の中に引き戻した。一瞬の抵抗があった。その後しばらくは布団の中でおとなしくしていたが、シャワーを浴びたいというので一緒に浴室へいって2人で朝風呂に入った。明るい所で初めて見る紗耶香の裸身はまぶしかった。こんな美しいものが自分のものになったんだと、ジッと見ていると、恥ずかしいと言ってさっさと出て行ってしまった。


朝食を済ませて、ゆっくりと帰り支度をする。特急列車で金沢駅へ、駅からタクシーで紗耶香を自宅まで送っていったが、昼前には無事到着した。駅から電話してあったので、母親が家の前で待っていた。紗耶香が明るい顔をしているので安心したみたいだった。うれしそうに挨拶をする。父親もでてきたので、挨拶して、そのまま実家までタクシーで帰った。


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