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赤い糸にむすばれて  作者: 登夢
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絡まる糸

大学4年のときに小遣い稼ぎに家庭教師のアルバイトをしていた。大学にあるアルバイト斡旋所に登録しておいたところ、週2回で、中学3年生の女の子の家庭教師の話があった。住所は寺町4丁目なので、家の近くで、徒歩10分位のところだ。早速、電話を入れて、住所と訪問日時を確認した。


訪問する家は、自宅から近いところにあるが、このあたりまでは足を運んだことがなかった。目的の家はかなり立派なつくりであった。まあ、そうでないと子供に家庭教師など雇えない。今日は母親との面接のみ。先方の要望で、まず本人のいない時に話をしたいとのことであった。まあ、採用面接といったところ。チャイムを押すと母親が出てきて、リビングへ通された。


「はじめまして、大学から紹介されました家庭教師の合田昌弘です」


母親は驚いたようすで、すぐに聞き返した。


「お名前は合田昌弘さん」


「はい、そうですが」


そういえば、電話では、家庭教師の合田としか名乗っていない。


「合田さんは、7年前に蛤坂の横断歩道で自動車事故があったとき、娘のさやかを助けてくださった高校生のお兄ちゃんですか?」


あの横断歩道を渡るたびにそのことを思い出していたから、自動車事故のことは忘れていなかった。また、「さやか」という名前は覚えていた。


「そうですが、娘さんの名前はさやかさんでしたね?名前だけは憶えています。確か小学生の女の子でした」


「その節はありがとうございました。さやかは、お兄ちゃんが助けてくれなければ、事故で死んでいたといっておりました。その後、お宅へお礼にお伺いしたのですが、直接お礼を申し上げることができませんでした。本当にありがとうございました。合田さんは、さやかの命の恩人です」


「家庭教師の生徒がその時の女の子とは驚きました。お名前は山本紗耶香さんですか。あの時の小学生が、もう中学3年生になったのですね」


「これも何かの縁というものでしょう。紗耶香のお勉強よろしくお願いします」


「承知しました。できるだけのことはさせていただきます」


こっちも驚いた。採用面接は合格のようだ。採用されてよかった。小遣いが確保できた。家庭教師の日時は、火曜と金曜の午後7時から9時までと決まった。しばらく雑談してお暇した。明日火曜日の7時から1回目。


理系なので4年になると卒論研究などでバイト時間が限られてくる。家庭教師は時間単価がよくて学業にも支障がでない。就職はすでに東京の大手食品会社に決まっている。留年しているからチャンと卒業しなければならないので、今は大事な時期だ。でも、ここのところ、アルバイトができなくて、小遣い不足だった。


父は小さな電気会社を営んでいる。お金がないわけではないが、豊かと言うほどでもない。「大学は地元でないと行かせられん」と言われて、地元の大学へ入った。入ったのにうかれて一生の不覚と言うべきか、留年してしまった。父親に話した時はひどくしかられると思ったが、すんなり、「そうか、人生、順風満帆は良くない。勉強になっただろう」と言われた。「時間があるだろうから家業を手伝え」とも言われた。だから、小遣いだけは自分で稼ぐことにしている。


家庭教師の第1日目。火曜午後7時に山本家を訪問。2階の紗耶香ちゃんの勉強部屋に通される。ドアを開けると、紗耶香ちゃんがこちらを向いて座っている。


「こんばんは」


「よろしくお願いします。お兄ちゃん、あの時は助けてくれてありがとう」


「紗耶香ちゃんだね。あの時の女の子がこんなに大きくなって、不思議なご縁だね。こちらこそよろしく」


「私、あの横断歩道を渡るたびに事故とお兄ちゃんを思い出すの」


「僕もあそこを通るたびに事故を思い出す。お互いに怪我がなくて本当によかったね。さあ、お勉強を始めよう」


入試に備えて試験科目すべてを教えることになっている。8時ごろ、母親がお茶とお菓子を持ってきてくれた。娘が家庭教師の言うことを聞いて熱心に勉強しているのを見て、安心して部屋を出て行った。9時に1日目の家庭教師は無事に終了。


紗耶香ちゃんの父親が帰宅しており、帰り際に挨拶した。


「今日から、お嬢さんの家庭教師になりました合田昌弘です。よろしくお願いします」


「あなたが合田昌弘君ですか。娘の命を救っていただいてありがとうございました。また、このたびは、家庭教師になっていただけるとのこと、よろしくお願いします」


と丁寧な挨拶があった。恰幅のよい父親だ。後で分かったが、建設会社の社長とのことだったが、威張ったところなどない、好感のもてる人だった。


帰り道、不思議な縁を感じながら歩いていた。当時のさやかちゃんの顔や容姿は全く記憶がなかった。ただ、「さやか」という名前だけが、妙に記憶に残っていた。今、近くで見た中学3年生の紗耶香ちゃんは、ちょうど子供が大人になりかける時で、まぶしいような少女になっていた。色白で、少し陰のある表情を時々見せて、ひ弱そうで、力になってやりたい、助けてやりたいという男心をくすぐるような感じのする女の子であった。弟との2人兄弟で周りに女の子がいない家庭で育った当時の大学生の自分からはとてもまぶしく見えた。一目ぼれをしたかなと思いながら、これから週2回の勉強で会うのが楽しみであった。


紗耶香ちゃんは勉強熱心で、頑張り家であった。勉強なんて自分でやる気を出さないといくら教えてもだめだ。これは、以前にも教えたことがあるから明白だ。やる気がないといくら教えても成績が上がらない。そのやる気を出させるのが家庭教師の仕事かもしれないが、以前に教えていた子はあまりにもやる気がなくて、成績も上がらないので、バイト料をもらうのが申し訳なくてこちらからやめさせてもらった。


紗耶香ちゃんはやる気がある。やる気のある子は教えるのが楽だ。勉強を教えるというより、勉強の仕方を教えた。頭はすごく良いわけではないが、悪くもないので、説明するとすぐに理解する。教え始めたころはクラスの真ん中位の成績であったが、年が明けて高校受験が近くなるころにはクラスの10番以内に入るところまで成績が上がってきた。


ただ、いくら頑張ってもこれ以上は見込めない。学校の成績は、大体、個々人の生来の能力によるものが大きくて、成績の向上には限界があると思っている。母親にもそういって、彼女の学力にあった高校を受験することを勧めた。母親は、担任の先生とも相談して、中堅の進学校であるつつじが丘高校にするとのことであった。


入学試験の3日前の家庭教師最後の日に、紗耶香ちゃんは、先生のおかげで成績がよくなって、良い高校を受験できるようになったけど、とても心配だといってきた。


「紗耶香ちゃんは、100%覚えていないから、できてないから、心配だと思うけど、80%までしかできていなくても、試験当日にできている分で100%の力を出せば、80点とれる。例え100%できていても、当日60%の力しか出せないと60点しかとれない。どちらが上位に行くかは、考えれば分かる。当日、今できている分で100%の力が出せるように、体調を万全にして、緊張しないで、自信をもって、望むことが大事だよ」

紗耶香ちゃんは「先生の言う意味がよく分かった。今できている分で100%の力が出せるように頑張る。これで安心して受験できる」といった。


結果、紗耶香ちゃんは見事に志望の高校に合格した。合格を聞いてホットして家を訪ねた。そして合格祝いにチョット高級な電子辞書をプレゼントした。紗耶香ちゃんはとても喜んで、大事に勉強に使うと言ってくれた。


紗耶香ちゃんが部屋に来てほしいというので、母親の許可を得て部屋に入る。すると、紗耶香ちゃんが真面目な顔をして、


「先生、本当にありがとう。あの時、今できている分で100%の力を出せばよいと言われて、その言葉を信じて、受験したら合格できました。ありがとうございました」


「本当に合格おめでとう。ホットしたよ。僕もこれで思い残すことなく就職できる」


「それから、これでお別れだからどうしても言っておきたいお願いがあるけど、聞いてもらえますか」


「いいよ、なんでも」


「紗耶香が大人になったら、先生のお嫁さんにしてください。お願いします」と頭を下げる。


「ええー・・・、うーん」


「だめ?」


「いいよ。紗耶香ちゃんが、大人になって、好きな人ができなくて、まだ、僕のお嫁さんになりたいと思っていたなら」


「先生、本当?約束して」


「いいよ、約束する。紗耶香ちゃんのような可愛いお嫁さんがほしいと思っているから」


「うれしい」


紗耶香ちゃんは満足した様子であった。


紗耶香ちゃんと下に降りていくと、母親がいろいろ話をしてくれた。紗耶香は身体があまり丈夫でなく、塾に通わせるのは負担が大きいと、家庭教師をつけることにしたとか。自分が家庭教師としては3人目で、前の2人も男子学生であったとか。


一人目は医学部の学生で、教え方が難しいうえに厳しくて紗耶香ちゃんが音を上げたそうだ。堅物に懲りて、2人目は、やさしそうな人物にしたら、教えかたはやさしかったそうだけど、紗耶香ちゃんの肩に手をのせたり、身体に触れたりするので、紗耶香ちゃんが嫌がって断ったとか。合田さんはまじめで教え方も上手で、紗耶香が勉強にやる気を出したのでとてもよかったといった。おかげでよい高校へ入学できたと喜んでいた。


そして、紗耶香ちゃんと母親は丁寧に見送ってくれた。可愛い紗耶香ちゃんともお別れともなると少し寂しい。ただ、紗耶香ちゃんから「大人になったらお嫁さんにしてほしい」と聞いた時は、少女の感傷だとは思ったがうれしかった。その時の紗耶香ちゃんの言葉が胸に残った。


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