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赤い糸にむすばれて  作者: 登夢
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糸口

皆さんは、ここでお話しする運命の赤い糸で結ばれた男女のラブストーリーを信じることができますか?いくつかの偶然がたまたま重なっただけと思いますか?人は生まれ変わることを信じますか?

今年の夏は暑かった。9月になってもまだ随分暑い日が続いている。


「合田さん、外線です」


「お待たせしました。合田です」


「合田昌弘さんですか?」


「そうですが、どちら様ですか?」


「私、山本信一郎と申しますが、覚えていられますか?金沢の山本紗耶香の父親です。5年前に紗耶香の家庭教師をお願いした山本です」


「思い出しました。紗耶香さんのお父さん」


「その節は娘がお世話になりました。お陰様でよい高校へ入学できました。紗耶香は今、短大の2年生で来年の春に卒業します」


「そうですか。紗耶香さんはもう短大卒業ですか」


「ところで合田さんはご結婚されていますか」


「まだ、独身です」


「そうですか。来週、東京へ行く用事があるのですが、夜にでもお時間をいただけませんか」


「日時は?」


「9月4日火曜日の夜7時からはどうですか?」


「大丈夫です」


「それでは、新橋に『三秋亭』という料理屋がありますので、お越しいただけますか?」


「『三秋亭』ですね。了解しました。7時に伺います」


「では、お待ちしています」


紗耶香ちゃんか、可愛い女の子だったなあ。そして高校に合格してくれて本当によかった。少しずつ思い出してきた。


紗耶香と初めて会ったのは、僕が高校1年生の時だった。片町の書店で、小説を買っての帰り道、犀川大橋を渡り、蛤坂を昇って、寺町の大通りと蛤坂の交差点で信号を待っていた。


この交差点は広小路交差点より50mほど上の方で、横断歩道があって、そこを渡るとそこが旧鶴来街道の入口になる。そこを直進するとすぐに忍者寺と呼ばれている妙立寺がある。妙立寺は加賀前田藩ゆかりの寺で、当時は出城の役割も果たすように建物に工夫がされている。そこから、さらに5分ほど歩いたところに僕の家がある。


その横断歩道の信号は、広小路交差点の信号よりもかなり待ち時間が長い。しかも、この場所は、広小路交差点から寺町に上ってくる車道が大きく右に曲がる場所で、信号を待っていると、自動車が自分めがけて突進してくる感じがする。ただ、急カーブではないので、車は難なく曲がっていく。


今は、ガードレールが取り付けられており、危険は感じなくなったが、その当時は、遮るものはなにもなかった。そういうところで、横断歩道の信号が青になるまで待たなければならなかった。交差点での車の衝突事故によって死傷者が出たとのニュースがそのころ何回もあったので、親からも注意するように言われていた。だから、ここで信号を待つ時はいつも、広小路方向を見ていた。


もう一人、小学2~3年生位の女の子が、傍で信号を待っている。隣にいる僕のことが気になるのか、正面の信号を見ながら、時々こっちを見ている。広小路交差点の方から乗用車が3~4台こちらへ向かってくる。


20m位離れたバス停の前で方向を変えるのだが、そのうちの1台は変える気配がない。こちらへ向ってくる。危ない!こちらへくる!とっさに女の子の手を取って引き寄せて数歩後ろへ退く。車は僕たちのいた場所を通過して家の塀に衝突した。「ドッシーン」とすごい音がした。


ほんの一瞬のことで、気が付いたら女の子を抱きしめていた。女の子もその瞬間は何が起こったのか分からず、茫然としていたが、すぐに事故がだと分かって、泣き出した。

「危ないところだったね。お互い命拾いしたね」と女の子に話しかけた。

泣きながら女の子はうなずいて、「お兄ちゃん。ありがとう」といった。


衝突の音を聞きつけて大人が集まってきた。前の部分が大破している車の運転手はエアバッグにもたれてぐったりしていて動かない。「誰か救急車を」の声が聞こえる。女の子と2人でじっとその様子を見ていた。すぐに立ち去るところだが、今回の事故を目の前で見て、誰かにそれを話さなくてはとの思いがあった。2人でそのまま立ち去ることなく、事故の現場を見ていた。


救急車のサイレンが近づいてくる。人だかりが大きくなってきた。救急車が到着。お巡りさんが自転車で到着。救急隊の人が、運転席の人に「大丈夫ですか?」と声をかけているが、反応がないようだ。担架で運んで救急車に乗せている。救急車がサイレンを鳴らして遠ざかる。


誰かが僕たち2人を指さしている。お巡りさんがこっちに来た。


「君たち、事故を見ていた?」


「はい、僕は見ていました。バス停あたりで方向を変えるところが、真っ直ぐに進んできて塀に衝突しました。この女の子と2人、ここで信号を待っていました。女の子は車を見ていません。僕が引き寄せて2人で避けました」


「2人とも怪我はない?」


「ありません」


「2人の名前と住所、電話番号を教えてもらっていいかな?」


僕は、名前と住所と家の電話をお巡りさんに話した。女の子は小学2年生のようで、住所と電話番号をしっかり話していた。寺町4丁目のなんとか「さやか」というのが聞こえた。


今でもそうだが、物覚えが良い方ではない。名前など何回も聞かないと覚えられない。女の子の住所と苗字を聞いていたが、もう忘れている。ただ、「さやか」という名前だけ覚えた。


それからしばらくして、騒ぎを聞きつけたのか、連絡を受けたのか、女の子の母親が来たようで、「おかあさん」といって走っていった。それを見届けると、お巡りさんに「もう、いいですか」と断ってその場を離れて自宅へ帰った。


あとで聞いた話だが、その女の子は同級生の家へ遊びに行った帰りで、あの後、母親と家に帰ってから、高校生のお兄ちゃんに助けられたことを話したそうだ。後日、女の子の母親が、お巡りさんから住所、氏名を聞いて、家へお礼の挨拶に来たことを母親から聞いた。その時はちょうど外出していて、その子の母親とは会っていない。その時の女の子の記憶はほとんどないが、しっかりとした話しぶりと「さやか」という名前だけが記憶に残っていた。


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