第八話 「邂逅Ⅲ」
「あは。あははははははははは!! 明日。そうか――。私に明日を見たか。グランよ!」
魔の森にルナフィリアの声の笑い声が響く。それは王と呼ばれた時よりも嬉しげな声であった。
まさにルナフィリアが初めて上げる歓喜の声。
事実において、彼女は嬉しかったのだ。
王と呼ばれたこともそうであるが――地獄の底。絶望の淵からこの自分に希望を見たと言われたその一言が確かに嬉しかったと感じたのだ。
嘗ての世界においてルナフィリアに居場所は無かった。
嘗て男であり妃宮という互い稀な名家に――いや名家すらも超えて時代によって王とすらも呼べる者たちを生み出してきた家に居ながらも、なお自分という存在はどこまでも異質であり異端であり、またその内に秘める力を使う余地など何処にもない世界に彼は一人居た。
故に自分という存在は確かに何者にも成り得なかった。
そう――ルナフィリアが初めに言った言葉はまさに自分自身を端的に表していたのだから。
だからこそ、嘗ての世界において何も為さなかった人間が、この世界で僅かな邂逅を持ってなお希望を見たという言葉に――ルナフィリア自身もまた希望を見たのだから。
グラン達が居る場所はまさに煉獄の底だろう。
その現状を。今まさに地獄の窯がまさに待ち受ける寸前である現実をルナフィリアは確かに理解しているのだから。
その日を生きる為に泥水を啜り、枯れる程に血を流し、幾多ものを屍を超えて彼らは此処に居るのだから。
故にそんな彼らと共に歩むというならば、自身もまた其処に向かうということを意味する。
その道は困難などという言葉すらも生温いであろう。
獣人族として彼らと共に生きるとはそれほどのものであろうから。
為さねばならぬことは山のようにある。
ならばそんな彼らと共に生きる覚悟が自身にあると言うのか――?
そうルナフィリアは自問自答するけれど、けれど、もはやそのような問いに意味などないことを理解して声を上げる。
「ふ、ふははははは! だがもはやこの胸の高まりは抑えがきかぬ。この暗雲で! この地獄の窯で! なおも私に明日を願うというならば、その明日を見せてやろうではないか!! ならば――逆に問うぞグラン・ローヴェルト!! この私に――この我に――このルナフィリア・シルエストに付き従う覚悟はありか!?」
そんなルナフィリアの高揚がうつるかのように、グランもまたどこまでも気分を高揚させていく。
いや――もはや気持ちの振り幅などこのルナフィリアという少女を見たその時から振り切ってしまっているのだから。
ギネヴィア帝国の片隅で生まれ、常に侮蔑と軽蔑の視線に晒されながら生きてきた。
生きる為に泥水を啜ってきた。他者を殺し、幾多もの同胞の屍の上を歩いてきた。
気が付けば、他の同胞から隊長等と呼ばれるような立場になっていたがそれでも今日を生きぬだけの日々には何一つ変わりは無かった。
ただただ今日を生きる為だけに命を零しつづけてた。
故に明日を夢見たことなど――今まで一度たりともありはしなかったというのに。
だというのに、グランは確かにルナフィリアに出会った時に幻視したのだ。
ルナフィリアという光り輝く存在の後ろに着き従いながら明日を生きていく自分を。
もはや今日すら生きられぬほどに命を零してきたその時に――この少女に出会えた事の奇跡に。
あるいは運命に彼は初めて感謝する。
だからこそ――覚悟というのならば出会った時にもはや済んでいるのだから。
「たとえ我が身が滅びよう共、冥道の先までも汝に我が魂を捧げましょう」
「その誓いしかと聞き遂げた!! ならばその魂確かに受け取ろう! さらに他の者に聞こう! 汝らはこの我に――ルナフィリア・シルエストに付き従う覚悟はありか!?」
その言葉に――グランに率いらてきた男たちは誰一人余すところなくグランと同様に膝を着き手を胸に当てながらに目を輝かせながらにルナフィリアを見つめ返す。
彼らの境遇はみな似たようなものである。生まれながらにして呪われた子供のような扱いを受け続け。
常に生きる為に命を零しながらこれまでを過ごしてきた。
誰一人として明日を夢見ることなどありはしなかった。
故に自分たちの隊長であるグランがルナに伝えた明日を見たという言葉は――まさに彼ら全員の言葉であった。
そして――そんな少女が。この世界を魅了するルナフィリア・シルエストという白狼族の少女が自分達にも忠誠の言葉を求めてきた。
天上すらも焦がす炎を従え、あらゆる修羅を乗り越えてきた男たちをして畏怖させる覇気を携えて、王道を歩もうとする少女の言葉に――どうして首を振れようか。
明日を夢見たのだ。確かに彼らもまルナフィリアの姿に自分たちの明日を見てしまったのだから。
なればこそこの想いにどうして従わずにおられようか。
ならば――彼らが伝えるべき言葉はたった一つである。
「「「「「たとえ我が身が滅びよう共、冥道の先までも汝に我が魂を捧げましょう」」」」」
誰一人欠かすことかく声を張る男たちの言葉が魔の森に響く。
そして、その言葉を受けたルナフィリアは心の底から楽しいと言いたげに破顔する。
「その誓い確かに受け取った!! ならば我も汝らに誓おう! この我の道の先に汝らが夢見る明日を必ず見せてやると。ならば共に歩むぞこの道を! どこまでも我に付いて来い! 故に決してこの言葉を忘れるな! 我らが誓いは確かに此処に有るのだから!!」
「「「「「――は! 我らは何処までもルナフィリア様と共に歩みましょう!!」」」」」
こうして一つの誓いが世界に交わる。
その先に待ち受けるは何であるかは誰にも分からない。
冥道の先に繋がっているのか――あるいは光輝く世界か。
神ならぬ身であれば、それは決して分からぬことではあるが、なれども此処に誓いは確かにある。
この先においても決して途切れず、決して切れることの無い誓いが――確かに此処で交わったのである。
「く、ふはははは――。ならば何時までもこのような場所で時を潰す訳にはいかぬぞ。我らが帰るのを待ち受け者たちがおろう。そう――民。民だ。汝らが守護して来た者たち――そしてこれ以降は我らが守護する者たちが待っているのだから。なればこそ、急ぎ準備に取り掛かれ」
「――は。委細承知にございます」
そして、主従において初の命令が下される。そして彼らは急ぎ準備に取り掛かる。
まずはそばに横たえられた牛鬼の死骸の処置だ。
本来であればただただ恐ろしい魔物であるけどれど、しかしこの場においてはもはやそれは貴重な食料になる。
ただでさえ食料不足に悩まされていたのだから、これほどの肉があれば何人分の食になるかすら分からない。
故に彼らはその巨体を持ち上げ、肩に担いだり、四肢の欠損の激しいモノは即時解体を行ったりする。
それは確かに重労働ではあるけれど、彼らの顔にあるのはただただ明日を夢見て高揚した顔と――そして彼らを見守るルナフィリアの視線を受けながらに作業を行えている歓喜のみが支配する。
そして、短い時間のうちに彼らは全ての作業を終える。
本来の作業量から考えればそれは驚異的な時間であるのだけれど、彼らの顔には僅かな疲れさえも見せずただ誇らしげな表情のみを浮かばせる。
そして――そんな彼らに対してルナもまた楽しげに笑いかける。
「ふはは。グランの記憶から汝らがサバイバル技能も高いことは知っておったが、実に見事な手際であった。褒めてやろう」
「ありがとうございます!」
その言葉に、男たちは――グランも含めみな嬉しげに頷く。
彼らの腰ほどにない、愛らしいとも言える少女に褒められ嬉しげに喜ぶ屈強な男たち。
ある種において異様な光景であるが、それでもそれを可笑しいと思う者たちは此処には誰一人居なかった。
むしろこの光景こそが正しいと思える程に――男たちは嬉しげにルナフィリアに付き従い、そしてそんな彼らを従えるだけの風格をルナフィリアは宿していたから。
そして、そんな彼らを一度見回した後に、ルナフィリアは楽しげに口を開く。
「ならば帰るとしようか――我らが国に」
「……国ですか」
ルナフィリアの口から出てきた言葉に思わずグランが問い返す。
その意味が理解できなったが故に。
いや――本当は理解できないフリ(・・)をしただけか。
なぜなら、その言葉を聞いた瞬間に先ほどから止まらぬ高揚が更なる高みへと誘われそうになったから。
そして、それは他の男たちもまた同様に。
だからこそ、そんな男たちの期待するような目をうけながら――ルナフィリアは胸を張りながら口を開く。
「応ともさ。王たる我がおり、それに着き従う騎士が居る。そして守護すべき民がおり、治めるべき土地がある。ならばそれを国と呼ばず何と呼ぼう」
その言葉を聞いて――グラン達を駆け巡った感情を何と呼べば良いだろうか。
他の者が言えばただの妄言に過ぎぬその言葉も、なれどもルナフィリアが言えばそこに確かな現実となる力があった。
自分たちの国。ただただ見下され、侮蔑され、逃げ続けて場所に、なれどもルナフィリアはそこを確かに自分たちの国と言った。
だからこそ、男たちは思わず涙が零れ落ちそうになりながらも、けれどそれを寸前で我慢する。
ルナフィリアは確かに言った。グラン達を自分に付き従う騎士であると。
ただの邪魔者扱いの傭兵部隊でしかなかったはずの自分たちを、騎士であると言った。
ならばこの誇るべきルナフィリアの騎士であると言うならば――簡単に涙など流せるはずがないだろう。
「は……はい!! 確かに我らが国にございます!!!」
そんな涙に震えそうになるグランの言葉を、けれども楽しそうに笑いながらルナは見つめる。
「ふふ。元気がよいな。ならばこれより帰国する故に誰一人遅れる事なく着いて参れ!!」
「「「「――は!!」」」」
そして、魔の森に再度男たちの声が響く。
それは何処までも楽しげに、あるいは誇らしげに。
此処より生まれた一人の王とそんな王に付き従う者たち。
そんな彼らが中心となり――この世界で大きな大きな騒ぎを起こしていく。
これはそんな物語の一ページ。