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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第一章 『邂逅編』
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第五話 「少女は常識を打ち破る」

「何をそこで呆けて見ておる。汝らの分も肉は十分にある故にこちらに来るとよい」


 ただただ目の前の光景に呆然と眺めているだけであったダラン達であったが、ルナフィリアによる再度の声を聞いてその言葉に導かれるように彼女の寸前へと体を進める。

そんな彼らを見てルナフィリアを笑みを浮かべながらに、自らは先ほどまでの行為を再開する。


 それは即ち肉の解体。

いや――正確に言えばその前に一つ普通に行われる解体とは決定的に違う工程が存在するが。


「Argentum Crystal(銀水晶)」


 それは、銀水晶の埋め込み。

銀水晶とは本来は形なき不変の力である。神羅万象に至る全てに力を与える万物の根源。

故にそれは形を持たぬはずなのだが、しかしそこには銀色に輝く六角の水晶が現れる。

大きさはルナフィリアの拳ほどであろうか。


 はっきり言えばグラン達からすれば、それは幻のような光景である。

六角の銀水晶。それこそが銀水晶本来の形であると言われている。そして、その銀水晶が砕け散ったことでこの世界には銀水晶の力が溢れているのだ。

ならばそれを本来の形に戻す事が出来たのならば、そこには世界に溢れる力の結晶を凝縮させて顕現させることができる。

故に帝国銀詠師なども銀水晶を造り上げることに力を入れていたりもするのだが、少なくともグラン達が知る限りこれほどまでにはっきりと銀水晶としての形を保ちこの世界に造り上げる者は居ないはずである。


 そのようなグラン達の驚愕など気にすることもなく。

ルナフィリアは、死に絶えている牛鬼の体に向けて自身が出現させたその銀水晶をその肉体へと埋没させる。

そして、その工程が終えたのちにルナフィリアはいつの間にか用意されていた美しき銀色のナイフをその手に持つ。

ちなみにそのナイフも銀水晶によって出来ているのだけれども、グランらはその美しき刀身に目を奪われながらもそれが銀水晶であることには気が付かなかった。


 そうして、ルナフィリアは銀水晶を埋め込んだ牛鬼のそばに立つとその肉体へとナイフを入れていく。

初めに血を抜き、皮を剥ぎ、内臓を取り出していく。


 その行いを見ていたグラン達は、ただ見惚れていた。

ベテラン猟師の解体は一つの芸術である。

そんな言葉を言ったのは誰であったか、と思い浮かべる程にそれらの手捌きは美しかった。

あるいはただの解体に過ぎぬのに見惚れる程に彼女のナイフ捌きを流麗であった。


 故にグラン達はただただルナフィリアの行いに見惚れ続けていたのだけれど。

そんな彼らのことなど気にもせずにルナフィリアは牛鬼の解体を続けいく。


「うむ。やはり寸前で手を抜いたからこそ肉にまで傷を負わせずに済んだか……? あぁ……いや、これは銀水晶で浄化した効果の方か。まぁどちらにしろ思った通りにこやつらは上質の肉のようでなによりよ」


 解体を行いながら呟かれるルナの言葉がグラン達の所まで届けられる。


――――この人は何を言っているのだろう……。


 それがその言葉を聞いた者たちの感想の総意である。


 あの天上すらも焦がそうとする炎が手加減?

銀水晶で浄化?

魔物である牛鬼が上質の肉?


 もはやこの場において、彼らの常識になど何一つないように感じて。

あるいはその中心に居るルナフィリアこそが造りあげる世界に迷い込んでいるような気さえして。

とにかくあらゆることを問いただしたいと彼らは思ったけれど。


 けれど――しかし。

あらゆる死地を修羅を駆け抜けた彼らをして――少女の邪魔をしてはならないと……そう想えてしまったのだ。

魔物の体を切り刻み、その血で手を汚し、その純白の髪や体にも血を飛ばし、内臓を取り出し、肉を切り刻むという、見る者よっては相当の嫌悪感を抱かせる行為であるはずなのに。


 それでものあその行為に――グラン達はただただ目を奪われ続けた。

決して邪魔をしてはならないと思うほどに、彼らはルナフィリアという少女に魅了されたのだ。

この僅かな時間に。けれど彼らにとってはそれで十分であった。

既に何もかもを忘れ去りそうになりながら――ただ彼らは少女の行為を見守り続けたのだった。


 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

彼らが呆然と見守るその先では、遂に一体の魔物の解体が終わる。

内臓を完全に取り出され、綺麗に剥ぎ取られた肉が彼らの前に整然と並ばれる。

それらを行ったルナは、その横で満足げに頷くとグラン達の方へと顔を向ける。


「どうだ。美味そうであろう? 既に浄化を終えておる故にこれらは生でも食べられるぞ。どうする?」


 そう言われ、こちらに首を掲げられ、そうして初めて彼らは自分たちに尋ねられた事に気が付いた。

が――しかし。


「え……あの……?」


 そもそも質問の意味が分からない。

いや……その言葉の意味そのものは分かる。

分かる――が。

 

 魔物の肉を並べられるだけでも意味不明であるのに、生で食べるかどうかなどと聞かれてもどう返せと言うのだろうか……というのがグラン達の想いである。

そもそも先ほどから全く地に足が付いていないような状態である。

はっきりと言えば何もかもが意味不明なのであるのだから。


「ふむ……。まぁ初めは焼いて食おうか。どうせならそちらの方が上手いであろうからな」


 そんな彼らの想いなど気にもかけぬ様に朗らかに笑うとルナは地に向けて手を掲げ――。


「Ambustis《発火》」


 そうルナが詠えば焚火ほどの火が地に現れる。

当然ながらにそこに火をあげる物などありはしない。

しかし、それでもなお悠然と其処に炎はあがる。


 それらの行為にグラン達はもはや言葉も無く、ただ見つめ続けるだけである。


 そんな彼らをルナはちらりと目を向けて――。

良い事を思いついたとでも言うように笑みを浮かべると。


ルナはさらに詠う。


「Tu enim fit pectore《其は汝が為の道標であり》,The collection Nase a corona quam aeternitas《悠久より集まり成形を為せ》


 何度聞こうとも、それでも思わず聞き惚れてしまいそうに詩に耳を傾けるグラン達。

けれど次の瞬間に起きた事に、彼らはその日何度目か分からぬ驚愕を覚える。


「ふむ。慣れれば一句でこれらの物質成形も出来そうだな。まぁとりあえず今はこれで良しとするか」


 彼らの前に現れたのは、一言で述べるならば簡易バーベキューセットである。

銀色に輝く網にそれらを支える土台が地で燃える炎に覆いかぶさるように現れた。

言ってしまえばそれだけである。

それだけであるが――。


 火や風を起こすことに比べれば、人の意志の元に物質形成は遥かに難しいと言われている。

銀詠師ではないグラン達でもそれぐらいの事は常識として知っている。

故にグラン達はその緻密な力の調整に思わず驚愕を覚えるが――。

そもそも出会ってから今迄に至る短な時間の中で、この少女に自分たちの常識を当てはめる事の方が難しいと言う風に気が付き始めたのだった。


 そうして、そんな彼らの驚きを見て悪戯が成功したかのような笑みをルナフィリアは浮かべながらに、出会ってから三度目の誘いをかけるのであった。


「くふふ。それでは肉を焼いていくとしようか。ほれ何時までも立っておらずにこちらに座れ。そして座ったならば、自分が食す分の肉を焼いていくと良い」


 その言葉にただただ釣られる様に、彼らはルナフィリアの周りに座っていく。

そうして、屈強な男たちと華奢な体をした少女による魔の森での魔物の肉を使ったバーベキューが始まっていくのだった。











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