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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第二章 『建国編』
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第二十七話 「剣戟」

 それは一秒にも満たぬ錯綜。まさにコンマ一秒の世界。

並みの者では知覚すら叶わぬ斬撃の応酬。

シロと名乗った猫族の少女。彼女の剣戟はまさに弛まぬ鍛錬の果てに辿り着ける一つの極致。

音すら置き去りにする一刀。

その一振り一振りがあらゆる鋼鉄すらも切り裂くに相応しい一撃となってルナフィリアを襲う。


「――はっ!!」


 だがそれら全てをルナフィリアは迎撃してみせる。三尺を大太刀をもって、迫りくる短刀を悉く弾き反す。

それはある意味において、完成された剣技である。

如何にしてその刀を振るうことが最も合理的であるのか。

刀が持ち得る反り。重量。重心までの距離。長さ。それら全てを一部の隙も無く識る事による、それ以上に最適な振りなど存在しないと言っていいだろう僅かな余分すらない一刀を振るう。


「――」


 無言で襲う襲撃者である猫族の少女の振りはまさに剣士のそれ。幾千もの鍛錬の果てに辿り着いた至高の一撃。

それに対してルナフィリアは剣士に非ず。

嘗ての世界でも、剣術すら学びこそすれそれは競技者として優秀と言われる程度であった。

決して達人すら凌駕する超越した剣士としての振る舞いは出来ていなかった。


 しかし今は確かに彼女は、剣士として一つの極致と互角に相対してみせる。

何故か。それは彼女が識っているからである。そう彼女は識っているのだ。

如何にして剣を振るえば、それが最も最適な一刀となるのかを。


 突風の如き横薙ぎの一撃。――下段からの振り上げにより対処。

幻惑すら造り出す八連の突き。――三日月を描く横薙ぎの一振りで悉くを打ち落とす。

瞬歩。基本にして究極の歩法による決して視認を許さぬ背後からの振り下ろし。――振り返る事なく天すら切り裂く払い上げにより相殺。


 まさに達人すら超え剣戟の極致とも言えるシロに相対する、ルナフィリアはその悉くを対処する。

極致には極致を。完成された剣技には、これも完成された剣技を持って相対する事で初めて互角となりうる。

ならばなぜルナフィリアがその剣戟に辿り着いたのか。


 それこそが――シルエストが持ち得る権能である。あるいは神が残した軌跡。その残滓である。


 識る。彼女はこの瞬間を持って識っているのだ。完成された剣戟を。人が辿り着けるその果てを。

嘗ての世界ではその一端が漏れ出てきた事によりある限られた分野でのみ、彼の一族はその分野の極致に辿り着いた。

だがルナフィリアは違う。彼女はあらゆる封縛を薙ぎはらったのだ。ならばそこに一切の枷は無い。

故に彼女は――剣士でもまた一つの完成に辿り着く。

その果てを識っているが為に、残りは体を模倣させる。


「――はは!! まさか我の想像すら超えるとはな! その剣技――まさに見事である!」

「――――」


 故に真に驚愕すべきは、その完成された剣技を識っているルナフィリアを――襲撃者である少女が押していることであろうか。

ルナフィリアは少女の攻撃を悉く防いではいるが、彼女ができているのはそこまでだ。

少女の剣戟は決してルナフィリアの反撃を許しはしなかった。


 それは無言の猛攻。彼女はルナフィリアを襲ってから、これまでも一度も声を漏らす事はない。

ただただ己の技をもって彼女の命を切り捨てようと神速の一撃を繰り出し続ける。


 そしてさらに驚愕すべき事は少女は、その攻撃が悉くルナフィリアに防がれる事にその速度がさらに増し続けているのだ。

既にその速さは人外の領域にすら辿り着いているというのに、その体捌きも剣戟もさらなる果てへと押し上げられる。

一歩。また一歩とルナフィリアは歩を後ろに進める。

最適な振り。人類が辿り着くべき極致の一刀を持ってしてなお――迎撃すら間に合わなくなり始める。


 ――そして、紅い桜が舞う。


 火花すら引いて走り始めた、龍閃の軌跡。その下から上へ。地から天への振り上げが――遂にルナフィリアの頬を切った。

紅い血が桜のように舞い散る。

それと同時に、ルナフィリアは地を蹴り背後へと大きく跳躍した。

しかし距離を置くことなど、その命を貰い受けようという襲撃者である少女が許すはずもなし。

故に、僅かな隙間すら無くさらなる剣戟がルナフィリアを襲い続ける。

まさに彼女はその命の危機すらに追い込まれたのだった。


「素晴らしい。本当に素晴らしいぞ! まさかこの我をも凌駕しようとは思わぬぞ!!」


 だがそのような状況であろうとも。否。そのような状況であるからこそルナフィリアは心の底から笑う。

彼女は識っているが故に人類の極致に至る。故にそれを凌駕するこの少女はそれをも超える。

つまり果ての先。人類が辿り着くべき極致のその先へと、歩を進める者が目の前にいる。

それを喜ばずして何を喜ぼう。まさに自らが識る果てすら超える存在が、その牙を向いて襲い掛かってきている。

それは、どうしようもないほどにルナフィリアの中に歓喜を生んだのだった。

それはまさに彼女が望んだ状況であるから。故に彼女は、こうなるように誘導したのだから。


「――――」


 しかし、いくら歓喜に震えようとも状況が壊滅的に危機である事に変わりなし。

一切に声も漏らさず、その暗い瞳も揺らさずに、なれども極致の果てを超える剣を振るう少女。

それはルナフィリアの頬だけでなく、腕に体に小さいながらも切り傷を刻んでいく。

 

 そして、少女がルナフィリアと切り結ぶことまさに三十合目。遂に限界の時は訪れる。

後退するルナフィリアに壁が迫る。これ以上は一歩足りとも後退する事も叶わない。

故にこの極限の如き剣戟の終わりも近く。

ルナフィリア・シルエストの敗北という形をもって終焉を迎えようとする。

それを彼女本人として認識しているはずである。



 しかし――彼女は剣戟の始まりと変わらずに悠然と剣を構える。

究極の剣技をその身で受けれる歓喜に口元に笑みを浮かべながらに。


 ただし――その瞳にはいつの間にか憐憫の色が見えていたのだった。


「惜しい。それほどの剣技を振るうが故に――実に惜しい! その剣を受けた我だからこそ、その全てを理解しよう。その美しきまでの剣技はまさに――世界すら造り上げることすら叶うというだろうに。故にその果てはこのような所ですらないだろう? その剣戟はあらゆる世界すら切ってみせるだろう? にも関わらず貴様の剣には実に外法な技が混じっている。それは、実に口惜しいぞ! 何が貴様の剣を穢らせた? 何が貴様をそこまで堕としたというのだ」


 其の危機的状況にありながらに、彼女の声色には隠し切れぬほどの失望と憐憫があった。

既に先ほどまでの歓喜すら消え去って。


 彼女はこれ程までに少女の剣を受けて理解したのだった。この極致の果てをも超える剣技をもってなお――その剣は未だその先があるのだと。

しかし、今の少女にそれは振るえていないこともまた理解する。

本来であれば、そこにはただ輝かしいまでの光のみがあるべき剣に纏わりつくような外法な技が混じっていた。

ただ人を殺すという――その為だけの技。しかもそれは真面な殺し方に非ず。

暗殺という言葉が実に似合う汚らわしい一刀。


 別にルナフィリアは暗殺を否定ひようなどという心算は一切ない。

なれどもその美しい剣戟に本来はあり得ない外法の技が組み込まれることで、どうしようもないほどに穢されていたのだ。


 だからこそ――ルナフィリアは口惜しいのだ。

あの精霊すら配下に従えるルナフィリア・シルエストが、ただ剣を振るうという一技をもって魅了されたというのに。

その剣が、本来あるべき振るわれ方をしていないということがどうしようもないほどに悔しかった。


「――」


 なれども少女の方は、それを聞こうとも何も言わず。

あるいは、それをただの時間稼ぎだとでも判断したかのようにさらなる剣戟を振るう。

それはまさに、それまでの斬撃すらも過去のものにするかのような一撃。

神速という言葉すらも置き去りにする、音速の突き。

風を纏い、疾風の連撃。八つの突きが同時に襲う。

それはコンマ数秒よりさらに短い時間による連撃。

ほぼ同時という言葉すら足りぬ、まさに全て同時の剣による一斉射。

剣神という言葉すら似あう音速の連撃がルナフィリアを襲う――。


 既にそれまでの攻防で劣り始めた彼女に、その連撃は防ぐすべは無し。

世の理すらも返す剣による絶対に覆せぬ死の運命。

此処に二人の勝敗は決したように思われるが――。


 ――なれども、それを凌駕するからこそ彼女は王なのだ。


「ハアアアア!!!!!」


 それはまさに咆哮。右手に握られた太刀を腰を落とし振りぬく。

その一閃。まさに龍閃すらをも超える光の一刀。

天高くを駆ける雷光をも切りぬく、まさに雷切り。

雷光が駆け抜け、刀身が走る。

空間を斬り裂くその一撃は、世の定理すら覆す八連撃を――その悉くを打ち落とす。


 まさに一瞬という言葉すら生温い錯綜。

なれども、その一瞬をもって互いの剣戟は交わる。


そして、全てを打ち払ったルナフィリアの一撃は、そのまま猫族の少女の身にまで届いた。


「――っ」


 それまで、声を僅かに漏らさなかった少女の口か僅かに吐息が漏れる。

左脇腹から右肩にまで走った刀傷。

致命傷とまではいかないだろうが、それでもそれ以上の戦闘は不可能であろう。

いや。あれほどの一撃を受けながらその程度で済んだことこそが僥倖である。

少女の連撃もまたそれほどまでの力が籠って居たのだから。


 しかし――それでも今夜の決闘は終わりを迎えようかと思われたが――。


 少女は右手に握る短刀を、手元まで引き寄せたかと思えば。

小さな声で呟く。


「Obscura luna《朧月》」


 その瞬間に、彼女の姿がこの部屋から完全にかき消える。

それは、まさに今夜の始まり。ルナフィリアを最初に襲った時のように。

視覚。聴覚。嗅覚。触覚。

あらゆる感覚を最大限用いろうとも、それでもなお僅かな感覚すらも掴みきれない。

先ほどまでは、知覚できてが故の剣戟であった。

ならば、僅か足りとも知覚すら出来なくなった時点でルナフィリアにその剣を防ぐ事は叶わぬだろう。


 そのような状況にあってルナフィリアは、先ほどまでとは違い感情を浮かばせない酷く冷めた表情をしていた。

先ほどまであった、歓喜も憐憫も失望すらもはやない。

既に彼女は、この戦いに興味を失ってしまったかのように。


「それは余りに詰まらぬぞ。外法の技とて、それは経験の果てに身に着けた剣技ならばまだ許そう。なれども、そのような外道の術式に頼るなぞもはや興醒めよ。ならば今夜の心躍った戯曲もこれで終いよ。この我がその詰まらぬ夢から目を覚まさせてやろう」


 そして彼女は、剣を持たぬ左手を振るう。

そこから溢れるは、まさに世界を焦がす灼熱の業火であった。


「Flamma Emperor《煉獄の炎帝》」


 それはまさに一瞬。知覚できる寸前であったが、しかし確かに一瞬のみ炎が部屋全土を覆う。

その後には、調度品も内壁も焦げ一つついてはいない。

しかし、彼女の傍で刀を振るおうとした少女には確かにその灼熱の炎が襲い掛かっていた。


「っ。ぐぅ……。くっ」


 其処には呻き声を上げる少女が一人横たわる。

それはこれより適切な治療を施さなければ致命傷に至る火傷。

故にこれ以上の戦闘は完全に不可能である。


 こうして、深夜に繰り広げられた戦闘は一つの終幕を迎える。


 なれども――夜はまだ深く。朝日を迎えるにはもう暫く時間が掛かる。












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