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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第二章 『建国編』
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第二十三話 「獣人を産んだ者たちⅣ」

 ルインらとルナフリィアとの会談から一晩がたった。

彼らは、あの後に宿と呼ばれる場所に案内されたのだが、一人たりとも一睡することもしなかった。

いや――正解にいえば、眠ることをしなかったのだ。

そんな暇があるならば、与えられた知識を吟味する。自分たちに何が出来て、何をすれば良いのかを。

彼らはまさに一晩中話し合いを行っていたのだった。


「やぁ――。昨夜はよく眠れたかね?」


 昨日と同じ執務室。そこで、ルナフィリアとルインは再度顔を合わせる。

そして、ルインはルナフィリアの問いに苦笑を伴って答える。


「まさか。あれほどの情報を与えられたのです。昨夜はそれどこでは無かったですよ」

「くく。それはそれは。仕事熱心の配下を得られて私も誇らしいことだ」


 ルナフィリアはルインの答えを聞き楽し気に笑う。

だがルインは僅か一日の付き合いであるが、ルナフィリアという王について分かってきたことがある。

今こそ、こうして優しさすら伴って彼女は笑っているけれど、彼女は決して配下に優しいだけの王ではないのだから。

むしろその本質は苛烈に熾烈。ならば彼女の配下になろうという覚悟をもったのならば、そんな王が求める水準にまで自らを高めなければならない。

少なくとも莫大な知識を得たという事実だけで満足して良いはずはないのだから。


「それでルインよ。汝らは今後どう動くべきであると考えた?」


 ルインはやはり来たかと内心思う。ならぜなら、ルナフィリアのそれは教師が生徒に問うような表情であるから。


「……その前に一つだけお聞きした事があります。先ほどこちらへ来る前にグラン殿に確認致しましたところ、彼らが纏っている防具から衣服。またこちらの屋敷に飾られておりました美術品をルナフィリア様が御造りになったというのは本当でしょうか?」


 ちなみにシルエスト陛下という呼び方であったルインであったが、配下となったときにルナフィリアの名で呼ぶことを許されていた。

本来であれば目下の者が名で呼ぶこと自体がおかしな話であったが、王であるルナフィリア自身がそれを望むのならば配下はそれに従うのみでる。

まぁ配下の者達も敬愛あるルナフィリアをその名で呼べる事に内心は喜んでいるので問題はとりあえず無いのかもしれないけれど。


「然り。生物は不可能であるが、それ以外ならばかなりの精度で造り上げられるぞ」

 ――まぁ、銀晶具は未だ不可能であるがな。


 最後に付け足すような言葉があったとしても、それ自体とてつもない非常識な言葉である。

はっきり言ってルナフィリアが一人居れば、それだけで世界が塗り替えられてします。

それほどの存在が、それでも悪戯を仕掛ける少女のような笑みを浮かべながらルインを見つめ続けてくる。

ならば、どれほど内心で驚きを覚えていようとも答えるの配下としての矜持であろう。


「ならば最も簡単に外部で財を成す方法は、ガーランド共和国を中心に商家を興すことでしょう。あそこは16の州が集まった連邦国家です。その性質上他国よりも商業にも寛容的であり、力も入れておりますれば。其処にルナフィリア様のお力を使えば我らが与えられた知識すら必要とせず、文字通りに瞬く間に巨万の富を得られましょう」


 ルナフィリアはその提言を聞き――腕を組み首を傾げる。

麗しき少女である彼女がそのような恰好をすれば、本来であれば愛らしさのみが表現されるはずである。

しかし、現実にはルインへの圧迫感が三割増しで増えるという結果が待っていた。


「ルインよ。それは本気で言っているのか?」


 思わずルインは顔が強張りそうになる。しかし、彼も仮にも修羅場を経験してきたことのある男である。

ならば、何とかポーカーフェイスを崩さずにルナフィリアの言葉を受ける。


「安全に且つ至急に財を得るという目的ならば、決して悪手ではないかと」

「……ふむ。まあ与えらた情報がそれだけではそうなるか。ならばこちらに目を通してみよ」


 そうして一つの資料をルインへとルナフィリアは渡す。

そして、そこに書かれている内容に目を通した彼は――遂にそのポーカーフェイスを崩す。


「――っ。まさかこれほどとは……」


 そこに記されていたこととは、エルフィール王国における人口推移。食料自給率。産業力。雇用状況。教育体制。そして、それらの今後の推移予測であった。


 はっきり言ってしまえば右肩上がりどころではない。元々が極端に低いかった事も加味しようともこの国が今後どれほどまでに飛躍するか。それらがそこには描かれたいた。

ルインはエルフィール王国をさらなる成長を促す為に外部物資を欲していると予測した。故にルインは与えれた知識を活用するよりもさらに、例え多少の疑惑を集める事になろうとも迅速に財を集められる方法を選んだのだ。

だが此処に記された数字を信用するならば、外部の力すら全く必要とせずともこの国は幾らでも成長できるだろう。それだけの力が此処にはある。

ならば――。


「――ルイン。別に我は我の力が外部に漏れる事を危惧しているのではないぞ。別に我が物質生成を扱える事自体は漏れようも問題ない。だがルインよ。主の考えは十年先を見ておる。確かに我の力を使えば、それのみで外部に巨万の富を造れよう。だが――そこから先が続かぬ。我が求めるのはエルフィール王国そのものの発展よ。ならばルイン。百年先を見よ。百年先において此処は他国の端れにある辺境に非ず。此処はあらゆる物流の中心とする。ならばルイン。我が商業担当の長よ。我が国は――これよりどうすればよいと考える?」


 先ほどよりも遥かに深い笑みを浮かべ身を乗り出すように問いかける。

ルインは――目をつぶり深く深く一度だけ息を吐き出した後に、目を開きルナフィリアと正面から目を合わせる。

紅い瞳に吸い込まれそうになりながらも、ルインははっきりと口を開く。


「――その前にルナフィリア様。もう一つだけお聞きしたいことがあります。我が国はギネヴィア帝国と争いになった場合――勝てますか?」


 その瞬間に空気が変わる。それまであった何処かしら悪戯めいた表情でルナフィリアの顔に獰猛なまでの笑みが浮かぶ。

口の端からは白き牙が覗く。其処にいるのはまさに狼。圧倒的強者の立場から獲物を喰らいつくそうとする狼の王が其処に居た。


「――勝てる」


 たった一言。なれどもそこに込められた感情は百の言葉を超えよう。

それこそまさに咆哮。狼が食らいつく前に上げる咆哮のように聞こえたからこそ。

ならばその言葉を疑うなど、ただの人間に過ぎぬルインにどうして出来よう。

世界最大の覇権国家ギネヴィア帝国。まさに世界を支配しようとする強大国家。

彼らは未だ知らないだろう。その首元に狼の牙が迫っているということに。


「……ならば。ならば我らはまずセルトロン神聖王国に対して手を伸ばすべきでしょう」


 その圧倒的な覇気の溢れる部屋で、ルインはなれども震えそうになる声を強引に抑え込みそう告げる。

そして、その言葉を聞いた瞬間に先ほどまで振りまいていた覇気を一気に抑えルナフィリアは、再度先ほどまで浮かべていたような楽し気な笑みを浮かべる。


「――ほう。その心は?」

「ルナフィリア様が御望みになるのは、まさに外部との貿易体制の構築なのでしょう。しかし、真っ当この国ある産業から生み出された物資を外部の商家と取引を行わせ、それを継続しようとするならば現状においては三国ともが必ず妨害を企てるでしょう。またそれは我らが外部に商家を造り、その商家を通し我が口と取引を行おうとしても同じことでしょう」

「ふふ。なるほど。まさにその通り。ならばどうする?」


 ルナフィリアはこれまでの会話の中で最も機嫌よく尋ねる。

それはルインが話した内容もそうであるのだが、何よりもルインがエルフィールを我が国と言ったことを気に入ったというこもあったのだった。

だが、勿論そのような事はルインは分からぬが自らの主が機嫌が良いならばそれに越したことはない。

そのまま一気に自らの考えを述べる。


「故にセルトロン神聖王国なのです。あの国が現状抱えている一番の問題はギネヴィア帝国との戦争。そして、これまではあの国は火の精霊イグニアの加護の元にギネヴィア帝国と対抗して居たようですが、此処数年はその加護が薄れたようでして、ギネヴィア帝国に押されております。既に国境沿いの三つの砦が落とされたので大分に余裕もなくなってきていましょう。だからこそ――」

「――我が国が手を伸ばす余地があると言う事か」


 ルインの言葉をルナフィリアが引き継いだ。

火の精霊イグニア。それは水の精霊と並んでこの国で確認されている三体の精霊の一人である。

ちなみにもう一体の風の精霊は六百年ほど前に姿を現してからは、一度として人目には触れていないのだった。


「はい。その為にまずは我らが先行してセルトロン神聖王国で我が国との窓口となりうる商家を立ち上げましょう。盛大に壮大に。人と物資を回す場所と成り得るほどのものを」


 それはルナフィリアの気勢が移ったのか。まさに白き王の配下に相応しき笑みを浮かべルインは述べる。


「くふふふ。よい。よいぞルイン。ならばまずはセルトロンに渡れ。初期資金に必要な分はこちらで用意しよう。ならば後は主の力を存分に発揮せよ。我が与えた知識を用いセルトロンの端までも届く商家を造れ。王国政府すら無視できぬほどのな。そして、まずは商家を通し我が国との貿易を果たせ。そこに奴らが手を出そうとしてくるならば――その時こそが我が出るべきときであろう」


 そうして、何処までも上機嫌に笑うルナフィリアに向けてルインは深く一礼をもって応える。


「――は。我らが想いは全てルナフィリア様と共にありますれば、必ずその任果たしてみせましょう」

「うむ。我の想いも主らと共にあろう。――故にまずはルイン。主に一つ褒美……というか伝えるべきこがある」

「……私にですか?」


 何の事か分からずに下げていた頭を上げて、ルインは疑問顔になる。

彼らには心当たりがなかったのだ。


「昨夜に主が言っていたであろう。黒髪の兎族の娘を探していると」

「え……あ……えぇ」


 まさかその話が出てくるとは思わずルインは思わず言葉が上擦る。

確かに彼は昨夜に伝えていた。だが、それは本当に簡単なもので何か望む事ははあるかと問われた時に黒髪の兎族である娘を探していると伝えたのみであった。


 ちなみに黒髪というのはこの世界では珍しい。嘗ては黒髪が多くいる国もあったのだが、それ以外の国ではほとんどが茶や金といった髪が普通だ。

また兎族もそれなりに珍しい種族でもある。

ならば黒髪で且つ兎族となると、それだけで白狼族ほどではないにしろかなり珍しい存在となる。


「ちなみに――その娘の名はシェナではないか?」

「っ!! は……はい!! 確かにシャナと名付けました。ですが何故それを!?」


 彼自身がもう娘は生きていないだろうという諦め掛けてしまっていたが為に。

ルナフィリアに問われた時も名前までは教えてなかったのだ。

故に、ここで娘の名がまさに出てきたことにこの国に訪れてから最大の驚愕が彼を襲ったのだった。


「くふふふ。我はこの世界の神は嫌いではあるが、偶には運命にも感謝すべきであろうな。その娘な――現在我が国におるぞ」

「な――っ!!!!」


 ルナフィリアの言葉を聞きながら、どこかでそれを期待していながらも実際にそう告げられて彼の頭は真っ白になった。

彼はこれまで幾度なく探し続けてきたのだ。当然ながらそれはこの国もそうである。

勿論この国に対して支援を初めてから新しくこの村に訪れた者全てを把握していた分けではないが、それでも数ヵ月に一度は此処が嘗て村であった時から訪れていたのだ。


「な、何故……! わ……私は!」


 声が上擦りはっきりとした言葉になっていなかったが、ルナフィリアはルインが何を聞きたいのか正確に把握し答えてやる。


「その娘――シェナがこの国に訪れたのはまさに最近になってからのようだな。それまでは紛争に巻き込まれた結果として、帝国で戦奴になっておったようだな。しかも表部隊ではなく――暗部。その中でも特に表には決して出てこぬようなところにおったそうだ。故に汝の捜索の手にも掛からなかったのであろう。しかし、シェナは獣人が住まう場所がある事を知り暗部を命からがら抜け出し此処まで辿り着いたらしい。だがその時の怪我が原因で病にも侵され、これまで村端れにあった治療場所から出てくる事も叶わなかったようでな。周りも一切余裕の無い時期でもあったが為に、主にも気が付けなかったのだろう」

「そ、それで今あの子は!?」

「くふふ。安心せい。今は傷も癒し病も癒えようとしている。今は完治とまではいかぬとも随分と健康な姿をしておるよ。それで先ほど此処に来る前に寄って伝えてきたのよ。ルイン・ロクシェントが此処に居るとな。そうしたら――父さんに会いたいと。そう言っておったよ」

「あ……あああぁぁぁぁ。あ、ありが……。ありがとうござ……本当にあ……あぁあぁぁぁ」


 もはや完全に号泣してしまいルインは言葉が出てこなかった。

諦めてしまっていた娘に会える。その嬉しさに。それを実現してくれたルナフィリアに対する溢れるほどの感謝。あらゆる感情が入り乱れ、もはやまともに話すことすら出来なくなってしまったのだった。


「というわけでルイン。真面目な話は此処までとして後は父親としての役割と果たしてくるとよい。外に案内役も置いておるので直ぐに向かえにいけよう」

「あ……は……はい!! あの……本当にありがとうございます!! そ……それでは行ってきます!」


 本来であればしっかりと礼を持って挨拶を行えるルインが、軽く礼だけして慌てて部屋から駆け出していく。

そんな彼の姿をルナフィリアは優し気な表情をしながら見送ったのだった。





 ルイン・ロクシェント。後にエルフィール王国における商業担当長にして世界最大の商家を興した男として歴史に刻まれる男。

これは、そんな男がエルフィール王国皇帝ルナフィリア・シルエストに対して絶対の忠誠を誓った日でもあった。




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