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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第一章 『邂逅編』
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第二話 「少女は此処に生きている」

暗い暗い森の中に真っ白な少女が一人佇む。

魔と呼べる存在に汚染されたこの森は、あらゆる魔の瘴気によって黒く澱んでいるのだけれど。

しかし、そんな中においてなお悠然としている少女の名は――ルナフィリア。

世界を渡り、本来あるべき姿に戻ったはずの彼女に待っていたものは瘴気で汚染された暗い森と幼いとも呼べる少女の躰。

本来であれば絶望すら覚える、そんな状況でありながらに――。


「やれやれ……。神秘も原理も辿って至った先がこれとは、呆れを通り越して思わず笑みが漏れるわ」


しかしそれでもなお――ルナフィリアは笑う。

それも失笑などというものではなく、むしろ見る者に思わず畏怖すら与えそうになる微笑み。


黒い霧はなおもあちこちにたちこめて、先ほどまであった僅かな隙間から覗き見ることすらできた月すらも消え去って。

天まで届くような木々が黒々と世界を覆う中で。

姿こそ見えねども遠くから聞こえるのは今まで聞いたこともないような唸り声が響き渡り。

草草が揺れる音。草木の合間を何ものが這うような、引き摺るような音のするその中心において――。



なお少女は――呵う。



そこにはあるのは愛らしい少女が見せるようなものではもはや無く。

あるいは心の底からこの世界を楽しもうするような少年のような顔であり。

あるいはこのような状況ですら如何様にもしてみせるという自負にあふれた強者のような顔である。


「まぁ……良い。今なら姿かたち程度で何か言うことこそ無粋よ。ふふ。生まれ落ちた場所もまたこれはこれで面白い。さぁ――。世界を存分に楽しもうぞ」


それは――あらゆる者の頂点に君臨してみせようという王の風格すらも見せる極上の笑み。

存分に。心の底から世界を楽しもうとする覇者の姿。

嘗ての世界では決して見せることの無かった覇気。

それをこの世界において、ルナフィリアという姿になることで、もはや隠すことなく存分に振り撒く。


そして、そんな少女に魅かれるかのように――。

それまで姿を見せてこなかった魑魅魍魎達が――。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!」


天へと届くほどの咆哮を上げながら、その姿を現せる。

現れた者たちは、嘗ての世界ならばミノタウロスとも呼べるような存在。

この世界ならば、牛鬼ピコール・デーモンとも呼ばれる魔物。

身の丈五メートルを超える長身に、鍛え上げられたかのような厚い筋肉に覆われた躰。

そして頭には、目を血走らせ、涎を垂らしながら、獲物を狙う牛の顔。

普通の人間であらば、一体見かけただけでも死を覚悟するような存在が――その数十体。

二桁を超える化け物が、ルナを中心に表れたのだった。


「ふふ。くふふふふ――。万物の根源。あらゆるモノに力を与える銀水晶の汚染によって、瘴気に覆われた存在が居るということは知っていたが、なるほどこれは想像以上の化け物だな」


しかし、そんな暴虐の主達に囲まれてなお――少女は楽しそうに笑う。

なぜならルナフィリアは本当に楽しいと心の底から思っているから。

死の予感。暴力の限りを尽くして侵させる寸前に居る自分。

抵抗しなければ、一瞬の後には襤褸雑巾の如く嗜虐されるだろう。

そして、そんな危機的状況にあって自分はたった一人である。

幼い少女の肉体にが居るのは、あらゆる生物すらも魔に汚染されるかのように瘴気が漂う暗い森の中。


そんな状況であるからこそ――。


「存分に。自由に。心ゆくまで。想いの限り。生きねばならぬというものよ」


生きる。そう――生きるである。

僅かな瑕疵が死に繋がるからこそ。僅かな緩みも無く生きる為に全力を尽くす必要がある。

ルナフィリアにとっては、それこそが生きるということである。

嘗ての世界では自分の力は、余りに強大過ぎた。

生きる為にはそれらを封印する必要すらあったのだから。


されど、この世界では違う。

生きる為に全力であらねばならぬ。僅かな余分も無く、生きる為にその全てを費やすのである。

そして、だからこそ面白いのである。だからこそ生きるのである。

生とは――全力で挑むからこそ意味があると、そう思ったからこそ。

ルナフィリアは、今此処に居るのだから。


「さぁ――魔族ども。全力で掛かって来い。僅かな慈悲も。一片たりとも油断も無くその命の限りを尽くしてこの私を殺しに来るとよい」


そんな少女の挑発に――。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!」


その意味を正確に理解したかのように、世界を揺るがすほどの咆哮を上げながらに四方から襲いかかる。

それはまさに暴力の化身。

純粋な力ならば、牛鬼は魔族の中においても最高峰にすら位置すると言われている。

その力はまさに至高のそれ。

ただ純粋な力のみで、城すらも破壊すると言われ恐れられている魔族の一撃。

それらが纏まり十体の暴虐が彼らの四分の一ほどの身長の少女に襲いかかる。


しかし、そんな魔族の中心においてなお。

ルナフィリアは変わらず。悠然と佇みながらに――この世界で初めて紡ぐ一つの詞を詠う。


「Tu enim fit pectore《其は汝が為の道標であり》,Rituali igneae arcessit illa《誘うは焦熱への儀式なり》」


それはまさに詩である。聞く者を魅了する鈴の音の声から紡がれる一つの詩。

されども、それこそが銀水晶と呼べれる万物の根源から力を注ぐ為の詠唱。

その瞬間に、世界は変わる。変容する。

未だ何一つ顕在化していないにも関わらず。

それでもなお――世界が揺らめく。

この後に待っているだろう、その瞬間をこの世界こそが待ち侘びているかのように。


「Flamma petere concubitumque Emperor《求めるは炎帝の抱擁》,Ducens ad facere hic nuntius purgatorii《此処に至るは煉獄の使者と為す》」


紡がれた詞は都度四節。

そして魔族の一撃がその身に迫るその瞬間に――。

少女の詩は完成する。


「Flamma Emperor《煉獄の炎帝》」


その最後の一説が紡がれたその瞬間に――。

世界が炎で包まれる。


「■■■■■■■■■■■――!!!」


それまで上げていた獲物に対する咆哮から、自身の命こそが危機に瀕していることを直感する魔族の悲鳴へと変わる。

まさにそれは炎の帝。

十体の魔族をも軽々と覆うほどの灼熱の煉獄が少女を中心に踊る。

一切の慈悲も容赦も無く、それら炎は瞬くまに魔族の全身を焦がす。


「ふふ。あはははは。あはははははは!! だから言ったであろう命を懸けてこの私を殺しに来いと」


笑う。哂う。嗤う。

灼熱の煉獄の中心においてなおルナフィリアは心の底から楽しそうに声をあげる。

炎に焦がされ地を這いずり回りながら悲鳴を上げ続ける魔族の中において、それでもなお彼女は悠然とする。


「あぁ――まさにこれこそが生よ。私は確かに此処に生きているぞ。ルナフィリア・シルエストという存在がこの世界に生きているということをその身でとくと感じるがよい」


別にルナフィリアは嗜虐を尽くすことに生を見出した訳ではなく。

ただ死の隣りあわせの瞬間において、確かに生きる為に懸命になれるからこそ。

たまらぬほどに自分が生きているのだと実感できるからこそ。

心の底から楽しそうに笑うのだった。

そして、それを実感させてくれた魔族たちに最大の感謝を感じながらに――。


「Clioreas et Clouet《舞い踊れ》」


最後の一押しを行う。

その瞬間に、彼女によって造りだされた炎は――炎の帝は、彼女に命じられるままに踊り狂う。

そして、天に昇るまでに最後の瞬間まで燃やし尽くしたその後には――。

ただ黒く燃え上がった十体の魔族の死体のみが残っていたのだった。




目指せ毎日更新。

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