表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第二章 『建国編』
18/27

第十八話 「水都」

「というわけでアナヒタ。早速だがこの都市に水流を造るぞ」

「――水流?」


 アナヒタとルナフィリア。

二人は幾人かの獣人らを連れて都市――というより未だ村から街へと発展を遂げようとしているエルフィール王国首都となるべき場所の端に来ている。


「そう水流だ。つまるところこの街の至るところに水を通す。アナヒタならばこの都市全てを補えるほどの水を造れよう?」

「そのくらいは簡単よ。望むのならばこの土地を大湖の底に沈めることすらできるわよ」

「それは結構。ならば我は此処を世界一の水都としようぞ。上下水道を完備させ田畑に水を送り、景観にも水流を用いよう。アナヒタよ。其方が造る水はただそれをもって美しいが、人の英知がそれをさらなる高みへと至らせる姿を見せてやろう」

「――ふふ。王様が望むならば妾はどんな水でも造ってみせるけれど……貴方は妾の水にどのような姿を望むのかしら?」

「……ふむ。ならばまずは我が設計を造り……あぁいや待て。記憶の同調が出来るならばその逆もいけるか……?」


 ルナフィリアは僅かに考えるようなそぶりを見せたのちにアナヒタへと振り返る。

そして、彼女は一つの命令を告げる。


「……何かしら?」

「くふふ。一つ面白いことを思いついたのでな。アナヒタよ少しこちらへ屈め」


 ルナフィリアは小柄である。年齢でいれば十歳を少し超えた程度と同等といった姿をしている。

それに対してアナヒタは成人女性よりも高い身長を持っている。

故に互いに女性ながらそこにはそれなりの身長差があったけれど、アナヒタはルナフィリアの命令に疑問を抱きながらも言われるままに少女へ向けて屈んだ。

そして、ルナフィリアと同じ高さまで顔を近づけたその瞬間に――。


「――っ!?!?」

「――ん」


 唐突にルナフィリアがアナヒタへ向けて――口付けをしたのだった。

まさに突然の出来事にアナヒタの思考は一瞬でスパークする。

そもそもアナヒタは精霊であるが故に今まで肉体的な接触など経験したことすらなかったのだ。

けれども、今されいる事が何を意味するかぐらいはアナヒタとて理解できる。

できるからこそ――混乱の極致に追い込まれるのだけれども。

そんなアナヒタを抑えつけルナフィリアは口付けを続けたのだった。


 そしてそんな二人を呆然と見守る他の獣人族たち。

彼らは近衛騎士隊のメンバーではなく、この度ルナフィリアの命令で集められた嘗て土木建築に従事した者たちであった。

造らせたいものがある。そうルナフィリアに言われ此処まで付いてきたのだが――まさかの展開に呆然とただ見守る。

なぜなら目の前で口付けを行っている二人は、どちらとも彼らかすれば天上の者たちなのだ。

一人はこれまでの地獄のような日々から解放してくれ、これからさらなる未来を造ると約束してくれた敬愛すべき白狼帝。

太陽に白い髪を輝かせ、完成された彫刻のような美しさをもつ美貌。そこに幼さからの愛らしさと王として覇気を同期させまさに見るものをただ魅了する姿をもっている。


そして、もう一人はまさに天上の存在である水の精霊。彼らからすればまさに神と同等の存在であるその精霊がつい先日に唐突にルナフィリアの配下だと言われこの国に現れたのだ。

その姿もまた完成された女神像のような美しさを持っている。群青色の髪をはためかせ、一国の王妃であるかのような優雅さを持つその美しさこそまさに水の精霊といって申し分なき姿であった。


 そのような二人に連れらただけで、彼らは興奮やら畏怖やらといった感情が最限なく渦巻いていたというのに、まさかの唐突な口付けである。

もはや見惚れる――などという言葉を通り過ぎて現実感の無い姿のように彼らの目に映っていたのだった。


そうして、多くの者たちを混乱の極致に追い込んだ口付けは一分と経った頃にようやくルナフィリアが口を離したことで終わったのだった。

その時点で後ろに控えていた獣人たちは魂が抜けたような呆然とした姿を晒していた。

天上の美女と美少女の口付け。彼らはその光景を生涯決して忘れぬだろう。


 そして、その口付けを唐突にされた方の精霊と言えば――。


「――はぁはぁ。な……なに!? なに!? え……ちょ! な!?」


 息も絶え絶えながらに、未だ混乱の極致を彷徨っていた。

ルナフィリアという少女がとんでもない事を唐突にすることはよく知っていたつもりだ。

何せこの水の精霊という存在にその聖域とも呼べる場所で喧嘩を売る売る存在なのだ。

いや――それ以上に、神にすら喧嘩を躊躇なく売ることができるのがルナフィリアなのだ。

故に、もはや彼女がどのようなとんでも無い事をしようともアナヒタはついていくつもりであった。

だが、彼女の唐突な行動はアナヒタの斜め上をぶっ飛んでいたのだ。

まさか、精霊たる存在にいきなり口付けをしようなど一体誰が予測できようか。


そのように混乱状態にアナヒタをおいやった張本人たるルナフィリアはそんなアナヒタを楽し気に見つめているのだった。


「くふふ。まさか口付け一つでそこまで混乱するとはな。思ったより乙女か?」

「な!? そんな問題ではないでしょ!? というよりそもそも――貴方が唐突に! あぁ……いえそうではなくて!! だから――その!! もう!!」


 色々言いたい事があるのだが、上手く言葉がでてこないという様子であった。

そのようなアナヒタの姿が凄く可愛らくしみえ、ルナフィリアは笑みを浮かべる。


 ルナフィリアはもそもそもまさかここまでアナヒタが混乱するとは思っていなかったのだ。

自分は小さな少女である。それがルナフィリアが自分の体に持つ感情である。

元が男であったのだけれど、この世界に生まれ落ちた時にこの体に変わった。

正確に言えば本来あるべき姿に戻ったというべきなのかもしれないけれど。

とにかく、男の体から少女の肉体へと変わったという事実をルナフィリアは確かに受け止め居た。


 が――結局それは客観的な事実として認めたということに過ぎない。

故に根本的な思考は男のままなのである。

だからこう思ったのだ。

このような少女が同性に口付けをしようともそれは少女がじゃれつくようなものに過ぎないのではないかと、男の感性から思ったに過ぎなかった。

だから、そこにはこの肉体が持つ美しさだとか、女性と女性が口付けをする意味だとかそういったことが全て欠落していたのだけれど。


 故に口付けが必要であったからしたに過ぎないけれど、まさかここまで混乱するとは思っていなかったのだった。

まぁこれはこれでアナヒタが可愛いから良いかと思ったが、けれどこれ以上話が出来ないのも困るので笑みを苦笑に変えながらアナヒタを宥め始めた。


「許せアナヒタ。まさかそこまで其方が混乱するとは思っていなかった。我とて必要であったから口付けをしたに過ぎない故に今は早々にソレは忘れて、我の話を聞いてくれ」


 その言葉を聞きアナヒタはもう一度大声を上げそうになったが、けれどそれを何とか抑え込むように――一度だけ大きく息を吐いたのだった。


「――――はぁ。本当にもう……貴方は……。あぁ……もう。色々言いたいことはあるけれど今は良いわよ。それで、結局貴方は何がしたかったのかしら?」

「ふむ。ならば逆に問うぞ。其方に我が銀水晶を流し込んだはずだが、何か変化は見られんか?」

「貴方の銀水晶を流し込んだですって!? ……なんて無茶を。あぁ……だから口付けを。全くそこまで貴方は何を…………っ!!」


 正確には銀水晶を流し込んでのではないけれど。

結果として似たような事になる。

そして、それがなにをもたらすかと言えば――。


「そう……。これが……貴方が目指すべき場所というわけね」


 記憶の流入。与えたい情報をそのままの形に相手に譲歩する。

故にアナヒタには幾重もの情報が映像となって流れ込んできたのだった。

それは――。


 上下水道を造るうえで必要な技術であり、地下に地上に水を流しまさに無限水流を造る。

まさにそれは水の都。街のあらゆる場所に水は流れ、美しき景観を保つ。

広場には美しき噴水まであり、それを造るうえで必要な設計図まで流れ込んできた。

それこそがルナフィリアが持ちうる嘗て居た世界において確立されたあらゆる知識をこの世界でも行使できるようにアレンジしたうえで譲渡した結果であった。


 そして、それが上手くいった事をアナヒタの表情をみて確信したルナフィリアは満足気に頷いたうえで、次に後ろに控える未だ呆然とした表情を浮かべている獣人達へと振り返る。

慌てたのは獣人たちだ。未だ混乱しているというのに、そんな彼らをルナは楽し気に見つめているのだから。


「というわけで貴様達。今より我が記憶を流し込む故に其処に並べ」

「…………え。……えっ!!」


 そう呟いたのは一人に非ず。そこに居た全ての者たちがそのような声を上げる。

彼らは混乱した頭でルナフィリアが言った言葉を何とか理解する。理解したからこそのその驚愕なのだ。

記憶を流し込むというのがどういうことなのか詳しいことなど分からないけれど。

しかし、結局のところそれは――今しがたルナフィリアがアナヒタへ向けて行った事なのだから。

つまり、つまり――もしや自分たちはそのアナヒタに行われたことをされるのだろうかという考えに至ったのだ。


 そこに幻想的なまでの美少女に口付けをされるかもしれないという事に対する喜び……など僅かたりともありはしない。

あるのはただただ、そこな事を敬愛して止まない主君にされることに対する畏れ多さのみであった。

もしもルナフィリアに口付けなんてされたら想像するだけで心臓が止まりそうになる。

否――もし実現したら心臓が止まる。

そう思うからこそ彼らは多いに慌てたのだ。


 そんな彼らをルナフィリアは見つめて、何故慌てるのだろうと一瞬だけ考えたが、すぐにその答えに辿り着くと笑い声をあげながら混乱する彼らに声をかける。


「フハハハハ。別にあれはアナヒタが精霊であったが故に特別処理に過ぎんよ。貴様達にはもっと簡易的にやる故に安心せい。というわけでさっさと並べ」


 そう主君であるルナフィリアに命じられ、彼らは未だ混乱した頭ながらに言われるがままに彼女の前に並んだ。

そして、そんな彼ら一人一人の額に右手を翳しそして、僅かにその手を光らせたかと思えば――その瞬間に彼らにはアナヒタが見た知識、光景と同じものが流れ込んできたのだった。

始めはその情報に慌てたけれど、しかし彼らは曲がりなりにも土木建築を経験した者たちが集められたのだ。故に彼らは流れ込んできた様々な光景。この国の未来の姿。そこに辿り着く為の設計図。

此処に集められた獣人たちは何もギネヴィア帝国の者たちだけではない。

セルトロン神聖王国やガーランド共和国から此処に辿り着いた者たちも居る。

そんな彼ら全てが同じ思いに至る。


 この自分たちの頭に映し出された国家は――そうしたあらゆる国家都市よりも遥かに完成された都市であるということを。

美しき迄に洗礼された都市機能に加え、芸術的なまでの景観。

そして、其処に辿り着く為の道標まで与えられたのだ。

それは未知にも等しい圧倒的な情報。

けれども、彼らはそれら全てを持ちうる限りの知識を総動員して反芻する。

それが、実現可能な技術であるのかどうかを。


 そして、そこまで考えたところで遂に彼らは今日、主君である白狼帝が此処に自分たちを連れてきた意味を真の意味で理解した。

これを造れと。水の精霊と共に此処にこの美しき国家を自分たちの手で造り上げてみせろとそう言っているのだと。

そう考えたその瞬間に――彼ら全てがどうしようもないほどに自分たちが興奮しているのに気が付く。


 あぁ――そうだ。

これで、どうして心躍らずに居られるだろうか。

この国を。この美しき都市を。それを自分たちがその中心となって自分たちの手で造り上げるのだ。

それは途方もないほどに壮大で。だけど辿り着くべき場所とその為の道標は既に与えられたのだ。

ならばやろう。やってみせよう。この美しく壮大で幻想的な自分たちの誇り足りうる主君に相応しき都市を自分たちこそが造ってみせよう。

そう彼ら全てが想いを共にする。そんな彼らをルナは楽し気にに見つめながら言葉を紡ぐ。


「みな見えたか。これが我らがまず目指すべき場所。これとて理想から言えばまだまだ足りぬものが多くあるが、まずは此れを目指す。そしてそれを達成したならばさらなる高みへと至る。分かったか? 分かったのならば気張れよ。貴様たちこそがこの国造りのまずは中心となって貰うのだからな。ならばこれより都市造りを始めるとするか!」

「「「――は!!!」」」


 獣人たちの大きな大きな掛け声が辺りに響く。

こうして、ルナフィリア達による都市造りが本格的に始まったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ