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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第二章 『建国編』
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第十話 「全ては此処から始まった」

 それからどれだけの時間が経っただろうか。

獣人達はただひたすらに焼かれる肉を貪り喰った。

常に食料不足に悩まされ、最近に至っては今日明日を生きる食事すらもままならぬほどであったから。

故に目の前に喰い切れぬほどの肉が焼かれてどうして我慢ができようか。

しかもそれは魔物の肉であるにも関わらず、それでもどうしよもないほどに住人達にとって美味であった。

自分たちが空腹であるということを抜きにしても、今までに食べたことがないほどの美味しさを感じる食事に彼らは没頭した。


 そして、文字通りに食べられる限界まで食べ尽くしたところで……ようやく止る。

食べ始める前は未だ太陽が昇ってすぐぐらいであったはずだが、今は正午になろうかといったところだろう。

まあ瘴気に覆われるこの場所では、日の光りはほとんど入って来ない為に僅かな暗雲から漏れ出る光りとも呼べないような木漏れ日。蝋燭の光が造るような影を頼りに彼らは時間を理解している。


 とにかくそれだけの時間が経って、初めて彼らは一息をついたのだ。

そして、その時になって改めて彼らは思い至った。

自分たちにこれだけの食事を与えたあの少女は何者であるのかと。


 広場に造り上げた焚火。

そして、自分たちが食事をするために造った様々な道具。

さらに魔物の肉すらも食べられるようにしたその事実。


 そんな少女が一体何ものであるのかという疑問。

それらを抱きながら、彼らは改めて自分達にこの食事を与えた者が入る方へ視線を向ける。

初めは一人。そしてもう一人を続くその視線。だが気が付けば食事を終えた全ての人間がそちらを向く。

広場の先。グランなどこの集落を率いていた者が彼ら全員に通達事項などを伝える為に造った簡易的な櫓とも呼べるような場所。

そこに獣人達が見つめる少女が腰かけている。


 白狼族。この世界で最も美しいと呼ばれる種族。故に滅んだと伝えられるはずの少女。

白い髪。白い耳。白い尻尾。白い肌。

純白。可憐。純情。これらの言葉が誰よりも似合う存在。

それはまるで聖域に住まう乙女のようで。


 なれでも、決して彼女が穢れの無い場所でただ囲まれ愛されるだけの少女では無いことを見る者全てが理解する。

純白の中にただ一つ紛れるようにある――赤く赤く光る瞳。

その瞳には決して何者にも屈折しないだけの光を宿し。

口元には不敵な笑みを浮かべ。

そして何よりも、その身に宿す覇気。武人では無くとも見る者に畏怖と敬意を自然と促すその姿。

そのような姿を見て、誰が彼女をただ愛されるだけの美しい少女だと思うだろう。


 故に彼ら獣人族たちは思う。

彼女は何者であるのかと――。


そんな彼らの視線を受け少女は――ルナフィリアは悠然と立ち上がる。

そして、そんな彼女が立ちゆる櫓の傍らには何時の間にか揃ったグラン達傭兵団が揃い膝を付く。

そんな彼らの姿を見て誰もがゴクリと唾を吞みこむ。


「どうやら食事は存分に楽しんで貰えたようだな。ならば、そろそろ汝らの疑問に答えてやろうか。汝らはこう思って居るであろう? 我は何者であるのか――と? ならば……我はこう答えよう。我が名はルナフィリア・シルエスト! 汝らが王である!」


 その瞬間に一陣の風が吹く。

王。王とルナナフィリアは名乗る。その姿はまさに覇王。いや――あるいはそれは真の王道を歩む真王の姿か。

だがどちらにしろ、その言葉をただの虚言と笑える者はこの場には一人足りとも居はしなかった。

誰もがただ彼女の次の言葉を固唾を飲んで見守った。


「だが汝らは思おう。我が何を言っているのだと。王など名乗ろうとも此処は国になどあらずと。此処は獣人族のただの逃避場に過ぎぬと。もはや此処こそが煉獄の果てに辿り着いた終着点であると――。汝らの目を見れば分かるとも。その目にあるのはただただ絶望に過ぎぬ。これまでの生で希望を感じたことすら無いのであろう? 生まれながらに獣人族であるというただその一点を持って差別の対象として蔑まれてきたのであろう? まともな生を送ることなど叶わずに残飯を漁り、泥水を啜り、血を流し、幾多もの同胞の屍を踏み締めながら此処に辿り着いたのであろう? 故に汝らは思うのだろう。此処こそが呪われた人生を終る場所なのだと。この暗雲に覆われた呪われた場所こそが自分たちの執着に相応しいとその絶望に曇った瞳で思っているのだろう?」


 その言葉はこの場に居る者全ての耳に届く。そして誰もがその言葉を聞いてただただ俯くのだった。

もはやその言葉に言い返す気すらも起きなかったから。

自分の体を見下ろし思う。何と自分たちは醜い存在であるのかと。

生きる為ならば何でもやってきた。獣人族という呪いのような生を受けて、今までただただ死にたくという思いだけで此処まで辿り着いたけれど。

この少女に言われずとも思う――。

此処こそが逃避場の果て。もはや地獄の底に足が着く場所なのだろうと。


 ならば――あぁ……とみな合点がいく。

さっき食べることが出来た食事こそが最後の晩餐なのだと。

終わり行く自分たちに与えらた最後の慈悲。


 そこに僅かにでも希望を見ようとした自分たちこそが馬鹿なのだと。

自分たちのような呪われた存在にそんな都合の良い話が今さらあるはずなんてないのだから。

だからこそ――もはや上を見上げることなど誰も出来ることができずに。

ただ全ての者が絶望の淵から頭を垂れる。

あるいは心が折れるかのように、足を折り地に座りこもうと――そうしようと皆が思った瞬間に。


 彼らの体を打ち抜く雷鳴の如き言葉が世界に響く。


「――否!! 否だ! 此処は汝らの逃避場にもはやあらぬ! 此処は絶望の底にあらず! 此処は汝らの終着点にあらず!! 此処こそが始まりの場所である。我と汝らで始める希望の場所! 汝らが望む明日を刻む新たな――国となろう! そして我こそが王である。ならば民よ! 我が民よ!! とくと視ろ! 我が言葉が偽りにあらずと。我が言葉が幻想にあらずということを――そのまなこを持って視るとよい!!」


 その言葉一つ一つに隔絶したほどの力が籠っているかのように世界に響く。

力ある言葉はそれ一つを持って言霊にすらも昇華する。

ならばそれを聞いた者は――ただただその言葉に導かれるように再度、その言葉が語られる先を見る。

絶望の淵に居る者も、誰一人例外なく、自分たちの先にあるただ一人の少女をその瞳で捉える。


「Tu enim fit pectore《其は汝が為の道標であり》,Ducens ad locum illum non ala ambigua fecit Obice《其処に至るは諷意なる結界にあらず》」


 彼女が一句詠えば世界が揺らめく。その内にどれほどの力を宿すのか。

まるで彼女を中心に世界が動くかのような。見る者をしてそれほどの想いを抱かせるその姿である。

故にそこに居る者たちは呼吸すらも忘れ、ただただその先に居る少女を仰ぎ見る。


「Obice solis vos tueri conatur《輝天の結界が汝らを守護しよう》,Tuam congregaveris. Ergo si ex persona quam spem aeternae tribue salutem animae《故に汝が魂の救いを賜う事を願うならば、悠久の果てよりも此方へと集うべし》」


 ルナフィリアを中心とした力の奔流はもはや決壊寸前へと至る。

それはまさに激流となって世界を暴食するほどの隔絶した力という概念の源。

僅かにでも誤れば、世界すらも喰らい尽そう。

なれどもそれを扱うは――白狼の少女ルナフィリアである。

故にその力は末端に至る僅かにまでもその全てを掌握しよう。

そして、全てを支配する王は遂に最後の一句を詠いあげる。


その瞬間に――。


「Caelestibus Obice《天照結界》」


――世界が光によって支配される。


 其処に居る者たちは誰一人として目を開けることが出来ないほどの光の奔流。

目を瞑り、ただ世界を覆う光が収まるのを彼らは待つ。

そして、どれほどの時間が経っただろうか。ようやく世界から光が薄れ、彼らの目に視力が戻ってくる。

そうして、彼らが目を開き、目に映す世界の先にあったものは――。


――――どこまでも広く広く光り輝く蒼天の空であった。


「――な、え……?」

「俺たちは……夢を見ているのか?」

「瘴気に覆われていたはずなのに……」

「青空なんて……もはや見る事すら叶わいと思って……」

「あれが……空……」

「あぁ……何て美しい青い青い空」


 その一切の瘴気が張れ、暗雲が消え去った青空を前にして呆然とする者。

ただただ数年振りに見る青空に魅了されう者。

もはや見る事は叶わぬと思って居た空に見惚れる者。

この集落で生まれた子は今まで一度も見て事の無い空に目を輝かせる者。


 様々な者たちがいたが、だがそれでも誰一人としてもはや――頭を伏せ地を見下ろす者はもはや居なかった。


「さあ汝らを覆っていた暗雲はもはや消えた! ならばもはや絶望に暮れる時間は終わった!! 背を曲げ地を見下ろすな! 胸を張り空を見上げろ! もはやあの空は汝らがものだ! あの蒼穹こそが汝らが向かう先である。その先に待ち受けるは絶望にあらず。汝らが願い、望み、希望する未来あすこそがあるのだと。この我こそがあの空に誓い汝らに告げよう。汝らがあの空を見上げ続ける限り、此処をあの空に劣らぬ輝かしい理想郷にすると!!」


 もはやルナフィリアの言葉を疑う者など一人としていなかった。

誰もかれもがもはや悠久の場所に置き忘れていた熱をその胸に思い出す。

これほどまでの光景を見て、どうして死んでいられようか。

あの青空を前にして、どうして地に見下ろしていられようか。

もやはこの胸の高まりは収まりがきかぬところまできてしまったのだから。


 そして――誰もが思う。彼女こそが我らと王であると。

その事実に心の震えはもはや限界すら超えて彼らの中を渦巻く。


「ならばもはや此処は汝らの逃避場にあらず。此処は弱者が集う場所にあらず! 絶望に暮れる者の終着点にあらず!! 此処こそが我ら造り上げる国家の中心である。それは強者に喰われる弱小国家にあらず。それは世界の果てにある貧弱国家にあらず。ならば此処こそが世界の中心であると知れ!! 我と汝らで造る強大絶後の王国であると心せよ!! 汝らは千年果てまでもある国家の始まりである!! 子に孫に――悠久の果ての子孫にまで語り継がれる国家の礎たる一員である誇りを胸にしろ!! それらを理解したのならば――汝らが胸に刻み込め!! 此処こそが我らが国――理想郷国家『エルフィール』である!!」


 その言葉を聞いた者たちはその言葉が体の中に浸透していくような錯覚を覚える。

そして、誰もが呟くのだ。


エルフィール。我らが国エルフィール。


 それは初めは小さな呟きに過ぎなかった。

だが僅か数秒もすれば、もはや限界を超えて高まっていた彼らは抑え得られ居た熱気を爆発するかのように声を上げる。


『ウワアアアアアアアア!!!!! エルフィール!!! 我らがエルフィール!!!!!』


 それは森中に響き渡るほどの歓声。

それは絶望に暮れる者の声にあらず。明日を夢見る者たちの魂からの掛け声。

彼らは自分達がこのような声を上げることがよもや思いもしていなかった。

だけど――それでもその心の震えはもはや限界を超えて彼らを突き動かしていた。


 そして――誰かがこう呟いた。


『白狼帝』


 それが誰を指す言葉であるかなど、もはや自明の理であった。

ならばもはや彼らは遠慮などする気などなかった。

自分たちの暗雲を吹き飛ばし、蒼穹を手に入れ、世界の中心たる国家を造ると謳い上げたその姿。

彼らの魂からの歓声を聞いて――なお変わらず不敵な笑みを浮かべながら彼らを見渡すその姿。

それはまさに――威風堂々。


 ならばそんな存在を謳う言葉は唯一つ。


『白狼帝!! 我らが白狼帝!!! エルフィールを率いる白狼帝!!!!!!』


 そしてそんな民達の声に白狼帝と呼ばれしルナフィリアは――右を天に掲げて応えてみせる。


 ならばもはや――その熱気は留まる事を知らず。

彼らが声はそれから何時までも――森の中へと響き渡っていったのだった。


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