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白狼帝 ~異世界建国物語~  作者: ジャオーン
第一章 『邂逅編』
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第一話 「白狼の少女は元地球人」

「ふぅ……これが私……か」


 深遠の森の奥。黒みがかった霧が立ち込める魔境。

森中に溢れるどす黒く濁った銀水晶を吸うことにより、本来よりも遥かに成長を遂げた魔獣が跋扈する魔の森「フェニクル」

そんな森の中で水辺に佇む一つの影。

水面に映るは黒い影に覆われながらも僅かに除く満月と、そして水面を覗き見る少女の姿であった。


 その姿を一言で表すならば――純白。

腰まで流れるように伸びている髪は白。

愛らしいと呼べるような顔や、未だ十にも満たぬような幼い躰に覗き見える肌の色もまた僅かな汚れ一つのない白であった。


 そして――もう一つ。

彼女には、明確に人間とは異なる部分もまた白かった。

それこそが――。


「……獣の耳としっぽ……ねぇ」


 まさにその見た目通りの鈴の鳴るような声から漏れ出た呟きの通りに、彼女の頭には獣の――正確に言うならば狼を模した耳が天に向けて生えている。

そしてその腰からは、こちらもまた汚れ一つもない純白のしっぽがある。

それらは、どちらも少女の愛らしさを増強させるには申し分の無いアクセサリーと言えよう。


 付け耳や付け尻尾などではなく、意識すれば僅かに動かせる耳に、腰を振る要領で左右にふさふさと揺れる尻尾は見間違うことなく天然ものであり、十人が十人ともにそれが何よりもその少女に似合っていると言うだろう。


 少女自身もまたその意見には賛成することは吝かでは無かった――それが自分自身のことでないのならば……ではあるが。

そもそも少女自身の認識おいては、つい先ほどまで自分はこのような出で立ちをしていなかったのである。

耳も無ければ尻尾も無い。

肌ももう少し日に焼けていた。髪も肩までしかなかったうえに黒かったのだ。


 そしてなによりも――。


「挙句の果てに……少女とはな……」


 そんな呟きが思わず少女の口から漏れる――。それは呆れかあるいは諦めか。

今までよりもなお溜息に近い声である。

しかしそれもまた通りだろう。

なぜならば、本来の()は間違うことなく男性だったのだから。




 そう、彼は間違いなく男であった。しかも耳も尻尾も無い純粋の人間であり、そもそもそのようなファンタジーあふれる生物などが存在しない世界に住まう者であったのだから。


 そんな彼が嘗ての世界で名乗っていた名は、妃宮月と呼ばれていた。

妃宮家の名は当時の世界――地球、そして彼が暮らしていた日本においてその名を知らぬ者は居ないと言っても過言ではないほどの名家であった。

辿れば平安時代すらよりも過去から続く家柄。あるいはその古さは、日本においてあの一族すらも超えるのではないかと言われるほどに。まさに名家中の名家であったのだが……そんな家柄なのではなく現代社会においてもなお妃宮家の名は世界にすら轟いていた。


 芸術・学問・武道・政治など――文字通りにあらゆる分野においてなお頂点に君臨する者を常に排出してきたのだから。


 なぜそのようなことができるのか。

それは生まれながらにして、彼らは自らが芽生えた分野において他者の追随を一切を許さないほどの才に恵まれていたから。

例えば、妃宮月の父に当たる妃宮宗重は芸術――特に絵画の分野において過去のあらゆる偉人すらも凌駕すると、あらゆる偏屈な批評家にすら言わしめるほどの芸術家であった。


 そんな宗重が五歳の時に初めて描いたという言われる絵画こそが、花天月地な世界――天に向けて花々が咲き誇り月光が地表を光り輝かせるという、まさにその言葉通りに描き切った風景画なのだから。


 もはや天才などという言葉で片付けるには不可能なまでの所業。

あるいはそれは、初めからそうだと識っていたかのように。

それはまさに――異能。

人が辿り着けぬ世界に初めから手を伸ばしているかのような一族。

それこそが妃宮家と呼ばれる一族であったのだけれど。


 そんな一族において――初めて一切の才能を持たぬ子供が生まれた。

それこそが妃宮月であった。

妃宮本家において長男として生まれた月は――文字通りに日本どころか世界からも注目を浴びる存在であった。

 

 次はどのような才能をもった子供なのだろうかと。

ある者は好奇心に溢れながらに、ある者は畏怖を感じながらに。

どのような才を発揮するのだろうと大勢の人間が注目を浴びせていたのだけれど。

月は――五を過ぎ十を迎え、十五を超えて二十に至ったその時にまで一切の才能を発露させなかった。


 もちろん彼が凡才だったなどということは無い、他の人間と比較するならば学問だろうと芸術だろうと武術であろうとも彼は一流の能力を発揮してみせた。

けれどそれは明らかに違ったのだ。

それは才能の上に発揮したそれではなく、間違いなく彼本人の努力の果てに辿り着いた場所であったから。


 もちろん妃宮家の人間とて努力はする……するが――けれど、それはそもそもの開始地点が違うのだ。

彼らはその己が得た分野においては、その始まりが他者と比較した時において一流と呼べるところから始まるのだ。

一から始めるべきところを彼らは百の地点から歩み始める。

妃宮家以外の才能ある人間が生涯を懸けて辿り着く場所から東條家の人間は、そこから飛躍する。

そして――彼らは他者が決して辿り着けぬ人外の領域に至る。

それこそが妃宮家なのだ。


 だからこそそんな妃宮家において、そのような異能を一切持たぬ妃宮月は二十歳を迎えた今日においては、あらゆる人間から侮蔑と軽蔑の目で見られれるようになっていた。

もちろん優秀な一族に生まれた人間が必ずしも優秀であるとは限らない――ということは他の人間とて理解はしている。

けれど、それでもなお妃宮家だけは別なのだという認識がどうしてもあったのだ。


 だからこそ彼は月という存在に対してあらゆる畏怖や期待を抱いていたというのに。

そんな彼らの想い――どれほど身勝手な想いであろうとも裏切った月に対して彼らの思いは容易く反転した。

畏怖は嘲笑へ。期待は侮蔑へと変換する。

彼を侮辱する言葉は至るところから聞こえてくるようになった。


「ついにあの妃宮家から凡人が生まれた」

「月からスッポンが誕生した――」


――など。それを本人に直接言うような人間すらも居たくらいなのだから。

しかし、そのような環境にあってなお東條月はそのような言葉に屈し卑屈になることもなく――むしろその真逆。まさに唯我独尊のような男に育った。


「私の力は強大過ぎるからな――。カカッ。この世界で使うにはちと無理があるのよ」


 そんな言葉を周りに聞えよがしに言うような人物であったから。

もちろんそんな言葉を呟く人間を周りはさらに反発を極めたけれど。

しかし、そんな周りとの軋轢すらも気にすることもなく妃宮家の人間として生きてきた妃宮月は、二十歳を向かるちょうどその日の晩に、彼は本家の屋敷に住まう父の部屋へと訪れた。


「父上。お話しがあります」

「――月か。このような夜更けに突然どうした?」

「私が――いえ、我ら一族が本来居るべき世界に帰ろうかと思いまして」


 それは突然の訪問であった。彼が父の元へと尋ねるのはもはや年単位で無いことであったことなのだから。

それにも拘わらず月が天に侍ろうかという時間に訪れ、しかも内容はあまりに不明。

遂に頭が可笑しくなったかと疑われてもしかたのない所業であるにも関わらずそのような息子に対して父宗重がみせた表情は――あまりに複雑なものであった。

悲しみか、あるいは諦観か。一言で表せぬ表情であったけれど、しかしそこに――戸惑いの感情はついに見せなかった。


「……ふぅ。やはりお前は気が付いていたのだな」

「当然でしょう? 私はこのような余りに異端な能力を発現させてしまたのですから」


 そう言って月は僅かに手を宗重に向けて掲げると――。


「Ambustis(発火)」


 そう呟く。言葉は余りに短い一言であったけれど、そこに現れた変化はまさに自然現象を超過したできごとであった。

まさに異常。それこそまさに異能と呼ぶべき現象を起こしながらにそれを顕現させた本人も、そしてそれを目前で見せられた父も互いに驚愕の表情など一切ありはしなかった。

月は普段と変わらぬ不敵な笑みを浮かべながらに。

宗重は諦観とも呼べる表情をしながらに。

そうして、数分もしたころに月がその炎を消すと……やっと宗重が口を開いた。


「……ふぅ。まさか現代においてそこに辿り着く者が現れるとはな。あげく……それが私の息子とは、皮肉にもほどがあるわ」


 そこに込められた想いは何であろうとも、父として受け止めるには余りに重い事実であるにも関わらず、しかし宗重はそれを深い溜息と共に受け入れる。

しかし、そんな父に対して月は――。


「ほぉ……。やはり父上は我らが一族の起源を知っておられか」


――流石は父上であるな。


 余りにも普段と変わらぬ、不敵とも飄々ともとれる態度をとるのだった。

そして、そんな息子の姿を見て宗重もついに苦笑を漏らしながらに口を開く。


「当然であろう。私はお前の父なのだからな。我が家に受け継がれてきた書物を紐解けば異能など無くとも……自然と其処に辿り着くわ」

「ふふ……。まぁ我ら一族は余りにこの世界において異端ですからな」

「そう。我らは余りに異端。この世界を起源とした者たちと比べると余りに異なるこの力の……その根源は何処かと考えれば――辿り着く答えは一つだろう」

「そう――我ら一族はこの世界とは異なる世界から至った者たち……ですね」


互いに答え合わせのように語るその言葉は……余りに荒唐無稽であるけれど、しかし互いの語り口はそれこそが真実であると固く信じられている。


「そう。今より数千年以上昔に我らの先祖はこの世界に至ったらしい。流石になぜ彼らがこの世界に来たのか、その理由までは分からなかったが……それでも嘗て彼らが居た世界の名とそしてその時の名ならば分かっている」


 宗重のその言葉に月は僅かに驚きの表情をする。


「ほぉ……。流石は父上。私は嘗ての世界の事は分かっても、その世界と嘗ての世界における名称までは分かりませんでしたよ」

「……そうか。ならば教えておこう。嘗て彼らが居た世界の名は『エルファン』。そして我ら本来の名は――『シルエスト』だ」

「……ふふ。あははは。エルファン……そしてシルエストですか。どちらも良い名ですな。ふむ……。ならば私は、これからはシルエストと名乗りましょう」


 どこか苦渋の色を見せる宗重に対して、月は心の底から楽しそうに笑うのだった。


「ふぅ……。やはりお前はその世界に行くつもりなのだな」

「えぇ。私が辿り着いた力は、まさに我ら一族が持つ力の根源ですから。その力を扱える私は、この世界では異端を通り越して変異物とも呼べる存在です。ならばその力がある本来の場所に行くべきでしょう」


そして月はそう語ったのちに、静かに一つの句を唱える。


「Argentum Crystal(銀水晶)」


 それはたった一節の詩である。

彼がそれを唱えた後に現れた変化とは、たった一つの銀色の水晶球が月の目の前に現れただけである。

しかしそれが現れた瞬間に――世界の色が変わる。

まさに力の根源。

見る者を魅了し畏怖させる銀の水晶。


 何事にも動じぬ宗重であろうとも、目の前に現れたソレに……思わず腰を上げる。

そして……震える声で月に問いかける。


「それが……」

「えぇ。これこそが銀水晶。万物の根源。森羅万象に至る全てのモノに力を分け与える源。我ら一族に現れる異能の発端。それが――コレです」


答える月の口調は淡々としたものである。それが当たり前であるかのように。

その力を扱う自分こそが普通であるかのように振る舞う。


「そうか……。それこそが我らの根源か。そうか……我らの力はそこから漏れ出たものであったのだな」

「えぇ。そして……私はその根源に至ったのです。ならば私はもはやこの世界には居られるぬでしょう。だからこそ、本来あるべき場所に還ろうかと思います」

「還る――そうか、還るか。まぁ……それも、もはや致し方なし……か」


 宗重は思う。息子の月は生まれた時から異常であったと。

異端と呼ばれる自分から見てもなお――人としての器の底が見えぬ子供であった。

だからこそ、いつかは自分の手を離れ、自分などでは決して届かぬ世界に至るのやもしれぬと思っていたが。


 まさかこんなに早くその時が来るとは思ってもみなかったが、まぁそれもまた致し方なし……か。

ならばこれまで、まともに父親役などできてこなかった自分であるが、だからこそ最後は父として見送ろうと……そう思ったのだった。


「それで……今夜行くつもりか?」

「えぇ。お許しがあれば今すぐにでも」


 その答えに思わず宗重は……苦笑が漏れ出そうになる。

常に自由奔放に生きる息子が、それでも最後に父の元へ許しを請いに来てくれたという――その事実が嬉しかった故でもあるけれど。

だからこそ――宗重は、息子に父として最後の贈り物をすることを決意する。


「そうか――。お前の人生なのだから。お前が生きたいように生きるが良い。あぁ――けれど、そうだな。お前が私の元から飛び立つというのならば、最後にお前に贈りたいものがあるのだが、受け取ってくれるか?」

「……贈り物ですか?」

「あぁ……。シルエストを名乗るのならば月という名は不釣り合いであろう。だからこそ、あちらの世界の為の名だ。ルナフィリアと。そう――ルナフィリア・シルエストと。これからはそう名乗ると良い。それこそが、我ら一族の始祖と同じ名である。向こうの世界へと至るお前にはこの名がちょうど良かろう。……こんなものしか贈れぬ父からの最後の手向けと思ってくれ」


 その言葉に月は――いえ、ルナフィリアは一瞬だけ呆けたような顔をすると、次の瞬間には破顔すると共に心のそこからの笑い声をあげる。


「ふふ。あはははは。あはははははは。ルナフィリア。ルナフィリア・シルエストですか。良き名です父上。最高の贈り物をありがとうございます」


 楽しそうに。嬉しそうに笑う息子を見て、宗重も共に笑う。

そうしてお互いに笑い合った後に――。


「では――。そろそろ向かおうかと思います」

「うむ。健勝であれ。月……ルナフィリアよ」

「えぇ。父上もご健勝であられよ」


 そうして、彼は目の前にあった銀水晶をその手で割ると――最後の句を告げる。


「Fugam(飛翔)」


 そうして銀の光に包まれた、次の瞬間に彼の姿はこの世界から消え去ったのだった。

その光の残滓を、息子が消え去った場所を、宗重は何時までも眺めながらにもう一度だけ呟いたのだった。


「健勝であれ。息子よ」




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