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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode:2「サロン・ウサピィ」
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Act03:彩髪と濁髪 Ⅱ

 先日の一件もあって、受付の対応に魔法使いのイライラは最高潮に達していた。少なくとも、この辺り一帯では名の知れた魔法使いである自分が、なぜ濁髪(クラウディ)の男にこんな扱いを受けなければならないのか。

 魔法使いとは、神によって選ばれた存在。尊い血統を連綿と受け継いできた、強者の証なのだ。

 濁髪(クラウディ)彩髪(カラード)を敬わなければならない、崇めなければならない。弱者であるはずの濁髪(クラウディ)は、強者である彩髪(カラード)にすがらなければならない運命にあるはずなのに。

 このままでは、怒りが収まらない。

 そんな時であった。

「ま、待ってくださーーーーーいっ!」

 濁髪(クラウデイ)でありながら、立派な魔法使いを目指すシディアがやって来たのは。

「なんだ、お前は?」

 魔法使いは突如現れた場違いな少女に、眉をひそめた。

 ここは魔法使い達の訪れる場所なのだ。間違っても、兵士でもない濁髪(クラウディ)の来る場所ではないはずなのである。

「えっと、初めまして。私はシディアです。職業(ジョブ)下位魔法使い(ローウィッチ)です!」

下位魔法使い(ローウィッチ)?」

 シディアの口にした職業(ジョブ)に、魔法使いは耳を疑った。

 いやいや、そんなはずない。あってはならないのだ。

 きっと聞き違いに違いない。魔法使いは今度こそ聞き違えないよう、シディアの一言一句に気を払う。

「まさか、濁髪(クラウディ)のお前が魔法使いだと、そんな事をぬかしてるんじゃないだろうな?」

「えっと、そうですけど……?」

 そして、それは聞き違いではなかった。何気ないシディアの発言は魔法使いの神経を逆撫で、ついに怒りが爆発してしまったのである。

「ふざけるな! お前のような濁髪(クラウディ)が魔法使いだと? 笑わせるな。魔法使いとはな、お前が考えているよりもずっと崇高な存在なんだよ!」

 何者よりも気高く、(とうと)く、崇拝されるべき存在。それこそが魔法使いのあるべき姿なのだ。

 そして何の力も持たない濁髪(クラウディ)は、魔法使いを(たっと)び、崇めなければならない存在でしかない。間違っても、崇拝するべき対象である魔法使いになろうだなんて、決して許されるわけがないのである。

「お前のような濁髪(クラウディ)がいるだけで、魔法使いの品位が疑われる。そんな非現実的な夢なんてさっさと捨てて、分相応になることだ」

 もしそんな思い上がりがいるとすれば、自分が正してやらねばならない。

 魔法使いは溢れ出た怒りを押し殺し、使命感に従ってシディアに言い放つ。

 現実はお前が思っているほど甘いものではない。才能がものを言う魔法使いの世界では、お前はただの能無しでしかないのだと。

「……やです」

「んん? 何か言ったか?」

 俯いたまま押し黙っていたシディアだったが、その可愛らしい唇がぼそりと動いた。

 しかしその声はあまりに小さく、目の前に立つ彩髪(カラード)の魔法使いにすら届かない。

「イヤだって、言ったんです!」

 そして今度こそ、しっかりとシデシアの声は魔法使いに届いた。

 常ならば絶対に見る事のないシディアの毅然とした姿に、ギルドの職員達も全員注目している。その中にはもちろん、ファイやラグトゥダの姿もあった。

「私は、絶対立派な魔法使いになるんです!」

 あの太陽みたいな明るい女の子が、泥んこまみれになったって笑っていた女の子が、あんなに強い目ができるなんて。

 ファイには信じられなかった。自分なんて、ほんの少し言い返すだけで精一杯だったのに。最後まで立ち向かうことができず、誰かを頼ってしまったのに。

 それなのにシディアは、全く臆する事なく言い返している。一歩たりとも引かず、まっすぐに相手の目を見たまま。

 明るいだけではない、シディアは強い子なのだ。

 目の前の魔法使いの気分次第で、どうなってしまうかもわからない。そんな状況にもかかわらず、懸命に立ち向かっている。いくら相手が強かろうと、自分の夢を守るために、全力で。

「……………………ほほぅ、いい度胸だなぁ。だったら、証明してもらおうか。お前の覚悟ってやつを」

 だが、それが魔法使いのプライドをさらに傷つけてしまったようだ。

 口だけじゃ生ぬるい。こいつにはもっと、現実を知らしめてやらねばならない。

 いくら思いが強かろうと、それは単なる夢でしかない。夢だけでは魔法使いにはなれないという事を。

 魔法使いの世界がいかに厳しく、そして危険と隣り合わせであるのかを、身をもって体験させてやる。

「それって、どういう意味なんでしょうか……?」

「大したもんじゃないさ。ここに、ウェアウルフの討伐依頼が来ている。話によれば、けっこうな規模の群れらしい」

 魔法使いはカウンターに出しっ放しになっていた依頼書を、シディアに向かって突き出した。

「こいつを俺と一緒に受けて、もし一匹でもウェアウルフを討伐する事ができたら、認めてやってもいいぜ。お前が魔法使いだって言うんならな」

「ちょっと待ちな! そいつぁダメだ!」

 カウンターから身を乗り出した受付の男性は、魔法使いの手からひったくるようにして依頼書を奪い取る。魔法使いはすぐさま取り返そうとするが、それを見越していた受付の男性は既にカウンターから遠ざかっていた。

「これも勉強だと思って黙って見てたが、これだけは見過ごせねぇ。シディアちゃんの事見りゃわかるだろ! ウェエアウルフの大群だなんて、危険すぎる!」

「そいつを返せよおっさん。それに決めるのは俺じゃねぇ。下位魔法使い(ローウィッチ)だとかふざけたこと抜かしてる、そこのガキだ」

「おとなげないったらありゃしないぜ。良識ある大人なら、もうちっと考えてくれよ」

「良識ある大人である前に、俺は誇り高き一次彩髪(ファーストカラード)の魔法使いだ。だから教えてやる義務があるんだよ。能無し濁髪(クラウディ)が、魔法使いになるなんて絶対に不可能だって事をよ」

 魔法使いは、鋭い目つきでシディアの事を睨みすえる。

 そこまで言うんなら、お前の力を見せてみろ。ファイには、まるで魔法使いがそう言っているかのように見えた。

 事実、魔法使いはそう思っているのだろう。

 魔法使い至上主義者。先日の一件も含めて、この魔法使いもそういう考えの一人なのだろう。

 だから、シディアの態度が気に入らず、真剣に怒っているのだ。自分の中の魔法使いのあるべき姿を汚す、シディアという濁髪(クラウディ)の存在に。

 そして当のシディアはといえば、魔法使いの提案に答えあぐねいていた。

 普段ならば、二つ返事で一緒に行くといっているはずである。

 しかし、今回は違う。いつも助けてくれる友達もいなければ、頼りになる知り合いもいない。いくら楽観的な彼女であっても、そう簡単に答えの出せるはずがない。

「さぁ、どうすんだよ?」

 魔法使いは答えを求めて、シディアへと近付いてゆく。

 一歩近付くたびに、威圧感は倍々に大きくなる。『はい』か『イエス』の答え以外は聞き入れないとばかりに、魔法使いはシディアを追い詰めていった。

「えっと、その……」

 ついに魔法使いは、シディアの目の前までやってきた。

 ちょっと体を動かせば、当たってしまうような近さ。真上から注がれる眼光に、シディアの肩はぴくっと震えた。

 強力な視線は物理的な圧力を伴って、シディアの全身をぷすぷすと突き刺してくる。

 そして追い討ちとばかりに、魔法使いは全身から魔力を滲み出させた。洗練された魔力には一切の淀みがなく、それだけでも魔法使いの力量を知る事ができる。

「ちょっとあんた、いい加減に……!」

 今にも泣き出してしまいそうなシディアを見かねて、ケセラスはついに受付カウンターを飛び越えて魔法使いへと躍りかかる。引退したとはいえ、一線級の魔法使いの実力は本物だ。

 全身を魔力が包み込み、一気に魔法使いとの距離を縮めてゆく。

「邪魔するな。老いぼれが」

「誰が老いぼれよ。これでもまだ『お姉さん』で通ってるんですけど……。ガキんちょ!」

 しかし胸倉をつかみかかろうとしたケセラスの手を、魔法使いはあっさりと捉えた。

 表情には出していないものの、手首を力いっぱいにぎられているケセラスの額からは嫌な汗が噴出している。

 ──ケセラスさんを助けないと! カウンターごしに様子をうかがっていたファイは、勇気を振り絞って立ち上がる。

 が、そこから先にどうしても動き出す事ができないのだ。なぜなら、ファイには魔法使いを止めるだけの力がないから。

 いま自分が飛び出したところで、結果を変える事はできない。それどころか、事態を悪化させてしまう可能性すらある。

「やめてください!」

 そんな動くに動けないファイとは対照的に、シディアは反射的に動いていた。

「その手、離してください! 痛そうじゃないですか!」

 それも、言葉だけではない。

 ケセラスの手首をにぎる魔法使いの手を振りほどこうと、その腕に一生懸命抱きついていたのだ。

濁髪(クラウディ)の汚い手で、俺に触れるな!」

 腕に抱きついてきたシディアに、魔法使いの怒りは再び頂点に達する。

 ケセラスの手首は開放したものの、その代わりとばかりに腕に抱きつくシディアを思い切り払いのけたのである。背中から床に落ちたシディアは、苦痛に表情を歪めた。

「まったく、身の程を知らない濁髪(クラウディ)だな、お前も。ウェアウルフ討伐に一緒に行く前に、まずは礼儀作法からその体に叩き込んでやる……」

「いやぁ? 礼儀作法なら、君の方が学ぶべきだろう」

 緊迫した空気の中、まるでお粗末な舞台でも眺めているような緩い声音が割り込んできた。

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