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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode:1「竜騎士の一日」
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Act05:竜騎士のお仕事 Ⅲ

 ルベールの街を始め、この国の治安は女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)と呼ばれる組織が維持している。だがその表現は、厳密には少しだけ違っている。

 女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)は、主として三つの騎士団より構成されている。

 まず一つが、王族の警護を担当する側近騎士団。エリート中のエリート、実力者ぞろいの団員で構成される、国内でもトップクラスの戦闘集団だ。

 二つ目は、現在ファイやラグトゥダが所属している、魔法ギルド補佐騎士団。文字通り魔法ギルドの運営を支援するための騎士団で、ギルド運営や討伐系クエストの支援活動を行っている。彩髪(カラード)の割合が高く、側近騎士団には劣るものの国内では屈指の実力者を擁する戦闘集団には違いない。

 そして最後、三つめにくるのが、女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)内で最大規模を誇る駐街騎士団である。

 彼らの任務は、派遣先()の治安を守る事。つまり街の平和を守っている正義の味方というのは、彼等駐街騎士団の事なのである。

「すいません、隊長さん。その、いつも、ご迷惑をおかけして」

「いえいえ、とんでもないですよ。こちらこそ、シュネーヴァイス家の方が同行してくれるだけで、ありがたいってもんですよ」

 ただし、駐街騎士団は濁髪(クラウディ)の割合が非常に高く、そのせいもあって社会的地位は二つの騎士団に比べてそこまで高くはない。同じ国のために働く人の中ですら、明確なる階級社会が存在するのである。

 でも、それは別に悪い事ばかりでもなくって、

「隊長さ~ん! ぱとろ~る、がんばってくださ~い!」

「おーう! 街の平和は、隊長さんに任せとけ!」

 街の人々からは憧れの対象ではなく身近なヒーローだったりするので、それはそれでいいかもと思ってみたり。手を振ってくれる子供に同じく手を振り返す隊長の横顔は、クマみたいな怖い顔なのに豪快で優しい笑みを作っていた。

 どっちも楽しそうで、やっぱりいいなぁ、なんて思っちゃいます。

 ファイと新人の団員も一緒になって子供達に手を振ってあげると、きゃっきゃと無邪気な笑顔でどこかへ駆けて行った。喜んでくれたみたいで、ちょっと嬉しい。

「あの、ちょっといいですか、隊長」

 すると、新人騎士がおろおろしながら手を上げていた。

 どうやら、聞きたい事があるらしい。

「おぉ、なんだ? 新人」

「さっき、『シュネーヴァイス家』って言ってましたけど、それって、あのシュネーヴァイス家ですか?」

 すると、隊長はニヤッとイタズラ心満載の笑みで新人の問いかけに答えた。

「あぁ、お前の想像してる通りだ」

 そして答えを聞いた途端、新人の顔色は不健康な蒼白から、死人みたいな灰色に。想像した通りの反応に、隊長は腹を抱えて笑った。いや、笑いは押し殺しているのだけれど。

「リファイド・シュネーヴァイス、っていいます。その、よろしくお願いします」

「こここ、こちらこそ!」

 ファイは、わたわたしながら自己紹介をした。なにせ初めて一緒にパトロールをした日なんて、自分の名前すら名乗れないほどカミカミだったのだから。

 それからすれば、素晴らしい進歩である。うん、わたしがんばってる、がんばってるよ。

「新人、緊張するのもいいが、ほどほどにな。今はパトロール中なんだから、小さな騒動でも見逃すんじゃねぇぞ」

「はいっ!」

「わっ、わたしも頑張ります!」

 隊長に発破(はっぱ)をかけられて、新人とファイは目を皿のようにして街の風景を眺める。どこかで迷惑な行為をしている人はいないかどうか。

 特に困るのが、魔法使い同士の喧嘩だ。下手すれば、周りの建物やなんかにも被害が出てしまう。

 ちょっと前にだって、どこかの彩髪(カラード)の魔法使いが橋を壊してたし。って、そんな事を思っていたら……。

「お前、今朝はよくもやってくれたな!」

「はぁぁん? そんなもん、受注できなかったお前が悪いんだろうが!」

 見つけてしまいました、魔法使い同士の喧嘩。一色即発の気配がただよってるけど、ギリギリ実力行使までは至っていない。

「た、隊長……」

「はい、いかが致しました?」

「あそこに」

 ファイは隊長の袖をくぃくぃっと引っ張って、今にもお互いに掴みかかりそうな二人の魔法使いを指差した。

「ったく、しょうがねぇ連中だな。せっかく特別な力が使えるんだから、もうちっとばかし有効活用しろっての」

 隊長はぼやきながら、ものすんごぉく深いため息をつく。魔法使い同士の喧嘩は、止める方にもそれなりの危険が伴うからだ。

 隊長と新人さんは濁髪(クラウディ)の一般人。流れ弾ならぬ流れ魔法が飛んで来れば、防ぐ術はない。今は魔法の使えなくなってしまっているファイも同じく。

 しかも既に、遠巻きに野次馬達が集まってきている。事が大きくなる前に事態を収拾させなければ、怪我人まで出かねない。

「よっし、仕事だ。気合い入れろよ」

「はっ、はい!」

 でも、そんなのを恐れていたら、女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)は、街の治安を守る駐街騎士は務まらないのだ。

「わ、わたしも!」

 今の自分ではどれだけ役に立てるかわからないけど、ファイも喧嘩を止めるべく隊長を追って走り出した。




女王直轄竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)だ! そこの魔法使いさん達、喧嘩はその辺でやめてくれませんか?」

 あれだけ面倒くさがっていた隊長は増え始めた人垣をかきわけ、いの一番に魔法使い達の前に躍り出た。

 二人の魔法使いのは、そろって隊長に向けられる。

「うっせぇ、おっさんは黙ってろ!」

「駐街騎士が怖くて、討伐クエストなんかやってられるかよ!」

 普通なら、女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)が近くに来ただけで勝手に離れて行くのに、今回は血の気の多い人だったみたい。

 むしろ売り言葉に買い言葉で、逆にこっちに食ってかかってきた。

「だいたい、おっさん濁髪(クラウディ)だろ?」

濁髪(クラウディ)の分際で、俺らを止めたられると思ってんの? 舐めてんのかよ!」

 魔法使い達は、容赦なく侮蔑の言葉をぶつけてくる。

 彩髪(カラード)濁髪(クラウディ)

 魔法使いとそうでない者。

 それは誰にでも明確な形──髪の色として現れる。

 髪の色なんて、自分で決められるものじゃないのに。それを嘲笑するのは────嫌いだ。

「あ、あの……」

 気付けば、ファイは二人の魔法使いの前に出ていた。

「けんか、やめてください!」

 相手は青髪をした長身痩躯の男と、緑髪の太めの大男。どちらも一次彩髪(ファースト・カラード)の実力者。ファイも、ギルドで依頼書の処理をしている時に何度も見た事がある。

 どちらも高難易度の討伐クエストを多く受注している、名の知れた魔法使い達だ。

 でも、相手がいくら強くたって、これだけは許せない。髪の色だけで、人の事をバカにするなんて事。

「今度は二次彩髪(セカンド・カラード)かよ」

「なんでそんなんが、駐街騎士と一緒に」

 ファイの存在に気付いていなかったらしい魔法使い二人は、同じ彩髪(カラード)の登場に目を丸くした。

 肩が震えそうになるのを必死で堪えて、ファイは二人の魔法使いに言い放つ。

 怖がっているのを悟られてはならない。この二人を止められなくなってしまう。

「けんか、やめてください。ま、周りの人に、迷惑です!」

 ところが、二人の魔法使いは喧嘩をやめて離れるどころか、逆にファイを見て鼻で笑った。

「お嬢ちゃん、子供は家に帰っておやつでも食べてな」

「子供が大人の事情に口挟むんじゃねぇっての」

 小柄で気の弱そうな女の子に注意されたところで、名うての魔法使い達が争いを止める事はない。一言吐き捨てると互いに向き直り、なんと頭上に魔力を高めてくれる詠唱サークルまで出現させたのだ。

 詠唱サークルとは、魔法学校の卒業と同時に、女王様から授けられるもの。より高みの魔法使いとなるための手助けをしてくれるもの。

 それをこの人達は、くだらない私闘なんかに使おうなんて。

 集まっていた野次馬の人達も、危険な気配を感じて少しずつ距離を開け始めている。

 ──わたしが、魔法が使えたら……。

 そしたら、この二人の喧嘩だって簡単に止められるのに。

 やるせなさと無力さが、ファイの胸をキュッと締め付けてくる。魔法が使えない事が、こんなにも悔しいなんて。

 しかし、そうだとしても、この二人を止めなければならないことに変わりはない。

 街の平和を守る女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)である矜持と、そして貴族たるシュネーヴァイス家の誇りにかけて。

「や、やめなさい!」

 詠唱サークルが勢いよく回転し、二人の魔力はみるみる高まってゆく。

 あんな魔法を撃たれたら、今のファイには防ぐ手立てはない。

「今すぐ、え、詠唱サークルをしまって、この場から立ち去りなさい! そ、それでも、誇り高き魔法使いですか!」

 そんな危機を前にしても、ファイは引かなかった。

 むしろ一歩前に出て、二人に自らの言葉を叩きつける。

「子供の癖に、生意気な口聞いてんじゃねぇよ」

「それとも何か? オレら二人を相手しようってか? 随分と舐められたもんだぜ」

 ファイの言葉が、二人の魔法使いの神経を逆撫でる。

 魔法使いとしてのプライドを傷付けられた。こんな子供なんかに、そんな事は言われたくない、と。

 既に頭に血が上っていた魔法使い達は、その矛先をファイへと向けた。

 詠唱サークルによって磨かれ、研ぎ澄まされ、高まってゆく魔力。この二人の実力は本物だ。ファイはそれを今、自分の肌で感じている。

 怖い、恐ろしい、今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 だが、いくら気が弱かろうと、それらを上回る強い責任感が許さない。

 下がりそうになる足を、また一歩前に出す。大きく息を吸い込み、お腹一杯に力をこめる。

「わたしを、あ、甘く見ているのは、あなた達の方です」

「はぁん?」

「お嬢ちゃん、それ意味分かって言ってんの?」

 押しつぶされそうになるプレッシャーをはねのけ、ファイはその小さな体にいっぱいまで勇気を詰め込んで、叫んだ。

「知らないようなので、お、教えて差し上げます。わたしは、リ、リファイド・シュネーヴァイス。雷光魔法の名門、シュネーヴァイス家の……ちょ…………長女、ですッ!」

 そして今度こそ、二人の魔法使いは恐れ(おのの)いた。

 それこそ精神集中の補助を行う詠唱サークルが、消えてしまうほどに。

「シュネーヴァイス家っつったら、女王直轄竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)の中でもヤバいって有名な魔法使いの大貴族様じゃないか。なんでそんなのが、こんな場所に……」

「いやしかし、あの限りなく白に近いプラチナブロンドは……確かにシュネーヴァイス家の髪の色だぞ? もしかして、ホントのホントにマジもんだったりして」

 二人の魔法使いだけではない。集まってきた野次馬の方からも、嘘だろ? 本当なのか? といった話し声が聞こえてくる。

 それだけ、シュネーヴァイス家の名が知れているという事か。ファイは初めて、自分の家というものに感謝した。

 よかった。これなら、喧嘩も収まりそうだ。

「ふっふふふふ……。だ、だったら、好都合だぜ」

「二人がかりだろうが、シュネーヴァイス家の魔法使いに勝ったとなりゃ、俺達の名も上がるってもんだぜ」

 しかしファイの予想を裏切って、魔法使い達は狙いを変えて戦う構えだ。

 シュネーヴァイスの名を警戒してか、大きく距離をとって魔力を高めている。

 引きつった笑みはシュネーヴァイスの名に対する恐怖か、それとも勝った後に手にする名声への期待か。

 二人の頭上には再び詠唱サークルが出現し、高まる魔力に合わせて徐々に回転を始める。

 ──ど、どうしよう、このままじゃ本当に……!

 止めなきゃいけないのに、止められない。でも、どうすれば止める事ができるのだろう。

 もう打つ手がない。誰でもいいです、誰か、助けてください。

 あの魔法使い達を、どうか、止めてください……。




「その辺にしておくんだね、君達」

 戦場となる一歩寸前の緊迫した空気に満ちた街の一角に、聞き慣れた声がスッと入ってきた。

 その声には抑揚が全然なくて、嬉しいのか楽しいのか、それとも怒っているのか悲しんでいるのかもわからない。

 でも、一つだけわかる事がある。

「あまりおふざけが過ぎると、今後魔法ギルドへの出入りを禁止させてもらうよ?」

 たぶんこの場で唯一、この人だけが二人の喧嘩を止められる、って事だ。

「な、なんだよ、また濁髪(クラウディ)かよ」

「いいから引っ込んでろ。こっちは今、取り込み中なんだ」

「ふむ。どうやら、僕の言ってる事が信じられないみたいだね。これでも、魔法ギルド・ルベール支部の支部長を務めているのだけど」

 人垣が自然と割れてできた道を、その人は通ってくる。

 中肉中背で、最近はお腹も出てきて、少なくとも強そうには全然見えない。

「あ、申し遅れてすまない。女王直轄護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)、魔法ギルド補佐騎士団所属、ラグトゥダ・マルセライだ。よろしく。団長補佐をやらせていただいている。あと、魔法ギルド・ルベール支部の支部長もね」

 咳払いを一つして、ラグトゥダは自らの所属を事もなげに告げる。

 あまりに凄すぎる肩書きに、二人の魔法使い達も絶句していた。

 魔法の使えない濁髪(クラウディ)で、しかも運動も苦手そうな腹の出たおっさんが? なんて目をしている。

 ファイも初めて会った時にはびっくりしたものだ。あんまりにも威厳のなさすぎる人が、ルベール支部の支部長で、なおかつ補佐騎士団の幹部でもあったのだから。

「さぁ、どうするかね? 素直に喧嘩をやめるか、それとも魔法ギルド・ルベール支部の出入りを禁止されるのか。あぁ、そうだ。ついでに他の支部にも連絡をまわしておくよ。僕はこれでも、面倒見がいい方なんでねぇ」

 誰にだって物怖じせず、持ち前の度胸と権力と巧みな話術で相手を組み伏せる。

 最強の武器は、世論と正論の理論武装に、そしてちょっとした脚色をつける技術。それが濁髪(クラウディ)でありながら今の地位をもぎ取った、ラグトゥダという男なのだ。

「ちっ……」

「覚えてろよ、おっさん」

「団長補佐で、支部長だ。おっさん呼ばわりはやめてくれ。さすがの僕も傷付く」

 負け犬同然の捨て台詞を残して、二人の魔法使い達はその場を後にする。

 本当に、ラグトゥダは凄い。あれだけ濁髪(クラウディ)をバカにしていた魔法使い達が、その濁髪(クラウディ)に言い負かされて去っていく。

 魔法使いのファイでもできなかった事を、こんなにあっさりと。

「すまない。騒いでる連中の名前を聞いて、慌ててきたのだけれど。怪我はないかい?」

「えぇ。ありがとうございます、旦那」

「じ、自分も大丈夫です」

 駐街騎士の二人は、ラグトゥダの気遣いに感謝の言葉を返す。

 何事もなく収まって、ファイもほっと一息ついた。

 物見に集まって来ていた野次馬達も、三々五々と散ってゆく。

「そうか、それはよかった。ファイ君も、怪我はないかね?」

「はい。あの、ありがとうございました」

 あれだけ凄い事をしたにもかかわらず、ラグトゥダはいつも通りだった。

 でもそれが、ファイの胸に突き刺さる。少しだけど、チクチクってなって、やっぱりちょっと悔しい。

「なに、気にする必要はない。これも仕事の内だ。君が時間を稼いでくれたおかげで、建物にも被害が出ずに済んだ。さぁ、パトロールを続けてくれたまえ。僕も街を巡回しながら、支部に戻るとするよ」

「わかりました。では、我々もパトロールに戻ります」

 隊長はラグトゥダに豪快な笑みをしてみせると、再び歩き始めた。

 どこかで治安を乱している不届き者はいないか、それとも困っている人はいないか。

「待ってください、隊長!」

「わ、わたしも戻ります」

「うむ、頑張ってくれたまえ」

 新人とファイはラグトゥダにお辞儀すると、隊長の広い背中を追って走り始めた。

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