Act04:竜騎士のお仕事 Ⅱ
「おっはようございまーーーーすっ!」
朝の猛烈な受注ラッシュも終わってからしばらく、コーヒーブレイクも終わってファイがちびちびと受付をしていた頃、元気な女の子の声が建物の中に響き渡った。
「あぁ。おはよう、シディア君。今日も元気だねぇ」
「えへへ。ありがとうございますっ!」
ラグトゥダにシディアと呼ばれた女の子は、思わず周りの人まで元気になるような満面の笑みを浮かべる。
その女の子には、ファイも見覚えがあった。ちょくちょく魔法の申請に来る子で、ファイも何度か新しい魔法の申請を受け付けた事がある。魔法使いは自分の使える全ての魔法を、ギルドに報告する義務があるのである。
ただ一つだけ、ファイには疑問があった。
彼女の名前はシディア。平民である。
その証拠というかなんというか、彼女の髪色は黒色、濁髪なのだ。
濁髪は全属性の魔法が使えるんだけど、その代わり使い物にならないレベルの魔法しか使えない。
つまり事実上、濁髪は普通の魔法使いにすらなれないのである。
──それなのに、なんであの子は、あんな笑っていられるんだろう。
その理由が、ファイにはわからないのである。
魔法使いになれるかどうかもわからない、もしなれたとしても使えないレベルの魔法しか使えない。なのにどうして、彼女はあんな一生懸命に魔法使いを目指すのか、頑張れるのか……。
「それで、ラグトゥダさん、何かお仕事はありませんか?」
「ふむ、君にもできそうな仕事かぁ……」
ラグトゥダは顎に手を当てて少し考えてから、
「ファイ君」
「はっ、ひゃいっ!」
いきなりファイの事を呼んできた。
考え事をしていたのもあって、また声が裏返ってしまった。恥ずかしい……。
「未受注の依頼の中に、ペット探しのものがあっただろう。すぐに用意してくれるかな?」
「はいっ! ただいま!」
えっと、ペット探しの依頼書は、確かこの辺りにあったはず。
ファイは奥の方に仕分けてある依頼書の山の中から、目的の二枚を引っ張り出した。
「ど、どうぞ」
「うむ、ありがとう」
ラグトゥダに依頼書を渡すファイ。すぐ近くにいるシディアと、少しだけ目があった。
うわぁぁ、シディアちゃん、すごい目がキラキラしてる。
「ここに二つペット探しの依頼があるんだけど、報酬の高い方と安い方、どっちがいいかな?」
「高い方っ!」
うむ、とラグトゥダは片方の依頼書をシディアに渡す。
でもその瞬間、シディアの目から光が消えて、口からは乾いた笑いが聞こえてきた。
「依頼者は、さる貴族の子供。報酬は十万イェン。探しているペットは、稀少色の圧倒的超魔力甲虫だそうだ。コルサーンの森に散歩に行った時に逃げられてしまったそうだが、どうする? 引きうけてくれるかね?」
「えっとぉぉ、遠慮しておきます」
ようやくどこか遠くから現実世界に帰ってきたシディアは、苦笑いを浮かべて丁重にお断りするのだった。
「うむ。賢明な判断だと思うよ。さすがの僕も、あのだだっ広い森で虫一匹を探そうだなんて事は、不可能だと思うからね。じゃあ、もう片方の仕事を頼むよ」
そう言って、ラグトゥダは稀少色の圧倒的超魔力甲虫の捜索依頼の書類を回収し、もう片方の依頼書を手渡す。
今度はまともなやつだったようで、シディアの顔が満開のお花みたいにぱぁっと輝いた。
「報酬は二〇イェン。依頼主は平民の子供で、依頼内容はペットの犬を探してきて欲しいそうだ。恐らく、自宅付近の地区にいるだろう。地図もついている。お願いできるかな?」
「はいっ! がんばりますっ!」
「うむ、元気があってよろしい。ファイ君、これの処理を頼む」
「わ、わかりました」
ファイは再び二枚の依頼書を受け取り、受け付けカウンターへと向かう。その後ろには、二房の三つ編みを揺らすシディアの姿がある。
ファイは片方の依頼書にシディアの名前と、魔法ギルド承認印をぽんっと押した。
「はい、受け付け終わりました。お仕事、頑張ってくださいね」
「はいっ! ありがとうございますっ! がんばりますっ!」
たった二〇イェンの報酬なのに、シディアは軽やかな足取りで魔法ギルドを後にした。
彼女が一人いなくなっただけで、本当に空気が少しだけ重くなったように感じる。
「ふむ、やはり彼女が来ると空気が明るくなる。彼女にその気があるのなら、今すぐにでもジルベール君を解雇して、彼女を雇いたいところなんだけど。でも残念ながら、彼女は立派な魔法使いになりたいらしい」
シディアの後ろ姿を見続けていたファイに、ラグトゥダは少しニヤニヤしながら近づいてきた。本当に彼女の事を気に入っているらしい。
「あの、ラグトゥダさん。一つ聞いてもいいですか?」
「何かね? 僕に答えられる事なら、規則上で許されている範囲で答えよう」
ファイは勇気を振り絞り、湧き上がった疑問をラグトゥダへとぶつけた。
そしてその覚悟は正しかったようで、ラグトゥダの表情にほんのわずかだけ影が落ちる。
「なんであの子、そんなに魔法使いにこだわるんですか?」
「ふむ。なぜ君は、そんな事を聞くのかな?」
「だってあの子、濁髪……じゃないですか」
絞り出すように、シディアはその一言を紡ぐ。
言ってて、自分でも嫌になってくるけど。だから、つい視線もラグトゥダから外してしまった。
「おや、僕の記憶違いだったかな? 君は差別主義者ではなかったような気がしたのだけど」
「そんなつもりはないですけど、でも、濁髪ってそもそも魔法使いに向かないじゃないですか。それなのに、なんでそんなに魔法使いにこだわっているんだろうって」
「なるほど、そう言う事か」
ファイの事情を知っているラグトゥダは、納得したと大きく頷く。
「それは僕からでなく、シディア君本人の口から聞いてみるといい。今の君には、確かにいい刺激になるかもしれない」
そしてやっぱり、本心のうかがえないニヤついた表情で、イタズラっぽく言われた。
自分で聞きなさい、という事なのだろう。そう言うのが苦手なファイの性格を知った上での。
「ラグトゥダの旦那! そんじゃ、パトロールに行ってきやすぜ!」
「それと、そろそろ巡回の時間のようだ。魔法の方も重大な懸案事項だが、君は少しでも人に慣れる事が必要だ」
そこへタイミング良く、地下フロアからガタイのいい中年のおじさんが現れた。
彼もファイやラグトゥダと同じ、女王直轄護衛竜騎士団の一員である。その後ろには、今年入団したばかりの新人も続く。
ファイは行ってきますと事務員の人たちに告げ、今日もよろしくおねがいしますと地下フロアから出てきた二人にお辞儀をした。