Act--:暁をかかぐ鉄の鎧歌
数日後、ルベールの街はいつも通りの平穏を取り戻していた。
といっても、ほとんどの住民は先日の事件を知らされていない。もう少し詳しい調査がなされてから、正式に発表される予定だそうだ。
知っているのは、ラグトゥダによって召集された上級以上の魔法使い十数名のみである。
しかし、実際に参加したのは、ユーディとケセラスの二名だけ。あとは既に行われていた戦闘に、ただただ圧倒されて見ていただけであった。
ちなみに、既に戦闘に参加していた数少ない功労者はどうしているかと言えば、
「そういえばルビィ、この前約束してた染料ってどうなったんだ?」
「いや~、あんてぃーくだっけ? が出てきて、それどころじゃなくてね。いや、ほら、優しいウサピィならわかってくれると思うんだけど、やむを得ない事情ってあると思うんだよね」
「わかった。シディア、簡潔にまとめてみろ」
「はい。つまり、できてないみたいです!」
「ちょっ、シディア!」
「よし、ルビィは今週の晩御飯のオカズ、一品抜きな」
今週のご飯事情が大惨事になっていた。
「そんな!? なんか先週、けっこうお客さん来て、ちょっとだけ豪華なご飯になるって言ってたじゃん!」
「約束守れなかったんだから、当たり前だろ」
古代遺跡を破壊してしまった件については、アンティークの討伐に貢献した件でお咎め無しと相成ったわけであるが、当然ながら報酬の方もなし。
あの件で儲けたのは、実質ユーディとケセラスだけという有り様だ。
もっとも、どう軽く見積もったところで遺跡破壊の請求の方が高くつくので、それはそれでありがたかったりするのであるが、当のシディアとルビィは全然わかっていない。
わかってくれるのは、ルチルだけである。
「慈悲を~! どうかご慈悲を~! 神様仏様ウサピィ様~!」
「神はともかく、仏はこの世界にいないだろうが!」
泣きついて懇願するルビィを引き剥がし、ウサピィは箒とちりとりを装備して、掃除を再開した。床に散らばる紫色の髪を、丁寧にはいてゆく。
実はあの事件の後、一つだけ変わったことがあった。
ウサピィのお店に来るお客さんが、少しだけ増えたのである。
少し前まではお客さんが一人も来ない日もあったのに、今では最低でも二、三人は来てくれるようになったのだ。
そういう意味では、アンティークさまさまである。もうあの残骸に足向けて寝られないぜっ、てくらいに。
切った髪を回収し終えてゴミ箱にぽいしていると、チリンチリ~ンと、お客の来訪を告げる軽やかなベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
ウサピィが反射的に挨拶をしながら振り向くと、既にこの店の常連となっているお客の姿があった。
プラチナブロンドの髪をお団子に丸め、異国情緒ある髪飾りが目を引く。
「こ、こんにちは」
リファイド・シュネーヴァイス。先日のアンティーク討伐の一番の功労者が、遠慮がちに微笑んでいた。
「ファイちゃんさんです!」
「やぁ、ファイ!」
「体の方は大丈夫なのか? あの後、丸一日寝てたらしいけど」
「はい。あの魔法、元々二回も使えるようなものじゃなかったので、ちょっと負担がかかりすぎたみたいで……」
アンティークを討伐した直後に眠ってしまったファイだが、その後一向に起きる気配を見せず、次に目が覚めたのはギルドと協力関係にある病院のベッドの上だったのだ。
しかもその負担は相当だったようで、目が覚めてからもしばらくは魔法が使えなかったほどであった。
「それと……。その、今日は挨拶に、と思って」
とはいえ、魔法を取り戻してもどこか頼りなくてすぐに縮こまってしまうのは変わらず。
そう言う意味では、嬉しいのか残念なのか、ちょっとよくわからないが。でも、元気そうで何よりだ。
そんなファイの手には、瀟洒なデザインのバスケットが握られていた。
「来月から正式に、側近騎士団への復帰が決まりました。今月一杯は、ラグトゥダさんに討伐クエストの補助に駆り出されるんで、しばらくは来られなくなると思って」
ファイが完全復活した直後から、ラグトゥダはあれやこれやと方々と連絡をとりあい、詰め込めるだけ討伐クエストの補助をあてがってきたのである。
実はこの後すぐ、山岳地帯で暴れているモンスターの討伐に向かう予定になっているのだ。移動のための馬車も、既に街の外で待機している。
本当なら、翌日からでもと思っていたらしいのだが、ファイの負担も考えて完全に魔法が使えるようになるまで待ってくれたので、今日からになったのである。
そのお陰で、こうして挨拶にも来られたというわけだ。
「せっかく、ファイちゃんさんとお友達になれたのに、残念です」
「ボク、またケセラスお姉さんのところで、一緒にケーキ作りたかったよ」
突然の別れ話に、しょんぼりとするシディアとルビィ。
「……そっか」
ウサピィはただ、一言だつぶやいた。
常連のいなくなる寂しさもあるが、それよりも嬉しさが勝っていた。
負けてられないな。そんな感情が、ふつふつと沸き上がってくる。
精強な魔法騎士と、この世界では胡散臭さの抜けない美容師。
背負っているものも責任の重さもまるで違うけど、プロフェッショナルとしての姿勢だけは負けたくない。
「それで、これ。つまらないものですが、記念にと、思って……」
そう言って、ファイはバスケットを差し出した。
可愛らしい動物の刺繍がほどこされたハンカチが被せられており、それをはぐると、
「おぉっ!? これって……!!」
「えっと、ルビィちゃんから聞いて、お役に立てばと」
バスケットの中には、色々と試してみたくてたまらなかった染料の材料と思われるものが、とにかく沢山詰め込まれていた。
色素を抽出するのに苦労しそうだが、これで色々と試したい事ができる。
「ありがとな。元気でやれよ」
「はい」
ファイは軽く会釈をすると、お店の扉を開いた。
「あら、リファイドさん」
「ルチルちゃん」
扉の向こうには、ドアノブをつかみ損ねて呆然としているルチルがいた。
「あぁ、そういえば、今日から討伐の補助に向かわれるんでしたっけ。相変わらず、人使いが荒いですね、あの支部長は」
「でも、いい人ですから。ルチルちゃんも、しばらくお別れですね」
「そうですね。お兄様に、よろしくお伝えください。御武運をお祈りしています」
「うん、ありがと」
軽く言葉を交わし、入れ違いにファイはサロン・ウサピィを後にする。
久しぶりの討伐補助、相手はどんな人なんだろう。
うぅ、久しぶりすぎて緊張してきた。緊張からか、お腹もぐるぐるとダダをこね始めている。
そうだ、この後の予定を確認しておこう。今日はこのまま馬車で移動、現地で魔法使いと合流して、次の日に現場の監視をしている人から情報の伝達と引き継ぎ、それからクエスト開始。
宿泊施設は手配済み。たぶん、一番安いところなんだろうな。ラグトゥダの事だから、建て付け悪くて風が入ってくる、なんて事はないだろうけど。
でも、今回はけっこう寒い場所らしいし、ちゃんとしないと風邪引いちゃうかもな……。
「あ、やっと来たわね」
久々の討伐クエストの補助についてあーだこーだ悩んでいると、不意に声をかけられた。 顔を上げると、馬車の前で鞄に荷物を詰め込んだユーディが待っていた。
「あれ、どうしてユーディが?」
「って、もしかして、クエストの事何も聞いてないわけ?」
「えっと、手配は済んでるから、このモンスターの討伐を手伝ってきて欲しいって……」
そう言うと、ファイはごそごそとメモ書きを取り出した。
ユーディがのぞきこむと、書かれているのは依頼内容と場所だけ。誰の引き受けたクエストを手伝うのかは、これだけでは判断できない。
まったくあのマシュマロは、とユーディはファイの手からそのメモ書きをひったくった。
あぁっと手を伸ばしてくるファイを押さえて、ユーディは続けた。
「このクエスト受けたの、私なの」
「へ?」
一瞬頭の中が真っ白になったかと思うと、ファイはがっくしと肩を落とした。
さっきまで、いったい自分は何を悩んでいたのだろう。これ、絶対わざとだよね? とファイは、何を考えているのかわからない支部長の姿を思い浮かべる。
ほんと、それなら初めから言ってくれればいいのに。
「馬車乗せてもらって良いわよね。行き先一緒なんだし」
「うん。一緒にいこ」
ファイは馬車の扉を開けると、荷物を持ったユーディに先に乗るように促す。
「ユーディ」
鞄を奥に押し込んだユーディに、ファイは頬を赤らめながら言った。
「ん?」
「ありがとね」
突然の感謝の言葉に面食らって、ユーディも恥ずかしそうに顔をそらした。
まったく、なんでこれで先輩なのよ、ほんとに。
「……それは、どれに対してかしら」
「えっとねぇ……」
ファイは唇に人差し指を添え、じっと考えこんでから。
「ぜんぶ、かな」
満面の笑みを浮かべながら、そう答えた。
明けない夜がないように、沈んだ太陽は必ず昇る。
優しく小さなな戦女神、暁をかかぐ鉄の鎧歌の二つ名を賜ったリファイド・シュネーヴァイスは、再び己が道を歩み始める。
初めての方は初めまして、そうでもない方はお久しぶりです。蒼崎れいです。最近仕事忙しくてやばいです。
まあそれはそんと、今回はご縁があって網田めい先生の作品である『美容師ウサヒコと濁髪の魔法使い』の二次創作である『美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士』を書かせていただきました。ちゃんと許可をいただいて監修していただいたので、公式外伝です。逆輸していただけるレベルを目指して頑張りました。
さて、今回の話ですが、本編ではあまり描かれていない女王直轄護衛竜騎士団や魔法ギルド、そして魔法に関する設定を補完する形で製作しました。特に大きなポイントは、魔法に関する部分です。
本編を拝読されている方はご存知でしょうが、この世界では髪の色や心のあり方によって、魔法は強くも弱くもなります。本編のヒロインであるシディアは濁髪と呼ばれる黒系の髪の色をしているので、魔法使いには向きません。
では、髪の色以外ではどうなのだろうか? その疑問から『朽髪の竜騎士』は生まれました。髪の色ではなく、心の在り方しだいでも魔法は使えなくなるのではないだろうか。
その辺りを綿密に調整して、ようやく完成しました。もちろん、舞台設定についても同様です。
少しでも原作の内容を補完でき、花を添えられたらいいなと思います。
で、ここからなんですが、3DCADの練習がてら、ウサピィの仕事場をモデリングしてみました。下記のURLからDL可能となっています。
よろしければ、見て行ってくれれば嬉しいです。それでは、今回はこの辺りで失礼させていただきます。
ウサピィの仕事場作ってみた
http://whitecats.dip.jp/up0/download/1451226239.zip
PASS:usahiko




