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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode4:「アンティーク」
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Act07:沈黙の空を超えて Ⅰ

 かっこつけて飛び出してきたのはいいものの、既にルビィは後悔していた。

 アンティークとまともに戦おうとすれば、魔力を体に流して身体能力もあるていど高めておかねばならない。

 体力的にはもう限界、強力な魔法を使うので魔力も心許(こころもと)ないという、八方塞がりな状況なのである。

 炎のおかげで髪は乾いたけど、寝起きよりひどいボサボサ状態で、とてもじゃないが全力を出せるわけがない。

 もっとも、全力でやっても勝てそうには見えないけど。

「でも、これも仕方ないよねっとッ!!」

 ルビィは炎の玉をこれでもかというほど作り出し、頭の一点めがけて勢いよく放った。

 どうせ大して効かないんなら、こかせればいいんだよ。ついでに爆煙で目潰しもしちゃえと、アンティークの頭部に着弾した炎の玉は次々と小爆発を引き起こす。

 絶え間なく撃ち込まれる大砲のように、炎の玉は容赦なくアンティークに襲いかかった。

 一つや二つならまだしも、二〇、三〇と撃ち込まれる攻撃に、さすがのアンティークでも後退(あとずさ)りした。

 魔法防御の上から叩き潰すつもりでやっているのに、こんなもんかよとルビィは苦い表情を浮かべる。

「ふぅぅ。あと、何発撃てるかなぁ……?」

 だが、倒れるまでには至らない。

 これなら、ちゃんとファイの言う事を聞いてればよかった。罠に引っかかってなかったら、もうちょっとくらいは頑張れそうなんだけど。

「ごめんね、ルビィちゃん」

 肩で息をするルビィに、ファイは後ろから手をかけた。

 だが、どこか今までのファイと違う。

 まるで別人のような気配に、ルビィはアンティークの事を忘れて振り返った。

「ずっと一人で、負担かけちゃって。でも、もう大丈夫」

 そこにいたのは、やっぱりルビィの知っているファイだった。

 でも、何かが違う気がしてならない。

「あとは、わたしがやるから」

 ファイは一瞬だけ微笑んだかと思うと、キッとアンティークを見上げる。

 そして、髪をセットしていた(かんざし)を外した。

 ふわりと編まれた髪はほどけ、長い三つ編みがさらさらと垂れる。

 ファイはその毛先の先端をつかみ、きつく結い上げながらお団子状にし、再び簪を刺して髪型をまとめた。それは初めて、ファイがウサピィにしてもらった髪型であった。

「すぅぅ…………はぁぁ…………」

 かみしめるように、ファイは身をすくめる。

 見上げれば、青い空がよく見える。

 充足感が、指先まで行き渡る。

「ファ、ファイッ!!」

 ファイが感慨に浸っている間に、アンティークは目前まで迫っていた。

 自分のなぎ倒した大木を、真上から全力で振り下ろす。

 ヤバいと思った時にはもう遅い。ルビィは、せめて死ぬ前にエビたっぷりのウサピィのスペシャル豪華チャーハンを食べたかった、と安っぽい回想を始める。

 だが、それも全て無駄に終わった。

絶刀(ハルパー)

 そう唱えながら、はらりとファイは腕を振るう。

 たったそれだけの動作で、真上から迫っていた大木は、中心から真っ二つに切り裂かれたのだ。

「……ふぇ?」

 何が起きたのか理解できず、ルビィは首を傾げた。

 いったい、ファイは何をしたのだろうか。

 しかしそれを置いて、一つだけ確かな事がある。

 それは、

「ファイ、魔法が使えるようになったの?」

 その問いに、ファイは口端を上げながら小さく頷いた。

「私は、姫様が大好きだから」

 ファイは誇らしげに語る。

「だから、姫様が大好きなみんなも、大好きだから」

 自分の思いを。

「だから、みんなを守る。守れるくらい強くなろうって、そう誓ったの」

 自分の願いを。

「今度こそ、守ってみせるよ。みんなのこと」

 その全てを魔力に乗せて、腕を振るう。

 まるでルチルのように、バチバチと雷光がファイの周囲で弾けた。

 ペールイエローのルチルとは違い、ほとんど白に近い。

 ここに来て、ルビィはようやく違和感の状態に気付いた。今まで魔力を全く感じなかったファイから、噴水のように魔力が溢れているという事に。

 こぼれ出た魔力は雷光へと転じ、閃光と破裂音を(とどろ)かす。

 ファイの性格とは正反対に、雷光は荒々しく周囲を飛び跳ねる。まるで、雷の鎧でもまとっているかのよう。

 だが、アンティークに臆した様子はない。むしろ、生きのいい獲物を見つけたとばかりに、両腕を掲げて無言の咆哮を上げた。

「…………」

 ファイは久々の感触を思い出すように、腕へと魔力を込める。

「──我が肉体は雷光なり、我が魂は雷鳴なり」

 無造作に放出されていた雷光が、両の腕へと集約された。

 そして雷光は意志を持っているかのように、あたり一面をと激しく拡散してゆく。

「されど、我が欲するは堅牢たる庇護なりけり」

 そんな魔法がどうしたとばかりに、アンティークは掲げた両腕を一気に振り下ろす。

 だめだ、今度は防げない。一撃をしのいでホッとしていたルビィは、またも目を丸くする。

 さっきは木だったから何とかなったけど、次は腕の方だ。相性の悪い雷光魔法じゃ……。

「短縮詠唱、巨人の轟腕(キュクロブラーツォ)

 ルビィはとっさに目を閉じた。

 だが、いつまで経っても覚悟していた衝撃も痛みもやってこない。

 恐る恐る目を開けるルビィ。するとそこには、衝撃的な景色が広がっていた。

 アンティークの腕が、それと同じくらい巨大な腕に防がれていたのである。

「……それ、ファイがやってるの?」

「うん。そうだよ」

 ファイが作り出した巨大な腕は、赤くゴツゴツした石でできていた。その表面には、ファイの腕から伸びる雷光が這い回る。

 宙に浮く赤褐色の腕は、アンティークの怪力と完全に拮抗していた。

 雷光魔法の面汚しとシュネーヴァイス家から毛嫌いされたこれこそ、ファイの持つ魔法なのである。

 雷光魔法の長所である速度と鋭すとは程遠く、その魔法は重く厚く、そして堅い。

「ファイって、土魔法使いだったの!? あれ、でも雷光も出てる? あれ? あれぇ?」

「ルビィちゃん、それよりもちょっと離れてて」

 疑問符を浮かべるルビィに、ファイは早く逃げるように促す。

「やっぱり、一人じゃちょっとキツい、かなぁ……」

 リィィィン、と涼やかな音がルビィの耳に届く。アンティークの腕を防いでいるファイの作り出した腕から、魔法がかき消されてゆく。崩落和音(バニッシュコード)が響いているのである。

 ファイはアンティークを振り払い、その胸へと渾身の一撃を叩き込んだ。

 ルビィの魔法とは比較にならない衝撃に、アンティークは大きくのけぞって後退する。

 しかしファイの方も、アンティークを殴った右腕の拳が無惨にも崩壊した。いくら実体があるとはいえ、それは魔法で作られたもの。アンティークを相手にするには、分が悪いのには変わりない。

「まだまだ」

 たがか、ファイは諦めない。激しく雷光をまき散らすと、地面から腕と同じ赤褐色の岩が現れる。

 地面から出てきた岩は雷光に牽引されて、再び右手の拳を形作った。

 勢いを乗せて迫り来るアンティークと、それを迎え撃つ赤褐色の巨腕。その拳同士が、初めて空中で衝突した。

 岩石同士の衝突音と崩落和音(バニッシュコード)が、衝撃波を伴って全方位に炸裂する。

 予想以上の衝撃に、ファイの額からは冷や汗が流れ出す。ルビィちゃんやルチルちゃんは、こんなとんでもないものと戦っていたのか。

 同じ土俵に立った今、ファイはその事実を骨の髄まで感じていた。

 繰り出した腕が崩れる前に、もう片方の腕でアンティークの腕を折りにかかる。ばっと掌を広げ、勢い良く手刀を振り下ろす。

 アンティークの腕から、みしぃっと嫌な音が聞こえた。

 手刀を打ち込んだ肘の辺りを中心に、表面に亀裂が走る。ルビィが足首に入れたものとは、比較にならないほどだ。

 しかし、その威力は同時にファイの巨腕にも襲いかかる。手刀を打ち込んだ腕の手首から先が、跡形もなく消し飛んでしまったのである。

 しかも、

「だめ、持たない……」

 響き渡る崩落和音(バニッシュコード)の音に合わせて、繰り出した腕の肘から先が崩壊してしまったのだ。

 こっちの腕は、もうダメだ。

 ファイは片腕の制御を放棄して、ダメージの浅い腕の修復を急ぐ。

 だが、アンティークは待ってはくれない。崩壊した腕には見向きもせず、再生中の腕につかみかかってきた。

 慌てて肘を打ち込むが、アンティークはその桁外れの衝撃を耐え抜き、がっちりと抱きついてしまった。

 崩落和音(バニッシュコード)広がり、それに伴って残った腕も崩れ始める。

 魔力を注ぐが、それを上回る勢いで魔法がかき消されてゆく。

 二つの腕は、瞬く間にただの岩へと戻ってしまった。

 しかし、退く事は許されない。

絶刀(ハルパー)!」

 拡散していた雷光が集約され、地面を撫でる。すると雷光を覆い尽くさんばかりの黒い砂粒が大量に浮かび上がった。

 こすれあう砂粒は奇妙な金切り音を上げ、その様は主の命令を今か今かと待ち構えているようだ。

「行け!」

 そしてその命令は、直後に下された。

 黒い砂粒はまるで薄い刃のように広がったかと思うと、二つの腕に打ち勝って誇らしげに(たたず)むアンティークに、容赦なく切りかかった。

 肩口から腰にかけて、ジジジジと火花が散る。

 薄い刃は鞭のようにしなったかと思うと、今度は胸の辺りを横一文字に一閃する。

 その次は足を、その次は腕を。つかみかかろうとするアンティークの腕を華麗にかわしながら、その体を次々と切りつけた。

 火花が飛び散り、アンティークの表面をえぐってゆく。

 しかし、それはファイの作った無形の剣にも同じ事が言えた。

 一撃をみまうたびに、刃を形成する砂粒が削られているのである。初めはどうにか面を形成していたものが、今は線を保のがやっとという状態になっている。

 時間と共に削られてゆく、魔力と精神力。しかし、後ろにはへばったルビィとダウンしているシディアがいる。

 ──逃げるだけの体力も、二人にはない……。

 それに何より、ルチルが援軍を連れてくるまで、アンティークをこの場に足止めせねばならない役目もある。

 ファイは堅く地面を踏みしめ、身構えた。

 視認すら難しくなるほど細くなった砂の刃が、一際大きくしなる。

 砂の刃は空間を切り裂き、アンティークの頭部に食い込んだ。

 極限まで薄く延ばされた刃は、魔法が崩壊するより早く内部に向かって食い千切る。

 しかし、

「…………ッ!!」

 あと一歩、及ばない。

 中心付近まで斬り込んだところで刃を繋ぎとめていた雷光は霧散し、砂粒は風に乗って飛ばされてゆく。

 片膝をついて荒い呼吸を繰り返すファイを、アンティークは悠然と見下ろす。

 目のように見える部分の近くまでが、先ほどのファイの攻撃でえぐられていた。

 同じ場所にもう一撃打ち込めば、いけるか?

 ファイは再び魔力を練り上げ、魔法を口にしようとする。

 だがそれよりも先に、アンティークの拳が振ってきた。下肢に魔力を集め、大きく後方へ飛び退く。

 しかしそれをも見越して、アンティークの二撃目が目前まで迫っていた。

守護の盾(アスピーダキレウス)!!」

 とっさに魔法を切り替え、ファイは赤褐色の石を牽引して足跡の盾を作り上げた。

 ずしりと、桁外れの超重量が襲いかかる。赤褐色の盾が崩壊するまでに、一秒とかからなかった。

 だがそのわずかな時間で、ファイはアンティークから大きく距離をとっていた。

 しかし、その背後にはもうシディアがいる。息を切らしたルビィもいる。

「ファイ……」

 ルビィは眉をひそめ、不安気な色を孕んだ目で見つめてくる。

 期待に応えたい。しかし、やはりこの人数で相手取るのはやっぱり無理だ。

 その間にもアンティークは、ファイが集めた赤褐色の岩を持ち上げようとしていた。

「ルビィちゃん、盾を張るから迎撃お願い!」

「わ、わかった!」

 魔力を練り上げるまで、ファイはルビィに命運を任せた。

 多少の休憩で、精神力も回復しているはずだ。

「汝は災厄を退ける者なり、汝は邪悪を退ける者なり」

 ルビィの手に、ファイアオパールの炎の球が浮かび上がる。

 収束した魔力はそのまま炎へと転じ、そのエネルギーを極限まで高めてゆく。

「その権能を以て、我に仇成す一切を断ずべし」

 アンティークは、続けざまに二つの岩を投げつけてきた。

 その二つの岩を、ルビィの情熱的応援(れぇざぁびぃむ)が切り裂く。

「短縮詠唱、斥撃の標(アイギス)!」

 ルビィが稼いでくれた時間に、ファイの防御魔法は完成した。

 さっきとっさに作った盾を遙かに上回るそれは、まさしく赤褐色の防壁。魔力の雷光によって繋ぎ止められたそれは、並の大砲なら容易く防ぐ事ができるだろう。

 ただし、今回の相手は“並”では済まないのだが。

 壁を作り終えた直後、ゴッ! っと硬い物がぶつかるような音が、続けざまに三度響いた。

 アンティークが、重量物を投げつけてきたのだろう。しかし、その程度では赤褐色の壁は揺らがない。

 まるで何事もなかったかのように、赤褐色の壁は鎮座していた。

「すごいね……。ファイって、こんなに強かったんだ。びっくりしたよ」

 外見とは正反対の荒々しい魔法に驚いているルビィであったが、ファイは焦りの色を滲ませていた。

「それより、シディアちゃんをお願い!」

 矢継ぎ早に指示を飛ばし、防御魔法に全精力を傾ける。

 赤褐色の壁に次々とぶち当たる重量物の感触と同時に、足元からは地震のような地響きが伝わってきた。

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