Act06:遠い日の約束
あれは、どれくらい前の出来事だっただろうか。
お父様に連れられて、わたしはお城にある人に会わされた。
『しかしのう、妾の魔法では民の役には立てぬでのう。それが辛いのじゃ』
そうだ。あの人も、なかなか人の役に立てない事を嘆いておられた。
だから、私は言ってあげたんだ。
『だったら、わたしが、──様の魔法になります』
あの人の悲しむ顔を止めたくて。
『わたしが、──様の魔法となって、民の役に立ちます。モンスターから民を守る盾となります。だから……』
あの人の喜ぶ顔を見たくて。
『そのようなお顔を、なさらないでください』
わたしは、あの人に、わたしの魔法を捧げたんだ。
『そうじゃな。確かに、ぬしの雷光魔法は変わっておるが、民を守る盾には最適じゃ』
あの人の剣となって、モンスターと戦うために。
『あの、魔法の事は、あまり仰らないでいただけると……。ありがたいのですが』
あの人の盾となって、この国の人達を守るために。
『あぁ、そういえば……。家臣の一人が言っておったな。シュネーヴァイス家に、汚れた雷光魔法を使う者がおると』
なぜならあの人は、
『ふん。言わせておけばよい。妾は好きだぞ。ぬしの魔法は、面白い故な』
この世で初めて、わたしの魔法を認めてくれた人なんだから。
『妾の騎士となって、早く来ておくれよ。待っておるからな』
『はい、すぐに参ります……。姫様』
何のために、自分は騎士となる道を選んだ?
何のために、自分は魔法使いとなる事を選んだ?
あの日、ウサピィに問われた答えを、ファイはようやく思い出した。
シュネーヴァイス家の面汚しとまで言われた、歪な雷光魔法。
それを初めて肯定してくれた、リファイド・シュネーヴァイスの全てを受け入れてくれた、その人のために自分は頑張っていたのではないか。
その人の剣となり、盾となり、魔法となり、その人の守りたい全てを守りぬける存在でありたいと。
「シディアちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」
「はい、なんでしょうか?」
もはや動くのも辛そうなシディアに向かって、ファイは静かに語りかけた。
「ちょっと前に登録申請した魔法って、覚えてる?」
「はい。えっと、みんなが大好きになる魔法、ですよね?」
「そう。私が登録申請を受け取ったやつ」
ついさっきまでの怒っていたファイも、標を見失い思い悩んでいたファイも、そこにはいない。
「それを、私にかけてくれないかな?」
そこにいたのは、心優しき魔法使いの姿。
「それとも、もう無理?」
そこにいたのは、誇り高き側近騎士の姿。
「だ、大丈夫です。できます!」
シディアは最後の力を振り絞り、魔力を練り上げた。
「──我が心に眠る類まれなる希望の星光」
頭上に、まるで天使の輪のような詠唱サークルが浮かび上がる。
魔法学校の卒業と同時に女王陛下より授かる、魔法使いの証。
より高みを目指す魔法使いの手助けとなってくれる、天使の輪。
「胸がどきどき、頭はぽっぽー。あらまあ、どうしましょう。……そう、愛は世界を救います」
シディアの髪の色と同じ詠唱サークルは、練られた魔力を磨き上げ、研ぎ澄ませてゆく。
「色んな人を、もっと好きになりましょう」
高められた魔力は言葉を介して魔法となり、シディアは最後の一言を唱える。
「──短縮詠唱、人が好きでたまらない」
魔法は無数の花弁となり、ファイの体を包み込む。
これは特定の感情──“好き”という気持ちを肥大させる魔法だ。
かけられた人は不特定多数の人に好意を寄せるようになる、いわば惚れ魔法みたいなものである。
しかし、今のファイにはむしろちょうどいい。
姫様の剣となってモンスターを倒し、姫様の盾となって人々を守る。つまり、不特定多数の人々が対象になるのだから。
好きという気持ちを燃料にして、ファイは再び歩みを進め始めた。
長い時間がかかった、もう無理ではないかと何度も思った。
しかし、明けない夜はない。時が経てば日は登り、この世界を照らし出す。そう、今のファイのように。
疲れきって眠ってしまったシディアに、ファイは静かに上着をかける。
魔法使いとして、側近騎士として、リファイド・シュネーヴァイスは再び立ち上がった。




