Act02:竜騎士の朝 Ⅱ
魔法ギルド。それは国内の魔法使い達を管理し、同時に様々な仕事を斡旋する国主導の公的機関だ。
そしてその魔法ギルドには、魔法ギルド補佐騎士団と呼ばれる女王直轄護衛騎士団の団員が派遣されており、それが現在ファイの所属している騎士団なのである。
主な活動は高難易度の討伐系クエストへの参加。各都市の支部に数人づつが派遣されていて、実はこのルベール支部は以前ファイの派遣されていた場所だったりする。実は魔法学校を卒業してから三年、ファイはシュネーヴァイス家からの指示でこの魔法ギルド補佐騎士団に所属していたのだ。とにかく、実戦を多く積んでもっと腕を磨くのが目的らしい。
ラグトゥダとはその時からの知り合いで、それもあってファイはルベールの街までやってきたのである。
ラグトゥダが少し息を切らせ始めたところで、二人はようやく魔法ギルドに到着した。古代の神殿を思わせる白亜の殿堂、イオニア式の立派な柱が出迎えてくれる。が、ラグトゥダはその立派な柱のある正面からではなく、裏方の関係者専用出入り口から中へと入った。ファイもおっかなびっくりしながら、こっそりと続いて中に入る。
以前も来た事のある場所なのだけど、実はこうやって裏から入るのは今回が初めてだったのだ。
前に所属していた時は正面の入り口からしか入ったことがなかったし、討伐クエストで派遣された先々で次の指示を受け取っていたので、そもそもルベール支部に立ち寄った機会は少なかったりするのである。
そんなこんなで、もう何度も使っている裏口なのに、ファイは未だに裏から入る事に緊張してしまうのであった。
「あ、おはようござます、ラグトゥダさん」
「ちーっす。今日も息切れですか? ショーグン。だらしねぇっすよ」
「シュネーヴァイスさんも、おはようございます」
既に職員は全員集まっていて、朝の開店に向けて準備が行われている。書類の束があっちに来たり、こっちに来たり、はたまたゴミ箱にポイされたり。見ているだけで目が回りそうだ。
ちなみに、ここにいるのは全員魔法ギルド補佐騎士ではない。魔法ギルドに雇われた事務員である。騎士団に所属しているのは、ファイとラグトゥダの二人だけだ。
他の騎士団員もいるのだが、そちらはラグトゥダの運営方針の下、今日もどこかの討伐系クエストを渡り歩いているのだろう。当時のとこを思い出して、あれはあれで辛かったなぁと、ファイは一人苦笑いを浮かべていた。
「あぁ、おはよう、諸君」
「お、おはようございます」
ラグトゥダとファイも、職員に向けて挨拶を返した。
二人を合わせても、全部で15人。その内、ファイと同じ彩髪は1人しかいない。あとはラグトゥダも含めて、13人全員が濁髪だ。
ファイも、よしっと気合を入れて、その中へと混じった。
昨日新たにあった依頼の中から、緊急性の有無、支払われる報酬、依頼内容から優先順位を分類していく。開店前までに終わるのかなぁ、これ……。
「それとジルベール君。上官侮辱で給料を下げられたくなかったら、少しは発言を控えたまえ。心の広い僕でも、今のは少しカチンときた」
「い、以後気をつけるっす」
「わかればいい。僕でなければ、君は明日から無職になっていたところだ」
「ショーグンの温情に、感謝するっす」
そこでドッと笑いが巻き起こり、ジルベールはそそくさとファイの仕分けした書類を持っていった。思わず目が合って、ファイは視線を下へと向ける。
あんなに鼻の下伸ばしちゃって、恥ずかしいから早くあっち行ってくれないかなぁ。
「ジルベール、なにヤラシイ目でファイちゃんの事、見てるのよ?」
「いいだろ別に! 目の保養くらい! あんたじゃおっかなすぎて保養どころじゃねぇんだからよ!」
「なんですってぇ!?」
「ほら! だからソレっすよ!」
「それくらいにしてはどうかね、ケセラス君」
すると、見るに見かねたラグトゥダが二人の間に割って入った。
「貴重な時間を、ジルベール君で浪費する事はない」
「そ、そうですね。業務に集中します」
「よろしい。それとジルベール君。今月の君の給料だが、今日の分の給料を一割ほどカットさせてもらうが、構わないかね?」
「すいませんっした、それだけは勘弁して欲しいっす」
的確な指摘と金の力に物を言わせて、ラグトゥダは大炎上しそうだった二人を一気に鎮火させる。
怒っているはずなんだけど、口調には抑揚が全然ない。まあ、そのせいで怖さも三倍くらい割り増しなんだけど。怒鳴られるより、こういう静かに怒られる方が怖いといういい例だ。
ようやくジルベールが離れてくれて、ファイはほっと一息つく。悪い人……じゃあないんだろうけど。苦手だ、ああいう人は。
すると今度は、先ほどジルベールと一戦やらかした女性、ケセラス・テラローザが近付いてきた。
ちょっとふくよかな感じの包容力のある人で、ルベール支部事務員の中で唯一の彩髪である。現在は一線から引退している物の昔は腕利きの魔法使いで、ファイの相談に乗ってくれる頼れるお姉さんのような人である。オレンジ色のストレートヘアが、とってもチャーミングな人だ。
ちなみに、年齢はトップシークレットとのこと。でも、子供はもう三人もいたりするらしい。
「ありがとうございました、ケセラスさん」
「いいのいいの。ファイちゃんって、なんだか見てると危なっかしくて、ついやっちゃうのよ」
やっちゃったぜと無邪気な苦笑を浮かべるケセラスはファイの隣に座り、同じように未分類の依頼書を仕分けしていく。
なんとなんと、これがファイの倍近い速度なのだから驚きだ。ほとんど毎日見ているのに、ファイはふえぇぇとその神業に見入ってしまう。
「ラグトゥダさんからも聞かれてると思うけど、魔法の方はどうなってんの?」
「それがその、まだ全然……」
そっかそっかと、ケセラスはそれ以上は追及せずポンとファイの背中を叩いた。
こういうのは、自分のペースが大事なのだ。同じ魔法使いであるケセラスは、だからあえて頑張れとは言わない。
人には人の事情がある。自分もそうであるように。
「ところでさぁ、ファイちゃんってどんな男の人がタイプなの?」
「へひゃっ! ケケ、ケセラスさんっ!?」
いきなりの変化球な質問に、ファイは思わず手元の依頼書を床にぶちまけてしまった。あぁもう、これでこのミス何回目なんだろう。
「い、いきなり変なこと聞かないでください」
ファイは落としてしまった依頼書を拾い集めながら、小声で反論。同時に、むぅぅと『ひなんのめ』をケセラスに向けた。
「だってほら、怒ってても可愛いんだもん、ファイちゃんって。でもそういう浮ついた話聞かないから、もしかして理想の人とかいるのかなぁって思って」
「い、いませんよ! そんなひとぉ」
そもそも家の事情があるんだから、ここここ、恋人なんて、好きに作れるわけないじゃないですかもぉ。
でも、あえてあげるとすればぁ、わたしより背が高くてぇ、すっごく優しくてぇ、でもちゃんと悪いところは注意してくれてぇ、それで将来の夢とかもちゃんと持っててぇ、それに向かって一生懸命頑張ってる人、かなぁ……。
「……はっ!?」
「むふふふぅ~♪」
気がついたら、ケセラスがにししぃとヤラシイ目でファイの事を見ていた。
「想像してた? いや、妄想かなぁ? してた? してたんでしょう?」
書類を整理する手は止めず、ずいずいずいっとケセラスはファイのことを追い込んでくる。
うぅぅ、なんで顔に出ちゃうんだろう。それと今日のケセラス、いつもよりちょっとイジワルだ。
「その反応、やっぱり妄想してたのね。お姉さんにだけでいいから、言ってみなさいよぉ」
「い、イヤです!」
「そう硬い事言わないでさぁ。女の子同士、魔法使い同士じゃないのよ~」
「絶っっ対に! イヤです! はい、依頼書の整理終わりました。そろそろ開店の時間なんですから、ちゃ、ちゃんとしてください!」
「はーい。りょーかいりょーかい。そんじゃ、今日もいっちょ頑張っちゃおうか! みんなー!」
ケセラスのかけ声にあわせて、あちこちから声が上がる。
もう、この人もなんだかんだで自由人なんだから。
「ふむ。今日も絶好調のようだねぇ。けっこうけっこう」
開店前から疲れ果ててるファイと活気に満ちたケセラス達を見て、ラグトゥダはニヤっと今日一番の笑みを浮かべた。