Act01:負の遺産 Ⅰ
『■■■■■■■、■■■■■■■■■』
ルビィの魔法をきっかけに、悠久の時を越え、仮初めの命が再び息を吹き返した。
『■■■■■■■■■■、■■■■■■■■』
しかし、その物に本物の命はない。遥か昔、何者かによって与えられた、偽物に過ぎない。
「■■■■■、■■■■」
故に、その物は自らの意志を持ちはしない。
何者かによって定められた命令に従い、愚直にそれを実行するのみ。
例えその命令を与えた人物が、この世界に存在しなくても。
「■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■……」
しかしその物を作った人間がそうであるように、この世界に完全なものなど存在しない。
定められた命令は長い時間の中で風化し、本来の役割などとうの昔に忘れてしまっていた。
「■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■!!」
太古の記憶が、衝動が、今この瞬間、狂気を宿して蘇った。
シディアやルビィ、そして討伐クエストの経験もあるルチルとファイでさえも、その偉容に思わず息を飲んだ。
決して低くない天井付近まで伸びる巨躯は、少なく見積もっても十メートル近くはある。
その天井を支える柱よりも太い手足と、腕に至っては床にまで届きそうなほど長い。
歪な形をしているものの、それは明らかに人の形をしていた。
「アンティークだ……」
ファイの声が聞こえたのか、頭部のような部分が、のっそりと顔を合わせた。
正式名称を、アンティーク・ゴーレム。今現在主流となっているゴーレムとは異なるロジックによって作られた、古い時代のゴーレムである。
まるでバケツをひっくり返したようなのっぺりとした石の真ん中には、十字の溝が刻まれている。その溝の中心で、ギロッと赤い目のようなものが光った。
「逃げてッ!!」
ファイはシディアを抱き抱えながら、その場から大きくジャンプした。
その直後、爆音を響かせながら衝撃と岩の破片が襲いかかる。爆風によって持ち上げられた体が、激しく地面に打ちつけられた。
「ケホッ、ケホ……。シディアちゃん、大丈夫?」
「は、はぃ……。ありがとう、ございます」
ファイはシディアを抱いたまま器用に受け身をとるも、当然2人分の体重を支えられるわけもない。全身に、キリキリと痛みが走る。
だがファイは体を無理やり動かして、アンティークの方を見やった。
「シディア! ファイ!」
「大丈夫ですか!!」
よかった、ルビィやルチルの方も、うまくかわしていたようだ。
「「属性付与、魂ッ!」」
ルチルとルビィは己が血に流れる属性の力を、魂へと注ぎ込む。とたん、体の内側から膨大な力が溢れ出した。
その力を一点に収束させ、ルチルはまばゆいばかりの雷光を、ルビィは灼熱の炎を放つ。
迸った魔法は見頃にアンティークのど真ん中を捉え、その巨躯を炎と雷光で包み込む。
「へっへーん! どんなもんだい!」
「ルビィさん、油断してはダメです!」
ルチルに注意されたルビィは、たった今焼き尽くしたばかりのアンティークを振り返る。
すると、
「うわぁっ!?」
炎を突き破り、ルビィの背丈よりも大きな拳が迫ってきた。
すんでのところで回避したものの、今のはルチルに言われていなかったら危なかったかもしれない。
「あれは、アンティークです。魔法への耐性が高いので、気を付けてください」
「もぉ! そういう大事なことは先に言ってよ!」
ルビィは表情を引き締め、改めてアンティークと対峙する。
「ファイアーボール!」
「永久の聖剣!」
言葉を与えられた魔法は、より強力な形となって世界に顕現する。
ルビィの指先には炎の球が、ルチルは両の手に雷光の剣が形作られる。
圧縮された炎が灼熱の閃光を、雷光の剣はペールイエローの光跡を残し、アンティークに襲いかかった。
ドドドドドッ!
先ほどとは比較にならない魔法が、次々と撃ち込まれる。たちまちアンティークの上半身は、爆煙に包まれた。
しかし、
「うわぁっ!?」
「ルビィさん、こっちです」
爆煙の中から、ぬっとアンティークの巨躯が現れた。
あちこちに黒い焼け跡が付き、胸には雷光の剣が突き刺さってはいるものの、まるで効いているようには見えない。
「ルビィちゃん、ルチルちゃん、大丈夫ですか?」
後退したルビィとルチルは、シディア達と合流した。
「ボクなら大丈夫だよ。それより、シディアこそ大丈夫なの?」
「そうです。わたくし達より、シディアさんの方が心配です」
「ファイちゃんさんが守ってくれたので、大丈夫です」
「二人とも、怪我がなさそうでよかった」
ファイは反射的に、ルビィとルチルの状態も観察する。が、むしろ自分より元気なくらいか。
「やっぱり、わたくし達では相性が悪いようですね」
吐き捨てるように、ルチルはアンティークをみながらつぶやいた。
「相性?」
「アンティークとの相性です」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるルビィに、ルチル同様ファイも苦虫を噛んだような顔で答える。
「アンティークというのは、古い建物や遺跡から出てくる、古いタイプのゴーレムなんだけど……」
「どれもこれも、魔法耐性が高いの。特に、わたくしやルビィさんのような実体のない魔法に対しては」
その証拠にと、ルチルは雷光の剣を一本、のそのそと向かってくるアンティークに投擲する。刃先がわずかに刺さるも、向こうはまるで気にした様子はない。
だが、重要なのはそこではない。鈴の音のようなさらさらとした音を響かせながら、雷光の剣はどんどん細くなってゆくのである。
「わたくしも苦労しましたわ。あの時は、女王直轄護衛騎士団と一緒でしたが」
「魔法が、消えてる?」
「はい。それが、アンティークの持つ特徴なんです。ルビィちゃん」
崩落和音、普段聞く事のない魔法の消失音が、ルビィの耳の奥深くに焼き付く。
「動きが遅いのは助かりますが……」
「とても、固そうですね」
ルチルとファイは、アンティークを見ながら歯噛みした。
今の戦力では、どうにもならない。幸いにも、相手の動きは鈍重だ。ならば、選択肢は一つしかない。
「みんな、走ってください!」
間近に迫ってくるアンティークを見ながら、ファイは力一杯叫んだ。背中を向け、一目散に走り出す。
するとルチルの目に、入ってきた時にはなかったものが目に入った。
「リファイドさん、あれ」
ルチルの指さす先にあるのは、まるで磨いたように滑らかな曲面をした壁。その壁の一部が、人間みたいな形に凹んでいた。
あそこに、アンティークが収まっていたのだろう。
だが、注目すべきはその足の間の部分だ。
「光が、入ってきてる……!!」
あれはたぶん、非常用の避難通路。だったらあのアンティークは、門番のようなものだろうか。
門番が門を守らずに相手を追いかけるようでは本末転倒であるが、今はありがたい。
「シディアちゃん、ルビィちゃん、付いてきて」
「でないと、置いていきますよ」
「わかりました。ルビィちゃん、早く!」
「えいっ! わかってるって!!」
ルビィはもう一撃をアンティークに叩き込んでから、先を行く三人を追って走り出す。
ちらりと後方をうかがってみたが、やはり目立ったダメージは入っていない。悔しいけど、今は逃げるが勝ちだよね。
ルビィは出口前で待っていた三人と合流すると、地上を目指して一目散に駆け上がった。




