Act09:遺跡探索 Ⅲ
「休息も十分とれましたし、そろそろ戻りましょうか」
「そうだね」
くいっと背伸びをしながら立ち上がったルチルに続いて、ファイも節々の関節をほぐしながら立ち上がった。
「残念です。もうちょっと見ていたかったです」
「まぁまぁ、元気出しなって、シディア。次はウサピィ達と一緒にくるんだからさ」
冷たい床でごろごろしていたシディアとルビィも、ひょいっと体を起こして背筋を伸ばす。
名残惜しいけど、帰りの事を考えると長居はしていられない。それにそろそろ、お腹も空いてきた。
お昼ご飯までに、果たして帰れるだろうか。
「それにしてもさ、珍しいよね、ヒカリゴケって。ボク、実物は初めて見たよ」
「私もないです」
ルビィとシディアは中腰になって、群生するヒカリゴケの大群を凝視する。
ちょんちょん触れたり、表面を撫でたり。コケだけあって、やっぱりヌメヌメして変な感触だ。ちょっとした動物の毛みたいな形をしているのに。
「そういえば、リファイドさんは見た事があったのですか? 知っていらしたようですし」
ルチルはコケをつついて遊んでいる二人を生温かい目で見ながら、隣のファイに話しかけた。
「以前調査に参加した時に、下の階層で。でも、ここほど明るくもなかったよ。ランプがないと、周りが見えなかったし」
聞かれたファイは、その時の事を思い出す。
今回ほどじゃないにしても、いくつか罠にかかったっけ。いくら慎重に行動しても、偽装されたスイッチを探すのなんてほぼ不可能に近い。
床とか壁のブロックに、しかもこっちが油断するような絶妙なタイミングと配置なのだから。それでも、ルビィみたいにほいほいは引っかかっていなかったが。
「あぁっ、いい事思い付いた! このヒカリゴケ、お土産にウサピィに持って帰ろうよ!」
「ルビィちゃん、すごくいいです! 持って帰りましょう!」
実を言えば調査隊に魔法使いの護衛が付けられた理由の半分は、罠にあったときにどうにかして助けろ、という意味合いもあったのだ。
事実、遺跡内は一匹たりともモンスターはいなかったので、本当に罠からの救出要員になっていたくらいである。
ただ人数は今回の十倍近くいたので、救出する魔法使い側のプレッシャーもすごい。護衛で付いてきてるのに、かっこ悪いところなんて見せられない、という意味で。
だって、護衛や救助のために付いてきたのに、逆に救助されちゃったりした日には目も当てられないじゃん。
「ところで、それをどうやって持って帰るのですか? ルビィさん?」
また勢いだけでおかしな事を言い始めたルビィに、ルチルは冷静なツッコミを入れた。
「そ、それはほら、薬草を入れるカゴに……」
「それはまた、かなり重くなりそうですね。ご自分で持ってくださいよ?」
案の定、そこまで考えていなかったようである。
しかも重いだけでなく、水も染み出して濡れちゃいそうだ。
そして最大の問題は、そんな事をしたら薬草を持って帰れないのではなかろうか?
「なんでだよ!? 交代で持とうよ! ボクだけなんて、そんなのズルい!」
「大丈夫です、ルビィちゃん! 私が手伝うから!」
「ダメです、シディアさん」
がしっと固い握手を交わそうとしたシディアとルビィの間に、ルチルはきゅいっと割って入った。
「ルビィさんのワガママに、そこまで付き合う必要はありません。ルビィさんだって、自分の発言には責任を持つ必要がありますから」
「いいじゃんか~。シディアが手伝ってくれるって言ってるんだから~」
「ダメですよ、シディアさん。ここで甘やかしては、ルビィさんの為にはなりません。お友達としてルビィさんの成長を考えるのなら、ここは心を鬼にすべきです」
「あ、あわわわわ……」
ルビィとルチルは、まなじりを釣り上げてぐぃぐぃぐぃっとルビィに迫った。
どうしよう。自分もウサピィさんにヒカリゴケを見せてあげたいから手伝ってあげたいけど、ルチルちゃんの言う事も一理あるような気がするし。でも、友達を手伝わないのもいけない気がする。
手伝う? 手伝わない? どどど、どうすればいいんでしょうか、誰か教えてください!!
脳の処理限界を超えてしまったシディアの頭から、ついにぷすぷすと煙が経ち始めてしまった。
「ヤバい! シディアがオーバーヒートした!!」
「シ、シディアさん、落ち着いてください! そ、そうです。素数を数えましょう! えっと、1、2、3、5……」
「ルチルちゃん、1は素数じゃないよ」
※素数とは、『1』と『自身』の2つでしか割り切れない数なので、割り切れる数字が1つしかない『1』は素数ではない。
ファイのつぶやきは、果たして聞こえただろうか。
ルビィとルチルがパニックになってしまったせいで、ファイはむしろ冷静になってしまった。
残念ながら、ファイはラグトゥダみたく、アメちゃんは持っていないのだ。
「……あれ、ルビィちゃんにルチルちゃん、なんでそんなに慌ててるんですか?」
「よ、よかった……」
「治りましたのね。これで一安心です」
「う~ん……。よくわからないけど、ありがとうございます!」
知恵熱オーバーヒートから回復したシディアに、ルビィとルチルはほっと一息つく。
するとそこに、ちょっと気まずげな苦笑いをするファイが近付いてきた。
「あの、遅くなりましたけど……。ヒカリゴケは繊細な植物なので、持ち出しても夜までにはダメになってしまいますよ?」
まあ半ば予想はしていたのだが、ルビィとルチルが、もっと早く言えよ、的な白けた目で見てきた。
うぅ、わたしは悪くないのに……。
「じゃあ、しょうがないから諦めるか」
「大丈夫です、ルビィちゃん。また来ればいいんだから!」
「うん、そうだね、シディア!」
これは、期待を裏切るわけにはいかないな。
楽しそうに次に来る時の話をしているシディアとルビィを見て、ファイはそれを再認識した。
この笑顔を見たいから…………。
「そうだ、私が魔法使いになろうって思ったのって……」
そう、誰かの、誰かの楽しそうな笑顔が見たかったら……。
その人には、ずっと楽しそうにしてもらいたかったから……。
だから、魔法使いになろうって、そう決めたんだった。
「でも…………」
いったい、誰のために?
シディアやルビィ達のもそうだけど、自分にはもっと大切な人がいたはずなのだ。
私が魔法使いになろうと思った理由、あと少しで思い出せそうなのに。そうすれば、ここから歩き出せそうな気がするのに。
それはパズルの最後のピースのようで、見つからないのがひどくもどかしい。
焦りと悔しさがごちゃまぜになったものが、ぐるぐるとファイの真ん中で渦巻いた。
「ファイちゃんさん、早く行きましょう!」
「じゃないと、ボク達先に行っちゃうからね~!」
「ルビィさん、帰り道覚えているのですか……?」
「あ、いや、たぶん大丈夫!」
「なら、お一人でどうぞ。わたくしとシディアさんは、リファイドさんと一緒に戻りますから」
「ごめんなさい、全然わからないから勘弁してください!」
もどかしいけど、ゆっくり思い出せばいいか。
幸いなのか皮肉なのか、時間はたっぷりとあるのだし。
「すぐ行きま~す!」
そうだ、くよくよしたって始まらない。それではまた、シディア達と仲良くなる前に逆戻りだ。
せっかくみんなと出会って、仲良くなって、色々な事を前向きに考えられるようになったのだから。
自然と口元が綻んだ。口唇は緩やかな弧を描き、柔らかな曲線を結ぶ。
それはリファイド・シュネーヴァイスがシディア達に見せた、初めての自然な笑顔であった。
「可愛らしい笑顔ですね。もちろん、シディアさんには及びませんが」
「そうだねー。いつも眉間にシワの寄ってるルチルより、ずっと可愛いねー」
「なんですって!?」
「二人共、ケンカはだめです。ファイちゃんさんも見てます」
またまた顔を突き合わせて、い~ってしてるルチルとルビィの手を、シディアはきゅっと握った。
まったく、シディアにはかなわないな。ケンカするのもバカらしくなって、ルチルとルビィはふっと笑い出す。
シディアちゃんは不思議な子だな。ファイは目を細めて、笑い合う三人を見つめる。
いつも笑顔の中心にはシディアがいて、まるでみんなそれに釣られちゃうみたい。
やっぱり、シディアちゃんはすごいや。魔法使いとか、そういうものの前に。
ラグトゥダがシディアを可愛がる理由が、ようやく本当の意味でわかった気がした。
「さあ、戻りましょう!」
シディアは握ったままのルビィとルチルの手を大きく振って、歩き出し、
「あわわわ……っ!?」
「シ、シディアさんっ!?」
「シディア、引っ張らなっ!!」
──ざっぱーーん……。
……………………あれ?
すぐそばまでやってきたファイの目には、全身びしょ濡れになったシディア達の姿が映った。
「へぶしっ!!」
「ルビィちゃん、鼻水出てます」
「ルビィさん、せめて口に手を当ててください」
どうやら、中心にあった噴水からは、いくつか大きな水路が伸びていたらしい。
シディア達は運悪く、その水路の一つに落ちてしまったというわけだ。
ファイは三人を引き上げて、状態を確認。とりあえず、怪我はなさそうで安心した。
「シディア、ちゃんと下見て歩かないとだめじゃんかぁ……」
「えへへ、すいません。まさか、水路があるなんて思わなかったから」
「えぇ、見事に引っかかってしまいましたわ。わたくしとした事が、不覚です」
運良く水没を免れたファイは、もう笑うしかない。もちろん、楽しそうなやつじゃなくて、色々と引きつったやつを。
やっぱり、帰りは自分が先頭を歩こう。こんなになっちゃったんだから、ルビィも少しは大人しくしてくれるだろう。
しかし、それはそれとして。まだ別の問題がある。
「でも、どうしよう。着替えなんて、持ってきてないし……」
ここは古代遺跡の地下空間。気温はといえば、長袖を着ていても少し肌寒いくらいである。
例え罠に引っかからなくても、最短ルートで一時間。ルベールの街に帰るまでには、もっとかかる。
その中を全身ずぶ濡れのまま帰るのは、酷というものだろう。
「ファイ、大松にするのにもってきた枝、全部出して」
自分の両肩を抱いたルビィが、鼻水をじゅるじゅると吸いながらそんな提案をしてきた。
「ボクの魔法で燃やすから、帰るのはあったまってからにしようよ」
「そうだね。そうしよっか」
ファイは帰りの松明分の二本か抜き取り、残りの分を放り投げた。
松明にするだけあって、それなりの太さはある。これなら完全にとはいかなくとも、多少は服を乾かす事ができるだろう。
「ルビィちゃん、頑張ってください」
「間違っても、燃やし尽くしたりしないでくださいよ? 力加減には気を付けて」
「ル、ルチルに言われなくても、わかってるよ!」
ここに来るまでは普通に使えていたけど、失敗できないというプレッシャーでかなり緊張しているようだ。
髪型が乱れてしまったために制御も難しく、それにずぶ濡れになったせいで集中力も欠いてしまっている。
ルビィは震える体を落ち着かせ、冷静に魔力を練り上げる。
そして、
「とりゃあっ!!」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・しゅぼっ
その瞬間、全員がルビィから目を逸らした。
「な、なんだよ。面白いなら笑えばいいじゃん!」
「い、いえ、決してそんな、事……くふっ」
ルチルはお腹と口元に手を当てて、必死に笑いを堪えていた。
よほどツボにはまったのか、笑いを堪えすぎて寒さとは別の意味で全身をなわなわさせている。
「だ、大丈夫ですよ、ルビィちゃん。私なんて、よ、よくやりますから」
「濁髪のシディアと一緒って……!?」
ルビィと仲の良く表裏のないシディアまでも、ルビィと目を合わせないようにして笑いを堪えている。
「ファイ、ルチルとシディアがボクをいじめるぅ」
「げ、元気出してください。ルチルちゃん」
「……ファイ、なんで目をそらすの?」
「そ、それは……ぷっ」
「もぉ、笑いたいなら笑えばいいじゃんか!」
だって、だって、しゅぼっ……しゅぼって…………!!
あんな真面目な顔して、湿ったマッチみたいな火を出されたら、誰だってこうなっちゃうよ。
「わ、悪かったわ、ルビィさん。まさか、湿ると魔法を使うのが難しくなるなんて、思っても、いませんでしたので。ふふふふっ」
「火属性なんだから、水に弱くても、問題ないです……ぷっ」
「そ、そうだよ。シディアちゃんの、言う通りだよ。あまり、気にしないでいいと、思うなぁ。くくっ」
ダメだ、みんなこれ以上笑いを堪えられない。だってルビィの顔を見るだけで、さっきの湿ったマッチの火が出てくるんだもん。
ルビィはぷっぷくぷーとほっぺを膨らませて、涙目でみんなをジロリとにらむも、やっぱり恥ずかしくてうつむいてしまう。
「ルビィさん、申し訳ないのですが、そろそろ寒いのも限界なので、お願いしてもよろしいでしょうか。笑ってしまった件に関しましては、謝りますので」
ぽんぽんと肩を叩かれたルビィはごしごしと袖で顔を拭い、うんと小さく頷いた。
ルビィは改めて、精神を集中させる。さっきは加減をしすぎて変なになっちゃったけど、今度は大丈夫。
濡れてるのを考えて、さっきよりちょっと強めの炎を出せばいい。加減が難しいけど、あんなカッコ悪いのもう見せたくない。
「今度こそ、それっ!!」
ぼぅっ、とルビィの手のひらに真っ赤に光る炎の玉が現れた。
あ、これだけでもかなり温かいかも。
今度こそ成功したルビィは、にぃっと白い歯を見せた。ほいっと勢いよく手を振り、足下の木々に炎をぶつけた。
「あぁ、あったかいわぁ……」
「ルビィちゃん、グッジョブです」
「えへへ。ボクにかかれば、こんなのちょちょいのちょいだよ」
鼻高々に自慢してるルビィ。たぶん、一回失敗したのはなかった事になったのだろうな。
でもこれで、少しは服も乾かせる。
「じゃあ、もうちょっとだけ休憩にしよっか。帰りは遅くならないように急ぐけど、みんなちゃんと付いてきてくださいね」
「はい! わかりました、ファイちゃんさん!」
「お願いしますわ」
「ごめんなさい、もう先に行ったりしません……」
うんうん、ルビィもちゃんと反省してくれているようだ。
だが、その時だった。
────ザザァ……。
どこからか、物音が聞こえたような気がした。それも有り得ない方向から。
この場所には、ファイ達四人しかいないはずなのに。
もしいたとしても、この地下庭園に来てからかなりの時間が経過している。
その間には、水音以外は一切の物音がしなかったのだ。
────ザッ、ザザァァ……。
気のせいではない。五感とは違う感覚が、確実に異変を訴えている。それも、悪い胸騒ぎのする方の。
ここは危険だ、すぐに離れないと。
あの時と同じ感覚が、ファイのつま先から頭のてっぺんまでを支配する。
もう、猶予は残されていない。
「三人とも、早く立って」
ファイはメラメラと燃えるたきぎの中から一本を取り出し、全員に促す。
「何かが、来る!」
まるでファイのその言葉を待っていたかのように、巨大な影がのっそりとその姿を現した。




