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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode:2「サロン・ウサピィ」
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Act08:サロン・ウサピィ Ⅱ

 後ろからした叫び声に、ファイは両手で耳をふさいだ。

 あぅぅ、みんな驚き過ぎ。なんでそんなに驚かれるのか、ファイは魔法学校時代から未だに理解できていない。

「ユ、ユーディ……。本当なのか、それ?」

「嘘ついてどうするのよ。ねぇ、先輩?」

「え、あ、うん。そうだよ」

 表情筋がストライキを起こしたままのウサヒコは、苦笑したままのユーディに聞いてみた。

「えっと、ユーディはわたしの、一っこ下の後輩です」

 信じられない事だが、どうやら事実らしい。見た目はシディアやルビィと変わりないというのに。

「じゃ、じゃあさ……。ファイって、いくつなの?」

「二五歳だけど? あ、そういうルビィちゃんは?」

「じゅ、十五歳だよ…………うん。あれ、って事は、ユーディはにじゅうよ」

「ルビィ・スカーレット! それ以上言なら、簀巻(すま)きにして川に沈めるわよ!」

 年齢に触れられたくないユーディは、既に実力行使でルビィにつかみかかろうとしていた。ルビィも見事な反応でそれを受け止め、両者の間で激しいにらみ合いが続く。

 その隣でなぜかシディアが二人の応援まで始めて、もうしっちゃかめっちゃかだ。何このキャットファイト。

 それはそうと、

「二五歳って、本当なのかよそれ……。俺と同い年って……」

 ウサピィもウサピィで、目の前の(見た目だけ)幼い女の子の実年齢とのギャップに、お口をあんぐりである。

 いてもいいのか、こんな純真無垢そうな幼い顔と体型をした二五歳が。もう完全に詐欺じゃないか。ただの二五才児じゃないか、これ。

 ──って、何を考えてるんだ、俺は。今は仕事中だろ。お客様の見た目と年齢が違いすぎるからって、やる事は変わらないじゃないか。

 そう、美容師である自分にできるのは、お客様の要望に沿った最高の髪型を提供する事。

「ルビィ! それにユーディも! 店の中では静かにしろ!」

「わ、わかりました! ごめんなさい、ウサピィ!」

「ウ、ウサピィ、私お客さ…」

「店内ではお静かに! お客様!」

「は、はい……」

 有無を言わせないウサピィの迫力に、普段は強気なユーディもつい押し黙ってしまった。

 仕事モードに入ったウサピィの迫力は、時に魔法使いのそれすら凌駕するのだ。

「それでは改めまして、どのような髪型にしたいか、何か希望はありますか?」

「えっとそれは、その、お任せします」

「それは、髪型は変えてしまっても大丈夫って意味なのか? 魔法使いには、家系に伝わる髪型があるって聞いてるんだけど、本当に大丈夫なのか?」

「元々、わたしはシュネーヴァイスの中では異端扱いでしたから。そういうのも、あまり強要されてないので大丈夫です」

 少しちくっと、何かがファイの心を突っついた。

 魔法を使えなくなった時ほどではないけど、家の人達のファイの見る目は冷たいものだった。雷光魔法の名家であるシュネーヴァイスの面汚しとは、よく言われたものである。

 もっとも、今ではその頃が懐かしく思えてしまうのだけど。

「そうか……。なら、魔力を上げる方でいいんだな?」

「は、はい。お願いします」

 さあ、いよいよその時がやってこようとしていた。

 ウサピィが髪に触れた瞬間、びくって背中が震えた。まるで、髪の毛の先端まで神経が通ってるみたい。

 ううん、男の人に髪の毛を触られるのが初めてだから、緊張しているだけだ。

 トクッ、トクッ、トクッと、ファイの心臓は早鐘を打つ。

 ファイの髪を一房取り上げたウサピィは、目と感触を頼りに状態を確認している。鏡に映るその姿は真剣そのもので、思わず引き込まれそうになる。

 鋭い瞳は凛々しく、髪に触れる指は職人そのもの。

「ダメージがひどいな。まずは、髪を洗った方がよさそうですね。こちらへどうぞ」

「は、はい」

 ウサピィに案内されて、ファイは一段上がった奥のスペース──シャンプー台のある椅子に座った。髪を洗うって言ってたけど、椅子に座ったままどうやって洗うのだろうか。

 ファイが疑問符を浮かべている間に、ウサピィは手際よく準備を進めてゆく。丁寧に折ったタオルを首に巻き付け、その上から吸水性の高い水吸水上衣(シャンプークロス)を巻きつける。

 するといきなりに椅子が半回転して、背もたれがくいっと倒された。ファイの首は、洗面台の丸くくぼんだ場所にぴったりと収まる。

 わけがわからなくて、声がでない。何だか、実験されるみたいで怖い……。

 そして最後に、ウサピィはフェイスタオルを固まっているファイの顔に置いた。

「あ、あの……!」

「あ、はい。どうかされましたか?」

「か、髪を、洗うだけなんです、よね?」

「あぁ、本当に髪を洗うだけですから、心配しないで大丈夫です」

 どうやら、本当にこのまま髪を洗うみたいだ。

 服は着たままだし、変な上着みたいなのをかけられるし、前は見えないし、これで本当に洗えるの?

 そう思っていると、頭の上からシャーって水の音が聞こえてきた。

 あ、これ水じゃなくてお湯だ。ちょうどいい温度で、すごくあったかい。

「お湯加減は大丈夫ですか?」

「はっ、ひゃい!」

 いきなり話しかけられて、声が裏返ってしまった。うわぁぁ、恥ずかしい。

「大丈夫、です」

 尻すぼみに消えていくファイの答えをふっと笑いながら、ウサピィは作業を続ける。

 十分に髪が濡れたところで、次はシャンプーの時間だ。ワシャワシャと、懐かしい音が鼓膜を優しく打つ。

 ラグトゥダさんの家のお風呂は、お世辞にもいいとはいえない。シャワーの温度はお湯よりも水に近いぬるま湯だし、シャンプーもこんなに泡立つようなものは使っていない。これで本当に汚れが落ちてるの? と思いたくなるくらいだ。

 実家にいた頃は、たっぷりのお湯とお花の香りのする石鹸があって、数少ない仲良しの侍女が洗ってくれていた。あの頃を思い出す。

 でもウサピィの手つきは、その時の侍女以上だ。頭の気持ちいい場所を的確に突いてきて、あぁ、すごい良い。最近忙しかったから、ちょっと眠くなってきたかも。

 ファイの意識もだんだんと朦朧としてきてうとうとし始めた頃、

「シャンプー流しますね」

 シャワーから勢いよくでてきたお湯が、泡立つシャンプーを一気に洗い流した。

 眠ってしまいそうだった意識は一気に覚醒して、今は髪を洗われていた最中だったのを思い出す。

 新たに取り出したタオルでしっかりと水気を吸い取ったところで、ファイスタオルが取られ背もたれを起こされた。

「どうぞ、新しいタオルです」

「あ、ありがとうございます」

 タオルを受け取ったファイは顔を拭き、続けて髪に残ったお湯をごしごしとぬぐってゆく。

「では、こちらに」

 髪を洗ってさっぱりしたところで、再び元の椅子に座った。

 あぁ、これだけでも来た甲斐があったかも。あれ、そういえば、ここには何をしに来たんだったっけ?

 髪の毛が服につかないようカットクロスを巻かれたのだが、ファイはこれにも気付いていないらしい。

「う~ん、どんな感じにしようか……」

 シャンプーの余韻で緩みきった表情のファイとは正反対に、ウサピィはどんな髪型がベストか頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。

 まっすぐに伸ばした髪は、前髪は上唇、それ以外は鳩尾(みぞおち)の高さまで、まさに伸びたい放題に伸びきっている。

 むしろ、よくこうなるまで放置していたものだ。髪型なんてあったもんじゃない。

「困ってるなら、色んな髪型ができるように、あまり切らない方がいいんじゃない?」

「困ってるわけじゃない。考えてるだけだ」

「まあ、それはいいんだけど。でも、そうねぇ……。動きやすい髪型にしてあげればいいと思うわよ。学生時代も、よくまとめてたし」

「そうなのか? 俺はてっきり、前からこんなんだと思ってたんだが」

 ん? なんか、ウサピィとユーディが話しているみたい。

 それで、ここには何をしに来たんだっけ。そうだ、髪を切ってもらいに来たんだった。

「でも確かに、ここまで伸ばすのも大変だろうしな。ばっさり切っちまうのも、もったいないし。本人も切る事にはこだわってないみたいだし……」

 そうと決まればと、さっそくウサピィの手が動いた。

 美容師としては少し(しゃく)だが、ユーディの案を採用する事にした。髪は可能な限り残しつつ、髪型で勝負をする。そのためにも、まずは全体の形を整える事が重要だ。

 この世界の人は、自分かあるいは親、もしくは非常に親しい友人達に髪を切ってもらっている。そのせいで、みんな毛先のラインがバラバラなのだ。

 ウサピィは櫛で髪を整えつつ、先端がそろうように手早くカットしてゆく。癖はないのだが、いかんせんろくな手入れがなされていなかったせいで、お世辞にも指通りがいいとはいえない。

 前後左右の髪のラインを単に整えるだけでなく、ダメージの多い髪や、枝分かれしてしまった髪も一本逃さずカットしてゆく。

 またファイは、毛量そのものも多いらしい。先端のラインがそろったところで、今度はすきバサミで毛量の調整にかかる。

「いつ見ても不思議ね。髪を切ってるのに、髪型が変わらないんだから」

「だよねぇ。ボクは使ってもらった事ないから、どんな感じかわかんないんだけど」

「まるで魔法みたいです! やっぱり、ウサピィさんはすごいです!」

 すきバサミでカットするウサピィを物珍しそうに見る、ユーディとルビィとシディア。

 しかし、もう三人の声は既にウサピィには届いていない。全体的にもっさりした感じがなくなったところで、もう一度毛先のラインを微調整。ほんの少し変わったバランスに合わせて、数ミリずつ毛先を切ってゆく。

「ふぅぅ。まずはこんなもんか」

「「「おぉぉ……」」」

 カットの終了したファイを見て、三人は思わず目を見開いた。

 さっきまでと同じロングヘアーだというのに、受ける印象がまるで違う。

 これが、ただ伸ばしていただけの状態と、ロングヘアー違いなのだろう。ウサピィも満足気にうなずいている。

 だが、本当の見せ場はここからだ。

 まずは正面から見えない部分の髪を、三つのブロックにわける。次にブラシをかけて流れを整え、頭皮を引っ張らないように注意しながら各ブロックをねじって、三つ編みにしてゆく。

 簡単にほどけたりしないように、しかし痛んだりしないギリギリのラインで強くあんでゆく。これで、しっかりとした三つ編みの完成だ。ここまでなら、シディアの髪型と大差ない。

 誰もがこれで完成と思ったが、ウサピィの手はまだ止まってはいなかった。これでも動きやすくはあるのだが、髪が長いだけあって十分とはいえない。

 それに、一回り近くも年下のシディアと同じというのも味気ないだろう。子供には子供の、大人には大人の魅力というものがあるのだ。

 馬の尻尾みたいになった毛先を軸にして、ウサピィは三つ編みをくるくると巻き始めた。毛先の束が隠れるように、お団子状に三つ編みをまとめてゆく。

 そして三つ編みを完全に巻ききったところで位置を微調整し、目立たないようにヘアピンを刺して髪型を固定する。

 最後にもう一度ハサミを手に取り、束ねなかった部分を角度をつけながら切ってゆき……。

「よし、完成だ!」

 ようやく施術が終了した。

 三つ編みを束ねて作ったシニヨン──俗に言うお団子ヘアー──は動きやすさもさることながら、引き締まった印象を与えてくれる。

 可愛らしさと凛々しさが見事な調和を織り成し、強者の風格すら漂ってくるほどだ。

 シニヨンからは一本の毛も飛び出しておらず、これぞまさに職人の技というべきものだろう。

 会心のできだ。確かな手応えを感じているらしく、ウサピィの表情も満足気だ。

 しかし、

「…………あれ?」

 ファイの体には、何の変化も起こらなかった。

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