Act04:彩髪と濁髪 Ⅲ
「やぁ、また会ったねぇ。もっとも、会うたびに問題を起こされていては、僕の気も滅入るというものだが」
運動も兼ねて街のパトロールに出ていたラグトゥダが、カウンターの奥から額の汗をふきつつのっそりと現れたのである。
見覚えのあるラグトゥダの姿に、魔法使いは顔をこわばらせた。
威厳も強さも感じられないなりをしているが、ラグトゥダは魔法ギルド・ルベール支部の支部長であると同時に、女王直轄護衛竜騎士団の魔法ギルド補佐騎士団でかなり高い地位に就く人物なのである。
濁髪ばかりの駐街騎士団ならまだしも、魔法の技能も重要視される魔法ギルド補佐騎士団の中で……。
「こ、こっちだって、好きで問題を起こしてるわけじゃねぇ」
魔法使いは言葉を選びつつ、ラグトゥダに向かって言い返した。
前回は言い負かされてしなったが、同じ轍を踏むわけにはいかない。
「俺はただ、そこの濁髪に身の程をわからせてやろうとしただけだ」
「ふむ。それで、どんな方法なんだね?」
ラグトゥダは頭ごなしに否定したりせず、あくまでいつも通りの姿勢を崩さないまま、冷静に魔法使いに聞き返した。
「そこのおっさんが隠した、ウェアウルフの討伐依頼だ。一匹でも倒せたら、魔法使いとして認めてやるって言ったんだよ」
「なるほど。その依頼書、僕にも見せてくれないかな?」
「ど、どうぞ」
ラグトゥダは問題の依頼書を受け取り、書かれた内容へと目を落とす。
そして二度三度頷くと、再び魔法使いへと向き直った。
「なるほど。郊外の農村部からの依頼か。緊急とまではいかないけど、急ぎの案件には間違いない。これを受けてくれるのは、魔法ギルドとしても非常に助かる。報酬が少しばかり少ないせいか、受け手のなかった案件だからねぇ」
「だろ?」
魔法使いは、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
これで身の程知らずの濁髪に、現実を知らしめてやる事ができる。
しかし、魔法使いの思うようにはいかなかった。
「だが、許可できない」
「どうしてだよ!」
ラグトゥダは、魔法使いの提案をあっさり却下したのである。
「今さっき、受けてくれると助かるって言ったばっかじゃねぇか!」
「確かに言った。しかしそれは、君が単独で行く場合だ。シディア君の同行を許可する事はできない」
「はんっ。どうしてだよ?」
ふむと、タグトゥダはしばし思案する。
困っている様子もなければ、悩んでいる様子もない。相変わらず何を考えているのかわからない、不気味な人物だ。
とはいえ、思案していたのはわずか十秒にも満たない時間だ。
ラグトゥダはまっすぐに、魔法使いの目を見て口を開いた。
「僕は君の実力も、シディア君の実力も把握している。本人の前で言うのは忍びないんだが、シディア君には荷が重過ぎる」
一瞬だけ、ラグトゥダはシディアへと目を向ける。魔法使いには決して向かない、自分と同じ濁髪である。
ここまで魔法使いになりたい者もそうそういないのに、運命とはまこと残酷なものだ。
「無論、君が彼女の面倒を見ながらウェアウルフ討伐を行ってくれるのならかまわないが、そんな気はないのだろう?」
「……………………当たり前だろ。俺が助けたら、覚悟を試す意味がなくなってしまう」
それが当然だろうという魔法使いの反応に、ラグトゥダはやれやれと頭を振る。
「こちらもお役所仕事でね。できるだけ問題は起こしたくないのさ。僕の査定にも響くしねぇ」
こんな場面にも関らずいつも通りにおどけて見せるラグトゥダに、カウンターの内側にいた職員達は思わず吹き出してしまった。
すごく真面目な話をしていると思ったのに、結局は自分の給料のためだとか、実にラグトゥダらしい答えだ。
「そういうわけだから、その依頼は君一人で頼むよ」
「…………ってらんねぇぜ」
「んん? どうしたかね?」
「やってらんねぇって言ったんだよ!」
魔法使いは、今日一番の大きな声で吼えた。
「ったく、なんで彩髪の俺が、濁髪の言う事を聞かなきゃなんねぇんだよ! お前も、お前も、それにお前らもだ!」
魔法使いはシディアを、ラグトゥダを、そして魔法ギルドの職員達を指差しながらわめき散らす。
そこにはもう、魔法使い自身の言っていた、威厳も何もあったものではない。ただただ、惨めで見苦しくて、見ていられるようなものじゃない。
「どいつもこいつも、魔法使いを何だと思ってんだ!」
「それは、こちらの台詞だ」
そんな魔法使いに向かって、ラグトゥダは普段にはない鋭い口調で切り込んだ。
いつもと同じ声音、同じ口調なのに、声の同じ全く別人が話しているように感じられる。
これが、伊達や酔狂でラグトゥダが今の地位にいるわけではない、という証拠なのだろう。
「君こそ、魔法使いを何だと思っているんだい? まさか、魔法使いこそ最も優れた人種だとか、神に選ばれた崇拝されるべき存在とか、そんな幼稚な妄想でも抱いているんじゃないだろうねぇ?」
「幼稚な妄想だと? むしろそれが事実だろう!」
自分の全てを否定するようなラグトゥダの発言に、魔法使いは言い返す。
「濁髪には使えない魔法が、俺達彩髪には使える。それが絶対の指標だろ!」
魔法使いは絶対だ。魔法使いこそ至高の存在だ。魔法使いこそこの地上で最も優れた人種だ。
それが真理であり、この世界の絶対の理なのだ。
教えてやらねば。この場の、教養のない濁髪共に。それが、魔法使いとしての自分の責務なのだから。
それをどうやってこいつらに説いてやろうか。魔法使いは息を荒げながらそんな事を考えていると、
「やれやれ、これだから魔法使い至上主義者は……」
ラグトゥダは、ほとほと呆れ果てた深いため息をつく。
「残念ながら、僕は平等主義者だ。だから濁髪だろうと彩髪だろうと、そんな髪の色なんて瑣末な問題で差別なんてしない。使える人間はどっちであろうと使えるし、使えない人間はどっちにしても使えないからねぇ」
そして、魔法使いとは正反対の事を、さもどうでもよさげに言ってのけた。
「君はまぁ、使える人間ではある。君の実力だけは、僕も高く評価しているよ。人格には、多少の難があるようだがね」
「んだと! ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」
ついには直接本人に向けて、ラグトゥダは辛辣な──しかし客観的視点から見た冷静な評価を告げた。
魔法使い本人以外、この場にいる誰もがラグトゥダの評価は正当なものだと思った事だろう。誰一人として、否定する者はいない。
「というわけで、ウェアウルフ討伐の件をお願いするよ。書類はこちらで処理しておくから、もう行って構わない」
「ふざけんな! まだ話は終わって…」
「やれやれ、理解力のない君のために、もう少しわかりやすく言い直してあげるとしよう」
裏方へとひっこもうとしたラグトゥダは、最後にもう一度だけ振り返って、決定的な一言を言ってやった。
「君の主張は大変耳障りで、視界に収めているだけでも気分が悪くなるから、さっさと出て行け、と言っているんだよ。本当に、この建物への立ち入りを禁止させてもらうよ?」
「な…………」
「ついでに、僕のポケットマネーからも、報酬を上乗せする事を約束する。だから……」
そして一度言葉を切り、
「とっととこの場から消えてくれ。これも依頼内容に追加させてもらう。さぁ、もう行きたまえ」
もう興味が失せたとばかりに、ラグトゥダはカウンターの奥へと引っ込んだ。
プライドを完膚なきまでに叩き潰された魔法使いは、依頼を受注して建物の外へと出て行く。それはもう、心ここにあらずといった感じで。
魔法ギルドの中に、再び静寂が訪れた。緊張の糸もぷっつりと切れ、誰もが脱力して椅子の背もたれにもたれかかっている。特に魔法使いの相手をしていた受付のおっちゃんなんか、そのまま寝てしまいそうなくらい疲れきっていた。
「すまないね、諸君。問題のある魔法使いの対処について、上の方に意見具申するとしよう」
奥に引っ込んだラグトゥダは、ケセラスの作り過ぎたコーヒー(ファイちゃんスペシャルブレンド)の残りを片手に戻ってきた。うむ、ちょっと甘すぎるねぇ、なんて言いながら顔色一つ変えずにごくごくと飲んでいる。
「それと、君にもすまない事をしたね、シディア君」
飲み終えたカップをカウンターに置き、ラグトゥダは再びシディアの前までやってきた。
「いえ、大丈夫です」
「うむ、元気があってよろしい。アメちゃんをあげよう」
「やったぁ! ありがとうございます」
「君達にも迷惑をかけた。仕事が終わったら、どこかご飯でも食べに行くとしよう。経費はギルドから出す」
「やったー!」
「太っ腹っす、ショーグン!」
「今日は食うぞぉ~!」
「そして飲むぞぉ~!」
太っ腹なラグトゥダの提案に、あちこちから楽しげな声が上がる。というか、騒ぎの起こる前よりも元気になっているような気がしないでもない。
やっぱり職場は明るいのに限ると、ラグトゥダはうんうんと頷いた。
「シディア君も来るといい。今日の件のお詫びだ。お友達を連れてきても構わないよ。もっとも、常識の範囲内でだがね」
「はい! ありがとうございます! ラグトゥダさん!」
今日はみんなでごちそうか。しかも、今回はシディアちゃんやそのお友達まで来るから、前にやったときよりもにぎやかになりそうだ。これなら、今日は晩御飯作らなくていいかも。
というわけで、この後のお仕事もがんばろう。ファイは気合を入れ直して、魔法ギルド本部に送る資料作成を始める。
そのさなか、ファイはちらりとシディアの方をうかがう。嬉しそうに、今もらったばかりのアメちゃんを舐めてる。その笑顔はとっても眩しくて、眩しすぎて、とても直視する事ができなかった。




