6人目
6人目の犠牲者、村名イヨは何者かに首を絞められたことによって、的外れな推理だったと後悔していた。
自分が犯人だと断定した人物は眼の前にいる。その視線は頭の上。なぜ、上を見ているのだろうか。上を見るなんて考えられない。
真の犯人はワタシの首を絞めている。手ではない。この感触、細い紐の束だ。
あは、は、はは、は……。笑えない。辛いときはいつも笑ってその場をごまかしていた。そうすることによって自分の感情を守っていた。
笑わなきゃ!
笑わないと、ワタシは壊れてしまう。
「誰だお前は!」
栗夜朝男が叫ぶ。犯人は、ワタシたちの中にいたのではなく、こっそり隠れてワタシたちを見張っていたのだ。おそらくひとり。だから罠を張り、数が減るのを待っていた。もうふたりになってしまった、だから、姿を現したのだ。
栗夜さん、疑ってしまってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
イヨは朝男を見下ろしながら、舌がでろりと飛び出るのを感じた。眼球がまぶたを押し開き、外へ出るのを感じた。顔が膨張するのを感じた。ぐるん、と瞳が裏返るのを……感じ……た。
☆
壁に、中学生くらいの女の子が張り付いていた。眼はうつろで、無表情。もちろん面識はない。
艶のある黒髪がするすると伸び、イヨの首に巻きついた。助ける間もなく、イヨの身体は持ち上げられ、やがてすぐに彼女のくちからだらりと舌が垂れ出した。
「誰だお前は!」
もちろん女の子は答えない。
思考が停止し、茫然としていると、イヨの身体がこちらに飛んできた。我に返ったボクは身をひるがえし、背後でベチッという肉の塊が落ちる音を聞きながら視聴覚室から飛び出した。
戦うとか説得するとか罵倒するとか泣くとか笑うとか思わなかった。逃げる、それしかボクの脳には浮かばなかった。
まずは階段を目指す。外の空気、解放感を得たかった。4階、3階、2階まできたとき、女の子はボクの前に立っていた。
いつの間に追いつかれ、追いぬかれていたのか!
引き返すつもりはもうとうなかった。そのまま突進し、跳躍し、ひざを繰り出す。
女の子の顔面にあたる、そう思った瞬間、ボクは窓を割っていた。中庭へ躍り出る。2階だったので助かった。あちこち打撲したが、すぐに立ち上がり、眼についた建物を目指す。形状から体育館だろう。サクラ並木の下を通り、広い入り口が見えてきたのでそこに飛び込む。大きな靴箱を抜けた瞬間、ボクはすべった。
ツルゴンザアアアとけっこうすべった。数メートル先でとまり、腰を上げると、体育館の中央に女の子が立っていた。
出方を見守っていると、その子がにやりとして見せた。
「わたしの名前は絵月蘭菜、中学2年、よろしくね。栗夜朝男先輩」
館内に入ったとき、足を取られた理由がわかった。
あたり一面、血の海だったのだ。
蘭菜と名乗った少女の周囲に、数人の死体が横たわっている。みんな若い、それに同じ学校の制服を着ている。ひとりの顔が、こちらに向けられている。大きく見開かれた眼、薄く開けられたくち、短い髪、鼻にピアス、なんだよこれ、死体を見ていると、記憶がシェイクされるようだ。
「思い出せない?」蘭菜がにこやかに言う。「わたしのことは仕方ないとしても、この男なら、知っているんじゃないの?」
ボクがこの生徒を知っている?
頭が痛い。
ボクがこの鼻ピアスを知っているだと?
「ヒント。この男の名前は、比呂秋」
比呂秋……比呂秋……ダメだ、頭が痛い。
「ところで朝男先輩、自分の腕、見た?」
腕? なにを言っている。見下ろす。右腕……は、ひじからぽっきりと折れていた。
持ち上げるとぷらぷらと揺れる。
ああああああ!
「あなたという存在理由が、いよいよ崩壊しているのかしら」
比呂秋……彼だけじゃない。体育館にぶっ倒れている豊可も尚伍も崔斗も千代実も霧子も亜紀名も知っている。
「でもわたしは、あなたが壊れるのを望んでいない」
ボクはこいつらを知っている!
そして、この世界の謎が、解けた。それだけじゃない、蘭菜も、ボクの秘密も、解けた。
つづく