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5人目

5人目の犠牲者、多々(たた)羅光(らこう)(すけ)は、おおこれがそうか、とないはずの左手に感じる幻肢痛(げんしつう)を堪能していた。手の甲にくぎを打たれた感覚。その一点だけにものすごい痛みを感じたのだ。だけど光介は幻肢という言葉を知っていたため、それほど驚くことはなかった。切断された四肢に痛みを感じるという勘違い。それは脳が、左手はまだある、と誤解しているだけのこと。

腕は手首とひじのちょうど中間あたりで途切れている。くいっくいっと動かすと、ひじから下の短い部分だけがくいっくいっと上下する。手があるように感じるのに、視認は出来ない。これが現実。実際に左手は半分なくなっているのだ。

それはそれで仕方ないと光介は思った。切られてしまったものは戻ってこない。受け入れるしかない。あきらめた瞬間、光介は泣いた。

涙をこらえない。涙を流すことで、痛みも、苦しみも、辛さも溶け出して行く。

だから光介は泣くのだった。ガマンすることなく涙を流すのだった。

次から次へと湧き出る涙とともに、すべては薄らいで行く。すべては過去となる。

2人がいない。冷静になるとともにそのことに気づくことが出来た。あのふたりのことだ、僕を見捨てることはないだろう。きっと戻ってくる。だけど、ひとりで待っているのは耐えられない。

光介は血を失った肉体をいたわりながら立ちあがった。視界が暗転する。しばらくふんばり、血の循環を待ち、そうしてようやく歩き出した。S・P・ウォッチは腕とともに失われた。完全な無防備だ。感を頼るしかない。

たどり着いた先は、職員室、と書かれていた。ピンと来ない。ここではない。教師たちが存在するのなら来るだろう。大人の助けを求めるために。しかし、この学校に存在するのは教室で意識を失っていた者たちだけ。それはS・P・ウォッチで確認済み。だから職員室にはいない。むしろ、ここに入ってはいけない、と光介は判断し、踵を返した。おそらく、僕を助けるために腕を探しに行っているのだろう。ならば、場所が違う。

残された時間は少ない。大量に失血し、切り落とされた腕も早く保存しなければならない。そう考えると、あのふたりが行くべき場所は一階トイレ付近。刀おじさんに返り討ちにあっている可能性もある。だってふたりは武器を持っていないんだもん。しかしもみ合いの内に、腕のことを忘れ、そのまま放置している可能性がある。そう、すべては可能性なのだ。確率の高い順に巡って行くしかない。腕を失っているのに意外と冷静だな、と光介は思った。泣きそうになるのをこらえる。

ふとうつむいたとき、血痕を見つけた。追いかけるのは危険だと幼いながらに思う。しかし今はそれに、すがるしかない。

階段をのぼり、さらにのぼり、5階へ。血痕は点々とつづき、音楽室の前で途切れている。だけどここでまた警報がなる。

これは明らかに誘い込もうとしている罠だ。それでも確認はしなければならない。腕があるのかないのか……。


うわああああん……。


どこかから男の子の泣き声が響いてきた。どこだ、と耳をすませる。すると確かに聞こえる。音を追う。移動した先は視聴覚室だった。ドアの前に立つと、声質まで認識できた。

光介は生唾をのんだ。なぜなら、泣いているのは、自分の声とそっくりだったのだ。

これも罠だ。自分の声を録音していてそれを流している。誘い出すために流している。でも、確認だけなら……バレなければ……大丈夫。

光介は音を立てないように、ゆっくりとドアを開けた。ずらりと細長い机が並んでいる。その先にある巨大モニターに、光介が映っていた。それだけならまだいい。こっそりと、撮影していたのだ。しかし光介は警戒心を一瞬で忘れてついつい足を踏み入れた。それほどの効果を画面に映る光介が持っていたのだ。

職員室の扉を背にして泣いている光介……左手がない。それがどういう意味を持っているのか、本人にしかわからない。

そう、光介はドアの前で泣いていないのだ。つい先ほどのことだ、忘れるはずがない。つまり、画面に映る光介は実物ではないということ。造られた光介。でも、CGなどには見えない。本物、そのものだ。

『好きなところに座りなよ』

画面の中の光介が泣きながら言う。それに従う光介。すぐ逃げられるように中央通路側の一番後ろに座った。

『どうして泣いてないの?』

画面の光介の問いに、今も見られているのだろうか、と光介は部屋の隅々を見渡した。モニターの明かりのみの部屋は、詳細を確認することが出来ない。しかし間違いなく、見られている。

『君は――』モニターの画像が乱れた。『君――僕は泣かなくては――らない。そうしないと、君――僕の、存在意義が失われるん――』

なにを言ってるんだ、あいつは――僕は……。

『泣いたほうがいいよ』

言い終わると同時に、光介は鼻をすすり始めた。

『ありがとう。僕は、わたしは、君に助けられた。それだけは忘れないでほしい』

光介はついに、本格的に泣きだした。大声をあげ、身体を小刻みに震わせている。

『そして……さようなら』

逃げられない、と悟ったから……もう光介には泣くしか……道は残されていない……。

前方の座席からむくむくと起き上がる者たち。モニターの光を受け、頭部からダラダラとドロドロと流す血が光を反射しているのが見て取れる。若い。中学生くらいの男女たち。

涙を通して、通路の中央、巨大モニターの真下にひとりの少女が立っているのがおぼろげに見えた。逆光となって顔はぼやけている。彼女が両手を上げる。次の瞬間、血まみれの男女が振り返り、光介に襲いかかった。

ああ、やめて、ゆるして、なんで僕をいじめるの? 怖がらせるの? 痛めつけるの?

うわああああああああん!


     ☆

保健室に戻ると少年の姿はなかった。あのケガでどこへ行ったというのだろう。

イヨが腕時計を操作した。すると空間に緑色の設計図が現れ、点滅する五つのマークが地図上に浮かんだ。

「廊下、理科室……音楽室と視聴覚室、そして、一階のトイレね」

そう言って走り出すイヨを追う。

「今のって、もしかして、他のひとの居場所?」

「そう。まずはここよ!」

トイレに着いた。女子トイレ。そこでボクはあの女の人はここにいる、と悟る。

水浸しの白いタイルの上に仰向けになって横たわる赤い髪の女性。イヨが近づき、首をひねると、女性のくちからどろろろろろと水があふれ出した。

イヨは視線をあたりに走らせると、ある一点でぴたりととめ、すぐにそこへ向かった。それは排水溝だった。

こりこりと爪を立てる。

しばらくして何かを手にした。茶色い物体だ。

「それはなに?」

ボクの問いを無視して彼女は個室へ入る。すぐに出てきて隣の個室へ。そうしてすべてを確認すると、あははははははは!

イヨが前触れもなく笑い出した。ボクは驚いてびぐっと跳びはねる。

「ど、どうしたの?」

答えずにイヨは駈け出した。それをボクは再び追いかける。

次にたどり着いた場所は音楽室だった。

中央で自ら刀を首に突き立てているスーツの男。自殺したように見える。

イヨは彼ではなく、周囲を気にしている。

そこでボクは妙なことに気づいた。

なんで音楽室に、身の丈もある巨大な長方形のスピーカーが四隅にデンと置かれているのだろう。考えても仕方がない。それがこの学校の音楽室なのだから。

そうだ、隣に視聴覚室がある。そこも、点滅していた。

「もしかして、隣には――」

イヨを置いてボクは音楽室を出た。少年が危険だ。助けなければ!

視聴覚室は真っ暗で、電気をつけようと周囲の壁を調べるけれど、スイッチらしきものは見当たらない。

「無事かい?」

暗いまま安否を確認する。返事はない。

眼がなれてくるとぼうっと人影が浮かんできた。誰かが長い椅子につっぷしているような影。近づこうとしたとき、室内がぱあっと明るくなった。

振り返るとイヨが立っていて、腕時計のライトを点けていた。

明るみにさらされた少年。駆け寄り、脈をとる。

「こんな子ども、まで。なにが目的なんだ!」


あははははははは!


イヨがまた笑った。どういうことだ。まさか彼女が……犯人?

「とんだ茶番ね」

「え?」

「なんでよ、なんで痛くないの?」

痛くない……? 彼女はなにを言ってるんだ。

「その指よ」

イヨがボクの左手を指している。見下ろすと、あら、親指の爪が半分取れかかっていた。ドリュウドリュウと赤黒い血が滴り落ちている。まったく気づかなかった。

「ワタシ、わかっちゃった。栗夜くん、あなたが犯人だったのね」

イヨは勘違いをしている。

「違うよ。だって、ずっといっしょにいたじゃないか」

「アリバイなんて必要ないのよ。現場で、こんなものを見つけたの」

そう言ってイヨはポケットからいくつかのアイテムを取り、ボクの眼の前に放り投げた。


釣り糸。鉛の玉。先ほどの茶色い物体。


「廊下で首を切られていた女性は、張り巡らされた釣り糸に首をひっかけて死んだ。金髪の男性は細工された罠を作動させてしまい死んだ。おそらくこの球が壁沿いに作られた道を通り、その道中、いろんな罠を解除して行ったのだと思う。高度なドミノみたいにね。そして最後の茶色いものは、布テープの切れ端、排水溝をふさぎ、赤い髪の女性をおぼれさせた。便器の水道管が壊されていたのを、ワタシは見た」

「だからどうだって……」

ああ、なるほど。

「つまり、犯行現場にいなくても、犯行は行えたの。遠隔操作。罠の中に獲物が飛び込めば、勝手に作動する、ね」

「でも、それじゃあ、スーツ男と少年の説明が……」

説明は出来る。音楽で、映像で、洗脳、あるいはそれに近い状態に彼らは持って行かれたんだ。

「ボクは関係ない。つまり、犯人は君だということになる」

そう反論したとき、ボクとイヨの推理は間違っていた、と知る。

突如現れた、女の子によって……。


つづく

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