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機械の時間D

作者: 七式

 何故だ。何故、感付かれた。私は実に慎重に研究をしていたはずだ。誰にも気づかれず、誰にも話さず。宇宙は私達には広すぎたのだ。月や火星、そこまではよかった。しかしこれ以上は人間の、いや今の技術力では困難だ。我々人類は自らが壊した地球に戻らなければならない。

 ガチリ

 遠くない距離から扉が開く音がした。もう時間が無い。息子よ、地球はいい所だ。私も、お前と行きたかった。だが私はここに残る。残らねばならない。連中がどうやって私を調べ、何故この研究の邪魔をするのかを知らなければお前にも危害が及ぶだろう。思えば物心付いた時に母親を亡くしたお前には寂しい思いをさせたと思う。今頃、遅いか。

 扉が開く音が近くなり、私は装置を起動させ眠る息子の乗った装置を地球に飛ばした。地球に人は残っている。それも、繁殖し繁栄しようとしている。息子よ、お前はそこで生きろ。広く、狭い宇宙に逃げた我々とは違う道だ。

 光る宇宙船を見守ると扉が開く音が後ろからする。

「アイザック・ホーキングスだな」

 何か気の利いたセリフでも言おうと思ったが、言葉を発するより先に衝撃が走りここからの記憶が無い。


 2

「また、調査船からの通信が途絶えました」

 これで何度目だろう。私達に届く便りは悲報だけなのか。増え続ける人間の新天地を目指し調査を続けていたが、ふりだしに戻るばかりで進む気配が無い。進むのは状況の悪化ばかりであった。

「そうか。いや、今日はもう遅い。各自担当の者以外は帰ってもいい。もうこれ以上の悲報は届かないだろうから」

 私は掛けていた上着を羽織り研究室を出る準備をした。

「最近は早く帰られるのですね」

「息子がね、私の話を聞きたがって仕方ないって顔をするんだよ。父親としては嬉しい事だよ」

 途中、本のデータを三つほど購入し我が家に急いだ。帰宅するとメイドのドニが迎えてくれた。「ウィルは」と尋ねると「いつもの場所で読書中です」と控えめな笑いで答える。書斎に行くと体に似合わない椅子に座り読書をしていた。私が部屋に入ってきた事にも気付かずに黙々と。

「ただいま」

「ひゃっ」

 とても驚いたようだが、向けられた表情は笑顔だった。

「今日は何の本を読んでいるんだい」

「すごいんだ。ここの数字とここがね、仲良くしたらここがわかるんだ。でね、こっちが飛び跳ねると」

 息子が手にしている物はとても年齢には似つかわしくない本である。我々大人でも頭を抱える様な本の内容を、まるで指の数を数える算数の様に理解していた。内容と表現の差に時として私がわからなく時がある。

「今日もお土産だ。もう少しお仕事があるから、ご飯の時間なったら話の続きをしよう」

 息子はとても可愛らしく返事をすると、新しいおもちゃに嬉々としていた。ドニによろしく頼むと礼儀正しい姿勢でお辞儀をしてくれた。さて、私は地下にある部屋で資料をにらみつける。先人達は宇宙に飛び出した。先人達は暗闇に一歩踏み出した勇気ある行為だったと言うのかもしれないが、それは後ろが崖だっただけではないのか。それほどにまで地球は壊滅的な打撃を受けているのか。一般に公開されている情報には放射線による汚染、ナノマシンの変異による生態系の変化。これにより地球は我々人類には住み辛い星となった。私は今の技術ならば宇宙を開拓するよりもたやすく、地球を再生できると確信している。だが政府は頑なに宇宙開拓を推進する。私の観測以上に地球は人が住めない状態なのか、それとも政府に薄暗い思想があるのか。なんにせよ、私の研究が完成すればこのような疑問も杞憂に終わる。あと少しで理論が完成する、そうすれば息子にも私自身も緑の地球を見る日が来るはずだ。少ししてウィルとドニが夕食を知らせに来てくれた。あまり根を詰めてもいけない。私は資料をまとめ二人と夕食をとる。暖かい食事と二人との会話はこの薄暗い宇宙において、十分な安らぎであった。


 3

 バリッっと首に痛みが走り、私は覚醒した。首元に冷たい感触を知り、触れたそこには金属の重厚な感触があった。この首輪から電気が流れたのか。石造りののっぺりとした壁以外何も無い個室だった。

「起きたか」

 閉ざされた扉の先から声が掛けられる。低い事務的な声から相手の思考が読めない。私は体を起こし、扉の横の壁に寄り添いながら受け答えた。

「随分立派な部屋じゃないか、ルームサービスはあるのかね」

「大したものだ」

 再び首元に痛みが走る。先程より長い時間痛みが続き、額を壁に擦る。痛みから解放された私に再度声が掛かる。

「貴方の研究を私達の所で行いませんか」

 今度は女性の声であったが、やはり事務的であり抑揚も薄い。

「どこで聞いたは知らんがお前達が喜ぶような研究はしていない。そもそもどんな研究なのだ」

「それは貴方がよく知っているはずだ」

 冷たい男の声が私の心を削る。彼らは暴力的な手段をいとわずに事を運ぶだろう。

「仮にだ。断ればどうなる」

「貴方は消え私達は研究の資料を見付け、そして私達も消える。それだけだ」

 私はそれから何も答えず、ただ壁に寄り添っていた。このまま私は殺されるだろう。私は彼等の要求を呑む事は無いしその覚悟もある。息子とドニが心配になったがきっと大丈夫だろう、こんな私にも慕ってくれた出来た人間だ。資料を見付けと語る以上、その目星は付いているのだ。私が付いて来れば効率的だといったところだろう。私の研究が私以外の者に渡ると危険だ。私は頑なに無言を突き通した。

三日間、それ以上かそれ以下だったのかもしれないが私と彼等の我慢比べはあっけなく終わった。扉の向こうにいた彼女は部屋に入るなり私に発砲した。足に一発、腹に二発。そんな事よりも私は彼女の姿に驚愕した。彼女の姿は私の研究のそれであったからだ。何故だと思うより先に彼女の声が私に届く。

「また、アイザック・ホーキングスの説得に失敗しました。現時刻を持ってデータを送信、機体を破棄します」

 また。彼女は「また」と言ったな。しかし、意識のほころびが思考に追い付きだし私は未来を想った。息子の、ドニの、人類のこれからを。そんな私に残酷にもほころびは意識と感覚を覆っていく。私が残した物が次の世代の糧になるかは分からない、しかし私はそれを強く想いながら眠りにつく。

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