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「月」と呼ばれるその場所に、この学園はある。世界各国のやんごとなき家柄の子弟が、お互いの身分を隠し、共に学ぶための学び舎だ。
そして、今日。「月」の学園から巣立っていく生徒たちがここにいた
薄桃色の花びらが雪のように舞っている。
アンドリュー・レイムスは裏庭に向かっていた。
まず、彼を見た者は、その赤毛に視線を向けるだろう。熟れた柘榴のような赤毛は、彼のトレードマークだ。それから視線を下ろせば、瞳が澄んだ翠色であることに気がつく。翠色の瞳は本人の気質を表すように、いつも表情豊かな色を湛えている。そばかすの浮いた顔立ちは意外にも端整で、しかし成人を迎える青年というよりは無邪気な少年のように幼い。
アンドリュー・レイムス。リカリア王国国王、その人の実の弟君だ。
最も「月」の学園に通う彼の本当の身分を知る者はいない。この学園では、校則で己の身分を他人に明かしてはならないと、きつく決められているからである。
「シャルビスの奴、どこに行ったのだろう」
アンドリューがこうして裏庭まで足を運んだのは、親友のシャルビル・ルルカを探してのことだ。
シャルビスが今日の式に姿を現さなかった。
しばらくすると、死角となる茂みに銀糸を集めたような髪が見えた。
「シャルビス・ルルカ!」
「なんだ、もうバレたのか」
のっそりと、猫科の大型獣のように、シャルビスが起き上がる。
シャルビス・ルルカは誰にでも印象深い生徒だ。細身であるが武人のように鍛え上げられた体躯。高貴な出自に相応しくない着崩すした制服。腰まで伸ばした銀糸の髪を一つに束ね、紅い髪紐で結んでいる。肌はカラメル色で、瞳は星のように眩い銀。そして何より、人の記憶に残るのは彼の動作だろう。その一つ一つがまるで休息をとる肉食の獣のように優雅がある。
「卒業式をサボっただろう」
「わざわざあんな堅苦しいところにいるより、最後の時間を好きな場所で過ごした方がいいと思わないか」
「ったく」
「月」の学園の卒業式はそれはそれは盛大なものだ。世界各国の要人たちが集まり、これ以上ない豪華な顔ぶれになる。学園も総力を挙げて、まるで一国の戴冠式のようだ規模だ。
それを、アンドリューの目の前にいる男は、この誰も来ない忘れられた裏庭の方がいいと一蹴したのだ。
しかし、ここは親友の仲。数分後、シャルビスの隣にアンドリューも寝そべっていた。
「そういえば。お前は母国に帰ってどうする気だ」
思わず、身を起こす。アンドリューは翠色の瞳を眇めた。
「校則違反だから教えないよ」
ふふん、とシャルビスが鼻で笑う。
「忘れたのか。俺たちはもうここの生徒ではないぜ。卒業したのだからな」
その返答に、アンドリューは自分の赤毛に指を絡ませた。アンドリューが困ったとき、無意識に出てしまう癖だ。これはシャルビスしか気がついていない。
「俺は兄上を手伝うつもりだよ」
「ほう、アンドリューの兄上は国王か」
アンドリューはあわてた。
「へっ、どうしてそれを¦¦¦あっ、鎌を掛けたね!」
「この学園には王族や貴族の子弟がコロゴロしている。その中でも兄の補佐で喰っていけるのなんて、よほど身分が高くないといけないだけだろ?」
「そういうシャルビスは卒業したらどうするのさ」
アンドリューは自分よりもシャルビスの方がずっと王族らしいと思った。この親友が汗水垂らして働く姿ほど似合わないものはない。
「さてね」
「さてねって・・・」
「俺が決められることじゃない」