真相
人生において、平凡であることは善か悪か。
それは場合によりけりだと俺は思う。
平凡であればしなくていい苦労もあれば、平凡でないがゆえにせねばならない苦労もある、ということだ。
「また集中が途切れてる! しっかりイメージして!」
浅黄邸地下、四月半ば以降俺の苦労は基本的にここで生まれるのだ。
「理想的なのは瞬時に鎧を形成できることだけれど……、そこまで期待するのは酷というものよね。だから少しでもタイムを縮めなさい」
今でも十分速いと思うのだが、このお二人は気に入らないようだ。
「また別のこと考えてるでしょ!」
「その一秒が生死を分けうるのよ」
「わかってるって!」
最近ようやくどっちのエネルギーが浅黄ので、どっちのエネルギーがイリアのかわかってきた。
腹の底に響くような重たいのが浅黄で、火傷しそうに熱いのがイリア。
「灼熱具足!」
朱色と黒の具足が火の粉を飛ばしながら、形成される。
「いよっし! 一秒切ったね!」
「とはいっても、事前に集中が必要なのは変わりなしね。もっとがんばりなさい」
その言い草にちょっと苛立って、つい言い返してしまった。
「ちょっとは褒めてくれたっていいだろ……」
「そうだね……、ちょっと美園は厳しすぎない?」
イリアもそう思うのか。
「褒めることはたやすいわ。でも、その結果自分の弱点を把握しきれなくて痛い目を見るのはあなたよ、村雨くん」
真っ直ぐに、目を見てそういわれる。
「そういわれても……実感がないんだよな」
俺の戦績は二戦二勝、むしろ俺は強い部類だと思う。
「ビギナーズラックを実力だと思わないことね」
「そういう言い方するか? 普通」
「普通は知らない。でも私はするわ。あなたに死なれては困るから」
言葉に詰まる。
「まぁまぁ、とりあえず鉄哉は一生懸命練習する。美園は少しでも褒めるようがんばる。それでいこう!」
イリアが間に入って収めることで修行は再開された。
「あー、つっかれた」
帰り道、イリアと二人で歩いていた。
「感謝してよね、あの流れだとまた喧嘩だったよ」
「あー、はいはい。いつもありがとうございます」
「って言っても美園の言うこともわかるのよね」
頭の後ろで手を組んで、イリアが言う。
「鉄哉はさ、私と美園二人からエネルギーを受けてるわけじゃない? それってないことはないけど珍しいケースだし、場合によっては危険なんだよね。だから発散するためにも鎧を作る練習を繰り返してるってのもあるんだけど」
「そんな意図があったのか」
「あったのよ。ま、それはそれとして。コンマ一秒の差で死んだ騎士だっているし、今この瞬間敵が襲ってくるかもしれない。言い出したらきりがないけれど、だからこそ用心が必要なんだよ」
なるほど、有事に備える姿勢か。
「どこみてんの?」
「え?」
「……私の胸凝視して楽しい?」
「いやいやいや、それはおかしいだろ。たまたま視線がその方向向いてただけだし」
「見るほどもないって?」
「言ってないじゃん!?」
どうやら気にしているらしかった。
「なんであの母からこの私なんだろうね」
「しらん。隔世遺伝じゃないか?」
「あー、あるかも」
あるのか。
「それにしても、鉄哉変わったよね」
「は?」
「なんていうかな。なんか色んなことに対して、寛容? 昔なら私に食って掛かったようなところもスルーするし。それに……遠慮がなくなった?」
「そうか?」
そんなに噛み付くほうじゃなかった気がするが。
それに昔から遠慮とかはしてないと思う。
「気のせいかなぁ」
「気のせいだろ」
そんな話をしながら、イリアの家に着いた。
「じゃあ、帰るわ」
「うん。ゆっくり休んでね」
手を振って見送っているイリアに、片手を挙げて返し俺も家路につく。
その途中、商店街を通ったときにふと思い出して、駅前の喫茶店まで足を伸ばす。
「やっぱり閉まってるか。当たり前だよな」
周囲も人気がない。
あの後、浅黄が結界を使って人から認識をずらすとか言ってたが。
「村雨くん?」
「浅黄……さっきは悪かったな」
頭を下げた。
俺のことを考えてくれてるとか、そんな考えにもいたれなかった。
それを謝ったつもりだが。
「なにをしてるの? 馬鹿の真似? ああ、真似じゃなかったかしら」
「ちょっとでも悪かったかとおもった俺が間違ってたな!」
この女……!
「冗談よ。でも改めて頭を下げるのはやめなさい。そういうのは黙って態度で示せばいいの」
「あ、ああ」
「それで? ここに連中に繋がるような何かはなかったわよ」
「ああ、いや。どんな風になってるのかなと」
「ああ、結界? あなたには効果がないわよ」
「なんだ……」
つまらん。
「結界にも色々種類があるわ。今回の結界の場合は、この店舗一軒分を丸ごと認識できないようにしたの。以前あなたが襲われていたときには、あの騎士を中心としてパンドラに関わりのある人間以外を遠ざける結界ができていた」
「それであの時間に誰もいなかったのか」
「ええ。私はたまたま巻き込まれてから気付いたけれど」
偶然助かったのか……!
今になってゾッとする。
「だからここにきても面白いものはないわよ」
「そっか。なら、帰るわ」
「……待ちなさい」
「ん?」
「あげるわ」
何かを渡される。
これは……。
「指輪?」
「ええ。別に高価なものではないわ。ただ、私の私物というだけ」
「意図がよくわからん」
「いいの、わからなくて。わからないほうがいいくらい。肌身離さず持っていなさい」
「いいけど……」
言うだけ言って帰っていった。
「指に通すには……サイズが合わないか。首から提げとけばいいか」
家にチェーンあったかな。