厄介ごとの種
「こんにちは、村雨君。お昼、一緒にいいかしら? 」
「……げ」
明けて翌日。
昼休みの教室に、とんでもない闖入者が現れた。
にこやかかつ清純そうな笑みを浮かべて、二つ弁当箱を携えた浅黄美園である。
正直昨夜の今じゃ、気持ち悪いだけだが、この女の笑みの裏には何か底知れないものがある。
「もちろん……、嫌ならいいのですけど……昨夜のお礼がしたくて。それに、私達のこれからについて、しっかり話し合いたかったの……」
わざとらしく言葉遣いまでかえて、言葉を続ける。
うっすらと涙を浮かべての上目遣い。
上気したように赤い頬。
だがこの女の発言のせいで、後ろからの重圧を感じるようになった。
「いきましょう?」
「う、ん」
俺は大人しく教室を出た。
「どこ行くんだよ……」
「屋上よ。黙って着いてきなさい。バカがバレるわ」
小声で話しかければ、小声で罵倒される。
今は我慢……。
そうして、屋上に上がった俺達は、設置されているベンチに並んで腰掛けた。
うちの学校は、昼休みに限り屋上が解放されている。
「……で、なんなんだよ」
「ひとまず食事になさい。ほら、あげるわ」
片方の包みをこちらに差し出す浅黄。
「ありがとう……」
「自分の騎士の体調管理なんて、どこのパンドラでもしてる事よ」
とてつもなく素っけない口調。
「……あれ? 箸は?」
「え?……あら?」
弁当の中身は、野菜や肉、米と基本的ながら、見た目や栄養のバランスにも気を使ったと思われる非常に美味しそうなものだ。
しかし……箸がないのでは。
「仕方ない、諦めるか」
予定通り購買でパンを買おう。
そう思い立ち上がれば、靴を踏みつけて止められる。
「普通に止めろよ!」
「駄目よ。昼食とはいえ、生活リズムの一部よ。抜くなんて許さないわ」
「パン買って食う」
「栄養のバランスが悪いわ」
「じゃあどうすんだよ、箸」
「……こ、ここに、あるじゃない」
……は?
今、この女……何を言った?
それを使ってしまったら、お前はどうやって食べるんだと。
「じゃ、じゃあ先に食べてしまえよ。そしたら……」
「駄目ね。時間がなくなるわ」
目が据わってるぞ、浅黄さん。
「ほ、ほら、口を開けなさい」
「なっ!?」
それはまさか!
箸が弁当箱の中から玉子焼きをつまみ上げる。
「い、いや、ちょっと待てって」
制止するべく開いた口に玉子焼きが押し込まれる。
僅かに甘いそれは、柔らかな触感をしていて相当に熟達している事が分かる。
砂糖を入れた玉子焼きは、焼く際に焦げる事が多いのだ。
焦げてしまえば当然の事ながら、均一な歯触りは失われる。
見た目なら一番表層を誤魔化せばいいが、この玉子焼きは……。
「ってそうじゃない!」
「美味しいかしら?」
「ああ、美味い。けど違うよ! そんな話じゃねぇよ!」
「なによ」
先程ちらりと見えた人影を探す。
いない……。
しかし、校舎へと続く扉が開いている事を考えると……。
「……最悪だ」
「……最悪とはご挨拶ね?」
まずい、と思った時にはもう遅い。
ため息を吐いた俺の口には大量に米が……。
「人が、せっかく、早起きして、作って、箸が、ないからと、恥ずかしいのを、我慢して、食べさせて、あげたのを、最悪、ですって……?」
言葉を切るたびに口に米が運ばれる。
合間合間でおかずが入ってくるのは情けだろうか。
まずい、いや、美味いけど、まずい。
わずかに、浅黄の眉間に皺がよっているように見えた。
「ちが、浅黄の弁当は美味いって!」
「そ、そう。ならなにが最悪なのよ」
箸が止まる。
「いや、誰かそこにいた気がして」
「……? なにか問題があるの?」
「別にないけど」
ああ、そうさ。
別になんの問題もないさ、俺が質問攻めにあうぐらいさ。
「さて……昨日わからなかったところはどこ」
飯を食いながら会話が始まる。
「まず、昨日のあいつはなんだったんだ?」
「知らないわ。どこかのパンドラの騎士でしょう」
「……じゃあ、そのパンドラってのは?」
「昨日も説明したじゃない、パンドラの箱を開ける権利……使命が正しいかしら。それを与えられた者の総称」
「じゃあ、騎士ってのは?」
「そのパンドラを守るために、パンドラと契約した者。これも昨日説明したわね」
わかってるよ。
昨日のあれが夢じゃなかったかを確認してるんだ。
「あなたの属性は、私の属性で大地。位階は鋼ね。なにかを守る力に長けた属性と位階なのに、特性が破壊というのも興味深いわ」
「属性と位階と特性ってなに?」
「属性というのは……そうね。昨日の男がやっていたサーベルに雷を纏わせたようなあれよ。パンドラの属性に応じた属性を与えられ、武器や鎧に纏わせられるのよ。位階は簡単に言えば才能ね。卑金属位階はそれなりに万能だけど、一つ一つのレベルは貴金属位階に比べて低くなる。逆もしかりね。装備の強度も位階に左右されるわ。特性は騎士それぞれが持つ特殊能力のようなもの。昨日の男は速かったわね? ああいうこと」
「まあ、なんとなく理解した。ようはRPGの勇者みたいなものだな」
「全部は説明しきれないし、今はそれでいいわ。なんにせよ、あなたは私の騎士になった。これからは精進なさい。さもないと……折角拾った命が無駄になるわよ」
正直、恐怖以外に少し興奮もあった。
特別な力と、美少女。
漫画や小説、ゲームの主人公のようなポジション。
それが、一気に醒めた。
だが、逆に現実味が沸いてきた。
「上等……絶対生き残ってやる!」