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パンドラの騎士  作者: 水乃晶
戦いの始まり
2/6

パンドラの騎士

 「鉄、すまん! ちょっと今日の当番代わりに出てくれんか!?」

 同じ図書委員の守口がそう言ってきたのは、翌日の昼休みだった。 

「あー、うん、いいよ」

「ホンマか!? いや~、助かるわ! おおきに!」

 守口はいい奴なんだが、かなり騒がしい。

 ちょっと苦手だ。

「いやぁ、鉄はええ奴やなぁ」 

「ははは……」

 という次第で委員二日目である。 

 まぁ、守口は逆にこちらが代わってくれと頼んだら快くOKしてくれる奴なので、そこまで嫌ではない。

「それに今日は……っと」

 昨日発売の新刊があるからな! 

 そして、またしても四十五分が過ぎた頃。 

「あら、今日も貴方なの?」

「ああ、うん……」

 また浅黄美園……。

 読書家なのかな。 

「ねぇ図書委員さん、貴方、神話は詳しい?」

「え? あー……まぁ、一時期はまったかな」

 北欧神話がメインだけど。 

「そう……」

 微妙そうな顔だなぁ。

「……もしも。もしもの話だけれど、今パンドラの箱が見つかったら……そこには本当に希望が入っているのかしら?」

「うーん……どうかな」

 予兆説もあるし……ってそういうことじゃないんだろうけど。

「?」 

「希望かどうかっていうのは、ちょっとわからないけど。希望が入ってるほうが嬉しいよね」

「……貴方、名前は?」

「村雨鉄哉」 

 愛称は鉄……一人しか呼ばないけど。 

「そう、ありがとう村雨くん」

 そんな話をして帰っていった。

「なにも借りてないけど……よかったのかな」

 その日の帰り道。 夕方も過ぎようかという時に、突然目の前に変な奴が現れた。

 肩までの金髪、身長は180くらいだろうか。

 レザーアーマーというのだろうか、ゲームとかでよくみる革製の鎧みたいな物を着て腰にサーベルを差した、どこのゲームの方? という格好の男だ。 

「見つけたぞ、資格持つものだな」 

「は?いや、漢検くらいしか……」

 それも準二級。 

「貴様に恨みはないが……その命、貰い受ける」 

「え?」 

雷光殺技ライトニング・エンドエドラス・フォン・ガーリア。お相手願おうか!」

 サーベルを抜いて、高らかに宣言する。

 駄目だ、この人頭がおかしい。 

 そう思うと同時に、言いようもない危機を感じる。

 走って逃げようとする俺の鼻先に、突然銀の光が現れた。

「っ!?」

「ほう、生身で我が刺突を避けたか」

 首を必死に傾けて、慣性に逆らって、そしてなんとか避けただけだ。

 同じことをもう一度やれといわれたら、絶対に無理。

「さぁ、君も騎士の力を見せたまえ」 

「な、なんなんだよ、騎士って……」

「パンドラに仕え、パンドラから力を与えられて、箱を手に入れる為に戦う我々の事だ。騎士となって日が浅いのか? だとすれば運が悪いな」

 私に出会ってしまうとは。

 と、呟きながらこちらに進んでくる。

「なんなんだよ、これ!」

 また走る。

 運動は得意じゃない。

 息もきれてくるし、脇腹も痛い。 

 だけど今立ち止まれば、死ぬ。

 さっきの男が何をしたかは分からないが、鼻先に閃いたサーベルは間違いなく人を殺す武器だ。

「君は美しさに欠けるな。まぁ、生き汚い事も騎士と言えば騎士だが……」

 あの男は悠々と近づいてくる。 

 油断ではなく、余裕。

 捕まれば殺されてしまう……そんな確信があった。

 走った。

 人生でこれほどまで必死で走ることが何度あるだろうか。

 いくつも曲がり角を曲がり、走り続けたが誰にも会わない。

 この時間帯でそんなことあるはずもないのに。

 誰か。誰か。誰か。

「あら? 村雨君?」

「あ、あさ、ぎ?」

 曲がり角で突然現れたのは、浅黄美園だった。 

「た、頼む! 変な奴に追われてるんだ!警察、警察に通報してくれ!」 

「してもいいけれど……意味はないと思うわよ。だってここはあちらの結界の内側だもの」 

「なに言って……」

「それよりも、ねぇ村雨君。私に命を捧げられる?」

 浅黄美園は、その美貌に冷たく笑みを浮かべて、そう訊いた。

「は……?」 

「もしも貴方が私に命を捧げられるというのなら……私の騎士として、戦わせてあげるわ」

「お前……も」

 頭のおかしいやつの同類なのか、と訊きたかった。

 しかし、その前に浅黄が口を開く。 

「私はパンドラ。箱の開き手であり、騎士に力を与える者」

 ぱ、パンドラ……?

 さっきのやつもそう言っていて……。

「パンドラの箱は今日本にある。世界中のパンドラである者に、それは一気に伝わったわ。私自身もそう」

 淡々と、何事もないかのように話をする浅黄が怖い。

 俺はすがるようにして彼女の肩に手をかける。

「なんかの冗談なんだろ? なぁ?」

「そう思うのはあなたの自由だけど、生きたいなら私に命を捧げなさい。死にたいなら……そこに突っ立ってるといいわ」

「ま、待ってくれ! そんな簡単に決められるか! 大体なんだよ、死ぬとか命をささげるとか!」

「文字通りの意味。いいわよ? 私は待ってあげる。これでも気が長いの。だけど……彼はどうかしらね?」

「……やれやれ。感心しないな。逃げるのに女を巻き込もうとは」

「……!」

 ヤバい。

 マジでヤバい。

 頭のおかしい奴が増えただけ、というどうしようもない状況じゃないか、これ! 

「どうするの? 彼は属性は雷、位階は銀、所属は軽装騎士、特性は加速。逃げるのならもっと早くに走り出さないと駄目ね」

「その鑑定眼、パンドラのお一方とお見受けする」

「ええ、浅黄美園」 

「雷光殺技、エドラス・フォン・ガーリア」 

 軽く会釈する。 

「それで、村雨君。どうするの?」 

「死ぬのは嫌だ!」

「なら、私に命を捧げなさい。死にはしないわよ」

「本当か!?」

 だったら、それでいい! 

「跪きなさい」

「え?」

 まさかこいつ本当にそっちの気が? 

「臣下の礼よ」

 言われるがままに、膝を着く。 

「私の武器となり、私の盾となり、私の為に戦いなさい」

「!」

 額に柔らかく湿った感触。

 そして。

「……お待たせしたわね」

「いえいえ、彼が騎士でないとは思いませんでしたのでね。……こんな間違いはありえないのですが」

「……なんだこれ」

「属性は大地、位階は鋼、所属は重装騎士、特性は破壊。卑金属位階では最強の位階、いい装備ね」

 巨大な盾、長いランス。

 全身を覆う鎧。

 そして兜。 

 しかしさっきより身軽なくらいの体に、僅かに気分も高揚する。 

 が。

「なるほど、面白いな」

 エドラスとか言っていたか、男からの殺気が濃くなる。

鉄壁襲来アイアンウォール・プレッシャーといった所かしら」

「鉄壁襲来……面白い、雷光殺技として加速に重きをおいた私の対極か」

 ランスを握る手に力がこもる。 

「重装騎士の敵陣突破の作法は知っている?」 

「知らないけど」

 なんなら知りたくもないけど。 

「盾を構えて突撃するのよ」 

「は? え?」 

「さぁ! 行きなさい!」 

「雷の流細剣。さて、参る」

 サーベルに電流が走る。 

 突き出しに合わせて、僅かに雷の刃が閃く。

「いやこれは無理だろ」

 妙に冷静にそんなことを呟いた。

 どんな手品か知らないが、感電するのは間違いない。

 固まりそうになる俺に、浅黄の叱責が届く。 

「盾!」 

 はっとして正面で受け止める。 

「そう、体の中心で止めるの」

 不思議なことに、覚悟していた電流は来ない。

「ふっ!」

 ヒュンヒュンという突きの音に合わせて、バリッ、バリッと雷の音が響く。 

 それを盾を前面に立て、防いでいく。 

「籠ってばかりで勝てるものか!」 

「くっ……」

 突きが加速し、威力が増す。

 一点に集中して強烈な突きが当たる。 

 盾が、破られる!? 

「突き!」 

「おおおおおお! お?」

 やけくそで槍を跳ねあげるように突き出す。

「くあっ!?」

 咄嗟に刃で受けたのだろうが、軽装の相手には大きく響いたのだろう。

 槍が相手を浮かし、流れるように盾で相手を吹き飛ばす。

 踏み込んだ足が、アスファルトを踏み砕いていた。

 すげぇ……、体が自分のものとは思えないくらい軽く動く。 

「やりますな。ルーキーとしてはとんでもない大当たりだ」

「まだやるかしら?」

 なんで浅黄が自慢げなんだ?

 納得いかない。 

「いや、ここは退かせてもらおう。我が主がお待ちだ」

「そう。なら貴方の主に伝えなさいな。そんなやり方で箱に辿り着けるものですか」

「……伝言、確かに預かりました。鋼の小僧、腕を磨いておけ。次こそその命、貰い受ける」 

 そういうと、男は何処へともなく消えていった。 

「な、なんだったんだ……いまの」 

「騎士よ」 

「騎士ってなんなんだよ……もう訳わかんねぇよ……」

 泣きそうだった。

 いつの間にか鎧は消え、俺はもとの制服姿。

 なにもなかったように元通りで、しかし手の中には生々しい槍と盾の感触。

 腰が抜ける。

 なのに、体は力に溢れている感覚が気持ち悪い。 

「貴方は私というパンドラの騎士よ。鋼……卑金属位階の最強、古くは刃金と表された金属の騎士」

「パンドラって、箱を与えられた女だよな……神話の」

「ええ。ただし、私達はあくまで箱を開く権利があるというだけ。箱を開くためには、箱を探しださなくてはならないの」

「パンドラの、箱」

「未だかつて箱に辿り着いたパンドラはいない。欲に振り回された者に邪魔をされたり、秩序を保つために見せしめとして惨殺されたり、ね。そんな被害からパンドラを守るために作られたのが、パンドラの騎士。生まれつき、位階との相性がいい人間がパンドラに命を捧げる覚悟を示せば、最も相性のいい位階の騎士になれるのよ」

 どこかで聞いたような話だ。

 妄想にしたってもっと新しい要素を入れるだろう。

 でもさっき経験したことは間違いなく現実だ。

「位階は大きく分けて二種類。貴金属位階と卑金属位階。貴金属位階というのは白金…プラチナを頂点に銅、変わり種の水銀などを含んだ、変化しにくい金属。逆に、卑金属は変化しやすい金属と考えていいわ。そして貴方はさっき言った通り、鋼」

「鋼って、合金じゃないか?」

 少し気になったところを突いてみる。 

「いいところに気付いたわね。そう、だからこそ鋼は卑金属位階最強で、特別なのよ。その出現条件すら定かではない。けれど曲がりに強く、朽ちても甦り、硬く剛い。例えば銀は貴金属位階三位ではあるけれど脆いわ」

 つまり、貴金属位階が絶対上位じゃないという事ね。と、説明は続く。 

「そして、その位階は生まれ持った素質で決まるけれど、付与される属性は、力を与えるパンドラの属性、そして所属は本人の戦いへの姿勢が大きく反映されるの」 

「位階が金属な理由も、属性も所属も何も分からないぞ……?」

「はぁ……残念な頭をしているのね」

「ちゃんと説明しろよ!」

 説明というのは相手にわかるように話すことだ、と習わなかったのだろうか。

「今したじゃないの。これ以上は後日にしてちょうだい。私は眠いわ」

「おまっ」 

 肩を掴もうとした俺の手を、スルリと避け、ホントに帰ってしまった。

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