始まり
村雨鉄哉が高校二年にして悟った事。
人生にはいい事なんて一つもない。
あるのは悪い事か、それほど悪くない事だ。
つまるところ俺は今悪い事の真っ只中にいる。
朝から車に轢かれかけ、溝に足を突っ込み、猫にひっかかれ、鳥の糞に被弾し、頭から水を被った。
「へへへ、もうどうにでもなれ……」
しかもこの後は図書委員の仕事だ。
正直誰も来やしない放課後の図書館に一時間は辛い。
「はぁ……」
違うのだ。
図書館は好きだし、本も好きなのだ。
加えて言うなら今日は気に入ってるシリーズの新刊の発売日なのだ。
くじ引きで放課後が当たったのが運の尽きだったのだ。
「ぼやいてても始まらねぇー……ね」
哀しいかな、その通りである。
図書館前の掲示物に同調しながら、図書館の鍵を開け、札を開館にする。
「来館者数はこの二週間0。今日はどうかな」
独り言で寂しさをまぎらわすも虚しさが増しただけであった。
それから四十五分ほど。
退屈過ぎて生徒手帳の生徒心得を真剣に読み始めた頃に、来館者があった。
「ねぇ、訊きたいのだけれど」
「はい?」
そこにいたのは、校内三大美人(新聞部調べ)の一人、浅黄美園であった。
全体的に清楚で落ち着いた雰囲気で、同じ学年ながら大人びて見える。
全体のシルエットもよく、これがスタイルがいいという事なのだろうか。
ジト目で睨まれたい、罵られたい、と論評があったが、本人は人を嫌ったことがないとまで言われる性格の良さらしい。
余談だが、その論評をした新聞部員はドMでなにが悪いという記事を連載している。
だからどうしたという話である。
「神話……パンドラの箱に関する本はどこにあるかしら?」
「神話? えーっと、文化か文学……それと今月の一冊コーナーがパンドラって本だね」
「そう。ありがとう」
今月の一冊コーナーとは、図書委員の独断と偏見で選ぶオススメしたい一冊である。
基本的には小説が多いのだが、何故か今月はパンドラという謎の本である。
何が謎って、流し読みしたはずなのに、中身を覚えてられないのだ。
十人以上いる図書委員がそんな様だし、さらにだ。
誰が推薦したのか分からないのだ。
全員が違うと言い、事態が混乱になりかけたのを、委員長が沈めたのだが……正直今でも疑問に思っている。
「これ、借りられるかしら?」
「うん、大丈夫だけど……」
読んでも覚えてられないと思うよ、といいかけたのを押しとどめる。
変なやつのレッテルを貼られるのはごめんだ。
一応、彼女が帰った後も一時間ぴったりまではいたが、その後は誰も来ず閉館になった。