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突発的理論性

作者: 宛 幸

 放課後の誰も居ない教室、夕暮れに差し掛かる時間帯に私は唯一残っていた彼に声を掛けられた。


「君は、絶望したことはあるかい?」


 意味がわからなかった。

 ただのクラスメートで、話すことなんて滅多に、というか言葉を交わしたことなんてなかったはずの彼に私は質問をされた。

「別に……」

「そう」

 少しぶっきらぼうに答えると、彼は思案顔で頷き、外を見ながら呟く。

「人はよくね、絶望するんだ。自分が嫌なことがあるとすぐに絶望して不快な気分から逃げる様に絶望したと言葉を放つ。吐き捨てるように。本当の絶望をしたことないのにね。まぁ、実際に絶望したかなんて知らないけどね。だけど僕は知っているから、本当の絶望を」

 わけがわからなかった。

 なぜ私に話を振ったのか、なぜそんなことを話すのか、それは私に対して何をしたいのか。

「逆に、希望したことはあるかい?」

「希望したって……変」

「うん、そうだね。変だよね」

 質問を疑問で返すと、柔らかい声でまた呟く。

「絶望は絶望したって言うけど、希望は希望したって言わない、希望を持つって言うんだ。なんでなんだろうね。希望は持つことで意味を成されるから?希望はするのではなく、持つことしか赦されていないから?絶望を持つのは忌み嫌い、希望はすることを赦されない、それは人間の言葉が如何に人間性を表すかを示しているよね」

 長々と話す彼、私は話を理解できない。

「人って不思議だよね、笑っていると思えばすぐ泣き出すし、傷付いたのかと思ったら、今度は平然としている。変なところで怒ったり、呆れたり、感情が渦巻いているんだ。理屈じゃあ語れない」

 彼の言ってることはすべて理屈っぽかった。

 理屈じゃないって言ってるのに、理屈にしている。

種樫(たねがし)さん、僕はね、人が嫌いだ。人間なんてこの世から消えてほしいと思っている。だけどね、それ以上に愛おしいんだ。言葉さえ交わして仲良しこよしをしていれば平和だなんて、なんて馬鹿げていて愚かなんだ。ちっぽけで果てなく愚かしい……だけど、だからこそ愛おしく思えるんだ。無駄に足掻いて、水面下で必死に弱々しい足をばたつかせて水面上に顔を出して息継ぎをしている。人間は弱いクセして上を向いているんだ、すごいだろ?」

 同意を求めているのか、不気味に口元を吊り上げこっちを見る。

 窓から反射して当たる光が彼を照らす、それが余計に不気味さを演出していた。

「世界は狂っている。戦争、宗教、上下、助け、信仰、愛、友情、信頼や信用、殺戮……人は学んでいるのに、何も学ばない。同じことを繰り返す。人を愛し、人を裏切り、人を殺し、人を求め、人を貶め、人を崇め……人は人でありながら、人ではないものすら引き寄せ空想し、人の仲間にさせる。人はヒトだ、ヒトであるがゆえに人であろうとする。そこは揺るがない。揺るげば根本から崩れるから。人は脆い。心さえ壊せば挫け正気を失い、人間性さえもがなくなる。醜く生きるんだ、人ではなくなっているのに、人ととしてね。狂いは人をヒトとして扱ってはくれない、仲間であったはずなのに爪弾きにして蔑むんだ、お前なんか人間じゃない!ってね」

 急に大声を出すから驚いた。

 目を大きく開けて体をビクッとさせた私を見て彼は軽く謝った。

 彼は続ける。

「僕はね、そんな愚かで惨めで世界の狂気を狂気として受け取れない、そんな馬鹿で希望を持って絶望している人間が大っ嫌いですごく愛おしいんだ……」

 彼は立ち上がり目を虚ろとさせて、惚けた様にして天井を見上げる。

 正直彼が怖かった。何が言いたいのかもわからないし、何より変なことばかり呟いて何かに取り憑かれたような顔をしている彼が、怖い。

 私は自分の体を抱く。悟られないようにして、腕を組んで居るように見せかけて。

「ふふ。こんなに話したのはいつぶりだろうね。しかも人間の女の子に。僕はいつからこんなにも口が軽くなったのかな。くふふ、ふふ。悪いね、呼び止めて。できればまた話し相手になってほしいな。僕はこれでも飢えているんだ。ヒトが人であるがゆえに、自分が持っていないモノを欲する。それは飢えだ。渇きがあれば水を欲するように、僕は狂いを欲する。だけど、狂いを手に入れるには誰かに僕が狂っていると認識されないといけない。誰かが狂っていれば、そんな必要はないのかも知れないけどね」


 ──寂しい人だ


 そんな風に思えた。

 それと、変わっているとも、思えた。

 狂ってる。だけど、狂い切ってはいなくて、ただ寂しいだけなんじゃないかって思った。

 それでも怖いのは変わりなかったけど。

「じゃあ僕は帰ろうかな。このまま話していても君が怖がってしまうばかりだ」

 ビクッ、体は反応した。

 図星で、見抜かれていた。

「ごめんね、ちょっと話し相手がほしかっただけなんだ。話というより、僕が淡々と考えを口にして外に吐き出しただけなのだけど。それでも聞いてくれて嬉しかったよ。聞きたくもなかったと思うけど、ね」

 私は何も言えずにいた。

 彼が教室の扉に向かう。

 私はそちらを向かずにただ立ち尽くす。

 体を抱いたまま、背中を伝う冷や汗を感じながら……。

「ありがとう、種樫さん」


 ──さよなら


 振り向くと彼は居なかった。

 教室から出て行った。

 その時はそう思って疑わなかった。



 次の日、彼は学校に来なかった。

 風邪か何か用事があったのだと、そう思った。

 そのまた次の日も彼は来ない。次の日も、次の次の日も、彼は姿を消した。

 先生や友達に彼のことを訊いても、誰も知らないの一点張りだった。まるで──最初から居なかったように。

 私は夢でも見ていたのだろうか。

 私がおかしかったのか。

 私が……。



 寂しそうな彼の顔、声、話、すべてが脳内を巡り、再生される。

 目を閉じれば鮮明に思い出すことができる。

 いつも窓の外を見ていた彼は、幻だったのだろうか。

 あれから一年経った今でも、私は彼のことをふと思い出す。

世間には一言では語れない不思議なことがたくさんあります。そんな不思議を少しでも触れてくれたら嬉しいかと、そう思います。

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