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宵闇 番外編

『扉』

作者: 紅月 実

作品タイトルを変更しました。2015.02.04

 廊下から台所へ続く扉を開けると、そこは夢の世界のようだった。

 そこかしこに置かれた沢山の灯りが食卓に乗ったご馳走を照らしている。そしてその傍らには、幼子おさなごを膝に抱いた伴侶が座っていた。

 小さな頭を愛おしそうに撫でる伴侶は、これ以上ないくらい優しい表情だった。



―― ◇ ――



「ハロウィン?」

 街から持ち帰る土産の中には隣国や他の土地の噂話も含まれる。遠い異国の地では秋に『ハロウィン』と呼ばれる祭りを催すのだという。大きな南瓜を繰り抜いた中に灯りを入れたものを飾り、家族や親しいものたちで集まって食事を楽しむ。

 そして仮装した子供たちは家々の門戸を叩き、出てきた家人に「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」と強請ねだるとか。

 脅し取るなど不届きだと避難する声も上がったが、子供たちを公然と甘やかしてやれると喜ぶ声もあった。


 毎年秋に行われる実りの祝いは、どちらかというと大人のためのものなのだ。収穫祭のように外から客人を招かず、子供の祭りとしてささやかに行う事に決まった。

 ……とは言え、広い森の中に点在する集落全てを子供が、しかも夜に回るのは無理である。日中に各集落の代表や村の顔役が村の建物や幕屋で待ち、子供たちが順番にそこを回る段取りに落ち着いた。


 二人の間に生まれた子はハロウィンには参加しない。幼すぎて伝い歩きもまだなのだ。それでも浮き浮きした雰囲気は分かるのか、いつも以上に愛想良くにこにこと笑っていた。




 いよいよ当日。南瓜や蕪の置物を飾った村の建物の間を、端切れで作った奇抜な衣装や白い敷布シーツを被った小さな幽霊たちの集団がうろうろしていた。仮装を自慢し合い、両手一杯の菓子にはしゃいでいる。

 広場で菓子を頬張りながら遊んでいた子供たちは、空が夕焼けに色付く前に家路に着いた。遠い集落の者から徐々に帰り始め、宵の一時ひとときを家族と過ごすために全ての村人が帰宅した。たまの夜更かしを許された子供たちはさぞ浮かれているだろう。




 一方、一部の者たちは人気の無くなった食堂でへたり込んでいた。寝食を忘れて祭りの準備に奔走した裏方たちは、渡された茶を啜る気力さえ残っていない。

 調理の仕込みから当日まで、しなければならない仕事は山ほどあった。いつもより豪華な食事を楽しむついでに、菓子を配る程度では済まなかったのだ。


 主菜の詰め物に使う家禽が足りずに野鳥で代用したのは序の口で、提灯飾りに使う南瓜も不作で数が集まらなかった。出回っているのは育ちの悪い小玉ばかりで、その上例年より高値だったのだ。

 仕方なく今時期が旬のかぶで提灯を作ったが、これは意外に好評だった。こちらは豊作で味も良く、安価で大粒のものが幾らでも選べた。

 次々と湧いて出る問題に頭を悩ませながら、来年はもっと早くから準備をしようと裏方の誰もが固く決意した。


 どんな仮装にするかを真剣に悩み、大きな南瓜や蕪を繰り抜いて提灯を作る姿は大人も子供も楽しそうだった。人々の喜ぶ姿を思い出して疲れた心身を慰める。

 暫しの休息の後、一人が腰を上げたのを皮切りに村の重鎮たちも足を引き摺るように帰り出す。食堂の主からご馳走の詰まった籐の手提げ籠が配られた。最後まで残った者たちは誰一人、自分の夕食にまで気が回らなかったのである。




 気遣いに感謝してその場を辞した二人は、見慣れた我が家に戻っても休む間も無く動き始める。

 食卓のある台所の炉に火を入れ、水を入れた鍋と、火から少し離して煮込みの鍋を乗せた。裏の小さな畑で添え物を収穫し、納屋から予備の蝋燭や油瓶を用意した。

 食卓に並べた食器へまだ暖かい籐籠の中身を体裁良く盛り付けて行く。交代で幼子を見ながら手際良くこなした。

 

 料理の付け合せも出来上がり、着替えのためにやはり交代で寝室へ向かった。本当は早く食事を済ませて休みたかったが、服くらいは変える事にしたのだ。

 着替えを終えて廊下を歩き、再び台所の扉の前に立つと足元に目が行く。板張りの廊下と扉の隙間から灯りが漏れていた。




 扉を開けると、そこは夢の世界のようだった。

 食卓の中央には主菜として腹に野菜と穀物を詰めた山鳥の丸焼き。その横に煮込みの鍋が二つ。温野菜を盛った器が三つ、そのうち一つは茹で潰した南瓜に刻んだ香草と燻製肉が混ぜてある。家の裏で採ったばかりの青々とした菜。香草を添えた炙り肉。二人の好物の南瓜のパイ。子供の握り拳くらいの南瓜をかたどったパンが一山。


 そこかしこに置かれた沢山の灯りが煌々と室内を照らし、食卓に乗ったご馳走を浮かび上がらせる。

 金属の枠に硝子を嵌め込んだ角灯ランタンや蝋燭に混じって、南瓜と蕪を繰り抜いた提灯も飾られていた。頭に見立てた目鼻や口の切れ込みから光が漏れ、灯火が微かに揺れる度に顔の笑みも妖しく揺れる。


 そしてその傍らには、幼子を膝に抱いた伴侶が座っていた。小さな頭や背を愛おしそうに撫でている。親指をしゃぶりながらうとうとする我が子を見る伴侶は、これ以上ないくらい穏やかで優しい表情だった。




 菓子を貰いに来た子供たちが代わる代わる遊んでくれたおかげで、余り構ってやれなかったのに終始ご機嫌だった。興奮して昼寝も殆どしなかったのだから疲れてしまうのも当然である。

 完全に寝入ってしまった幼子を子供部屋へ寝かし付け、二人でハロウィンのご馳走にありついた。


 重い疲労感にどれだけ食べられるか少々不安だったが、いざ食べ始めると口に料理を運ぶ手は止まらなかった。どの料理も芳しい匂いを醸し、期待以上に素晴らしい味わいだった。

 蒸し焼きの山鳥は濃厚な旨みの脂が穀物にしっとりと染みている。黄色がかった小さな丸パンは南瓜が生地に練り込まれ、中まで黄金色に染まっていた。山羊の乳を使った蕪のシチューのまろやかさは、南瓜パンの甘みにも旨みの濃い山鳥にも合う。

 向かいに座る伴侶と目が合うと自然に顔が綻ぶ。笑みを交わして食事を続けた。


 腹の隙間が危うくなり、そろそろ好物のパイをと卓の上を整理する。その時に手を付けていない料理の存在に気付いた。

 小皿に並べた棒状の茹で野菜は我が子のために用意したものだ。親指くらいの太さと長さの野菜は、歯が生えていなくても歯茎で潰せる柔らかさにしてある。

 無駄にするのも勿体ないので、皿に残った肉汁を付けて口に放り込む。籐籠には味付け前の蕪と根菜の煮物も入っていたので、目を覚ましてひもじがった時はそれを温めるだけで事足りる。

 ご馳走を口に出来なくても、共に祭りの食卓を囲めなかった事に一抹の寂しさを覚えた。




 幼子は何にも代えがたい二人の宝だった。数年後には仮装して菓子を貰う集団に混じるだろう。

 後から生まれた他所の子より小さくとも、身体も感覚も健やかなあの子は、ゆっくり大人になっていくと思えば良い。あの子の時間に合わせて、ありのままを受け入れるのだ。

 指を絡めて握り合った手から伝わる体温で心まで暖まる。迷いも喜びも尽きる事は無い。あの子が独り立ちするまでは皆で手を繋いで行こう。


 しかし、二人は気付かなかった。閉めたはずの扉が何時の間にか開いていて、戸枠に掴まった小さな影が廊下の端から中を覗いている事に。

 ハロウィンの夜に小さな足で歩き出した幼子は、数多の灯りに囲まれた両親をにこにこと見上げていた。


『トリック・オア・トリート』

お目通しありがとうございます。

執筆秘話を少々バラします(笑)。






当作品は年齢指定のあるムーンライト版の番外編になります。

始めはあるサイト様のハロウィン企画用にと思っていました。

もともと人称練習用として書き出した番外編シリーズなので、当作品も習作としてある試みを念頭に置いて書き進めました。

ラスト直前まで書いたところで企画応募の水準に達していないと判断したので、いつも通りなろうでの公開と相成りました。


今回は何をしたのか、ですが……。

一応2人称の体を成しているのかな?

ちなみに読者様はどの視点でお読みになったのでしょう?

ムーン版に引き続き男性視点ですか? それとも女性視点に移行したと感じましたか?

今回は『彼』と『彼女』のどちらが『伴侶』の姿を見ても話が通るように書いたつもりです。

作者的には3000字のくくりの中で出来るだけの事をしました。

成功・不成功は読者様がご判断くださいませ。


もし、片方の視点でお読みいただいたのでしたら、別の視点からだと雰囲気の違うハロウィンが迎えられるかもしれません(笑)。



お付き合いありがとうございました。


紅月


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[良い点] 子供って意外な速さでダッシュして勝手に怪我するんですよね。 うちの弟もハイハイして半開きの襖を開け、階段から落ちました。 [一言] >以外に好評だった。 意外っす
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