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第二話 絡み合う孤独

 魔女は怨念を抱いて現れた。


 なぜ彼女がこの地を呪ったのか、なぜ人を憎んだのかは誰にもわからない。ただわかったのは彼女が何処とも知れぬ彼方より現れ、人には過ぎた魔性の力を持ち、この地のすべてを呪う者であったということだけである。

 天を焼き尽くし地に瘴気を吐いてなお溢れだす狂気と怨念を魔女は己が糧とし、悪魔の智慧と術を用いて恐るべき計略を練った。自らの肉体が滅び、精神が朽ち果ててもこの地を呪い続けるための、口にすることすら憚られるおぞましき計略を。

 魔女はまず塔に登った。古に全能たる神より人へと授けられた白き召喚の器。世に危機が来たりしとき異界より勇者を招くための器に、魔女は黒き雷をもって七つの罪を刻み、永劫に消えることなき呪を掛けた。これにより異界より招かれるは勇者ではなく罪人となった。

 異界より呼ばれし罪人は七人。一人ひとりが七つの罪のいずれかを代表する者であり、深き業を背負った者である。彼らは魔女の呪いに魂を縛られ、忠実なる魔女の手足となり業を集めることを役割とする。

 魔女はさらに魂なき生き人形(ホムンクルス)を造り、罪人に仕える僕とした。人形は七体、すべて悪魔の名を冠する者なり。

 そうして準備を終えた魔女は――。








 文章はそこで途切れていた。茶色く変色した厚ぼったい紙は、そこから先の話を語ることを拒むかのように千切れてしまっている。

 修は渡された紙を少女に返すと、顔を上げた。先ほどから微動だにせず立っている少女は、修に無感情な視線を返す。


「つまり、この七人の罪人のうちの一人が僕なんだね?」


「そうです。そして、私は七体の生き人形の一人であるサタンです」


「うーん……」


 修は少女の全身、とくに関節部分へと視線を巡らせた。されど、少女の身体は人間と比していささかも変わる所がない。

 少女は修の疑念に気付いたのか、襟元を掴むとわざと服をはだけさせた。かっちりとしたエプロンドレスの胸元に隙間ができ、艶めかしい肌と予想外に深い渓谷が覗く。


「私は完璧に人間を模した存在です。外見はもちろん、中身に至るまで生身の人間とほとんど変わりません」


「へえ、そうなんだ……。それで、他に資料とかはないのかな?」


「残念ながらありません。魔女様は自らの計画を人に語ることをひどく嫌っておられました。その資料にしても、魔女についての伝承を私が纏めた物にすぎません」


「じゃあ、君にも魔女が業を集めて何をするのかとかはわからないの?」


「はい。私に知らされているのは『罪人の一人に仕え、業を器に集めよ。さもなくば賢者の扉は開かれず、地獄の扉が開かれるであろう』という言葉だけです。言葉の詳しい意味などについては自分で調べさせろと」


「不親切だな……。これじゃ、問題の魔女に会って話を聞くしかないじゃないか」


 修は不満げに顔をしかめた。されど、少女はそれに対してさらに否定的な顔をする。


「それは無理です。私が最後に魔女様を見てからすでに百年と二カ月が経過しております。魔女様はすでに亡くなってしまわれたかと」


「百年!?」


「そうです。魔女様が居なくなって以来、百年の間、私はこの城の地下にてマスターを待っておりました」


 そう言った少女の顔には、拭い切れない陰があった。百年。城の地下の闇で過ごすには永劫にひとしき時であろう。仮に眠り続けたとしても、それは死ぬに等しきことだったであろう。生き人形といえど、それほど長き孤独を経て普通で居られるとは思われない。少女は自身を守るために、いつの間にか孤独や闇を己の血肉として取り込んでしまったに違いなかった。そうして彼女を構成する一部となった孤独や闇が、いま顔にはっきりと表れてしまっているのだ。

 修は少女の心の深淵に眠るものが見えた気がした。似ていた、今の彼の孤独と彼女の孤独は。二つの孤独は互いに共鳴し合い、惹かれあい、二人の間を結びつける。

 少女に対するある種の憎悪。

 やり場を失ってしまった怒り。

 故郷から引き離されたことへの不安と孤独。

 無数の感情が渦巻き心が悲鳴のような軋みを上げる中、修は少女の蒼眼を見つめて、震える唇でもってゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「……そっか、君も孤独だったんだね」


「今のマスターほどではありませんが」


「僕は業を集めるなんてできない。マスター失格の人間だよ。だけど、君さえよければ……ついて来てくれる?」


「旅に出られるのですか?」


「うん。業を集めなくても何とかする方法を捜そうと思う」


 修の顔は溌剌としていて、眼には確固たる光があった。


「わかりました。ですが、この世は危険な上にマスターの他にも六人の罪人が召喚されました。彼らが何かを仕掛けてくるかもしれません」


「……わかってる。だけど、このままここに居るわけにもいかない」


 少女は黙って深々と頷き、修の言葉に応えた――。

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