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第一話 器と従者

 何かが弾けるような感覚とともに、修の意識は覚醒した。ゆっくりゆっくりと重い瞼が開かれて、見慣れぬ風景が視界に現れる。

 そこは小さな部屋のようだった。しかも非常に年季の入った石造りで、ところどころが苔むしている。数十年、いや数百年単位の時間の流れを感じさせるような、そんな場所だった。かなりの硬度を持つように見える石の表面が、年月のあまり風化したのか僅かながら崩れてしまっている。


「ここは一体……」


「気がつかれましたか?」


「うわッ!」


 誰もいなかったはずの場所に、見知らぬ少女が立っていた。上品なゴシック様式のエプロンドレスを着た、アンティークドールのような外見の少女だ。彼女は大げさに驚く修に少し不審な顔をしながらも、衣擦れの音一つ立てずに優雅な礼をする。


「私は永遠の従者にして憤怒の護り手、悪魔の名を冠する者サタンです。マスターとは長い付き合いになりますので、ぜひお見知りおきを」


「えっと……従者にサタンにマスター?」


「詳しい説明は別室にて致しましょう。この部屋は少々底冷えがしますので」








 少女に案内された部屋は、紅のカーペットが敷き詰められた王侯貴族が使うような部屋であった。蒼を基調とした壁には金で縁取られた絵画がいくつも並べられ、大理石とおぼしき材質のテーブルが威風堂々とした存在感を放ち、天井からつりさげられたシャンデリアは七色のスペクトルを投げかけている。

 修はその部屋の中央付近に鎮座するこれまた豪奢な造りのソファに浅く腰かけると、不安げな瞳で少女を見据えた。少女は修の視線に応えるようにかしづく。


「ねえ、ここはどこなの? 君は誰?」


「単刀直入に申し上げますと、ここはマスターの世界ではない場所にある城です。そして、私はマスターに仕える者です」


「僕はいま異世界に居るってこと? それで君は……僕のメイドだって?」


「単純に言えばそうです」


「なんだよそれ。もしかして『勇者として国を救ってください』とか言うんじゃないだろうね?」


 修の声は半ばあきれていて、全く信用の色に欠けている。しかし、それを聞いた少女の眼元がニヤリと歪んだ。


「冗談が上手いですね、マスター。我々が求めているのはそれとは真逆の行為です」


「真逆?」


「はい」


 少女がポンと指を弾くと、一抱えほどもある瓶のようなものが現れた。修はにわかに『異世界』という言葉に信憑性を感じるとともに、冷気を当てられたような感覚を覚えた。黒く着色された硝子というよりギヤマンとでもいうような瓶の底から、得体の知れぬ何かが這い出して来る気がする。禍々しく実体をもたぬ、原初の混沌とでも称するべき何かが。

 記憶がフラッシュバックを起こす。修を闇へと引きずり込んだ死神の手が、今一度幻覚となって彼の目の前に現れ、彼を死の世界へと誘おうとする――!


「それは……!」


「器です。(カルマ)を重ねて器を満たしてください。さもなくばマスターは死に至ります」


(カルマ)って……何……?」


「罪です。どんどん悪事を重ねてくださいということです。ですが大丈夫、マスターならこの器を一杯にする程度の(カルマ)など、すぐに貯まるでしょう」


 修の顔からスウッと血の気が引いた。少女は紛れもなく本気だった。その無機質な顔には自分の言葉への疑いは一分たりともなく、むしろこれから為そうとしていることへの期待感すら伺える。

 修の身体が震えた。されど、眼の前に居る少女に彼ははっきりと告げねばならない。


「そんなの……僕には無理だ!」


「えッ?」


「だいたい、なんでそんなことしなきゃいけないんだ。おかしいじゃないか! 悪いことをしろだなんて!」


「おかしい……? あの、マスターは地球で最も罪深い七人のうちの一人ではないのですか?」


「そんなわけないだろ! せいぜい猫ババくらいしかしたことない!」


 少女は眉をひそめた。彼女は修に顔を近づけると、紺碧の瞳で彼の顔を覗き込む。視線と視線がぶつかり、心と心が触れ合い、刹那のうちに膨大な感情が二人の間を行き来する。

 ハッとしたような顔を少女はした。何か知ってはいけないことを知ったような、そんな顔だ。


「……どうやら、召喚魔法の方に不具合があったようですね」


「それじゃあ、僕を帰してくれる? 僕は趣味の悪い話にはこれ以上付き合えないや」


「いえ、それは無理です。全てはすでに確定事項なのです。すでに決まった事実を覆すことはできませんし、その力もありません――」


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